BATTLE
ROYALE
〜 LAY DOWN 〜
10
見た目は、田舎の住宅街という感じだ。
一戸建ての家がいくつか軒を連ね、所々に田んぼがある。
家は全て似たような作りで、特徴が無い。車やバイク、自転車などが置いてある家もあるが、使われているようには見えなかった。
そう、この住宅街には人間の住んでいる匂いが全く無いのだ。家の中には洋服もあるし、家族の写真もある。しかし、そこで人が生活を営んでいる形跡が無い。まるで虚構の街だ。
また外れのようだ。
二階の一番奥にあった子供部屋と思われる部屋を出て、菊池太郎(男子7番)は舌打ちした。
この島には、すでに人が住んでいないのか今までに訪れた家は全て、鍵が開いていたうえ無人だった。これで三件目だ。
別に住人を探していたわけでは無い。仲間になってくれるクラスメイトを探していたのだ。住宅街なら、誰かしら逃げ込んでいるものと思っていたが。
「クソッ! この辺にゃ誰もいねえのか?」
菊池は焦っていた。つい先程までは、まさか殺し合いに乗る者などいるはずないと思っていた。だが、20分ほど前に何度か銃声がしたのだ。銃声がしたという事は、言うまでもなく誰かが銃を撃ったという事だ。
”とにかく、仲間になってくれる奴を探さねえと……”そう思った。だが、それこそが自分にとっては一番の難題なのだ。
菊池はいわゆる不良である。とはいえ喧嘩、煙草、酒などをする程度のものだ。仲間で集まって、何かをしているだけで楽しかった。その何かが、一般的に悪いと言われる事だったというだけだ。仲間は沢山いるが、リーダーなどはいない。そんなものは必要無かった。つるんで馬鹿をやっているだけで楽しかったのだ。このクラスにも、その仲間はいる。神田文広(男子6番)、小柴省吾(男子8番)、関口春男(男子12番)の三人だ。
関口以外は出席番号が連番になっている為、出発前は簡単に全員合流出来るとタカをくくっていた。名前を呼ばれると菊地はすぐに外に出たのだが、待っていると思っていた文広の姿は見えない。どこかに隠れているのかと思い、周囲を探してみたのだが、どこにもいないようだった。何故、文広は自分達を待たなかったのだろう。分からない。考えても仕方が無いと思い、とにかく次の次に出てくるはずの省吾を待つ事にした。その省吾は歩いて学校から出て来たのだが、自分に気付くといきなり走り出し、そのまま林の奥へと消えていった。一瞬だけ見えた省吾の顔は、笑っていたような気がする。
どうやら自分は、仲間にすらやる気だと思われているようだ。関口はまだ教室にいるが、自分を信用してくれるとは限らない。仲間にすら疑われているのだ。他のクラスメイトなど、間違っても自分を信用してはくれないだろう。しかし、このまま一人でいるわけにはいかない。仲間を見つけなくては。それも条件付きだ。何があっても絶対にやる気にはならない、と思われている者。そういう人物を仲間にする必要がある。クラスの皆に、自分を信用してもらう為にはそれしかない。そうして菊池は仲間を探す為、D−3にある住宅街にやって来たのだ。
家の外へ出ると、ポケットから煙草を取り出し火を点けた。
”仲間を見つけられたとして、その後はどうすりゃいいんだ……”家の外観を眺めながら、改めてそう考えた。
菊池には今のところ、脱出方法など思い浮かばない。個人的には、どうにかして西郷達に一発喰らわしてやりたいところだが、実際に一番重要な事は生き延びる事だ。三年前のプログラムで脱出した生徒がいるという話を、ふと思い出した。
”どうやって脱出しやがったんだ?”考えてみたが、自分には想像もつかない。煙を吐き出し、煙草を地面に捨てた。
「とにかく、一つ一つ片付けていくしかねえか……」ひとりごち、菊地は歩き出した。
