BRR(BATTLE ROYALE REQUIEM)
第1部
〜コードネームの反逆者〜


プロローグ  「大阪・梅田を後に」

 1997年5月26日(月)。
 大阪、梅田の私鉄ターミナル。
 巨大なテレビスクリーンの映像は、ここ数日、大東亜共和国中を騒がせている事件の続報を伝えていた。
『プログラム担当教官殺害事件』
 狂っているが、良くできているこの国を保ってきたシステムの根幹『戦闘実験第68番プログラム』
 その『プログラム』から、初めて――いや、闇に葬られたケースも考えて、公にされた初めて(と、言っておこう)の脱走者が出たのだ。
 青年は、行方不明になったという2人の顔写真を映しているスクリーンを見上げた。
 長身、色白の顔に眼鏡をかけ、やや長い髪の毛がビルの隙間を流れてきた風になびいている。
 スクリーンから、少し距離がある場所に立っているために、雑踏にかき消された音声を聞くことはできない。
 画面が切り替わり、長髪でニヤついている男の写真が映し出された。
『殺害された坂持金発教諭』
 その下に、テロップが入った。
 青年の顔が、少しだけ強張る。
「いつまで、見ているのよ」
 隣の若い女性は、あきれ顔だ。
 黒いセミロングの髪を後ろでまとめ、何で鍛えたのか。引きしまった体つきをしている。
「すまない。でも、お客さんが来るまでは、仕事は休みだろう?」
 青年が、女性に話しかけている間に、スクリーンの映像は、1度『優勝者の川田章吾君→死体で発見』と切り替わり、また、行方不明の2人に戻っていた。
”ぱん、ぱん
 ターミナルには、不似合いな銃声が響いた。
 いくつもの悲鳴が上がり、群衆はパニック寸前の状態に陥った。 
「どうやら、密かに護衛ってわけにはいかないみたいだな」
「そうみたいね」
 身構える2人。
「警官のことは任せたぞ、夕凪」
 若い女性――夕凪がうなずく。
「暁は、あの子たちをお願いね」
 青年――暁は、うなずく代わりに走り出す。
 逃げ惑う人々の間をすり抜け、駅の構内へと入った。
「そこの2人、止まりなさい!」
 拳銃を手にした警官が叫ぶ。
 逃げる少年と少女、当然、止まる様子はない。
 少女は、ジーンズにダークグリーンのポロシャツ、その上にウスでのグレーのパーカーを羽織っている。
 小柄で、黒めがちの目、女の子らしい丸顔に肩までの髪。
 手配写真の制服姿ではないが、間違いなく行方不明となっている少女だ。
 一方の少年も、ジーンズとプリントシャツ、デニムジャケット姿であったが、やせ型でやや筋肉質、ウェーブのかかった襟足が肩まで伸びた髪と、行方不明の男子生徒に間違いない。
 手には、拳銃――ベレッタM92Fが握られていた。
――銃なんて抜くなよ。それじゃあ、正体がバレてなくても、銃刀法違反で捕まるだろ。
 内心、苦笑しつつ、2人の前に回りこみ、両手を広げて立ちはだかる。
「七原秋也さんに、中川典子さん、ですね?」
 少年の、いや、七原秋也(香川県城岩町立城岩中学校3年B組男子15番)の目が見開かれる。
――どうしよう、秋也くん。
 というように、中川典子(同女子15番)が彼の顔を見上げた。
「あんた、誰だよ?」
 警戒心をあらわにされる。
「おっと、失礼。私は、暁と申します。港まで、お2人をご案内させていただきます」
 目を丸くする2人。
「と、いいましても、なかなか信用してはいただけませんよね。あちらをご覧下さい」
 逃げ惑う人々、何も知らずに向かってくる人々、集まりつつあるやじ馬。
 人の波が交錯し、悲鳴、怒号、様々な声が飛び交う。
 その中で、悲鳴が上がる。
 夕凪の拳をみぞおちに受けた警官が倒れたのだ。
 彼女は、銃を奪うと走り出す。
「では、行きましょう」
「なんなんだよ、あんたたち?」
 小走りにロータリーへと向かう。警官を倒したことで少しは信用してくれたのだろうか、疑問を口にしがらもついて来てくれた。
「何だと思う?」
「えっ!?」
「だから、何だと思う。もしかしたら、さっきのも恩を着せようとしているだけかもしれないぞ」
「そうじゃない」
 首を左右に振る秋也。
「あんたたちは、俺たちを助けてくれたじゃないか。危険を犯して、警官と戦ってまで」
「どうかな。これからの戦いは『プログラム』とは違うぞ。あくまでも、中学生と管理する下級兵士が相手だった今までとは」
 車が、猛スピードで突っ込んでくる。
「この国をぶっ壊したいんだろう。なら、この国のすべてが敵になる」
 ドアを開き、2人を後部座席へと導く。
「覚悟はできているのか?」
 訊きながら、助手席へと飛び乗る。
「あぁ、あんたらからしかた甘いと思われるかもしれないけど、約束したんだ。川田と」
「そうか、お譲ちゃんは、どうなんだ?」
 運転席の夕凪がアクセルを踏み込み、車が急発進する。
 典子を見つめる暁。
「わたしは、わたしには、川田くんや秋也くんのような力はないけど、それでも、みんなのために戦いたいです。戦う秋也くんの力になりたいです」
 緊張気味に、それでも、しっかりとした答えが返ってきた。
「お嬢ちゃんも、そうか」
 2人に向けて笑いかけ、暁は続けた。
「なら、俺たちと君たちは同志だな。暁と夕凪、俺たちは『大東亜民族解放同盟』のメンバーだ。ところによっては『コードネームの反逆者』って呼ばれてる。名前くらいは、聞いたことあるだろう」
 少し間を空けて、返答が返ってくる。
「そんなこと、知るわけないだろう」

