BRR(BATTLE ROYALE REQUIEM)
第1部
〜コードネームの反逆者〜


3「芝の上を駆ける者」

 スペインはマドリード。
 地元の人気サッカーチーム『マドリードFC』のホームスタジアム、大観衆を魅了する若きMFの姿があった。
 大東亜共和国系スペイン人、ラスティ西沢。
 3/4は、大東亜共和国人の血を持ちながらも、父方の祖父の国、スペインの国民として生きる道を選んだ異色の選手だ。
 当初、1/4しかスペイン人の血を持たないことから中傷を受けることもあったが、自らの実力で道を開いた。
 デビューから数試合はプレー時間が少なかったこともあり結果を出せずにいたが、開幕スタメンを勝ち取った昨季、トップ下として20アシストを記録し、一気に注目を集めた。
 175cm、68kgとサッカー選手としてはやや小柄ながらも、敵に当たり負けしないフィジカルとトレードマークのチームカラーに染められた髪、そしてなにより、その左足から生み出されるファンタスティックなプレーがファンを魅了した。
 今期は、得点力にもみがきをかけ、得点王ランキングでも3位の20ゴールをあげている。
 そんな彼だが、実はもう1つの顔を持っていた。

 シーズン最終戦を翌日に控えたこの日、練習を終えた彼は、帰宅の途についていた。
 大東亜共和国から母国スペインへと移って5年、住み慣れたマンションの階段を上る。
”おかえりなさい、ラスティ
 10階の部屋の前、夜の暗がりの一部分だけにスポットライスが当てられたように浮き出て見える白いワンピースの少女。
”誰? 俺には、出迎えてくれる恋人なんていなかったはずだけど
 笑いかける。
「まずは、前節の試合でのハットトリック達成、おめでとうございます」
 スペイン語から共和国語へと言語が変わる。
「どうも。それにしても、ここまで来るなんて珍しいな」
「ラスティさんも、元気そうでなによりです」
 相変わらす、事務的な口調だ。
「まったく、宮崎さんの素顔は、いつ見られるんだ」
「あら、そこはお互い様ですよ。ラスティさんも、いろいろと偽っていらっしゃるのでは」
「まぁ、立ち話もなんだから、どうぞ」
 部屋の中へと導き入れる。
 電気をつけると、荷物を片付ける。
「お茶、いれますね」
 立ち上がりキッチンへと向かう彼女、荷物を片付けている間にエプロン姿になっていた。
「えっ、いや、そこまでしてくれなくても、自分でするから」
「ダメですよ。明日、試合を控えているスーパースターに怪我でもされたら大変ですから。聞いてますよ、ランキング1位と2位の選手が全日程を消化しているために、明日もハットトリックなら得点王だそうですね」
 慣れた手つきでキッチンに立つ。
 当然だ、海外での任務のたびに、この部屋を訪れているし、そもそも、この部屋を選んでくれたのも彼女なのだ。
「まぁ、こういうのも悪くないな。どう、このまま、俺と一緒に暮らしてみない」
「そうですね」
 いつもより低い声。運んで来たコップを机の上に置く、わぜと音をたてるように。
「やっぱり、遠慮しておきます。素顔の私の心は決まっていますから」
 少しだけ顔色が変わる。
「悪い、ちょっと、ふざけすぎた。でもさぁ、俺だけ1人っていうのもなぁ」
 中東の晃とアイシャ、国内の暁、夕凪、高野に楓と、他のメンバーがチームで動いている中、自分だけ1人なのが、少々不満なラスティだ。
「仕方ないですよ。女性も、相手を選びますから」
 さらっと、ひどいことを言ってくれる。
「まぁ、その話は置いておきまして、今回の用件ですが」
 置いとくって、ひどいこと言ったのはそっちだぜ。と思いつつも、彼女の話に耳を傾ける。
『プログラム』で公にされた初めての脱走者、七原秋也と中川典子をアメリカまで送り届けたこと。
 それによって『国家反逆罪』に問われた関係者を保護したこと……。
 新しい情報が次々と語られる。
「なるほど、じゃあ、これで少しは世論も変わるかな」
『プログラム』の本当の目的は親しいクラスメイト同士でさえも、命の危機が迫れば殺しあうということを思い知らせることにある。
 それによって「信じていても、最後には裏切られる」というイメージを持たせ、一致団結しての反政府活動をさせないという狙いがあるのだ。
 協力し合って脱出を成し遂げた子どもたちの存在は、国を変えるきっかけになるはずだ。
「世論への影響は未知数です。国民へのマインドコントロールのレベルは高いですから、しかし、これを機に組織も本格的に動くことになりました」
「なるほど、中東の2人を呼び戻したのも、そのためか」
「その通りです。それで」
 言葉を制するように口を開く。
「口座の金なら、アメリカ経由でも、韓半民国経由でも、自由に持って行ってくれ。この前、新しいCM出演契約が決まったから、3億くらいは入っているはずだ」
 彼の役割は、大リーガーになってくれと送り出された秋也と同じものなのだ。
「わかりました。ですが、まだ、資金は不足しています。得点王獲得のボーナスも頼みますね」
「あぁ、まかせろ」
 力強く答える。
「それから」
 任務を終えて部屋を出ようとしていた彼女が思い出したように振り返る。
「行方不明のご家族の件ですが、見つかるかもしれませんよ」
 彼の表情がパッと明るくなる。
「高野さんが同姓同名の方と偶然出会ったそうなのです。後は、お会いして確認をとるだけです」
「そうか。でも、今は会えないな。こんなことやっているんだ。迷惑はかけられない」
 コップに口をつける。
「でも、もし、確認がとれたら、偽の福引なんかで、家族旅行くらいには行かせてあげてくれ」
 それが、彼にとっての精一杯だった。

