BRR(BATTLE ROYALE REQUIEM)
第1部
〜コードネームの反逆者〜
1「脱出の代償」
5月27日(火)、夕刻。
香川県城岩町。
勤め先を出た高野正雄は、待ち合わせ場所へと急いだ。
色黒で短髪、スーツ姿とは不釣合い左手の指にテーピングを巻き、筋肉質の体は格闘家を思わせる。
町外れの空き地へと到着する。
時計の針は、午後6時12分、少し遅れたが問題はないだろう。
「遅いぞ」
左手に持っていた眼鏡をかけ、青年は顔を上げた。
「自分から呼び出しておいて、どういうことよ」
車の運転席から女性が、降りてくる。
任務中は、後ろでまとめている髪は解かれている。
いちいち、まとめたり解いたりするくらいなら、切ればいいと思うのだが、女心は複雑らしい。
「悪い、職員会議が臨時で入ってしまったんだ」
不機嫌そうな2人に頭を下げる。
「そんなの、どうしても抜けられない用事があるってことにすればいいでしょう。臨時なんだから」
口をとがらせる夕凪。
「いや、さすがに、新任教師の紹介に当人がいないってわけにはいかないだろう。それに、お前らだって、いい具合に仮眠がとれただろう」
言うまでもなく、高野も組織の構成員だ。
現在は、身分を偽って、城岩中学校に新任教師として潜り込んでいる。
つい先日まで、七原秋也や中川典子たちの通っていた学校――彼は『プログラム』に反対して惨殺された"とんぼ≠アと林田昌郎先生の後任ということになっている。
「で、何の用なの?」
車にすがっていた夕凪が、こちらへと歩いてくる。
「残念だけど始まってしまったんだ。専守防衛軍と政府による3年B組関係者への迫害が。こっちのルートから入った情報によると対象は」
クラス名簿を取り出し、説明をはじめた。
それによると、対象とされているのは『プログラム』中に脱出を企てた者と計画に加わった疑いのある者の家族だという。
具体的には、殺されるまで"ボス≠フ先導による脱出を信じていた黒長博(男子9番)、笹川竜平(男子10番)、沼井充(男子17番)の家族。
川田章吾(男子5番)の脱出計画に乗った杉村弘樹(男子11番)、幼なじみの千草貴子(女子13番)、彼が捜し続けていた琴弾加代子(女子8番)の家族。
そして、もちろん、脱出に成功した七原秋也(男子15番)、中川典子(女子15番)の家族もである。
尚、三村信史(男子19番)と瀬戸豊(男子12番)の家族も対象となっていたが、一等労働者である信史の父親が札束を積んだことによって、事なきを得たとのことだ。
名前の挙がった家族には、先ほど『国家反逆罪』の疑いでの『3日以内出頭命令』がでたそうだ。
出頭した人物の9割以上は死体になって帰ってくる(残りの1割は死体さえも戻ってこない)という悪魔の命令だ。
「11人も、脱出しようとした人がいたの?」
「さぁな。これは政府の連絡文章から得た情報だろう」
高野が頷くのを確認してから、暁は続けた。
「なら、『プログラム』の実施状況がわからない以上、脱出者が出たことへの腹いせに、些細な罪を大げさに書き連ねていると考えたほうがいいだろう。それで、仕事は、どこまで進んだんだ?」
再び、高野の説明がはじまる。
計画では、身の危険がある人々を極秘裏に移住させることになっていた。
更に、戸籍も改ざんして、新たな土地で再出発してもらうのだ。
海外に移住した方が安全なのだが、川田章吾のように、誰もが渡航費用を用意できるわけではないのだ。
しかも、言葉の通じない地で暮らすことは大きなリスクをともなう。
そのため、国内への移住となったのだ。
高野の説明によると、黒長、沼井、杉村、琴弾の家族については、暁たちが和歌山へと向かっている間に、無事に保護したとのことだ。
しかし、残り家族と秋也の育った慈恵館については、難航しているのだという。
理由は、小さな子ども存在だ。
子どもは、学校に通わせる必要があるが、偽名などを使いこなせるはずもない。
出頭命令を無視して逃げたとなれば、指名手配は免れない。
本名がバレれば、発見されてしまう危険性が極めて高い。
子どもの多い慈恵館は、特に大変だ。
だが、放っておけば、強制買い上げにより国有化されてしまう――国営の孤児院といえば、専守防衛軍兵士の養成所と化しているkとおは有名な話だ。
未来のある子どもたちをそんな目に遭わせるわけにはいかない。
「でも、慈恵館は何とかなりそうなんだ」
高野は、新たな計画について語り始めた。
国家反逆罪に問われている安野良子先生たちを逃した後に、、行き場をなくした子どもたちを、協力者が引き取るというのだ。
そして、戸籍の改ざんによって別人になってもらった安野先生たちには、協力者の施設で引き続き、子どもたちの世話をしてもらう。
すでに、書類も完成しており、移動とちょっとした手続きを残すのみなのだという。
「それで、私たちは何をすればいいの?」
「慈恵館のことを協力者に任せて、残りの3家族、中川家、千草家、笹川家に1人ずつ向かうんだ。2人の来る前にも、救出を試みたんだけど、軍のほうが動きが早くて手が出せなかった」
悔しそうな高野。
結局、高野が中川邸、暁が笹川邸、夕凪が千草邸へと向かうことになった。
それぞれの目的地に到着した後は、見張りの兵士を倒し、家族を救出する。
