BRR(BATTLE ROYALE REQUIEM)
第2部
〜 真実の神戸 〜
52 「届かない想い」
それは妄想じみた非現実的な話にしか聞こえなかった。闇雲に走っていた間にいつの間にか擦りむいていた膝には消毒が施され、バンソウコウが貼られていた。
目の前にはショートヘアーの少女、小山田寛子(女子4番)が立っている。その向こうには、細身の少女とロングヘアーの少女が椅子に腰掛けていた。確か、細身の方が安東初江(女子1番)で、ロングヘアーの方が加藤妙子(女子5番)だったハズだ。
演劇部に所属していて、ちょっと活発で目立つ存在であるが、普段、会話を交わすこともなかった寛子に、名前すら思い出せないほどに繋がりの薄い初江に妙子、それこそ、クラスメイトということ以外の繋がりを見つけることも難しい。
そんな3人に助けられたことに、正直なところ面食らっていた。ただ、面食らっただけではない。それは面食らいすぎて、返って冷静さを取り戻せたほどだ。
しかも、彼女たち3人は、この会場からの脱走を企てており、そのために仲間になってくれるクラスメイトを探しているというのだ。本命は野村将(男子14番)のグループに、千野直正(男子11番)たち3人組、さらには、皆田恭一(男子19番)たちのグループ、そして、その他にも仲間になってくれる人がいるなら進んで迎え入れていきたい。
ハッキリってお笑い種だと思う。『プログラム』の中で口先だけで相手を信用できるだろうか、クラス内における立場だけで相手を信用できるだろうか。ハッキリ言って出来るわけがない。
確かに『プログラム』に乗っていない者がいることをは知っている。中里大作(男子13番)、北沢勇矢(男子6番)は、出会った時点では『プログラム』に乗っていなかった。引き金を引くだけで殺せたハズの自分の命を奪わなかったのだから間違いない――もちろん、その後に立場を変えた可能性も0ではない、それこそ、自分自身のように。
田尾繁(男子9番)は寛子の青臭いとしか思えない言葉を聞き流しつつ、思考を続けた。
そもそも、「仲間になってくれる人がいれば、進んで迎え入れる」ということ自体が甘すぎる。例えば、優勝を狙う気満々の人物がいたとしよう。そして、支給武器は手榴弾。ある程度の人数が集まったところで手榴弾を炸裂させれば、あっという間に大量殺戮が可能となるわけだ。
それに、脱出など可能なのだろうか。この国に『プログラム』が導入されてから半世紀近い時が流れている、実施回数も優に4桁に達しているが、そんな話は聞いたこともない。なんと言っても、参加者は所詮中学生なのだ。狡猾な政府が作り上げたシステムを突破できる可能性など、万に一つもないハズだ。
加えて、何かの間違いで脱出に成功したとしても、その後、どうしようというのか? 全国で指名手配、専守防衛軍のことだから、見つけ次第の射殺許可が下りるに違いない。家族のもとになど帰れない、それどころか、この国の中に居場所などないのだ。
――そんな中で生きていけるハズがない。
断言できる。『プログラム』に選ばれた以上は、生きていくためには『優勝』の2文字を目指すしかないのだ。理性にとらわれたままでは時間切れを待つことしか出来ない。もちろん、寛子の気持ちが分からないわけではない。自身も部坂昇(男子17番)と澄井愛美(女子8番)が生きていた間は3人での脱出を夢見て、あてのない妄想を繰り返したのだ。
――って、これは今更か。
そう、それは考えても仕方のないことだった。繁はすでに理性など放棄しているのだ。思っていることは唯1つ、「生きて、2人の分も夢を叶える、そのためにはどんな手段もいとわない」ということだ。だから、寛子たちの空論に付き合うつもりは毛頭ない。
「だから、私たちは仲間を集めようと思っているのよ」
そんな繁の思考など、予想だにしていないに違いない寛子の熱弁は続いていた。
「ねぇ、もし良かったら、田尾君も仲間になってくれないかな?」
到底乗れる話ではない。『プログラム』に乗っているかもしれない相手に対して、当てのない脱出話をして回って、仲間を募る――命がいくつあっても足りない。
だが、それは、真に受けた時の話だ。繁の視線が寛子の横に置かれているショットガン――SPAS12へと向かう。彼女たちの仲間になれば、このショットガンを、あるいはその他の銃器を任せてもらえるかもしれない。現在、丸腰状態の繁にとってはとても好都合な話だ。それに彼女たちと組めば、3人を弾除けとして利用することもできるだろう。これからもことを考えれば、診療所のベットで睡眠もとりたいところだ。
そんな打算の末に繁は答えた。
「わかった、どこまで出来るか分からないけど協力するよ。それが昇と澄井さんの供養にもなるだろうし」
「ありがとう!」
満面の笑みで答えた寛子に対して、繁は心の中では狡猾な笑みを浮かべていた。
うれしさを隠さない少女、それが「届かない想い」であったと知った時、彼女は何を見るのか。
3人の目指す、脱出への道は更に険しさを増した。
<残り35人>