BRR(BATTLE ROYALE REQUIEM)
第2部
〜 真実の神戸 〜
49 「それぞれの道」
D7エリア、忍者博物館。半田彰(男子15番)の乱入を受け、桃井なな(女子19番)との決闘を切り上げた千野直正(男子11番)たちは、ここへと戻ってきていた。
「それにしても、危なかったな」
直正が高川裕雄(男子10番)を見下ろして言った。
「うん、そうだね。これ着てても、こんなに痛いくらいだもんね」
裕雄が脱ぎ捨てた制服の下には防弾チョッキが着込まれていた。その左胸あたりに弾の当たった跡が生々しく残っている。
「『これは国産の防弾チョッキです。もう1つ、米帝産の防弾チョッキが支給されている生徒がいます。機会があれば、性能を比べ、わが国の技術力を体感してください』、政府も酔狂なことを考えると思ったが、お蔭で助かったっていうんじゃ、文句も言えないな」
久慈孔明(男子7番)が裕雄の支給武器に付属されていた説明書きへと目を落としながら言った。
「孔明は、半田はやる気だと思うか?」
直正がいきなり核心に迫った。
「普通は、その前に生死を聞くもんじゃないか?」
孔明が肩をすくめながら、少し間を取った。
「でも、まぁ、聞く意味もないか」
「どうして? 孔明が撃った弾が当たったんでしょう」
裕雄が分からないというように言った。
「あぁ、だけど、半田は何の備えもなしに人の射程に入るような奴じゃないぜ。ということは、恐らく、半田が持っている」
「持っている? 何を?」
「それは、もちろん、米帝産防弾チョッキをだ。しかも、ご丁寧に血糊まで仕組んでな」
直正が答え、裕雄が納得する。
「そうか。だから、半田は」
「あぁ、裕雄と同様に、まったく問題なしとはいかないだろうけど、命に関わることにはなっていないだろうぜ」
言い切った後で、孔明は複雑な表情を浮かべた。これから答えなければならない質問に対する困惑のような表情にも見える、いつも感情を表に出さない孔明らしからぬことだった。
「それで、本題については、どうなんだ?」
「そうだな。俺は半田は乗っていないと考えている。半田が本当に殺る気なら、裕雄の頭を狙っていたはずだ。今回の銃弾は、防弾チョッキを着ていなければ、肺か心臓を貫ける場所に命中している。これだけの腕があるなら、頭を狙えば済む話だ。つまり、半田は裕雄を殺すつもりがなかった。恐らく、裕雄の制服姿が普段よりも着膨れしていたことから、服の下に何か着ていると踏んだんだろう。半田の支給武器が防弾チョッキで、裕雄の物と同じようなメッセージが入っていたとしたら尚更だ。それだけの洞察力が半田にはある。ただ、何のために裕雄を撃ったのか、あるいは桃井さんたちを助けたのかは分からないけどな」
珍しい熱弁だった。孔明がここまで他人を評価するとは驚きだ。
「そうか」
静かに頷く、直正。
「直正は、どう思うんだ?」
「そうだな」
言葉を選ぶようにゆっくりとした口調で続ける。
「正直、分からない。俺は、半田が裕雄を撃った瞬間を見ていないからな。なんとも言えない。それに、銃撃との時の衝撃は相当なものだ、半田の細腕でそこまで正確な射撃をすることが出来るのかも疑問だ。だから、悪いが保留でいいか」
「そうだな、それも1つの答えだな」
孔明が頷く。そんな2人の顔を見上げながら、裕雄が口を開く。
「これから、どうするの?」
それは大きな命題だった。今朝の話し合いでは「一緒に過ごす時間を大切にする」ことにした3人だが、小山田寛子たちの救出、仮面少女との戦闘、桃井ななとの決闘、半田彰の乱入などを経て、クラスメイト同士が殺し合う『プログラム』の現実を知った。そんな中で、考えに変化が生じていることも事実だった。
