BRR(BATTLE ROYALE REQUIEM)
第2部
〜 真実の神戸 〜
39 「夢のカケラ」
あの日、塩見一中のグランドは歓声に包まれていた。県外の強豪市立中学校を招いてのチーム強化試合。
1−1の同点で迎えた後半ロスタイム。
相手チームのセンタリングをカットしたDFがボールを懸命にクリアする。
審判が時計に目をやった。
「ラストプレーだ。全員上がれ!」
ベンチから声が飛ぶ。
高々と上がったクリアボールが、地面へと落ちてくる。落下点に相手選手が殺到してくる。1人、2人、3人、その真ん中で、背番号10は片足で軽くジャンプした。足に吸い付くようなトラップでボールを受け止めると、一連の動作で敵選手の1人を抜き去る。そして、彼、北沢勇矢(男子6番)は顔を上げることもなく、相手がそこにいることを確信したように右足を振りぬいた。
この日、1番の大歓声が上がる。
背番号11番を止めようと、相手のDFが2人がかりで追いすがる。相手GKも飛び出してきた。そんな3選手の間、ここしかないという位置にボールが落ちてくる。
示し合わせたように走りこむ背番号11の中村達夫(3年3組男子13番)、後は、頭でボールに合わせるだけだった。
GKの頭上をヘディングシュートが越えていく。
審判がゴールを認める笛を吹き、直後に試合終了の笛も続いた。
私は興奮を抑えられなくて、隣にいた小学校中学年くらいの女の子とハイタッチを交わしていた。
振り返ると桃井なな(女子19番)が「そんなに、はしゃがなくても」というように、私を見ていた。でも、顔はとてもうれしそうだった。
その向こう側では、高川裕雄(男子10番)と千野直正(男子11番)、久慈孔明(男子7番)の3人組をはじめ、クラスのみんなが大盛り上がりだった。そして、その1番端には半田彰(男子15番)の姿もあった。一緒に委員長をする前だったあの頃、半田君がその場にいることをとても不思議に感じたのを覚えている。
「ねぇ、お兄ちゃんの知ってる人?」
視線を戻すと、先ほど、ハイタッチを交わした少女が私の顔を見上げていた。
「私は中村君の、背番号11番の人とお家が近くて、それで応援に来ているの。あなたのお兄ちゃんって?」
それが、彼女とのはじめての会話だった。彼女が北沢君の妹だと知ったのは、すぐ後のことだった。彼女は兄の応援、私は中村君の応援、試合の度に会うようになった私たちは、とても仲良くなった。
この前の試合の後も「次も会おうね」そう言って別れた。
でも、次はない。この『プログラム』の中では、私と北沢君の両方が生き残ることなんてないのだから。
§
物思いにふけっていた津久井藍(女子12番)は顔を上げると、親友へと視線を向けた。
ななは静かに滝を見上げていた。黒のショートヘアーに、武術で鍛えているだけあって筋肉質の体ではあるが、余計な脂肪のない整った横顔。考え事をしている様子が、また、とても魅力的だ。男の子はそう思うのだろうか。
彰と別れた後、G9エリア付近の森の中で危うく襲撃から逃れた藍たちはG10、F10、F9と、次に禁止エリアになる場所を辿っていた。ななに言わせると「すぐに禁止エリアになってしまうような場所に、わざわざ近づいて来る人なんて、そうそういない」ということから考えた作戦らしい。最初は半信半疑だった藍も、実際に誰とも会わなかったことで、作戦を信じて気を休めることができていた。
しかし、もうすぐ4時になる。この作戦がとれるのは、次の禁止エリアが隣り合っている間だけなので、5時以降は新しい作戦をたてる必要がある。
「なな、これから」
『パパパパパ……』
話しかけようとしたところで、銃声が響いた。
「近いわね」
立ち上がり耳を澄ませるなな。
その間も、銃撃戦は続いているようだったが、滝の音のせいで藍にはよく聞きとれない。
「ちょっと、見てくるわ」
藍は耳を疑う。
「えっ、見てくるって、危ないよ。巻き込まれたりしたら」
素手の格闘ならば、千野君以外に遅れを取ることなど考えられないななだが、銃撃戦ではそうもいかない。いくら武術の鍛錬を積んでいても、銃弾をかわすことなど不可能に近いのだ。
「わかってるわ。でも、何かが気になるのよ。胸がドキドキするの『そこへ行け』って言うように」
ディパックを担ぎ、鎖鎌を構える。
こうなると、藍には1つの選択肢しか残されていない。
「わかったよ。私も行く」
本当のところ、戦闘の行われている場所になんて行きたくない。でも、1人だけでここに残っても、誰かに襲われたらひとたまりもない。今の藍にとって1番安全で安心できるのは、ななの隣なのだ。それは、学校生活の中にでも同じだったのかもしれないが、『プログラム』の中で、それをより強く感じていた。
――あっ、でも、もしかしたら。
心の中に1人の少年の顔が浮かんだ。誰よりも優しいクセに、本当は寂しがりやのクセに、それを人に見せることのできない彼のいつもの無表情。
でも、すぐに自嘲する。
――うんうん、そんなことないよね。
フッーと息をつく。
藍が顔を上げると、ななに不思議そうな視線を向けられていた。
「どうしたの? 行くわよ」
怪訝そうに言うなな。
「うんうん、なんでもないの。ゴメン」
「そう、ならいいのよ」
身支度を整えると、藍はななの後に続いた。
§
F9エリアを後にした藍たちは、E9エリアを抜けてD9エリアへと進んでいった。
近づくにつれて、銃撃の間隔が短くなっていき、銃声の種類――つまり、使用されている銃の数も増えていく。
そして、ある茂みに差しかかったところで、ななが口の真ん中に人差し指を立てて「静かにして」と合図した。
ななは茂みを静かにかき分けて、あちらの様子をうかがう。この時には、今まで、絶え間なく続いていた銃声が止んでいた。
ななの隣で、藍も向こう側をのぞき込んだ。すると、誰だか分からないが、女子生徒が走り去る後ろ姿が見えた。銃撃戦に敗れて逃げたのだろうか。『プログラム』に乗った上に、銃を使って戦っている人がいることも衝撃的だったが、その後、さらに襲撃的な映像が飛び込んできた。
女子生徒が逃げたのとは反対方向から、直正と裕雄がやって来たのだ。しかも、直正の手には拳銃が握られている。2人の向かった先には孔明もいた。この3人と女子生徒は、どんな理由で銃撃戦になってしまったのだろう。直正たちが『プログラム』に乗っていて彼女を襲った。
でも、直正たちの性格を考えると、それはあり得ない気がした。では、彼女の方が乗っていて、彼らを襲った。だが、わざわざ彼らと戦うなんて自殺行為をするだろうか。となると、やはり、彼らが乗っているのか。
考えれば考えるほど分からなくなる。
――そういえば、今って、半田君と戦った時と似ているかも?
藍は急に心配になった。彰の時のように、ななが戦ってしまうのではないか。
ななの横顔を見やる。だが、戦う意思はなさそうだった。
藍はほっとした。
しかし、心配は別の形で現実となってしまう。直正が突然、こちらに向けて、鉄の棒のようなものを数本投げつけてきたのだ。
それを、鎖鎌で叩き落とすなな。
次の瞬間には、
「見損なったわ!!」
と、茂みから飛び出していった。
多くの若者たちが『プログラム』によって夢を奪われていく中、彼らが望みどおりに決着をつける機会を得たこと。
それは、幸だったのか、不孝だったのか。
その時は、その場にいた誰も知らなかった。
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