BRR(BATTLE ROYALE REQUIEM)
第2部
〜 真実の神戸 〜


 

54 「月なき夜の死闘」

 禁止エリアになる直前にC6エリアを通過した千野直正(男子11番)はC5エリア内の斜面を慎重に進んでいた。桃井なな(女子19番)たちのことも気になるところだが、今の直正は違う目的に比重を置いている。
 それは『プログラム』に乗った人間の無力化だ。ななと戦ってみて分かったこと、それはななたちには『プログラム』に乗る気がないということだ。戦いの中で殺意を感じることはなかったし、どういう過程でかは分からないが、半田彰(男子15番)との間に友好関係を築いているようでもあった。あの2人が揃っていれば、まず、心配は要らないだろう。再戦は夜が明けてからでも遅くない。
 そうなると気がかりなのは、仮面少女をはじめとする『プログラム』に乗った人間の存在だ。小山田寛子(女子4番)たちのような『プログラム』に乗っていない人間が倒されていくのを黙って見ていることなど出来ない。何丁出回っているのかは分からないが、マシンガンを持っている奴などは出来るだけ早く無力化しなくてはならない――それこそ、最悪は命を奪うことすら覚悟して。
 そう思って、山中を進んできたが、目的の人物との遭遇はまだない。そろそろ、日付も変わる時間となったこともあり、寝床の検討も必要になってきていた。
――地図によれば、この先に祠ある。先客がいなかったら、そこで仮眠を取らせてもらうか。
 そんなことを考えながら進んでいた時だ。
『パパパパパ……』
『パラッ、パラララララ……』
 2種類の連射音、片方は仮面の少女の持っていたマシンガンのものに違いない。
「キャッ、キャァァァ!!」
 悲鳴が上がる。
――チィッ、マシンガンが2丁か。こりゃあ、悲鳴の主を逃がすだけで精一杯、また、護りながら戦う余裕はなしだな。
 そうこう考えていると、人影が近づいてきた。
「おい、どうしたんだ?」
 声をかけるが応答はない。それどころか、その人物は直正の影を捉えたところで、左向け左で90度回転し、斜面を下ろうとしはじめたのだ。
 どうやら、逃げている途中で、新しい敵に出くわしてしまったと思われてしまったようだ。
「待ってくれ、俺はやる気じゃない」
 しかし、この状況でそう言われて立ち止まる人間はいないだろう。案の定、その彼だか彼女だかは、よりスピードを上げようと地面を蹴る足に力を込める。が、ここは山中の割と急な斜面の一角だ、足元が滑りバランスを崩してしまった。
「大丈夫か!?」
 慌てて駆け寄り、体を支えてやる。
「千野直正だ、俺はやる気じゃない。誰かに追われているのか?」
「千野君、千野君は殺る気じゃないの?」
 そこで初めて、相手が女子であることに気づく。色白の肌、部活動で鍛えた女子の割りに筋肉質の腕、そして、短めの髪の2箇所をゴムで束ねてツインテールにしている、山北加奈(女子20番)だった。
「あぁ、俺はやる気じゃない。今は訳あって一緒じゃないが、孔明や裕雄、それから、桃井さんに津久井さん、後、半田も恐らくはやる気じゃない」
「そう、千野君は色んな人に会ってるんだね。わたしは、ずっと山の中に隠れていたの。奈歩やもみじたちとも、待ち合わせをしそびれちゃって、ずっと、1人だったの。ずっと、茂みの中にいたんだけど、いきなり近くで撃ち合いが始まって、それで逃げてきたんだ」
 加奈が一気にまくし立てる。
「そうか。分かった、山北さんは、このまま山を下って逃げて、ここは俺が食い止めるから」
 そう言うと、加奈を立ち上がらせる。
「じゃあ、行って」
「うん、千野君、ありがとう。また、絶対、会おね!」
 言い残し、加奈は山を下っていく。
 見送った直正は反対に、加奈の来た道を進んでいく。行く手に待ち受けるのは2人のマシンガン所持者、片方は女子と分かっているが、もう1人に関してはまったく情報がない。
――これは慎重に行くに越したことはないな。
 ゆっくりと音を立てないように進んでいく。絶対に相手に見つからないように。一歩、一歩、細心の注意を払う。
