BRR(BATTLE ROYALE REQUIEM)
第2部
〜 真実の神戸 〜


 

47 「傷ついた表情」

 見上げる山の中腹には天体望遠鏡を備えた研究施設の白い建物が見える。安達隆一(男子1番)は真中真美子(女子18番)とともに、G5エリアの山道を進んでいた。
 真美子の左頬にはハンカチが巻かれていた。血はとっくに止まっているが、真美子はハンカチを取りたがらないだろう。恐らく、この世に傷ついた表情を晒したがる女性など、いないはずだ。
 マシンガンによる襲撃から逃れた2人は、しばらくの間、G5エリアの茂みに身を隠していた。疲労とショックから眠ってしまった真美子、そんな彼女を見守りながら襲撃に備えていた隆一であったが、幸いにも、他の生徒と遭遇することはなかった。
 だが、いつまでも、誰とも遭遇しないというのはあり得ないに違いない。しかも、隆一もいつまでも起きているわけには行かない。いつかは、眠らなければならない。そう考えると、このまま、茂みの中にいるというのは得策ではないように思えた。
――今夜の寝床を確保しないと。
 そう考えた隆一は、午後6時の放送を契機に行動を開始した。だが、いざ、移動するとなると躊躇を覚えてしまう。圭の命が失われたE4エリア方向へと戻ることは躊躇われた。かといって、午前中に銃声が響いた、西側の市街地方面や、東南方向の山頂の展望台方面へと向かうのも危険な気がした。さらに言えば、午後に入ってから激しい銃撃戦があったとおぼしき、水軍記念館方面への移動は論外だ。
 というわけで、消去法から残った南方へと向かうことにしたのだ。もちろん、銃声がなかったから安全ということは言えない。誰かが隠れているかもしれないし、銃撃戦を演じた者たちが移動してきているかもしれない。
 気休め程度のことでしかないと分かっていた。けれども、他にどうしようもなかったのだ。
――もしもの時は、コイツらに頼るしかないか。
 隆一の左右のポケットには、それぞれ、ワルサーP38とデトニクスが刺さっている。真美子の精神状態から考えて、銃撃戦は無理だろうと判断した隆一がデトニクスを譲り受けたのだ。真美子には代わりに火炎ビンを2つ渡してある――それは圭の形見でもある。
 久々に圭のことが頭を過ぎったことで、隆一の顔が僅かに強張る。隆一は、友人を失っても冷静な自分が信じられないような気がした。親友だった圭が死んだのに、涙を流すこともない自分が。これは、「プログラム」という異常な状況に置かれているせいなのだろうか? 真美子を守るためには泣いている暇はないということなのだろうか? それなら分かる。けれど、本当は圭という存在を自分は思った以上に軽く考えていたのではないだろうか? そんなはずはない、けれども、それでは、どうして泣けないのか? 『プログラム』から解放されれば、泣けるのだろうか? 頭の中を感情が駆け巡る。
――そんなこと、今はどうだっていいだろう!
 必死で考えを振り払う。自分が考え事をしている間に襲撃をされたら、どうする。真美子を誰が守るのか。それに、疑問の答えを知るためには、答えが分かるまで生きていなければならない。そのためにも冷静であらなければならない。自分自身を無理やりでも納得させようと努める。
「ねぇ、安達君」
 背後から声がかかった。
「なに?」
 複雑に蠢く感情を隠そうと、出来るだけ冷静な声で答える。
「あのね。香川君のこと。あと、安達君のこともかな」
 いつもになく、静かな声だった。隆一にはその意味を汲み取れない。
「俺と圭のこと?」
「うん、安達君と香川君のこと」
 そこで間が空いた。
「話し難いこと?」
 真美子から躊躇という感情を感じた隆一は問いかける。本当は真美子の顔を見ながら話をするべきなのだろうが、周りへの警戒は怠れない。今は『プログラム』の最中なのだ、酷い運命であるけれど。
「うん、でも、今、話しておかないと」
 そこで一度切ると、息を吸い込むと、真美子は言った。禁断の果実に手を出すことに等しい言葉、
「永遠に話せなくなるかも知れないから」
 それは『プログラム』からの生存の可能性の低さを認める言葉、2人揃っての生存が否定される現実を認める言葉、隆一がもっとも聞きたくなかった言葉だった。
――俺は、何を答えられる。真中さんの問いに対して、どう答えるべきなんだ?
 認めたくなかった、2人揃って生きることが出来ない可能性が高いということは。けれど、それを否定するようなことを言えば、真美子は続きを話せなくなるかもしれない。それに、自分自身も深層心理の中では認めているのではないか? 『プログラム』を勝ち抜ける可能性が低いことを。
 そんなことは分かっていた。全部、分かっていた。けれど、隆一は抵抗した、抵抗したかったのだ。だから、こう答えた。
「大丈夫、これからも話す機会はあるよ。俺が、護るから。圭の分も、俺が真中さんを護るから」
 今、真美子はどんな顔をしているだろうか? 怒っているのか、それとも、穏やかな顔をしているのか。自分の考えなどお見通しでいるのか、反応に戸惑っているのか? そんなことを考えながら、真美子の回答を待つ。
 しかし、運命は続きの言葉を交わすことを許さなかった。
 夕暮れの薄暗くなった山道の反対側から、1つの影が近づいてくる。それに気づくなり、隆一は真美子の手を引いた。
「真中さん、こっち」
 他の生徒と出会った時には、とりあえず、身を隠す。面と向かって話すのは、相手が味方と分かってからでいい。
 その判断が、隆一たちの命を救うことになる。
『パラッ、パラララララ……』
 圭の体を打ち抜いたものとは、少し違った調子の銃声が響き、一瞬前まで2人のいた場所を熱い塊が通過した。
 両のポケットから拳銃を抜いた隆一、茂みの中を駆けながら、振り向き様に一発撃った。狙いは定まっていないと分かっていたが、威嚇ぐらいにはなるだろう。そんな気持ちだった。
 だが、そんなものはまったく通じない現実が立ちはだかっていた。そう、彼が銃弾を向けた相手は、あの野村将(男子14番)だったのだ。
――そんな、どうして、野村が!?
『パラッ、パラララララ……』
 すぐ背後の草を銃弾が叩く。
 他の相手なら陸上部の俊足を活かして振り切ることも出来るかもしれない。しかし、相手が悪い。長距離ならば、陸上部の自分たちに分がある。だが、短距離では分が悪い。中学校レベルだ、陸上部員よりも、サッカー部のエースストライカー、あるいは野球部の1番バッターの方が短距離走が早いというのはよくある話なのだ。運動神経抜群の野村将も例外ではない、残念ながら。
――でも、ここは退けない!
 隆一は心の中で叫んだ。すべて分かった上で、叫んだ。振り向いて、2発、3発と撃つ。
――圭の分も、俺が真中さんを護る!

 親友の分も少女を護ると決意した少年、彼は彼女の言いかけた言葉の続きを聞くことが出来るのか。
 夕闇に近づく山の中、決死の戦闘が始まった。

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