BRR(BATTLE ROYALE REQUIEM)
第1部
〜コードネームの反逆者〜
2「砂漠の青年」
風に砂が舞っている。
激しく照りつける太陽の下、日干しレンガ造りの建物が建っていた。
もう何年も使われていないのだろう。
屋根や壁にはいくつかの穴が開き、朽ち果てた家具の残骸が転がっている・
その地下室。
地上とは違い、空気は多くの水気を含み、涼しく感じられる。
薄暗い部屋の中、顔全体をバンダナで覆った男たちがいた。
”とうとう、今日だな
1人が口を開く。アラビア語を操る彼らは、会話を続ける。。
”大統領の車列は、北からルート34に入ってくる
真ん中の机の上に、地図が広げられていた。
”そこをA地点とB地点から同時に狙う。さらに、C地点とD地点からは、出迎えの国王を狙う
全員がうなずく。
”いいな、失敗は許されない。一発で決めるんだ
”はい
同時に、独特のポーズでひざまずく。
大東亜で知られているどの宗教とも違う。
この地域の先住民に信じられている。
”殉教を恐れるな
”我らは行くのだ、我らが神の御前へ
”侵略者から、神々が地を守りし戦士、となる我ら
”必ず、楽園へと導かれむ
”恐れ逃げし者、無限地獄へと堕とされむ
声を合わせる。
”すべては、我らが神のために
立ち上がる。
”行くぞ
と、突然、地上へと続く扉がいたく。
灼熱の太陽と砂ぼこり、外の世界と部屋の空気が1つになる。
扉から地下へと続く階段の頂上、人が立っていた。
まぶしさのせいで、シルエットしか見えない。
”何者だ!?
”そうですね。あえて言うなら、神への反逆者ってところですよ
何かをすっと持ち上げる。
少し、目の慣れてきた男は、その正体を知った。
同時に、訓練の時に聞き慣れた音、自分たちがターゲットに向けて発するはずだった音が響く。
次々と倒れる男たち。
音がやんだ時には、立っている者はいなかった。
「フンッ」
嘲笑を残し、立ち去ろうとする襲撃者。
”待て、なぜだ!? なぜ、とどめを刺さない
振り返る。
”なに言っているんですか? 死んだら、神の御前に行けると思っている人を殺すなんて、幸せにしてやるようなものじゃないですか
前へと向き直る。
”どうしても死にたいなら自殺されたらどうですか。もっとも、自ら命を絶った者は無限地獄行きだそうですけど
言い残すと、光の中に姿を消した。
§
けたたましいサイレンの音とともに、10台以上の車両が到着する。
”通報者の方ですか?
軍用ジープの助手席から、サングラスに迷彩服姿の男が身を乗り出す。
どうやら、治安部隊の小隊長のようだ。
”太田晃(おおた こう)、大東亜共和国人です
パスポートを差し出した青年は、体系にはこれといった特徴もなく中肉中背といったところで、目深に被られた帽子――麦わら帽子のツバの部分をウェーブさせたようなそれのために視線を窺うことはできない。
”ワタシハ、アイシャト、イイマス
晃とは対照的に、片言のアラビア語で自己紹介する女性、アイシャ。
長身でセミロングの髪、伏目がちの視線は、儚げな印象さえ与える。
”彼女は、私の知人でして、大東亜共和国系イタリア人のアイシャです
2人のパスポートに目を通すと、うんうんとうなずく小隊長。
”それで、奴らのアジトは?