両親は、新たな土地へ。
子どもたちには、ほとぼりが覚めるまで慈恵館の子どもたちと一緒に暮らしてもらう。
家族が離れ離れになってしまうが、防衛軍兵士の暴挙によって命を落とすよりは、ずっとマシだろう。
出がけに、夕凪が言った。
「まったく、どうしようもない国ね。嫌がらせに関しては、こんなに手が早いなんて」
「まったくだ。早く潰してやらないとな」
高野は拳に力を込めた。
§
暁、高野と別れてから10分、夕凪は千草邸の近くまでやって来た。
玄関の前には、防衛軍兵士が2人も立っている。
彼らのいる理由は2つ。
1つ目は、逃亡を防ぐため。
もう1つは、3日の期間をすぎても出頭しない者を出頭命令違反で処刑するためだ。
つまり、出頭しても処刑、しなくても処刑ということだ。
――ホントに最低の国ね。
玄関へと歩み寄る。
「ご苦労さまです」
共和国標準の挙手の礼を行う。
しばらく、その体勢を維持していると、もういいというように、1人が手で合図してきた。
「何か用か?」
不良がそのまま大人になったような礼儀もなにもない口調。
「お疲れのお2人に、差し入れでもお持ちしようかと思いましたの」
近づいていく。
「それは、すまんね」
もう1人、中年の兵士が答えた。
「手を出していただけますか」
言われるままに手を出したくる2人。
――いくらなんでも、単純すぎるわよ。
ポケットから、何かを取り出すふりをする。
「どうぞ」
次の瞬間には、左右の拳がそれぞれのみぞおちを捉えていた。
玄関の扉に手をかけるが、鍵がかかっていた。
――仕方ないわね。あまり気は向かないけど。
高野がどこからともなく仕入れてきた合鍵を取り出す。
中に入ると、夕暮れ時でもう薄暗いというのに、電気さえつけられていなかった。
ディビングへと向かう――この家の間取りは頭に入っている。
「誰だ!」
中年男性の怯えきった声。
「私たちは、どうなってもいいですから、娘の、彩子の命だけは」
母親が哀願する。
2人のは、彩子と呼ばれた少女は何も言わず、犬を抱えていた。
どうやら、この家のペットのようだ。
「驚かせてしまって申し訳ありません。私は、夕凪と申します。『大東亜民族解放同盟』、『コードネームの反逆者』といえば、お分かりいただけますね」
「そっ、それは、名前くらいは存じておりますが、本物なんですか? 証拠は?」
上ずった声の父親。
「そのことでしたら、玄関先をご覧下さい」
恐る恐る玄関へと向かった夫婦は、外に倒れている兵士を目撃することになる。
それで、ようやく信じてもらえたようだった。
計画を説明すると、1も2もなく乗ってきた――99%以上の確率の死から逃れられるかもしれないのだ、拒む理由などない。
「時間がありません。荷物については、後日、清掃業者を装った仲間が回収し、お届けいたします。早くこちらへ」
歩き出す両親。しかし、彩子は座ったまま動こうとしない。
「どうしたんだ!」
「早くしなさい!」
厳しい口調の両親。
「静かにしてください。私たちは、無益な殺生はいたしません。外の兵士も、気絶させているだけです。大声を出しては、気づかれます」
彩子の目線に合わせてるため、夕凪もしゃがみこむ。
暗かったのでよく見えていなかったが、近くで見ると、姉ゆずりの美しい顔をしている。
1度だけ資料で見た彼女の姉・貴子の顔を思い出す。
血は争えないというやつだろうか。
ただ、貴子はプライドの高いお嬢様のような雰囲気を漂わせていたのに対して、彼女は庶民的で優しく幼さの残る顔つきをしていた。
「どうしたの?」
やさしく語りかける。
「ハナコも連れて行っていい?」
ハナコが少女の抱いている犬の名前だと気づくのに、少し時間がかかった。
「いいわよ」
「でも、新しい家がマンションとかでだったら飼えないよ」
「大丈夫、ちゃんと飼える家だから、新しいお友だちもハナコのこと、かわいがってくれるから」
彼女の顔が、パッと明るくなる。
「じゃあ、行く」
4人は、気づかれないように、その場を立ち去った。
§
車は、瀬戸大橋を渡っていた。
彩子と母親は、後部座席で寝込んでしまっている。
ハナコは、助手席の裏側で丸くなっている。
ハンドルを握る夕凪は、おとなくて賢い犬だと思った。
中川家と笹川家の家族の救出も成功したと連絡があった。
「あの」
助手席の父親が話しかけてきた。
「はい」
「先ほどは、失礼しました。私も、妻も、冷静さを失っておりました」
深々と頭を下げる。
「いえ、あの状況では、誰でもああなります。お気になさらないでください」
「ありがとうございます」
もう1度、頭を下げると続ける。
「彩子のことも、悪く思わないでやってください。あの犬を、上の娘がかわいがっていたものですから。貴子のことは、反政府組織の方なら、ご存知ですよね」
「はい、それから、彩子さんの気持ちも」
驚きの表情を浮かべる父親。
「きっかけもなしに、反政府活動なんてはじめませんよ」
バツが悪そうな顔。
「すみませんでした」
この会話の中で3度目の謝罪。
――こんないい家族を悲しませるなんて、許せない。
早く政府を潰したいという気持ちを新たにした夕凪だった。
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