BATTLE
ROYALE
〜 LAY DOWN 〜
第1部
試合開始
1
唐突に腹部に激しい衝撃を感じ目を覚まさせられた。
「いつまで、寝てんだてめぇ! 今日、修学旅行なんだろーが!!」
痛みで顔をあげると母が、咥えタバコで仁王立ちしていた。
「いってーな! 蹴ることねーだろ。ったく可愛い娘を何だと思ってんだ…いーかげんグレるぞあたし」
「グレんのは勝手だけどね、今まで育ててやった恩はきっちり返してもらうからね」
口から煙を吐き出しながら母が言った。
「親が子供を育てんのは当たり前だろ!!」
と言った瞬間、また蹴りが飛んできた。
「ウッ!!!」
「文句言うのは、10年早いんだよクソガキ!! あたしに意見したいんだったら自分で稼げるようになってから言いな」
「……か、かーちゃん、いくらなんでもマジ蹴りはねーだろ…」
今度はみぞおち直撃だった。
「うるせー! いーから、とっとと準備しな」
父の死後、女手ひとつで自分を育ててくれた母親だ。当然、感謝してるし大好きだ、けどすぐ手もしくは足が出るのは、はっきり言って勘弁してほしい。
実際は、第3者から見ればこの親にしてこの娘ありという似た者母娘なのだが。
修学旅行に行く準備を済ませリビングに行くと母は椅子に座って雑誌を読んでいた。
リビングといっても狭いアパートなのでキッチン兼用で申し訳程度にあるだけだ。他は、自分の部屋と母の部屋の2つしかない。
「かーちゃん、朝めしは?」
向かいの自分の椅子に座って聞いた。
「お前、今の時間分かってて言ってんのか?」
「え?」
言われて初めて時計を見た。
家から空港までどう考えても1時間以上かかる。今の時間は6時55分。集合時間は8時。
「げっ!! 嘘だろ!!」
言った時には、立ち上がっていた。
「おい、昨日も言ったけど北海道限定の日本酒忘れんなよ」
母が、慌てている自分を冷めた目で見つつ念を押すように言った。
「分かってるよ!!」
靴を履いて、なんとなく1回振り向いた。母と目が合った。
「じゃ、行って来るぜ」
ニヤリと笑いながら言って、山口若菜(東京都三鷹市立北原中学校3年E組女子19番)は家を出た。
*
若菜がようやく空港に着いた時には、8時20分を過ぎていた。
集合時間の8時を過ぎているとはいえ、みんな気持ちが昂ぶってるのかまだまだ騒がしかった。
とりあえずクラスの集合場所に向かおうとすると後ろからいきなり声をかけられた。
「若菜ー!!」
「えっ?」
息を切らしながら出入り口の方から走って来たのは、仲の良い友達の1人である渡辺鈴子(女子21番)だった。
「なんだ。鈴子、お前も遅刻かよ」
「違うわよ! あんたが来ないから心配して電話しに行ってたのよ!!」
若菜のとぼけたセリフにムキになって言い返してきた。
「わ、悪かった。そー怒るなって」
「まぁ、このまま来てなかったら怒ってたけどね…ていうか修学旅行の日に遅刻する普通?」
「しょーがねーだろ、しちまったもんは。まっ、間に合ったんだからいーじゃん」
鈴子の肩をポンポン叩きながら言った。
「ホントそーいう所は適当よね、あんたって」
そう言って、歩き出したので若菜も鈴子と一緒にクラスの集合場所へと向かった。
「そーいや電話しに行ってたって、お前携帯は?」
「急いでたから、忘れて来ちゃったのよ」
実は鈴子も遅刻ギリギリだったのだが、それはあえて言わなかった。
少し歩くと、見知った顔が集まっている所が見えた。
「あ、若菜来た!!」
言って手招きしているのは、佐川梨香(女子9番)だ。
ようやく集合場所に着くと、いきなり後ろから頭を小突かれた。
「いてーな! 誰だよ!」
「俺だよ」
答えたのは薄手のジャケットにチノパン姿の背の高い男だ。
「あ、あれ、今日はまた珍しい格好で……」
「よう、重役出勤か山口?」
「い、いや、その〜‥‥かっこいいですね、そのジャケット」嫌な予感がしてきて若菜は話しを逸らそうとした。
「ありがとよ。そんな事より俺の11年間の教師生活で初めてだよ、修学旅行に30分も遅刻した奴は」
担任の川村有生である。ちなみに普段学校にいる時は、いつもジャージ姿なのだがそれは知らなくてもいい事である。
「ど、どうも……」
「とりあえず、罰として修学旅行から帰ったらたっぷり課題を出すからな」
それだけ言うと川村は先生達が集まっている所に行ってしまった。
課題と聞いて、若菜の顔が軽く青ざめた事は言うまでもない。
「がんばってね、若菜!!」
「あたしも課題出されたいわ〜」
梨香と、女子の委員長でもある森川葵(女子17番)が近づいてきて、ほぼ同時に言った。
「お、お前らな〜‥‥って、うわっ!!」
「若菜ちゃーん!!」