   §

 翌日の午後。
 宮崎楓は、大英帝国の首都ロンドンへと飛んでいた。
 郊外の閑静な街並み、その中でもひと際目立つ白壁の家。
”ナミ ニシノさんですね
 庭の芝に水をやっているエプロン姿の女性に声をかける。
 子顔で美しい茶色の瞳を持ち、すらっとした長身はモデルを思わせる。
 それでいて、今のような家庭的な服装も違和感を感じさせない。そんなところも彼女の魅力だ。
”あら、珍しいわね
 彼女は、うれしそうに微笑むと、楓を家の中へと導きいれた。
「久しぶりね、楓」
 言語が共和国語へと変わると同時に、大東亜共和国系アメリカ人、ナミ ニシノは組織の構成員、西野波へと姿を変える。
――私はいったい、何ヶ国語を話すことになるだろう。
 内心、苦笑しながらも共和国語で応じる。
「急に来ちゃって、大変だったかな」
「大丈夫、ちょうど、お昼寝の時間だから」
 ディビングでは、彼女の3人の子どもたちが眠っている
「大河さんは、コート?」
「うん、大会まであと少しだから」
 彼女の夫、小野大河は、売り出し中のテニスプレーヤーで近く開かれる全英オープンで、初のメジャー大会制覇を目指している。
 つまり、大河の役割はラスティたちと同じということになる。
 ただ、波の役割は違う。
 中川典子が七原秋也のサポート役を期待されているのとは違い、彼女も資金を集める目的で動いているのだ。。
「今度、この映画に出ることになったの」
 うれしそうに冊子を持ち出した。
 表紙には、まだ、世間には公表されていない有名監督の新作のタイトルが書かれていた。
「本当は、誰にも見せちゃいけないのよ。まだ、大河にも見せてないんだから」
 恥ずかしそうに、はにかむ。
 これでいて、昨年の各映画賞の主演女優賞を総ナメにしたのだから侮れない。
「み、見事な演技をされてますもんね、波さんは。さすがです」
――なんとか、セーフかな。
 苦笑いの楓だ。
「ホント、気をつけてよ。楓だって、しばらくは、花には戻れないでしょう」
「そうね」
 悲しそうにうなずく。
「それで、本日は、どのようなご用件でしょうか」
 波の言葉を受けて、スペインで話したのと同じことを伝える。
「そうなんだ。じゃあ、大河には『絶対、優勝して』って伝えておくわ」
「お願いね。それから、例の件だけど」
 少し間をあける。
「ラスティさんの件は、何とかなりそうです。でも、大河さんの方は、まだ。高野さんたちは、一生懸命、やってくださっているのですが」
「そっか。でも、そんな顔はしないで、次に会う時には、いい知らせを待ってるわ」

 共和国へと戻る機内、波の言葉が頭から離れなかった。


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