BRR(BATTLE ROYALE REQUIEM)
第2部
〜 真実の神戸 〜


 

45 「本当の強さ」

 H9エリア、診療所の中、小山田寛子(女子4番)たちは腰を落ち着けていた。
 加藤妙子(女子5番)の傷も、幸い銃弾が掠っただけだったために大事には至っていなかった。棚に残されていた消毒液を付け、包帯を巻いたので大丈夫だろう。今は疲れて眠ってしまっている。慣れない環境の上に、かすり傷とはいえ、銃で撃たれたのだ、無理もない。
 安東初江(女子1番)は窓際で外の様子を伺っている。夕焼けが闇に変わろうとしている宵の頃、夜に向かうにつれて視界が利かなくなる中で、いつ奇襲があるか分からない。そこで、交代で見張りをすることにしたのだ。
 腕時計の針に目を落とすと5時30分を回っていた、放送まで残り30分だ。千野直正(男子11番)たちは大丈夫だろうか。別れた後、背後から何度も銃声が響いてきた。
――せっかく会えたのに。
 彼らは寛子が待ちに待った、殺る気になっていない信用できるクラスメイトだった。そんな彼らと、せっかく巡り合えたのに、殺る気でないことを確認し合えたのに、別れなくてはならなかった。
――来てくれるかな?
 診療所か薬局へ行け、直正はそう言った。ならば、戦いが終わった後で、ここまで来てくれないだろうか。願望はある、しかし、その可能性は低いだろう。診療所にも、薬局にも先客がいたかもしれない、自分たちが殺る気の人と遭遇して目的地に辿り着けないかもしれない。正直、この場所に来るまでに誰とも遭遇することもなく、この場所に先客もいなかったことは奇跡に近いと思う。その奇跡にすがってここまで来るという危険を彼らが犯すだろうか。
 それに、治療が終わった後に到着を待つ約束をしたわけでもない。彼らは、自分たちが治療を終えたら、すぐに仲間探しに行く可能性も考えているだろう。様々な可能性を考えれば――考えたくはないけれど、直正たちがここに来るまでに戦闘に巻き込まれる可能性まで考えれば、この場所で無事に会える可能性はかなり低いといえる。
 寛子たちは一晩ここに留まることを決めた。メインの理由は、外よりも建物の中で眠った方がいいということだ。しかし、どこかで可能性が低いと分かっていても、直正たちが来てくれることを期待しているのも確かだ。
 それから、寛子にはもう1つ気になることがあった。実はこの診療所に到着した時、入り口の鍵が開け放たれていたのだ。裏口も、窓も、ご丁寧に2階のベランダへの通路まで鍵が閉められていたのに、玄関だけがだ。それに医薬品はキレイに整理されていて、素人でも何がどこにあるのか分かるようになっていた。おまけに、待合室のテーブルの上には非常食用の缶詰が置かれていたのだ――缶詰の中身は、すでに3人のお腹の中だ。
 こんな偶然があるだろうか。いや、偶然なはずがない。となれば、考えられることは1つだ。強制退去を命じられ、この島が『プログラム』の会場となることを勘付いた診療所の関係者が、わざと玄関を開け放ち、薬品棚を整理したうえ、缶詰をおいて行ってくれたのだ。この行為は『戦闘実験第68番プログラム』への介入とも捉えかねられない、見つかれば、最悪、処刑の可能性すらある。
 そんな状況で、これだけの便宜を図ってくれた名も知らない人たちがいる。もしかしたら、彼らこそが、自分の探しているものを――この『プログラム』の中にあっても手を取り合って、共に脱出を目指して戦うことの出来る仲間に必要な気持ちを持っているのではないかと思った。
 そう、本当に強い心を持っているに違いない。
 自分たちは戦い抜けるのだろうか。本当に強い心を持って、この行動が正しいと証明することが出来るのだろうか。
――明日の朝になったら、明日の朝があったなら、また、捜しにいかないと。

 間近に迫る午後6時の放送、少女は願った。助けてくれた少年たちの名が呼ばれないことを、そして、できることなら、誰1人、名前を呼ばれないようにと。
 それが、この『プログラム』の中では叶わぬ願いであろうと知りながら。

   §

「もう、こんな時間だね。一眠りしてからにしようか」
 美味しいは美味しかったけれど、細かい味までは感じられなかった中華料理を食べた後、少女と医師は診療所へと戻ってきていた。顔を上げると、時計の針は夜の10時を回っている。いつもなら眠る時間だ。ただ、今日は、こんな気持ちでは眠れそうにない気がした。
「ご両親には連絡しなくて大丈夫かな?」
「はい、先生の名前を出したら『――がお世話になった人だから』とOKをくれました」
「そうか。じゃあ、布団を持ってくるよ」
 医師が部屋を出て行く。少女は口から出かけた「このままだと眠れそうにないんですけど、もう少し、先まで聞かせてもらえませんか」という言葉を飲み込む。
 医師の横顔にかなりの疲れを感じたからだ。それに眠気はいつ襲ってくるか分からない、真剣な話を寝ぼけ眼で聞くわけにはいかない。特に、これから先は彼女のよく知る人たちの最期を聞かなければならないのだから。
 彼女は覚悟を決めたように、大きく息を吸って吐いた。

                         <残り36人>


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