会いたいと願うならば、動いて探さなければならない。そうしなければ、放送で死亡が伝えられるのを聞くだけになってしまう。これから外は夜の闇に染まっていくばかりだが、それでも、朝を待つなどという悠長な気持ちにはなれないのだ。
「俺は動きたい。桃井さんともう1度、戦いたい。それと半田に仮面の女子、やらなきゃいけないことは沢山ある」
直正がしっかりとした口調で言った。
「うん、そうだね。俺も動きたい。俺もアイツを探しに行きたいよ。孔明は?」
「2人がそう言うなら、俺は止められないな。ちょうど、野暮用もあるしな」
孔明がニヤリと笑った。いつものように、けれども、これが最後になるかも知れない笑みを浮かべた。
§
忍者博物館前、3つの影は闇に紛れかけていた。もはや、太陽の名残は感じられない。
「じゃぁ、一先ず、お別れだね」
裕雄が笑顔で言った。
「そうだな。やること済ませたら、また、会おうぜ」
直正が頷く。武器の割り当ては、直正がニューナンブM60、孔明がギンバー1911、裕雄は国産防弾チョッキだ。
「あぁ、しくじって、無駄死にするなよ」
孔明が皮肉たっぷりに――それでも嫌味を感じさせない、いつもの不思議な口調で言った。
「集合場所は決めなくていいよね」
裕雄がデイパックを担ぐ。
「そうだな。決めたところで、そこが禁止エリアになったら意味がないしな」
直正が靴紐を結び終える。
「心配いらない、俺たちなら決めていなくても会えるさ」
孔明が言葉と同時に振り向く。
「じゃぁ、またね」
「あぁ」
「じゃあな」
そして、3人は、それぞれ、別々の方向へと歩き出した。
§
数分後、裕雄は坂道を下っていた。方向で言えば、E6エリア方向へと向かっている。
「おい、裕雄!」
背後から声がかかる。いつもなら、笑顔で振り返るところだが、今はそれをしない。しないと決めたからだ。
「ありがとう、孔明。桃井さんを狙ったこと、直正に黙っていてくれて」
「なぁ、裕雄はこれで本当に良かったのか? 今ならまだ、直正を追いかけられるぞ」
本当に稀有な出来事だった。普段はクールで「他人のことは他人のこと」という態度を取っている孔明が、人を引きとめているのだ。恐らく、裕雄を心配してのことなのだろう。3人の中では裕雄が明らかに戦力的に劣ることは周知の事実だ。
「あのね。俺は頼りすぎていたと思うんだ、直正と孔明に。だから、凄く不安だったんだ。もしも、桃井さんに直正が殺されちゃったらどうしようって。でもね、直正を信頼するなら『桃井さんとは、殺し合いにはならない』っていう、直正の確信も信じないといけなかったんだ。でも、あの時はそれが出来なかった」
「裕雄」
呟く孔明に対して、裕雄は背中越しに続ける。
「もしも、このまま、3人で一緒にいて死んだとしたら、俺は頼りきったまま終わってしまう。アイツにも会えない気がする。それに、今の俺じゃあ、足を引っ張ってばっかりだし。だから、1人でやらないといけないんだ。今だからこそ、1人で」
淡々と続ける、その言葉は今までの裕雄にない力強さに溢れていた。
「そうか。なら、思う存分、生きろ。そして、また、会おうぜ」
孔明には他に返す言葉がなかった。
「じゃあな。ありがとう、孔明」
言葉を残し、裕雄は1人、山を下っていった。
――今のは裕雄が心配で追いかけたのか? けど、俺だって裕雄の覚悟が分からなかった訳じゃない。それでも、心配だった? それとも、まさか、俺は恐れているのか? 会うことを、すべてを告げることを。
「チッ、俺らしくもない!」
裕雄の後姿を見送った孔明、押し込めていた感情が溢れ出すのを抑えるように吐き捨てると、2人とは違う方向へと歩き出した。
<残り35人>