BRR(BATTLE ROYALE REQUIEM)
第2部
〜 真実の神戸 〜


 

38 「誤算」

「ホント、ツイてない。って、言うより最低ね」
 唇を噛む少女――戦姫。
 小山田寛子(女子10番)たち、文科系の女子相手なら3対1でも勝てると思っていた。
 しかし、千野直正(男子11番)の登場は誤算だった。普通に闘ってはとても敵わない。おまけに、高川裕雄(男子10番)までいる。
――近づかれたら、お終いね。
 木陰から一瞬だけ体を出し、H&K UMPの引き金を引く。
 激しい衝撃が腕を襲う。当然だ。運動神経はクラスの女子の中でもトップクラスの彼女とはいえ、軍で訓練を受けたことなどあるはずもない普通の中学3年生なのだ。
――しかも、相手はあの千野君。やってられないわ。
 続けて引き金を引くが、直正にかかると苦もなくかわされてしまう。
 その繰り返しの中、直正が木陰へと身を隠した隙に木1本分後退する。
 幸いなのは、仮面のお蔭で自分の正体がバレていないことだ。少し休むために入った民家の2階、勉強机の上に『オペラ座の怪人』の台本とともに置かれていたものを使わせてもらっている。恐らく、急に島を出て行くことになった時に、持ち出すのを忘れたのだろう。
 それはともかく、いつどこで、誰に顔を見られるか分からない。『プログラム』に乗っていると知られれば、警戒されてしまうだろうし、顔を見ただけで攻撃されるかもしれない。正体がバレていなければ、仮面を外して『プログラム』に乗っていない振りをすることもできる。
――これも、生き残るための戦略ね。
 そう、ここを乗り切れさえすれば、何とでもなる。だが、相手は2人。久慈孔明(男子7番)とともに、クラス最強トリオと称される2人だ。
――どうしようかしら……高川君はともかく、千野君は……。
 そこで、彼女は違和感を覚えた。何かを忘れているような。どこか、不自然な光景が広がっている。
 そんな気がした。
――なに!? この嫌な感じ。
 H&K UMPを直正に向けて撃つ。
 ニューナンブM60の銃弾が返ってくる。
 捕らえられる前に身を隠す。
 また、こちらから撃ちかける。
 それをかわす2人。
――2人……、高川君と千野君!? そうよ、久慈君。久慈君がいないんだわ。
 辺りを見回す。
 すると、直正たちのいたのとは、90℃ズラした方向――ちょうど、彼女との間に障害物がなく、狙撃するには絶好の場所――に人影が見えた。
――マズい!
 とっさに、地面へと跳ぶ。
 次の瞬間、銃弾が頭上を通過した。
――ホントのホントに最低ね。 
 着地と同時に、引き金を引く。
 孔明からすれば、予想外の攻撃だったのだろう。彼は大きくバランスを崩して倒れ込んだ。
「大丈夫か、孔明」
 直正が叫ぶ。
――今しかない。
 彼女は反対方向へと全速力で走り出した。
――だって、私はまだ、こんなところでは死ねないの!!

   §

「大丈夫?」 
 直正の後に続いて、孔明のもとへと駆け寄る裕雄。
「ハハハァ……、悪い。大事なところだったのにな」
 唇を噛む孔明。と、いっても撃たれたわけではない。彼がそのようなミスを犯すはずはない。ただ、彼には1つだけ弱点があるのだ。
『極度の血行障害』 
 彼によると、急激、もしくは長時間の運動をした時によろけたり、動悸に襲われたりする障害とのことだ。これさえなければ、サッカー部の北沢勇矢(男子6番)や皆田恭一(男子19番)にも勝るとも劣らない才能を持っている彼のこと、どのスポーツをやらせても県代表クラスは堅い。直正に、格闘で勝つことだって不可能ではないかもしれない。
 それはさておき、つまり、孔明は仮面少女――顔が分からなかったので、こう呼ばせてもらう――の銃撃によって負傷したためによろけたのではなく、生まれつきの障害の症状がタイミング悪く現れてしまったのだ。
「まったく、タイミングの悪い体だな」
 そう言って苦笑する。
 とても彼らしい。
 とても彼らしくて、何も言うことができない。
「まぁ、とりあえず、無傷でよかったぜ。立てるか?」
「あぁ、もう、大丈夫だ」
 立ち上がるが、顔には悔しさが滲んでいる。
「逃がしちまったな」
「今回は、仕方ない。でも、次に会ったら絶対に逃がさないぜ」
 直正が拳を握る。
――それにしても、彼女は誰だったのだろう。
 仮面をつけた塩見一中女子ジャージを着た少女。顔を隠していたのは、どうしてなのだろう。特にメリットがあるとは思えない。
「ねぇ、どうして、仮面なんかつけていたのかな」
「そういえば、そうだな」
 首を傾げる直正。
「あくまでも推測だが、次に会う時のためだろう」
 孔明が口を開く。
「次に会う時って?」
「攻撃した相手を必ず倒せるって保証はないだろう。でも、仮面をつけていれば、2度目に会ったとしても、素顔で会えば疑われずに済む。騙し討ちなんかも可能だ。そんなところだろう」
『プログラム』が始まってからずっとだが、孔明の冷静さには舌を巻かされる。
「そうなんだ。それで、これからどうするの?」
「そうだな。とりあえず、博物館に」
『シーッ』
 孔明が言いかけたところで、直正が口の前に人差し指を立てて『静かにしろ』と合図してくる。
 直正は辺りを見回す。同時に、右手の親指以外の4本の指で、3本の某手裏剣を挟む。
 そして、数メートル先の茂みに向けて投げた。

 だが、彼らはまだ知らない。
 戦姫にとって直正が登場したことより、孔明の障害が最悪のタイミングで現れてしまったことより、これから始まる戦闘こそが、彼らにとって最大の誤算となることを。
 そう、まだ、知らなかったのだ。

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