梨香と葵に文句を言おうとした瞬間、いきなり後ろから抱きつかれギョっとして振り向くと、予想通り満面の笑みを顔中に浮かべて自分に抱きつく高村正巳(女子12番)がいた。
「抱きつくな〜!!」
「若菜ちゃん、ひょっとして照れてる?」
「アホか!!」
正巳が仲間内でじゃれてくるのは、毎度の事だし若菜もいい加減慣れてはいるのだが、この調子でレズ疑惑でも出た日にはさすがに笑えない。
「お似合いよ、あんたら」
笑いながら、葵が言った。
「うん、背が逆になっちゃうけど若菜が男で、正巳が女かなやっぱ」
「2人の身長が逆だったら、理想のカップルね」
鈴子と葵が、なぜか若菜と正巳のカップル論について真剣に話し合っている。
ちなみに鈴子と葵も若菜が到着する前に正巳の熱い抱擁を受けていたのだが、それはそれという事だろう。
「正巳! 若菜! こっち向いて!」
梨香の声に反応して、二人が同時に振り向くといきなりフラッシュが光った。
「くだらねー写真撮ってんじゃねー!!」
「ありがとー梨香ちゃん」
怒る若菜から離れ、正巳は梨香の手を両手で握って言った。
「まーかせて!」
「うん。梨香ちゃん大好き!」
「え……? ちょっと、正巳〜!!」
今度のターゲットは梨香(今日2回目)になったようだ。
「……お似合いだぜ、梨香」
「若菜〜!」
助けを求める梨香の声は無視して、若菜は周りを見渡してもう1人の友達を探した。集団からちょっと外れた所で本を読んでいる彼女の姿を見つけ若菜は駆け寄った。向こうも若菜に気付いたらしく顔を上げると小さく笑った。
「おはよう、若菜」
中野夕子(女子14番)は、いつもと変わらない声で言った。
「おう」
若菜が笑い返すと、夕子が笑いながら言った。
「なんとか間に合ったみたいね」
「参ったぜ。かーちゃん、起こすの遅いんだもん」
「このまま来ないんじゃないかって心配したわ」
夕子が読んでいた本をしまいながら言った。
「こっちのセリフだぜ、それ。お前こういうイベント事嫌いだし‥‥けど、しつこく誘った甲斐あったみたいで良かったぜ」
あまりに嬉しそうな顔で若菜が言ったので、夕子は苦笑した。
「そんなに、修学旅行が楽しみだったの?」
「当たり前じゃん! 中学最後の大イベントだぜ!」
「まあね」
力強く若菜は答えたが、夕子は苦笑しただけだった。
夕子はクラスで浮いている存在の一人だった。今年の一月、つまり2年の3学期の始めに転校してきたのだが、その時は学校中で”2−Eにすごい美人が転校して来た!!”と噂になった。(ちなみに北原中学にはクラス変えは無い。1年の時のクラスでそのまま3年まで進級するのだ。)最初のうちは、みんな色々話しかけていたのだが、夕子自身が全くと言っていいほどクラスに関心を持たなかったので、クラスメイトもある男子1人を除いて夕子にはあまり近寄らなくなっていった。しかし、その事を気にしている風でもなく夕子はむしろ1人でいる事に満足しているようだった。そういう状態になってから何日か経ったある日、若菜は街中で偶然夕子に会った。その日に遭った事がきっかけで若菜と夕子は大切な友人同士になったのだ。とはいえ、若菜以外とは必要以上の事はあまり話さずクラスから浮いている事に変わりはなかったのだが。
「……やっぱ、来たくなかったか?」
夕子が修学旅行に来たのは”本当は行きたくないけど、あたしにしつこく誘われたから来てくれただけなのかもしれない”と思い若菜は不安になった。
そんな若菜の様子を見て、夕子が口を開いた。
「そうね、正直あまり乗り気ではなかったわね。けど、若菜があそこまで言うんだからきっと楽しいんでしょう?」
その言葉を聞いて若菜が大げさな程うなずいた。
「うん!! 絶対楽しいって! それにこれはあたしのわがままだけど、お前がいねーとつまんねーもん!!」
あまりにも素直な言葉に、夕子はまた苦笑した。
その時、ちょうど川村が号令をかける声が聞こえた。
「よし、それじゃ点呼とって出発するからお前ら出席番号順に並べー!」
クラスメイト達がおしゃべりはやめずに、整列し始めるのを横目に見て夕子が言った。
「ほら、出発するみたいよ若菜」
「ああ。じゃ後でな」
*
飛行機に乗るのは初めてだった。
今から空を飛ぶと思うと緊張して、胸がドキドキしていた。
「こ、これ今から飛ぶんだよね……」
右隣に座る、同じく飛行機初体験の葵が聞いてきた。
「あ、ああ。何だよビビってんのか葵……?」
と言いつつ若菜もちょっと震えていた。
「そんな訳ないでしょ、初めてだからちょっと緊張してるだけよ…」
言い返した葵の声が、普段より弱々しかった事は言うまでもない。
