BRR(BATTLE ROYALE REQUIEM)
第2部
〜 真実の神戸 〜
29 「賭け」
H3エリア、住宅街。瀬川絵里香(女子9番)は燃え上がる図書館から立ち昇る煙を見上げていた。
「麻由ちゃん」
根岸美里(女子14番)が呟いた。
野中遥(女子15番)は泣いていた。
千田蘭(女子10番)も沈痛な面持ちだ。
白井由(女子7番)は追撃に備えるため、コルト キングコブラの手入れをしていた。麻由と1番仲の良かった由、気丈な振舞いが彼女の強さを際立たせている――そう思った。
――彼は、どうなったであろうか?
野村将(男子14番)、自分たちと別れていった小山田寛子(女子4番)たちが最も頼りにしていたであろう男。その彼が『プログラム』に乗ってしまったのだ――ということは、午前6時の放送で森嶋の言った「仲間を集めておいて殺そうとした奴」というのは、彼のことなのだろうか。
しかし、彼のグループメンバーは死亡者として名前を呼ばれてはいない。
――あの野村君が、そんな失敗をするかしら。
普通に考えればNOだ。
――だけど、北沢君なら。
北沢勇矢(男子6番)、野村グループのNo.2。彼なら、将の行動に対しても対処できる気がする。実際に目撃したわけではないので何とも言えないが、そんな気がした。
「どの道、簡単に諦めてはくれないでしょうね」
将のことだ、図書館の中で焼死などということはあり得ないだろう。
殺る気になっている以上、自分たちを追ってくるのは必然だ。
こちらも住宅街の裏路地――しかも、約10分後の午前11時から禁止エリアになるH4すれすれに身を潜めている。そう簡単には見つからないはずだが、油断はできない。
「それにしても、飛び火かしらね」
図書館ばかりを気にしていたせいだろうか、由の声を聞くまでは気づいていなかった。
煙が図書館以外からも上がっていることに。
家の陰になってしまうためにイマイチ距離感は掴めないが、火は2ヶ所から上がっているようだった。
――飛び火にしては、遠すぎるような。
少し考えてから、その行為自体が無意味であることに気づく。
――そんなこと、どうさっていいじゃない。私にはしなければならないことがある。
身を挺してまで私たちを逃がしてくれた麻由のためにも、この危機を何とか乗り越えなくてはならない。
――でも、どうやって。
BLU IMPACT、UZI ピストル、コルト キングコブラ、3丁の拳銃を持ってしても歯が立たない相手に。
寛子たちの持っていったSPAS12――ショットガンだ――とCZ100があれば、勝負は分からなかったかもしれない。
いや、寛子たちがいたとしても、あの奇襲は防ぎ切れなかった。探知機を持っていながら、相手が裏へ回ったことへの反応が遅れたのだ。犠牲者が増えただけだろう。
でも、寛子がいれば、適切に対処していたかもしれない。
私の失敗、それは立て籠もっていれば、護りきれると思っていたこと。
寛子の誤算、野村将を頼りにして仲間を探しに行ったものの、彼が『プログラム』に乗っていたこと。
失策1つずつのイーブンだろうか。
どちらが正しいか争うつもりはないが、寛子の行動1つ1つが私の歯車を狂わせている――それは確かだ。
これだけ近くに自分と正反対の道を正しいと信じて歩む人がいるのだ――結果の伴った形で。
私も自分の信じた道を行くしかない、自分なりに納得できる成果も得てきた。
しかし、メンバーの1人を失った今、自問自答の回数が増すばかりだった。
――私はどうすれば。
迷ってばかりもいられない。
2人目の犠牲者を出さないために。私が寛子になれるわけではないのだから、私として――瀬川絵里香としての答えを出さなければならない。
そんなことは、分かっていた、
――でも、どうすれば。
と、その時だ。
「絵里香、来るわよ!」
由が叫んだ。
少し先のカーブミラーに男子生徒の姿が映っていた。肩にはサブマシンガンを担いでいる――間違いない、将だ。
こちらから、あちらの様子が見えるということは、あちらにもこちらの姿が見えているに違いない。彼が曲がって来た瞬間に引き金を引いてやるというようにBLU IMPACTを構える。由と蘭も同じように、それぞれの支給武器を構える。
――これで、うかつには攻めて来れないだろう。
しかし、
『パラララララ……』
『シャリャリャリャ……』
将はカーブミラーを割ってしまった。これでは将もこちらの様子を見ることが出来なくなってしまう。こちらがタイミングよく逃げたなら、すぐには追ってこられないはずだ。
「気づかれないように逃げられないかな」
蘭も同じ考えのようだ。
しかし、
「逃げるって、どこに逃げるのよ。ここは禁止エリアすれすれなのよ」
由の言う通りだ。
今、自分たちのいる場所から、いくらか進めばそこはH4エリアのはずだ。11時を過ぎて、足を踏み入れれば、首輪が爆発してしまう。
『10時57分』
時計に目をやるが、1つのエリアを3分以内に通過することは不可能だろう。
その時、
「ねぇ、絵里香、いい隠れ場所があるんだけど、私に付いて来てくれないかな」
政府支給の資料に目を落としていた遥が口を開いた。
考える時間は、ほとんど残されていない。いつ、将があの角から飛び出して来るか、そして、マシンガンを連射してくるか分からないのだ。
「私はいいよ」
「私も自分では何も思いつかないから」
蘭と由が賛同する。
美里も黙ってうなずく。
寛子の好きな多数決なら決定だろう。
――みんな、賛成しているけど、本当にいいのかな。
多数意見だって、正しいとは限らない。あのドイツ第三帝国の指導者、アドルフ・ヒトラーも選挙で指導者に選ばれた。だが、反論している時間も、他の方法を考えている時間もなかった。
――少し不安なところもあるけど、賭けてみるしかなさそうね。
「わかったわ」
5人は一斉に走り出す。拳銃を持った3人はいつでも撃ち返せるように後ろ走りだ。
十数メートル進んだところで左に折れた。
将の姿は見えない。
追撃して来ないのは彼らしくないとも思ったが、策をろうしているとも思えない。とにかく、今は遥を信じて走るしかない。
そこからは全員が前を向いて走った。
――ここは、まだ、禁止エリアではないのだろうか。
疑問が浮かんだが、かといって、立ち止まるわけにもいかない。
絵里香は『賭け』の成功を、失敗は死を意味する『賭け』の成功を祈るのみだった。
§
彼は絵里香たちが左へと曲がった十字路の数メートル手前で立ち止まっていた。立ち止まっていた理由は、そこがぎりぎりH3エリア側の地点だからに他ならなかった。
『58、59、0』
彼の腕、政府支給の味気ないデザインの腕時計の単身が11の文字を指し示した。
次の瞬間には、何も言わずに踵を返していた。
<5人の生死不明:残り37 or 32人>