BRR(BATTLE ROYALE REQUIEM)
第2部
〜 真実の神戸 〜
50 「リアリティ」
エリアのほとんどを住宅街が占めるH9エリア。地図によれば、このエリア内に診療所が存在するとのことだが、暗闇に紛れて確認できてはいない。そんな中、渡会博(男子21番)は獲物を探し求めていた。
左手にはスナイパーライフル、アキュラシー、右手にはアサルトライフル、64式自動小銃が握られている。桃井なな(女子19番)への狙撃失敗の後、G7エリアにおける64式自動小銃の奪取を経て、博は山を下りてきていた。
――そろそろ、誰かに会ってもいいんだけどな。
64式自動小銃を手にして以降、博の中で接近戦への期待は高まるばかりだ。これまで『サバイバルゲーム』の中で模擬的にしか体験できなかった戦闘を、本物の銃、本物の弾、本物の命で、本当の戦闘を経験することができるのだ。これほど興奮することがあるだろうか。
普通の人間であれば、死への恐怖が付きまとうだろう。宇宙戦艦での華麗な戦闘を楽しめるのも、ゲームの中であるからこそだ。これが、実際の戦闘であったなら、死なないために必死になることだけで楽しむ余裕など持てるはずもないだろう。
だが、博はそのような恐怖を感じてはいなかった。なぜかと言えば、絶対の自信があるのだ。『サバイバルゲーム』で経験を積んできた自分が、戦闘に関しては素人であるクラスメイトに負けるはずはない。博はそう確信している。
――けど、いくらなんでも、ここまで暗いっているのはな。
『プログラム』の開催地となったことで住民が退去した街、窓から漏れる光、街灯の光もない。おまけに空を見上げても、満ち欠けを繰り返しながら夜を照らす衛星の姿はない。そう、この日は新月だったのだ。
『サバイバルゲーム』好きの博だったが、夜間に開催されるものには経験したことがなかった。元々、夜間に『サバイバルゲーム』をやろうという人自体が少ないうえ、博がまだ中学生ということで誘うことを躊躇われた結果でもあった。
――人の気配はない、大丈夫だ。
塀や電柱、自動販売機の陰を利用し、身を隠しつつ進んでいく。もちろん、周囲への警戒も怠らない。
数メートル先の塀の陰に誰かが潜んでいるかもしれない、民家の2階で狙撃銃を構えている奴がいるかもしれない。いや、むしろ、そんな奴がいて欲しい。塀から飛び出した誰かは64式自動小銃の餌食となり、狙撃銃を構えている奴はアキュラシーによって打ち抜かれる。博の脳裏には勝利の2文字が踊っていた。
――さぁ、どこからでもかかってこい!
気持ちを高めつつ進んでいくが、依然として人の気配はない。そのうちに住宅街の外れにさしかかり、連なっていた民家が途切れ途切れとなり、畑などが見られるようになっていく。
――クソッ、夜は隠れていようってか。まぁ、それはそれで懸命な判断だけどな。誰か1人くら……っ!
博の耳がピクリと動く。少し離れたところか音が近づいてくる、そして、それが徐々に大きくなってくる。
間違いなく足音、畑の土や雑草を踏みしめる音だ。やや急ぎ足、いや、もっと早い、小走りに近い。周囲を警戒しているとは思えない。
――よし、これなら一発で十分だ。
相手が銃器を持っているとも思えないが、念には念を入れ、電柱の陰からアキュラシーを構える。
足音が近づくにつれ、心臓の鼓動が高まっていく。
――さぁ、早く来い! 俺の優勝への道はここから始まるんだ。
引き金に指をかける。間もなく、標的は道路脇の畑を抜け、射程へと入り込んでくるだろう。
体中から汗が染み出す、この緊張感がたまらない。このスリル、模擬戦闘では感じられないリアリティが、たまらない緊張感をもたらしていた。
そして、ついに人影を視界に捉えた。塀の陰になっている部分から飛び出し、畑を横切り、道路へと出ようとしている。
――喰らえ!
引き金を引く。サイレンサーの効果により音もなく発射された銃弾が、間違いなく標的を捉えるかと思われた。が、その直前、標的の姿が消えた。
――なに!? そんな!!
『バリン!』
ガラスが割れる音が響く、逸れた銃弾が民家の窓ガラスを割ったのだ。
「えっ! うわぁっ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
悲鳴が上がる、男子の声だ。だが、姿は見えない。代わりに、地面をのた打ち回るような音が響き、遠ざかっていく。
彼は畑のくぼみに足を取られて転倒していたのだ。偶然によって銃弾を避けた彼は、さらに、窓ガラスが砕ける音に冷静さを失い、地面を這うようにして逃げたために、博の射線から外れるという2重の幸運を得ていた。
――チッ、逃がすかよ!
64式自動小銃を構えると、追撃体勢に入る。周囲への警戒は普段よりも緩めでいい、先を逃げている彼が斥候の役割を果たしてくれるからだ。やる気の相手が潜んでいるとすれば、無防備に走ってくる相手を攻撃しない手はない。
道路を横切り、段差を飛び越え、畑の土を蹴る。くぼみに足を取られるようなへまはしない。
――さて、どっちへ行く。
相手は必死に逃げているようだが、博に見失う不安はない。足音に、時折上がる悲鳴、逃げる方向を教えてくれているようなものだ。
――無駄だよ、もう逃げられない。
差がどんどんと縮まっていくのを感じた。そして、ついに後姿を捉える。64式自動小銃の引き金を指をかけ、引こうとした瞬間だ。
「こっち!」
女子の声、まっすぐに走っていた人影が唐突に消える。
――しまった、マズイ!
反射的に飛んだ。低く重い音が響く、この音はショットガンだ。
さっきまでいた場所に留まっていたなら、今頃は全身に銃弾を浴びる羽目になっていたに違いない。
――チェッ、なんて奴だよ。
ショットガンの持ち主は、悲鳴を聞きつけて駆けつけ、自分だけを攻撃してきたのだ。
地面を蹴ると、民家の塀の陰へと飛び込む。
この状況から考えられるのは、
――殺る気の奴だけを攻撃するってか。
しかも、あの悲鳴だけで個人を確実に特定できるとも思えない。つまり、彼らは命の危険を省みず、他人を助けたのだ。この『プログラム』の中で、こんな戦い方をする人間が出るなんて考えてもみなかった。
――クソッ、今回は分が悪いか。
判断するやいなや、博は塀などを用いて相手の射線から逃れつつ、距離を開けていった。
リアリティを求めた少年の夜間戦闘は敗北に終わった。そこには2つの失敗があった。
1つは、逃亡者の上げる無用心すぎる大きさの物音が、接近しつつあった第三者の気配を隠したこと。
もう1つは、命の危険も顧みずに他人を護ろうとする存在など、あり得ないと思い込んでいたこと。
勝利を目指すのみの『サバイバルゲーム』とは違い、様々な思惑の入り乱れる『プログラム』、人間の感情のリアリティに触れた彼が思うことは……。
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