BRR(BATTLE ROYALE REQUIEM)
第2部
〜 真実の神戸 〜
34 「彼らから学んだモノ」
中里大作(男子13番)は困り果てていた。自らの過ちが原因とはいえ、支給武器を奪われ、野村将(男子14番)と合流する手段も失ってしまっていた。集合場所だったH7エリアが禁止エリアになってしまったのだ。大作は悲嘆に暮れる――だが、そんな彼は合流できなかったことによって、命の危険にさらされずに済んだことなど知る由もない。
「しかし、手ぶらっていうのはな」
支給武器であった拳銃ニューナンブM60は、久慈孔明(男子7番)たちに没収された。孔明たちの、特に高川裕雄(男子10番)に言葉によって、過ちに気づいた彼には『プログラム』に乗ろうという気持ちはない。
元々、乗るつもりもなかった――いや、『プログラム』を利用して人を殺そうとした以上、乗っていたも同然か。
1度失った信頼を取り戻すことは簡単ではないに違いない。再会して「もう殺る気はない」と告げても、孔明たちに拳銃を返してはもらえないだろう。
高川1人なら、返してくれるかもしれない。
――まぁ、1人のアイツに拳銃を奪われたりはしないけどな。
少し前までは、嫌いで嫌いで仕方なかった相手だが、今ではすっかり心を許せる存在として認めている。
「生き残って、また一緒に野球をしよう」
彼の一言は大作の人生観を変えるほど大きなものだった。自分を殺そうとした相手に、どうして、あんな言葉を贈ることができるのだろうか。野球の技術で勝っていても、この人間としての圧倒的な差はどうしようもない。
――こんな高川だからか。
まいった、というように笑みを浮かべる。
――さて、これからどうするかな。
将たちを捜さなければならないのだが、丸腰で動き回るのは危険な気がする。孔明の支給武器も拳銃だったうえ、時々、聞こえてくるマシンガンらしき銃声、相当数の銃器が出回っているに違いない。
やはり、護身用の武器が欲しい。
事態を打開してくれる何かを求め、辺りに目を配る。
しかし、周りに広がっているのは木々だけだ。人工的に並ぶ植林された林、下草が刈られている上、木の並びも規則的で隠れるには向かない。その代わり、相手の接近に気づきやすく、また、銃などで襲われた場合には相手と自分の間に木が入るようにして逃げ続ければいいという利点もある。もちろん、常に最適な場所を逃げ続けるには、体力とすぐれた反射神経が必要であり、誰でもできるというわけではない。野球部で鍛えている大作だからこそ、可能な方法だと言っていいだろう。
だが、いつまでもこの森にいるわけにもいかない。ここに居続けても恐らく、武器は手に入らないのだから。しかし、丸腰で町に下りるのも危険な気がする。
そんな葛藤を繰り広げていると、少し離れた場所から話しかけられた。
「田尾だけど、誰?」
百メートル程、向こうに男子生徒の姿が見えた。声と背格好、間違いなく田尾繁(男子9番)だ。
「中里だ。俺は殺る気はない」
「よかった。1人で不安だったんだ」
繁はこちらへと近づいてくる。
そういえば、彼と仲の良かった部坂昇(男子16番)と澄井愛美(女子8番)はすでに放送で名を呼ばれていた。武器はなくても、頼れる仲間のいる自分よりもはるかに心細いに違いない。
「大丈夫か?」
声をかけると、彼は疲れきった表情で答えた。
「何とかね。澄井さんと一緒にいたんだけど、マシンガンを持った奴に襲われたんだ。俺は、運よく逃げて来れたんだけど、澄井さんが」
「そうか。襲ってきたのは誰だか分かるか? 俺は今朝、高川と久慈、それに千野と会った。あいつらは殺る気じゃあなかった。野村たちとは運悪く合流できていない。そっちの情報も教えてくれると助かる」
繁はポケットから地図を取り出すと、説明をはじめた。
それによると、出発前に3人で話し合って、B8エリアの公民館に集合することに決めた。繁と愛美は無事に到着することができたが、部坂が来ない。
心配していたところに、午前6時の放送で部坂の死とB8エリアが禁止エリアになることを知った。仕方なく新たな隠れ場所を求めて、B7エリアのバス会社社員寮へと向かった。
到着した直後に立て籠もっていたらしいマシンガンを持った人間に襲われ、澄井が重傷を負った。彼は支給武器の拳銃で応戦したが、歯がたたなかった。そんな彼に愛美が「私はもうダメだから逃げて」と告げ、支給武器の手榴弾で自爆した。接近して来ていた相手との相討ちを狙った攻撃だったが、相手の命を奪うまでには至らなかった。
愛美が死んでしまった以上、無理に戦っても仕方ないと判断した彼は相手が怯んでいる隙に逃げてきたのだということだ。
「それで、相手の顔は見たのか?」
「いやぁ、すごい勢いで攻撃してきたから、顔なんて見ている余裕はなかったよ」
彼はうつむいてしまった。
「そうか、大変だったな」
「ところで、中里の支給武器は?」
「俺か、いろいろあって丸腰なんだ。田尾は拳銃なんだよな」
「あぁ、このスマイソンだよ」
繁の目の色が変わったのを大作は見逃さなかった。
ズボンのポケットから取り出された拳銃が大作へと向けられる。その瞬間、体をひねると拳銃の射線から逃れ、繁の腕を取った。
「そんなことだろうと思ったよ」
グラスバンド部の繁と野球部の大作、腕力の差は明らかだった。簡単に拳銃を奪うと、繁へと向ける。
「クソッ、どうして分かったんだ」
「マシンガンを持っている殺る気の奴は建物に立て籠もったりしない。せっかく、強力な武器があるんだから、獲物を捜し回っているはずだ。それに、澄井が自爆して相討ちを狙える距離にまで近づいて来た相手の顔をどうして、彼女の側にいたお前が見ていない。いや、その前に、その位置関係で、マシンガンの弾にも当たらず、自爆にも巻き込まれていないっていうこと自体が不自然なんだよ」
迫力に押されたのか、繁は尻餅をついてしまった。大作は容赦なく続ける。
「どうせ、澄井を見捨てて逃げてきたんだろう。嘘をついたのは、仲間を見捨てるような奴は信用されないと思ったのと、俺の支給武器は何なのか知りたかったからといったところか」
繁は震えるばかりで何も言わない。
「まずは、こいつの予備弾を出してもらおうか」
声にならない声で答えると、ディパックの中から、小さな箱を取り出した。
「さて、実は俺も嘘をついていたんだ。俺も殺る気だったんだ。ただ、最初に襲った奴らに支給武器だった拳銃を奪われてな。困っていたってわけだ」
繁の顔が凍りつく。
「さて、どうするかな」
繁はやめてくれというように、首を左右に振った。
「10秒以内に消えろ。本当は殺してやりたいところだが、俺から拳銃を奪った連中は、命を取らなかったうえに、俺を改心させてくれた。だから、人を殺したくはない。お前も、これを機に改心するんだな」
2、3度、激しくうなずくと、繁は斜面を転がり落ちるように逃げていった。
「これでいいんだよな、高川」
1人残された大作が呟いた。
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