BRR(BATTLE ROYALE REQUIEM)
第2部
〜 真実の神戸 〜


 

31 「嗤(わら)い」

 D10エリア、水軍記念館の駐車場。
 半田彰(男子15番)は海を眺めていた。服についた血のりはきれいに落とした。
――俺らしくない?
 血のりを落とす必要なんてないはずだろう――この『プログラム』の中では。
――本当に何をしたいんだ、俺は?
 津久井藍(女子12番)と桃井なな(女子19番)の2人、彼女らと遭遇した時の自分の態度。
――何なんだろう、この気持ちは。
 よく分からない。
『午前11時58分』
 もうすぐ、正午の放送だ。島の反対側から上がっている大きな煙。
――ひどいことになっているようだ。
 また、誰かが死んだのか。その事実が知りたいのか、知りたくないのか。
 気持ちに関係なく、有無を言わせない形で放送は始まった。
「お前ら、昼は食ったかぁ! 正午だぞ! 煙には気づいてると思うが、派手な戦闘も始まってるぞ。出遅れるなよ。それじゃあ、死亡者の発表からだ。死んだのは4人、男子4番香川圭、男子12番富川幸和、女子8番澄井愛美、女子3番小野田麻由、以上だ。それから、首輪を分解しようとした奴がいたが、その首輪、今回の『プログラム』から導入された最新式の”ロコウキョウ21号”は絶対に分解できない。分解しようとした奴も死んだ、二の舞になるなよ。最初の放送の時は1人だけだったから、ペースが悪いかと思ったが、案外、みんな殺る気になってくれているようで、うれしいぞ。次に禁止エリアだ。今度も2度は言わないから、よく聞け。午後1時にG10、午後3時にF10、午後5時にF9だ。隣り合ってるエリアになってしまったが、禁止エリアはコンピュータがランダムで決めるもんだから、俺に権限は無い。だから、俺を恨むなよ。じゃあ、みんな頑張れよ!」
 相変わらず、ハイテンションな森嶋だ。
 だが、そんなことはどうでもいい。
 名簿を取り出すと、名前を呼ばれたクラスメートのところに印を付ける。
 合計で5つの印。
 『プログラム』の中では2回目の放送でこの数というのは多い方なのだろうか、少ない方なのだろうか。
――さすがに、そこまでのデータは持ってないな。
 そこで、顔の筋肉が緩んでいることに気づく。
――俺は、一体、どんな顔をしているのだろう。
 俺はいつものような酷い嗤(わら)い方をしているのだろうか。
 海風に髪を撫でられる。両手が震えていた。
 朝の放送の時と同じような気持ち、『負の感情』が押し寄せて来た。
「行くか」
 衝動を振り払う。
 ただ、朝とは違う点が1つだけあった。
 振り返る。
 背後には、隠れることのできる茂みも陰もなかった。
 当然、誰もいない。
「桃井さんとの再戦は、先になりそうだ」

 呟いた彼の表情は、いつもの無表情とは少しばかり違っていた。

   §

「『クラスのお笑い担当、場にそぐわない冗談で、ひんしゅくを買うことも』、か」
 森嶋が読んでいたファイルを投げ捨てた。表紙には香川圭(男子4番)と書かれている。
「まったく、やってくれる」
 窓の外に目を遣った。
「G3の図書館は、ほぼ鎮火しました」
「わかった。引き続き、情報収集にあたれ」
「はっ」
 報告を受けた武田は難しい表情だ。
「どうしますか?」
「とりあえずは静観だ。たが、もっと火が広がるようなら、消化ヘリを飛ばせ。システムが破壊されても、つまらん」
 イライラした口調で答える森嶋。
「わかりました」
 武田は苦笑しながら叫んだ。
「中田、ヘリの準備をしておけ!」
「了解しました」
――結局、こっちに押し付けるのかよ。
 心の中ではそう思いながらも、上官には毒つくこともできない中田だった。

   § 

「鹿野島の方は残り37人のようです」
 大東亜共和国内、某所。大型コンピュ−タに囲まれた狭く、薄暗い部屋。数人の男たちが何やら作業を進めていた。
「システムの破壊は隙がなく、実行は当面、難しそうだとのことです」
「そうか。潜水艦の方は」
 問いかけに、ヘッドホンをつけた通信士らしい男が答えた。
「防衛システムが強固で、島に近づくのに、後、丸1日程度かかるとのことです」
「クソッ! はじめから会場は分かっていたというのに」
 一番奥に座っていた男が机に両手を叩きつけた。
「あせるな。冷静(クール)にだ。落ち着くんだ。この作戦、失敗したら取り返しがつかない。落ち着いて確実にこなすんだ」
 リーダーらしい中年の男が重みのある声で、ゆっくりと語りかけた。
「すみません、三村さん」
 男たちが落ち着きを取り戻した。
「そういえば、我々の協力者の息子さん、富川幸和君が退場扱いになっています。これは首輪の分解に成功したと考えてよいのでしょうか」
「どうだろうか。データだけでは判断できない。彼が冷静さを失っていなければ、大丈夫だろう。ただ、それを失っていたとすれば、別の形になってしまっているだろう」
 三村は立ち上がる。
「とにかく、今は最善を尽くすしかない。あせらず、クールにな。少し、外の空気を吸って来る」

 建物の外に出た三村はポケットから”ハイナイト”という銘柄のタバコを取り出すと、少しばっかり高級そうなライターで火をつけた――いつものように。
 煙をひと吐きすると、これまた、いつものように苦笑を浮かべた。

                         <定時放送により5人の生存判明:残り37人>


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