   §

 阪和自動車道から国道42号線へ抜け、走り続けること数時間。
 疲れているのだろう、後部座席の2人は、眠ってしまっている。
 助手席の暁は、無線機でさかんに連絡を取っていた。
 日付も変わった深夜、海岸沿いを続く道を走る。
 右は海、左は農地とまばらに建つ住宅、時間も時間だが、光はまったく見えない。
 赤い信号が点滅する交差点、夕凪がハンドルをきると、目の前に港が見えてきた。
 田舎町の漁港の狭い入り江には、小さな漁船がいくつも泊まっている。
 ここで、協力者の漁船に乗り、太平洋上の公海までむかう。
 洋上で、韓半民国の船に乗換え、韓半民国からは、韓半航空の便でアメリカへと向かう手はずになっている。
「着いたぞ」
 2人を揺り起こす。
 車を降りると、潮の匂いと心地よい風に迎えてられた。
「お待ちしておりました」
 堤防の先端の方から、小柄で、秋也たちと比べてもあまり年の変わらない印象を抱かせる女性が歩み寄ってくる。
 白いワンピースに、青いリボン付きでツバの広い帽子を持ち、茶色のロングヘアーが海風によって流されている。
 その姿は、反政府組織の構成員というより、どこかの名士のお嬢様を思わせる。
「暁さん、夕凪さん、ご苦労様でした」
 暗闇の中で、いっそう栄える白い服、幻想的にさえ感じられる姿の彼女だが、口をついて出た言葉は、暁たち――コードネームの反逆者の一員であることを示していた。
「宮崎楓です。ここから、お2人を合衆国まで、ご案内させていただきます」
 2人を船へと導こうとする楓。
「ちょっと、待てよ」
 反逆者たちの視線が、秋也へと集まる。
「いいのか? あんたは」
 楓を睨む。
「1度出国したら、再入国は難しいだろう。そこまでしていいのかよ」
「大丈夫です」
 きっぱりとした答え。
「わたくしは、どの道行かなくてはなりません。国外にいるメンバーとのつなぎのために。盗聴や傍受の危険がある以上、重要な連絡事項は、直接会って伝えなくてはなりません。お2人を合衆国までお送りした後、わたくしは欧州へと向かいます」
「そうなのかよ……」
「はい、それから、生活のためのお仕事もご用意させていただきました」
「用意しましたって、俺はロックの歌詞は知っていても、英語なんてしゃべれないし」
 戸惑う秋也。 
「その点は、問題ありません。あなたに、ワイルドセブン――七原秋也さんにぴったりなお仕事です。MLBの下部組織、教育リーグのチームへの入団手続きは整っています。本拠地球場の近くには、お2人の新居となりますアパートもご用意させていただきました」
 話しを聞くにつれて、秋也の表情は厳しくなっていく。
「どういうことだよ」
 暁につめよる。
「一緒に戦う同志って、言ったじゃないか。なのに、俺には野球しろって言うのかよ! 戦いなんか忘れて生きろって」
「君は、戦いには、何が必要だと思う」
「何って、それは、力とか、武器とか……」
――話をすり替えるな。
 というように睨む。
「その武器を買うには、金が必要だ。力があっても、腹を減らしたままでは戦えない。腹を満たす食料を買うにも金が必要だ」
「だから、なんだよ」
「君には力がある。早くメジャーリーグガーになって、億単位の年俸を稼いで、俺たちに活動資金を提供する。中川さんは、そんな君を支える。当面の君たちの仕事だ」
 真剣な表情。
「資金がつきれば、敗北が決定する。組織は君たちにかかっているんだ」
 秋也は言い返せない。
「秋也くん、行こう。ここまで、準備してもらって、その上、秋也くんの大好きな野球が、みんなの役に立つのよ」
 典子が背中を押す。
 少し考えて、秋也が答えた。
「わかったよ」
「どうやら、決まったようだな」
 秋也の肩を叩く暁。
「君の気持ちは分かる。川田君のためにも、戦いの前線に立ちたいのだろう。だが、それだけでは勝てない。自分に課せられた役割を、それぞれが果たした時、初めて勝利を得ることができるんだ。頼んだぞ」
 うなずく2人。
「では、行きましょう」
 楓に連れられ、船に乗り込んでいく。
「頼んだぞ」
 そんな2人の背中に向けて、暁が呟いた。

   §

 小さくなっていく船を見送っていると無線が入った。
 暁が、応答する。
「高野から連絡だ。大至急、香川県の城岩町に来いってさ」
「大阪から和歌山の次は、香川! 人使い荒いんだから、もう!」
「じゃあ、やめるか」
 答える代わりに、運転席へと乗り込み、エンジンをふかせる夕凪。

 『プログラム』史上、初めて公にされた脱出劇をきっかけにして、彼ら『コードネームの反逆者』の新たな戦いは始まった。


                  


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