BRR(BATTLE ROYALE REQUIEM)
第2部
〜 真実の神戸 〜


 

44 「正しさの意味」

 C6エリアでの中里大作(男子13番)との遭遇から3時間弱、命からがら逃げ延びた田尾繁(男子9番)は、B6エリアの建物の影に身を潜めていた。といっても、大作やそれ以外の生徒からの攻撃を警戒して隠れているわけではない。薄い壁1つ隔てた向こう側に誰かがいるのだ。
 気づいたのは偶然からだった。大作との戦闘に敗れた繁は、必死に山を下った。そして、麓にあった大きな建物へと逃げ込んだのだ。回りから陰になる場所を探していると、建物と斜面に囲まれた格好の場所を見つけた。それが、この場所だ。
 繁は息を整えようと壁にすがるようにして座り込んだ。すると、どこからか誰かの声が聞こえた。小さかったために内容まで聞き取れなかったが、男子の声ということだけは分かった。
 慌てて立ち上がり辺りを見回したが、人の気配はない。声も聞こえなくなっていた。フッと息をついて腰を下ろす、すると、再び声が聞こえ始めた。それでピンと来たのだ、この声は壁を伝わって、建物の中から聞こえて来ているのだと。
 それは繁にとって、とても幸運なことだった。繁に残された武器は3つの手榴弾のみだ、屋外で人に向けて投げたとしても避けられてしまう可能性が高い。狭い建物の中にいる相手ならば、倒せる可能性が高くなる。それに、話をしているということは複数人だということだ。その中の1人くらいは当たり武器を持っているに違いない。繁が知っている支給武器はSMGに手榴弾、それに拳銃が2丁、確率的に考えて、建物の中にいる人間全員がハズレ武器にあたっていることはないだろう。また、徒党を組む時点で殺る気の生徒ではないということも付け込める隙といえる。
 あとは、タイミングを見計らって手榴弾を投げ込み、皆殺しにするだけだ。
 しかし、このタイミングというヤツが曲者だった。壁越しに相手の声は聞こえても内容までは聞き取れない。これでは相手の行動がまったく読めない。飛び出したところには見張りがいて、手榴弾を投げる間もなく撃たれるなんてことにもなりかねない。だからと言って、タイミングを計っているうちに、建物の外へと移動されては元も子もない。
 ああでもない、こうでもないと悩んでいるうちに3時間近く経過してしまった。だが、それも限界に近づきつつあった。政府支給の有難い腕時計の針は午後5時に近づいている。もうすぐ、辺りは闇に包まれる。奇襲をかけるには都合の良い時間帯であるが、それは相手も承知のこと、特に複数人である以上、交代で見張りをつけてくるだろう。そうなれば、隙を突くのは難しくなる。
 それに、夜になれば当然眠気に襲われるだろう。1人きりの繁としては、はやく武器を奪い、寝床となる隠れ家を探さなければ致命傷になりかねない。
 こうなったら、一か八か突っ込むしかないのか。そう思いかけた時だった。
『ギュィン、ギュイィィィィン……』
 突然、聞きなれない音が――いや、日常生活においては聞きなれた音が響いた。
 それはエンジン音だった、間違いない。どうやら、建物の中の連中は放置された車を奪って使おうとしているようだ。
――今しかない!!
 繁は走り出した。奪おうとしていた車のエンジンが見事にかかった瞬間、相手は全員そちらへと意識を集中していることだろう。こんなチャンスはもうこないに違いない。
 全力で走る、建物の横を抜ける、手榴弾のピンを抜く、そして、振りかぶる。
――喰らえ!!
 建物の中へと投げる、近くの茂みに飛び込む、背後では爆発音が響いた。
「やった!」
 叫ぶ繁の目の前には手榴弾の炸裂を示すように煙で満たされている。それが段々と晴れていく、この向こう側にはどんな宝の山(当たり武器)が眠っているのだろう。期待に胸を膨らませる繁の耳に絶望が響く。
「田尾か?」
 手榴弾で負傷しているとは思えない、強い意志を感じさせる声だ。
――そんな、どうやって避けたって言うんだ、煙の中にいるっているのに。
 その答えは、煙が晴れたことで明らかになる。やや長髪の髪の毛を揺らし、強い目をこちらに向けている北沢勇矢(男子6番)の手にはショットガン――ベネリM1スーパーが握られていたのだ。繁にとって、虎の子の手榴弾は打ち落とされてしまっていたのだ。
「どうして、こんなことをした?」
 勇矢が距離を詰めてくる。繁にとって、それはこの世の終わりとも見まがう程の恐怖でしかなかった。
「どうして、『プログラム』に乗ったりなんかしたんだ?」
 もはや勇矢の言葉など、耳には入らない。
「く、来るな!! 来るな!!!」
 叫ぶと、残りの手榴弾を手に取る。ピンを外すと、2つを立て続けに投げつける。瞬間、低く重たい音がこれまた2つ響く。辺りが煙に包まれ、そして晴れた時には勇矢は目前に迫っていた。
「殺る気なんだな?」
「あっ、あぁ……」
 怯えるばかりで答えの出せない繁へと銃口が向けられる。
――終わりだ、殺される。
 覚悟を決めた繁に対して、勇矢が口を開いた。
「さっさと行け、俺はお前を殺す気はない」
 一瞬、意味が分からない。さっさと行け、つまり、逃げて良いということなのか。
「行く気がないなら、ここで違う場所に逝ってもらってもいいが、どうする?」
 ベネリM1スーパーの引き金に指がかかる。
「あぁぁぁ、分かった、分かった、行くから、行くから許して」
 ここに至って、ようやく言葉の意味を理解した繁は一目散に走り出した。

   §

 繁は走っていた。方向など考える余裕もなく、ただ、走っていた。
――どうして、どいつもコイツも殺さないんだ。
 混乱していた、殺されることへの恐怖以上に、殺されないことへの恐怖に満たされていく。
――『プログラム』の中では俺が正しいハズなのに。
 どうして、どうしてなんだ……。

 薄暗くなりつつある島を暴走する彼の行く先は、破滅しかないのか、それとも。
 少年はただ、地面を蹴り続けた。心を満たす恐怖から逃げるように。

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