”あの廃屋です。30分前に入って行った顔をバンダナで覆った連中は、まだ、出て来ていませんよ
”ご協力、感謝いたします
アジトに突入した隊員たちは、すでに一味が倒されていた(しかも、重傷は負っていたものの全員、命に別状がなかった)ことに驚くことになる。
しかし、事情を聞こうと戻ってきた時には、すでに2人の姿はなかった。
§
隣町へと向かう乗り合いバスの中に2人の姿はあった。
”マタ、オヒッコシネ。アノマチ、ケッコウ、スキダッタノニ
”悪いな。でも、丁度いいさ。この国は、残念ながら我らが大東亜共和国と仲良しだ。国際手配犯の俺たちは、常に居場所を変えないと
2人きりの時でさえ、アラビア語を使うのも、共和国語を使っていると目立ちすぎるためだ
”ツギハ、ドコヘ、イクノ
彼女の方が、10cm近く背が高く。見た目には、姉と弟のように見える2人だが、主導権は晃にあるようだ。
晃の後を付いて行く幼い妹、そんなアイシャの言葉を打ち消すように、悲鳴が上がる。
運転手が急ハンドルをきったのだ。
「どうしたんだ」とバスの外に目を向けると、武装した男たちが迫ってきた。
”帝国主義の暴徒を許すな
”米帝を倒せ
口々に叫ぶ。
車内をを見ると、1人だけ白人の男が混じっていた。
”伏せろ!
晃も叫んだ
『大丈夫ですよ』
男性を介抱するアイシャ。
アラビア語とは違い、得意なイタリア語(大東亜共和国系とはいえ、イタリア人なのだから当たり前だ)で話しかける。
ディパックからアサルトライフルを取り出す晃。
窓ガラスを叩き割り、引き金を引く。
2、3人の男が倒れた。
”撃ってくるぞ
『このまま戦ったら、乗客に死傷者が出る。外で戦う』
敵に悟られないように、イタリア語で伝える。
不意を突かれた相手が怯んだ隙に、窓から飛び出した。
路肩に放置されていた廃車の陰に転がり込む。
”早く、アイツを倒せ
民間のバスからの思わぬ反撃にあせる指揮官らしきアゴヒゲを蓄えた男。
”甘いんだよ。そもそも、無差別テロなんてやっている時点で、お前らも帝国主義とやらと同レベルなんだよ。どちらも、俺が否定してやる。人の命を奪っていいわけないだろう
再び引き金を引く。
矛盾をはらんだ銃弾を受け、倒れていく男たち。
反撃は、廃車の側面をとらえるばかりで、晃には届かない。
”アイツ、強すぎます
”クッ……、覚えていろ、侵略者どもめ
捨てゼリフを残し、男たちは去って行った。
”大丈夫でしたか
運転席へと向かう。
”は、はい、ありがとうございました
中年の運転者は、声を震わせ答えた。
”これは、運賃と、それに、車体の修繕費です
運賃箱に、札束を押し込む。
”行くぞ、アイシャ
”ハイ、コウ
§
”悪いね。今度は、金までなくなっちまって
”イイヨ、モウ、ナレテルカラ
バスを降りた2人は、徒歩で1番近い街を目指していた。
”残り10マイルってところか、意外に近いな
標識を見上げる。
”デモ、キオンハ40ドヨ
その横に温度計を見つけたアイシャだ。
”どうりで、暑いと思ったぜ
雲ひとつない空を見上げ、太陽を睨む。
と、2人の横に黒塗りの高級車が止まる。
どうしたのかと振り向くと、助手席の窓が開いた。
”ミスター太田ですね
どこかの大企業で社長秘書でもやっていそうな、聡明で凛とした女性が顔を出す。
”どなた、ですか?
その人物は、おおよそ自分たち2人などとは関わり合いにはならない存在に思えた。
「失礼いたしました。私は、宮崎楓さまよりのご依頼で、お2人を捜しておりました。詳しくは、こちらをご覧下さい」
メッセージガードを手渡される。
それにしても、久々に聞く共和国語だ。
楓からのメッセージを読み終え、アイシャへと振り向く。
『楓から伝言で、本国へ戻って来いってさ。君はどうするかい?』
イタリア語でたずねる。
『もちろん、私も行くわ』
車の後部座席のドアが開く。
「空港まで、お送りいたします」
「よろしく頼むよ」
晃の表情が、その決意を物語っていた。
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