そんな2人をよそに、左隣に座る夕子は静かに本を読んでいた。そんな自分たちのひとつ前の座席では、鈴子、梨香、正巳の3人が並んでおしゃべりをしている。少しして突然、鈴子が自分たちの方に身を乗り出して来て言った。
「これ、正巳が持ってたんだけど食べる? 2人共、顔青くなってるけど」
鈴子が差し出してきた物は、小さいキャンディだった。
「何、飴?」と言いつつ葵が受け取って、もう一つを若菜に渡した。
「リラックスキャンディだってさ。中野もいる?」
と、夕子の方を向いて訊いた。
「私はいいわ」と夕子はあっさり辞退して、また本に目を落とした。
「そ。じゃあ、やっぱ若菜と葵だけで毒味ね」
「……はい?」「毒味って何よ、毒味ってー!!」と2人が同時に声を上げた、だが「だってリラックスキャンディなんて聞いた事ないし不味かったら嫌でしょ」とあっさり返されてしまった。
「それに、もし不味くてもリラックスは出来るはずだから――」
鈴子の言葉は、そこまでしか紡がれなかった。なぜなら、鈴子の顔を若菜が両手で押さえたからだ。
「葵!!」
「オーケー! さぁ、毒味してもらいましょうか鈴子?」と言い終わった時には謎のリラックスキャンディは、鈴子の口の中に押し込まれていた。正に、若菜と葵による電光石火の連携プレーである。
「お味はいかが? 鈴子」
勝ち誇った顔で葵が訊いた。
「………美味しい」
「え?」「マジ?」
またも同時に言い、顔を見合わせた。そしてほぼ同時に、口の中にリラックスキャンディとやらを放りこんだ。2人の口にキャンディが入るのを見届けてから鈴子が言った。
「ふふふ、かかったわね! ……ていうか、ちょっと正巳!!」
鈴子は一旦口を開いて、口の中のキャンディをティッシュに吐き出してから正巳の方を見た。
「どーしたの、鈴子ちゃん?」
「どーしたのじゃないわよ!! ありえないんだけど、この味」
軽く半泣きの鈴子だったが、後ろの2人を忘れていた。
「す〜ず〜こ〜。飴もそうだけど、お前も充分ありえねーぞ!!」
言った若菜の目にもキラリと涙が浮かんでいた。
「ま、まぁまぁ2人とも落ち着いて……」と被害者であり加害者でもある鈴子が半泣きのまま言う。
「ていうか、この毒薬どこで買ったのよ正巳!?」
無論、葵の目にも涙と怒りが滲んでいる。
「さぁ? 家にあったの持って来ただけだから。そんなに不味いの?」
「……って、食べたことないのあんた?」
「うん」
「……長生きするわ、あんた」疲れた口調で葵が言った。
「ありがとー」
「けど、ここまで言われると逆に食べてみたくなるよね〜」と、ここまで一連の惨事を笑って見ていた梨香がいきなり口を開いた。
被害者3人の目が一斉に梨香を見つめる。
葵は「あんた、正気? あえて止めないけど……」と言うと持っていたリラックスキャンディの1つを梨香に手渡した。
みんなの視線を受けつつ、梨香がキャンディを口の中にいれ、そして言った。
「………え? 美味しいじゃん、これ〜」そう告げる梨香の表情は、笑顔だった。
この瞬間、若菜、鈴子、葵、3人の心は一つになった。そして、眩しすぎる梨香の笑顔を見ながら3人はこう思ったに違いない”み、味覚オンチ!”と。
そうこうしているうちに、ついに離陸のアナウンスが流れた。
さっきの毒薬(リラックスキャンディ)の事も、このアナウンスで頭から吹っ飛び若菜は思わず目をつぶった。
しばらくすると横から声をかけられた。夕子の声だ。
「もう空の上よ、若菜」
「え?」
おそるおそる目を開き夕子の向こうにある窓の外を見つめた。
「うっわ、すっげー!!」
雲を上から見下ろす壮大な景色に思わず歓声をあげてしまった。それから、自分の右横でまだ目を瞑っていた葵に「見ろ、葵!! すげーぞ、これ!!」と声をかけた。
若菜に促がされ、葵もおそるおそる窓の外を見た。
「ホント、すごい‥‥」
葵は呆然とその景色を見つめている。
「すげーよホント」若菜は何度もそう言って窓の外を見ていたが、ふと振り向いて夕子に訊ねた。
「なぁ、この空はさ、ずっと遠くの国とかでも変わんねーんだよな」
「そうね。変わらないわ。世界のほとんどのモノは時間が経つにつれ変わっていくけれど、今ここにある空は何処にあっても変わることはないわ、きっと、永遠に……」
そう言った時の夕子の顔はなぜか、とても悲しそうに見えた。夕子の視線の先にいるのは確かに自分なのに、夕子の視界に映っているのは自分の知らない何かであるような気がした。
「……そーだよな、うん」
急に寂しい気持ちになって若菜は夕子から視線をそらし、外の景色を眺めながらそう言った。
寂しい気持ちを紛らわそうと、これからこの修学旅行で起こるであろう楽しい事を考えようとしたが、若菜の心の底にしばらくの間残って消えなかった。
≪残り 42人≫