BRR(BATTLE ROYALE REQUIEM)
第2部
〜 真実の神戸 〜
30 「Choice Alive」
G3エリアの図書館の炎は時間とともに衰えつつあったが、代わりにE4エリアの山火事の勢いは強まりつつあった。
「おい、恭一。燃えているよ!」
前田利次(男子18番)が叫ぶ。
「そうだな」
「爆弾でも、支給されている人がいるのかな」
小村典佳(女子6番)は不安そうだ。
「どうかな。この季節、山火事なんてポイ捨てされたタバコ1本からでも起こるからな。それに、ここの守備は完璧さ。心配するな」
皆田恭一(男子19番)はいつのもように自信たっぷりに笑った。
「何かあったのかな?」
少々、深刻そうな表情をしているが、相変わらず緊張感の感じられない高川裕雄(男子10番)だ。
「わからないけど、大きな戦闘があったことは確かなんじゃないか」
千野直正(男子11番)は、久慈孔明(男子7番)が難しい顔をしているのに気づいた。
「どうした、孔明。動きたくなったか?」
「そっちこそ、どうなんだ」
いつものようにニヤッと――それでいて嫌味を感じさせない笑みを向けられる。
――これは、敵わない。
苦笑いを浮かべるしかない直正だった。
「みんな『プログラム』に乗っちゃたのかな?」
津久井藍(女子12番)が呟いた。
中村君のこと、先ほどの狙撃、そして、今回の火事だ。
何も出来ない委員長だと、自分を責めているのだろう。
――こんな時は、どうしたらいいの?
武術は専門分野でも、人を励ましたりということは苦手な桃井なな(女子19番)だ。
――むしろ、こういうことは、藍の方が専門なのに。
「大丈夫よ。みんなが乗るなんてあり得ないし、あの炎だって、本部を破壊するためのものかもよ」
心の中で苦笑しつつも、必死で藍を励ますななだった。
「なんだか知らないけど派手ね」
腰を下ろしつつ、空を見上げる戦姫だ。
「4人目といきたいところだけど、あんな戦いのできる人とは、やり合いたくないわね。誰だか知らないけど、野村君にしても、千野君にしても、ななにしても、強い人には早く潰し合ってもらわないと」
立ち上がる。
――その間に、ザコは片付けといてあげるから。
彼女は新たな獲物を求めて歩き出した。
「絵里香たち、大丈夫かなぁ?」
「うん」
安東初江(女子1番)と加藤妙子(女子5番)は心配そうに、図書館の方向を見やった。
「でも、今から戻っても間に合わないわ。冷たいようだけど、私たちは私たちのやるべき事をやりましょう」
――絵里香は、仲間を護る道を選んだ。だから、麻由たち5人の事はそっちで何とかして貰わないと。
小山田寛子(女子4番)は唇を噛んだ。
「圭、あれがお前の抵抗の証なんだな」
安達隆一(男子1番)が呟いた。
疲れているのだろう、真中真美子(女子18番)は、再び眠ってしまっている。
といっても、錯乱状態からやっと落ち着いたところなのだが。
――不幸な偶然が重なっただけ、真中さんは悪くない。
しかし、そう伝えたところで彼女の傷が癒えることはない。圭が生き返るわけではないのだから。
隆一は、ため息をついた。
§
F6エリア、天体望遠鏡。
東野みなみ(女子17番)は窓から外を眺めていた。
「燃えてるね」
「あぁ」
隣にいる小川正登(男子3番)がうなずいた。
午前6時の放送で知った部坂昇(男子17番)の死。30分後、正午の放送では、何人の死が明らかになるのだろうか。
「半田君は大丈夫だよね」
彼は『プログラム』が始まったことで絶望してしまい、生き残ることを放棄しようとしていた自分たちに生きる希望を与えてくれた。いくら感謝しても足りないくらいだ。この『プログラム』の中で、もう1度会える可能性がどれくらいあるかは分からない。
だが、出来ることなら会って、感謝の気持ちを伝えたかった。
「大丈夫だよ。半田の奴、相当、強いみたいだから。よっぽどのことがなければね」
「よっぽどのことって」
正登の顔を見上げた。
「あの煙だけど、あんな派手なこと、誰でも出来るわけじゃないよ。ある程度の力のある奴じゃないと。全員が『プログラム』に乗ったとした時に、優勝しそうだって思われるくらいの奴が、乗っている可能性が高い。例えば……いや、やめておくよ」
「例えばって?」
彼の顔が強張った。
「聞きたくないだろ。オレが、誰が『プログラム』に乗りそうだと思っているかなんて」
言われて黙り込んでしまう。
一緒の時、めったに機嫌を悪くしたことのない彼にしては珍しい反応だった。
「ごめんね」
すぐに謝る。この『プログラム』の中、誰かを疑ってしまうのは仕方がない。
だが、それを勘ぐられたい人などいないだろう。
だけど、
「いいよ、別に」
彼は、いつものほほ笑みを向けてくれた。そのことが少し後ろめたくて――そして、やっぱり彼のことが愛しくてたまらない。『プログラム』の中であることが残念だったが、気にする必要はない。
――あの後、見ることの出来た朝日も、今の気持ちも、全部、半田君にもらった最後のおまけみたいなものだから。
「夜までここにいて、星空を見よう」
「うん」
だから、正登の言葉に笑顔で答えることが出来た。
§
「そろそろ、夕ご飯にしよう」
医師が立ち上がる。話に聞き入っていた少女、時計に目をやると午後7時を回っていた。
夕食をとるには少し遅い時間になるが、お腹は減っていなかった。聞いている話が、あまりに深刻だからだろうか。それとも、あの衝撃的な出来事以来、食事が喉を通らないこともしばしばだったために、食べないことに体が慣れてしまったのだろうか。
『1997年6月7日(土)』
壁にかけてある、日めくりのカレンダー。
――まだ、2週間しか経っていない。
とても、長く感じる時間を想う。
精神的な打撃からの回復。
私は果たせるのだろうか。
1995年の震災から2年半弱、傷跡の色濃く残る街の中でも、復興へと強く歩んでいる――この神戸の街の人々のように。
そのことを知りたくて、私はここへとやって来たのだろうか。
自分でも、よく分からない。
ただ、知るために来たということは確かだ。
唯一無二の真実を。
「せっかく来たんだから、中華街にでも行こう。彼と彼女の時は出前だったけど、君は街に出ても大丈夫だろう」
「あっ、はい」
「そんな顔してると、せっかくのご馳走もおいしくなくなるよ」
彼は私の肩を"ポンポン"と叩くと笑った。
私もつられて笑顔になってしまう。
しかし、心は暗く沈んだままだった。
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