BRR(BATTLE ROYALE REQUIEM)
第2部
〜 真実の神戸 〜


 

51 「半田 彰」

 C9エリア、漁村の一角にある倉庫の中、津久井藍(女子12番)は小さな鉄製の椅子に腰掛けていた。
 少し離れたところでは桃井なな(女子19番)が地面に体育座りしている。首にタオルをかけ、地面を見下ろしている。
 そして、反対側には半田彰(男子15番)が足を投げ出すようにだらりと延ばし、同じく地面に座り込んでいた。

 千野直正(男子11番)たちが去った後、ななは彰に食ってかかった。
「どうして、邪魔するのよ!」
 ななにしては珍しい激昂だった。彰の制服の襟元を掴み、締め上げる。
「ちょっと、なな!」
 思わず、止めに入った。
「ダメだよ。半田くん、撃たれちゃってるんだよ」
 だが、ななは冷ややかな表情のままだった。
「そんなこと、どうせ、防弾チョッキ着てるんだから、関係ないでしょう」
「それはそうだけど、でも、着てたって、撃たれたら痛いよ!」
 思わず、叫んでしまった。どうして、あんな自分らしくないことをしてしまったのか、今思えば、不思議でならない。
「藍は黙ってて」
 ななは聞く耳を持たなかった。どんどんと力を込めていく。きりきりと首が絞まっていくのが見て取れた。
 だが、彰は顔色一つ変えず、ただ、ななの目を見つめ返していた。
「どうして、邪魔したのよ!?」
 叫ぶとともに、制服から手を離す。
 地面へと落ちた彰、それでも、ななから目を離さない。
「どうして、どうして。千野君は、私を殺す気なんてなかったのに」
 狼狽するななを見て、彰の表情が少しだけ変わった気がした。けれど、すぐにいつもの無表情に戻り、そして、言った。
「桃井さんが隙だらけだったからだよ。もし撃たなかったら、桃井さんは死んでいたよ」
 ななの目が見開かれ、そして、膝からゆっくりと体が地面に落ちた。
「相手は千野だけじゃなかった。違う?」
 追い討ちをかけるように冷ややかな声が響いた。

 あれから5時間近く経つが、ここに落ち着いて以降、特に会話することもなく、時間だけが過ぎていた。
「半田君」
 不意にななが口を開いた。
「なに?」
 抑揚のない声が返ってくる。
「私を狙っていたのは、どっち?」
「なんだ、そんなこと? 聞くまでもないと思うけど」
 背中越しに言葉が続く。
「高川だよ、言うまでもないだろう」
「でも、どうして。私は千野君を殺すような人間じゃないつもりだったのに」
 泣きそうな声だ。
「別に桃井さんから殺意を感じたからじゃないよ」
「えっ、じゃあ、どうして?」
「誰も彼もが強いわけじゃないからだよ。千野や久慈、桃井さんほど、高川は強くない。別に殺意や敵意だけが、殺そうとする理由にはならないよ。恐らく、高川が感じていたのは恐怖だよ。万が一のことが起こったらどうしようっていう恐怖、それが、引き金に指をかけさせたんだよ」
 それは意外なほど、穏やかな口調だった。子どもを泣き止ませる母親のような穏やかさだった。
――これが本当の半田くん、なのかな?
 彰が頑なに見せないようにしていた、でも、一緒に委員長をするようになってから僅かに感じていた、彰の本質がななに向けられている。その事実に、頭が白くなるような、熱くなるような、不思議な感覚を感じさせられた。
「だから、高川を止めたんだよ。出発の時より着太りしていたから、服の下になにか仕込んでいるのは分かったしね」
「そう」
 ななは顔を上げ、彰の背中へと視線を送りながら、言葉を紡いだ。
「それで、どこまで分かっていたのよ? 久慈君に撃たれることも分かっていたの?」
「久慈が撃ってくるだろう、ってことは分かっていたよ。でも」
 少し間が空いた。
「でも、久慈が反射的に撃ち返してきた弾が、チョッキの上に当たったのは運だよ」
「運?」
 思わず、聞き返してしまった。それが、あまりにも意外な言葉だったからだ。いつもは他人を見下すような口調で、自分が正しいと言い切る彰が、らしからぬ言葉を吐いたのだ。
「あぁ、運だよ。あの時、久慈の撃った弾が頭に当たらなかったのは運だよ。桃井さんの鎖鎌をチョッキで受けた時は、腕や足に向かってきたら避けることもできるように計算していたんだ。でも、今回は……」
 そこで切ると、彰が振り返った、表情はいつもの無表情。
「いや、少しお喋りが過ぎたかな」
 誤魔化すように言うと立ち上がり、こちらに向かってくる。
「はい、これ、返すよ」
「あっ、うん」
 差し出されたルガー ブラックホークを受け取る。
「あと、これも、渡しておくよ」
 彰は制服を脱ぐと、その下の防弾チョッキも脱ぎ、差し出してきた。
「えっ、でも、半田くんはどうするの?」
 好意は有難いけれど、これを受け取ってしまったら、彰は無防備の身を晒すことになってしまう。
「勘違いしないで、こういうのは、ないと生きていけない人が持つべきなんだよ。こっちは、こんなものなくても戦える。だからだよ」
 押し付けるように防弾チョッキを渡してくると、彰はデイパックを肩に担ぎ、背を向けて歩き出した。
「どこ行くのよ?」
 ななの問いに振り返ることもなく答える。
「別に、どこにだって自由でしょう。2人と組んだわけじゃないしね」
 言い残すと、倉庫を出て行ってしまう。

 去っていく半田彰の後姿に対し、2人はかける言葉を持っていなかった。

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