その事に気付いたのは、七件目の家に行く為、田んぼの間を歩いている時だった。
少し先にある林の中に、薄い明かりが見えている。明らかに人工的なものだ。
菊池はそちらに足を向けた。
先程の銃声の事もある。慎重に、周りを警戒しながら歩いた。もっとも相手が銃を持っていたら、どうにもならないのだが。ある程度の武器なら、多少の抵抗も出来るかもしれないが、菊池に支給された武器は注射器一本だった。こんな物でどうしろというのか。
明かりが完全に認識出来る位置まで来た。おそらくは、全員に支給されている懐中電灯の明かりだろう。
相手が誰かは分からないが、とりあえず声をかけようと思った。上手くいけば、仲間になってくれるかもしれない。
いざ呼びかけようと口を開こうとした時、相手が林から出てきた。予想通り、懐中電灯を持っている。もう一方の手の中にある物は、無線か何かだろうか。とにかく話しかけようと、口を開きかけて菊池は固まった。
「来ないでェー!!」
悲鳴が耳をつんざいた。手塚唯は小刻みに首を横に振りながら震えている。
「ま、待て! 俺は――」
やる気では無いと告げようとしたが、唯はもう一度悲鳴を上げると、出てきたばかりの林の中へと逃げていった。
「待ってくれ、手塚!!」
引き止めようとしたが、唯はもちろん戻って来ることは無かった。
しばらく呆然としてしまう。
「な‥‥何もしてねーだろーが、俺はー!!」思わず、叫んでしまった。
”何だってんだよ、クソッ! 何も顔見ただけで、泣きながら逃げるこたねーだろーが!”これは少なからずショックだった。菊池は自分のルックスには、密かに自信を持っている。それが、この有様だ。ショックを受けるなという方がおかしい。ちなみに唯が逃げた真の理由は菊池が不良だからで、顔の良し悪しは全く関係ないのだが、その事実に気付けるほどの余裕は無かった。
やはり女子を仲間にするのは難しいかもしれない。良くは知らないが、唯はかなり明るい性格だったような気がする。それでも話すら聞いてもらえなかったという事実を考えると、女子を仲間にするのは相当厳しいだろう。となると、やはり男子だ。クラスには、菊池から見ても骨のありそうな男が何人かいる。彼等を仲間に出来れば申し分ない。特に涼は絶対に仲間にしたいところだ。涼が仲間にいれば、他の者も自分を信用してくれるだろう。それに、涼ならば脱出方法すら知っていそうな気がする。
”まあ、とりあえずは、手当たり次第探すしかねえんだけどな……”何にせよ、今自分がやれる事は一つしかない。
七件目の家の前までやって来た。今度の家は、かなりの大きさだ。門構えからして、今までの家とは違う。豪邸というやつだ。
扉の前に立ち、ノブをひねってみる。やはり、鍵はかかっていない。靴を履いたまま、上がりこんだ。玄関脇に、今にも食いついて来そうな程リアルな熊の剥製が置いてあった。
「すげーな、こりゃ」
菊池も思わず、感嘆の声を上げてしまう。
探索してみると、一番奥が食堂になっていた。大きなテーブルと大画面のテレビ、壁にはどこかで見たことがあるような絵がいくつも飾られている。食堂だけで、菊池の家より広かった。ただ、ここにも人が住んでいるような気配は無い。
一階と二階を調べ終え、三階に上がってきた。階段のすぐ脇の部屋に入ってみる。どうやら書斎のようだ。物凄い数の本が、棚にキチンと並んでいる。ふと、机の方に目を向けると、菊池の目はそこに釘付けになった。
「うお‥‥マジか、これ」
書斎の机の上にはパソコンなどと一緒に、ある書物が置いてあった。この空間において、明らかに異彩を放っている。
少し迷ったが、菊池は手に取った。中を見てみる。血液が逆流してくるのを感じた。しばらくの間、その書物に目を奪われてしまっていたが、ややして部屋を出た。
