BRR(BATTLE ROYALE REQUIEM)
第2部
〜 真実の神戸 〜


 

48 「心は無傷のままで」

 目の前では3種類の銃声が交錯している。2つは安達隆一(男子1番)、そして、もう1つは野村将(男子14番)が放っているものだ。真中真美子(女子18番)は隆一の後姿を見つめていた。
――圭の分も、俺が真中さんを護るから。
 隆一の言葉が胸の中でこだまする。隆一は諦めていないのだ。2人揃って、ここから出られないか? ずっと考えていたに違いない。今も、マシンガンを持った将に向かっていっている。運動神経の面から見ても、不利だと分かりつつだ。
――永遠に話せなくなるかも知れないから。
 自分が言ってしまった言葉に胸が締め付けられる。どうして、あんなことを言ってしまったのか。前置きなんて必要なかったのではないか。ただ、自分の気持ちを告げればよかった、香川圭(男子4番)を失ってから気づいた。いや、それより前から、ずっと、心の隅にトゲのように突き刺さっていた。この気持ちを素直に告げれば、よかっただけなのではないか。
 言うのが怖かったから、だから、前提条件を求めた? 『プログラム』から生きて出られないかもしれないから、言っておく。そんな前置きが必要だった? 言うことには変わりないのに。
『パラッ、パラララララ……』
 考えているうちにも銃声は迫ってくる。隆一も必死に撃ち返すが、やはり、圧倒的不利に違いはない。じりじりと後退させられる中で、距離を詰められていく。
「クソッ」
 ひとつ毒ついた後で隆一は真美子の手を引いた。
「こっちだ」
 2人は大木の脇のくぼ地へと身を伏せる。荒い息を吐きながら隆一がデイパックに手をかける。紙製の箱を取り出すと、その中から銃弾を取り出し、デトニクスに込める。1発、2発、もはや、装填数まで込めている暇はなかった。
 くぼ地から一瞬だけ体を出すと、1発撃つ。
『パラッ、パラララララ……』
 反応が返ってきた。さっきよりも、かなり距離を詰められている。
 隆一がこちらを振り向いた。午後6時の放送を終えた後では、はじめてのことだった。嫌な予感がした、常に周囲の状況に気を配っていた隆一が、それを放棄した。その意味が、予感をもたらした。
「嫌!」
 反射的に拒否の言葉を発する。隆一が驚いたように目を見開く。
「分かってるよ。でも、他に方法がない」
「でも、嫌だよ」
 聞きたくなかった。この続きを言って欲しくなかった。
「それでも、やっぱり、こうしてもらうしかない。俺が食い止めるから、真中さんは逃げて」
 隆一がデイパックを地面に下ろした。その上にワルサーP38を置いた。デイパックの中には銃弾が入っている。持って行けと言うことだろう。
「野村、まだ、終わりじゃないぜ!」
 隆一が叫び、デトニクスの引き金を引いた。最後の1発が放たれる。
「じゃあね。俺、真中さんと会えてよかったよ。もちろん、圭と会えたのもね」
 デイパックのワルサーP38の上に、デトニクスが重ねられた。
 真美子には分かった、これから隆一がやろうとしていることが。隆一は体1つで将へと突撃するつもりなのだ。そして、真美子が逃げるのに十分な時間を稼ぐつもりなのだ。
 隆一の気持ちはうれしかった。自分を命を賭けて護ろうとしてくれていることが、とてもうれしかった。けれど、真美子の心は強い拒否反応を示していた。もう耐えられなかった、圭に続いて隆一まで失うなんて耐えられなかった。言いたいことを言う相手もいないのに、孤独な時間を過ごすことが耐えられなかった。だから、
「ごめん!」
 隆一を思っきり突き飛ばした。
「真中さん……」
 あっ気に取られている隆一に向けて、言葉を伝える。ずっと、秘めてきた想いを口にする。
「私、安達君のことが好きだったよ。けど、香川君のことも好きだった。どっちが好きなのか分からなかった。おまけに、これが恋なのかも分からなかった。けど、2人と出会えて良かった」
 視界がぼやけた。どうやら、自分は泣いているようだ。けれど、そんなことには構っていられない。最後の言葉を紡ぐ、もう時間がないのだ。
「ありがとう!」
 火炎ビンを銃声のした方向へと投げつける。火は秋の枯草を焦がす。くぼ地から飛び出すと、将が木陰へと身を隠すのが見えた。その隙に助走をはじめる、将が木陰から出てこないようにもう1つの火炎ビンも投げた。
 将が身を隠している木の横で火の粉が舞う。同時に、真美子は跳躍した、陸上部で鍛えた自慢の走り幅跳びだ。
 いつもの数倍に感じる滞空時間の後に、真美子はキレイな着地を決めた。首を横へと向けると、そこには将の姿があった。さすがの将も捨て身の特攻までは予想していなかったようで、マシンガンの銃口はこちらを向いてはいなかった。
「安達君、逃げて!」
 叫び、将の方向へと飛ぶ。すぐに振り払われてしまうかもしれないけれど、少しの間でいい、将と組み合っていれば、隆一が逃げる時間を稼げる。
 それは、やけに長く感じられる跳躍だった。スローモーションのように見える景色の中で、マシンガンの銃口がこちらを向く。
『パラッ、パラララララ……』
 将に届きかけていた体が衝撃を受け、反対方向へと飛ばされているように感じた。不思議と痛みはない。
 そして、脳裏に浮かんだのは、お世辞にもカッコイイとは言えないお笑い系な圭の顔と、 やや長め の髪と整った顎の ラインが特徴的で カッコ イイ 系 なり ゅう い ちの ……  …   。。

 もう傷つきたくない、顔は傷ついても、心は無傷のままで、これ以上、傷つかずに逝きたい。
 あなたに死んで欲しくない、あなたの死を知りたくない、少女の想いが森の中にこだました。

                         <1人退場:残り35人>


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