BRR(BATTLE ROYALE REQUIEM)
第2部
〜 真実の神戸 〜


 

43 「もう1つの刃」

 津久井藍(女子12番)はE10エリア付近を早足で進んでいた。
 対峙と小競り合いを繰り返しながら先を行く桃井なな(女子19番)と千野直正(男子11番)を追う。2人は観光施設の中へと入り込んでいった。後を追う藍の目が「砲台跡」という文字をとらえる。どうやら2人は決着の場として、この施設を選んだらしい。
 施設脇に着くと山側からは柱の陰になる部分に身を滑り込ませる。これ以上、先に入るつもりはなかった。長年胸に秘めてきた思いをぶつけ合う2人の邪魔をしたくはない。
 中に目を向けると直正の後姿が見えた。ななの姿は見えない、砲台のいずれかに身を潜めているのだろう。この状態なら勝負は一瞬のうちに、すなわち2人が接触した瞬間に決まるだろう。藍は素人なりにそう感じていた。
 一歩、一歩、直正が進んでいく。映画でよくあるシーンでは隠れている敵が――今の場面ではななが、この敵にあたる――と飛び出してきて主人公に襲い掛かる。ななもそれを狙っているのだろうか。だが、それは見当違いだった。
「そこ!」
 ななは、直正との間に十分な距離があるうちに陰から飛び出し、鎖鎌を投げた。
 直正がバックステップでかわし、棒手裏剣を投げる。
 その時にはななの姿はなく、棒手裏剣はむなしく砲台を叩く。
 どうやら、不意打ちはななの本意ではないらしい。それでこそ、ななだと思う反面、勝ち方にまでこだわらなくても、とも思う。なならしくあって欲しいと思うけれど、勝利のチャンスを逃して欲しくもない。矛盾をはらんだ複雑な心境だった。
 しかし、自分では、ななを助けることは出来ない。ただ、見守るしかないのだ。
「頑張って、なな」
 藍が呟き、手を握った。刹那、藍の横を影が横切る。
「えっ!」
 声を上げた時には影は藍の視界から消えていた。

   §

 高川裕雄(男子10番)は砲台跡の陰から2人を見ていた。藍とは施設を挟んで反対側にいたためにお互いの存在には気づいていない。
 直正とななのつばぜり合いは一進一退を続けている。その様子から視線をそらすと手の中にある拳銃――ニューナンブM60へと視線を落とした。
 これまでの日常の中ではモデルガンすら手にしたことがなかった。それを自分が握っている、孔明も握っている。クラスメイトの中にはマシンガンを操っている者もいる。
 『戦闘実験第68番プログラム』、その現実の中で直正は戦っている。命の取り合いにはならない、直正はそう思っているに違いない。だが、世の中に絶対などない。ななが絶対に『プログラム』に乗っていないと言い切れるだろうか? ななほどの力があれば、やる気になれば十分に優勝の可能性のある人間が、優勝を狙わないと言い切れるだろうか?
 直正は負けないと信じている。自分たちのクラスで直正よりも強い人間がいるはずがない。けれど、足を滑らせて転んでしまうかもしれない、ななが拳銃を隠し持っているかもしれない。
 直正に万が一のことがあったなら、自分がなんとかしなければならない。そのためならば、もちろん、それはあって欲しくないことであるけれど、その時には自分も覚悟を決めなければならないのかもしれない。
 その時、裕雄が考えを巡らせながら見つめていた戦況に変化が起こった。
 ななが投げた鎖鎌、ステップを踏んだ直正がかわす。
 その瞬間だ、一気にななが距離を詰め、直正に当て身を喰らわせたのだ。意表を突かれた直正が体勢を崩し、地面に片手をついた。
 直正にとどめを刺そうとななが鎖鎌を振りかぶる。
(助けないと!)
 『プログラム』に乗るとか、乗らないとか、そういうことは関係ない。人殺しになるとか、ならないとか、そんなことも関係ない。
 それは大切な親友を守るための咄嗟の行動だった。
 ニューナンブM60の銃口が持ち上げられ、不安定に揺れながらもななへと向けられた。 

   §

 直正が体勢を崩した様子を見ても、久慈孔明(男子7番)は落ち着き払っていた。
 今のななの攻撃は素晴らしかった、それは認める。けれども、これくらいのことで負けてしまうほど、直正はやわではない。形勢を逆転するのも時間の問題だろう。
 確信を確かなものとして感じるために、親友に声をかける。
――直正は勝つ、大丈夫だ。
 しかし、その言葉が口から出ることはなかった。裕雄の手の中で揺れるニューナンブM60が目に入ったからだ。
「やめろ、裕雄」
 孔明が制止の声を上げる。
 ほぼ同時、直正は地面を転がってななの鎖鎌をかわし、鎖の部分を掴む。武器を奪えれば、形勢逆転となる。
 その時、一発の銃声が響いた。裕雄の制服の胸の辺りに穴が開き、そして、バランスを崩して近くの斜面を転がり落ちていく。
「クソッ!」
 反射的に襲撃者のいる方向へと発砲した。男子生徒が胸から血を流して倒れ込むのが見えた。
「半田くん!」
 藍の叫び声が響く。孔明はこの行為の意味を測りかねる。
(半田は殺る気のはず。なのに、津久井さんはどうして声をかけたりするんだ? 単純に心配しているだけなのか? 津久井さんなら、その線も捨てきれないけれど……、とにかく、不確定要素が多すぎる。いや、それよりも、まずは裕雄を助けに行かないと!)
 混乱する頭の中で、ようやく、取るべき行動を見い出した孔明が叫ぶ。
「直正、ここは退くしかない!」
 その声を聞いた直正は、ななを打ち捨てて走り出す。なながそれを追うことはない、戦意のない相手を追いかけることはない。それがななの武術家としてのプライドなのだろう。
 孔明と直正は、裕雄が転がり落ちた斜面を駆け下って行った。

 千野直正と桃井なな、2つの刃のつばぜり合いは、半田彰というもう1つの刃の登場により、勝敗が決せぬままに終わった。
 これから後、再戦の機会があるのか、それは誰にも分からない。

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