 この行動が、直正に最大の勝機をもたらすことになった。
 直正が山肌がくぼんでいる部分に差し掛かったときだ、前方から人影が現れたのだ。手には何やら箱のような物を持っている――マシンガンに違いない。あちらも慎重に周囲を確認しながら進んできているようだったが、幸いにしてこちらには気づいていないようだ。
――ニューナンブM60、いや、人殺しは避けたい。向こうはこっちに気づいていない。飛び出して手からマシンガンを引き離してしまえば、接近戦では負けない。
 状況判断を終えると息を潜めてチャンスを待つ。徐々に人影が接近してくる、タイミングを間違えるわけにはいかない。早すぎれば、相手に攻撃が届く前に銃弾の餌食になってしまうだろう。遅すぎれば、相手に発見されてしまい、これまた、銃弾の餌食にってしまう可能性が高い。
――よし、もう少しだ。
 大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐く。相手の姿が大きくなっていく、どうやら、男子生徒のようだ――と言っても、性別に関係なく、桃井なな以外に格闘で負けるハズがない。
――5、4、3
 心の中でのカウントダウン。
――2、1、よし、今だ!
「おらぁぁぁ!」
 陰から飛び出し、左足をマシンガンに向けて放つ。狙い通り、相手の体からマシンガンが離れる。
 次に必要なことは相手の無力化だ、右の拳をみぞおちめがけて放つ。完璧に決まったと確信した、奇襲からマシンガンの使用を不可能とし、人体急所への攻撃で戦闘力を奪う、これ以上ない攻撃のハズだった。しかし、
――なに!?
 拳が相手の腕に防がれたのだ。おまけに、あり得ないほどの素早さで体勢を立て直した相手は右足を蹴り上げてきた。
――誰だ、こんな強い奴がクラスにいたなんて。
 危うく左腕でガードすると負けじと蹴りを繰り出す。だが、この攻撃も空を切った。今度はがっちりとした太い腕が迫ってくる、普通、体格のある人間は素早さで劣るものだが、この相手にはそれがない。筋力と敏捷性を両立させている。
「クソッ、どうして、どうして、お前が乗っているんだ!?」
 打撃を危ういところでかわした直正が吼える。だが、相手――野村将(男子14番)からの返答はない。
 予想外の強さだった。将の運動神経の良さは知っていた、しかし、格闘では負けるハズがないと思っていた。けれど、ここまでとは、もしかすると、知られていなかっただけで、将は誰かの手ほどきを受けているのかもしれない。だが、そんなことは関係なかった。ここで負けるわけにはいかないのだ。殺る気になっている将を放置すれば、多くの犠牲者が出るに違いない。それだけは防がなければならない。
――そうだ、俺は負けられないんだ!!
 地面を強く蹴る。将の右足をバックステップでかわし、蹴りを繰り出した後の隙を付いて胸に飛び込む。迫ってくる左腕は体を90度、捻って避けた。
「喰らえ!!!」
 そして、ありったけの力を両腕に込め、拳底を放つ。これには、さすがの将も吹っ飛んで尻餅をついた。
 さらに追撃をかけようと、距離をつめかけた時だ。目に映ったのは胸のポケットへと手を延ばす将の姿だった。
――しまった、マズイ。
 咄嗟に左へと飛ぶ、瞬間、乾いた音が響き、今まで直正が存在していた空間が鉄の弾に貫かれた。
 それからの2人の動きは、方向が違うだけで、驚くほどに同じものだった。片や地面に落ちたマシンガンを目指し、片や地面に置いていたデイパックを拾い上げる。
――クソッ!!!
 斜面を駆け下りる直正。
『パラッ、パラララララ……』
 背後から連射音が響く。
 はじめからニューナンブM60を使い、殺す気で行けば間違いなく勝てたという事実が、頭の中で空しく反復していた。

 銃器はマシンガンだけという思い込み、将は『プログラム』に乗らないだろうという思い込み、殺しを避けたこと自体、完璧に思えた作戦の中に潜んでいた数々の甘さ。それらにより、最大のチャンスは失われてしまった。

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