”ここはヤバイ……”そう思い、隣の部屋に行く事にした。
他の部屋も全て見て周ったが、結局三階にも誰もおらず、特に何かに役立ちそうな物も見つからなかった。書斎の机に無造作に置いてあった無修正のポルノ雑誌を除いて。
この家を調べ終わった時点で、菊池は確信していた。この島全体としては分からないが、少なくともこの住宅街はゴーストタウンなのだと。これまで七件の家を見てきたが、全ての家に共通する事が一つあった。どの家にも食べ物が存在しないのだ。
”なんなんだ、この街は。今ってーより、初めっから人なんか住んでないんじゃねーのか……?”そう考えると、ぞっとした。
誰も住まない作られた街。だとすれば何の為に作られたのか。プログラムの為なのだろうか。それとも、何か別の理由があるのか。廊下に立ち尽くして、思わず考え込んでしまう。
”ちっ、らしくねーか……”この街の事で考え込んでいる自分が可笑しくなってきた。
気分直しの為、煙草を取り出し火を点けた。天井に向けて、煙を吐き出す。廊下の天井全体に、何匹もの龍の絵が描かれている。
”デケー家だけど、趣味は悪いな……”心の中で呟くと、煙草を捨てて家を出た。
菊池は生まれた時から狭い団地住まいなので、小さい頃はずっと広い家に住みたいと思っていた。今では、そんな風に思う事も無くなっていたが、あれだけの豪邸を見せ付けられると、さすがに少し羨ましく思う。
”兄貴達、何やってっかな……”兄と弟の事を考えた。
菊池は三人兄弟の次男だ。年齢が近い事もあって、小学生の頃はよく兄と喧嘩していた。どこの家でもそうなのか、一度も兄には勝った事が無い。中学に上がってからは他人との喧嘩は増えたが、兄とやりあう事は無くなっていた。今の自分なら、兄に勝つ事が出来るだろうか。もっとも、兄は有名高校に進学したので、不良の自分とは正反対の生活をしているのだが。
自分にとっての兄の存在が、弟にとっての自分なのだろう。不良に憧れる年頃なのか自分の影響なのかは分からないが、小学六年の弟は最近よく他の小学校の生徒と喧嘩をしているらしい。「喧嘩に勝つコツを教えてくれ」と言ってきた事もあった。
菊池は今、弟にアドバイスをしてやりたいと思う。喧嘩をするのはいいが、不良にはなるなと。
”何もしてないのに逃げられるってのは、結構キツイぜ……”心の底から、そう思っていた。
考えながら歩いている内に、次の家に辿り着いた。今度は、豪邸では無い。六件目までと同じ感じの見た目だ。
今までの家と違う事に、すぐに気付いた。鍵がかかっている。
”どうする?”鍵がかかっているという事は、中に誰かいる可能性が高い。誰かいた場合、強引な手段で侵入すれば、やる気だと思われてしまうかもしれない。それだけは避けたい。どうにかして、中にいる人物を特定出来ればいいが。
菊池は狭い塀の間を通り、裏に周ってみた。窓から室内の様子を窺うと、誰か床に座り込んでいるのが見えた。
”鈴木か……”すぐに分かった。E組で坊主頭の者は、野球部の鈴木拓海しかいない。
涼の友人でもあるし、仲間にするにはこれ以上無い人材だ。野球部でも厳しい練習に耐えてきたのだろうから、この状況でも自分を見失ってはいないはずだ。
仲間に誘う事を決め、菊池は窓を叩いた。
音に気付いて、拓海が立ち上がる。こちらに近付いて来ようとして、立ち止まった。
「なにっ!?」
菊池は思わず、目を見開いてしまう。
窓越しに拓海が銃口を向けてきたのだ。しかも、かなりの大きさだ。マシンガンというやつだろうか。拓海は何か叫んでいるが、防音効果があるのか全く聞こえない。
呆然として立ち尽くしていると、いきなり窓が割れ出した。
「うおっ!!」
菊池が身を伏せる。
そのままの体勢でいると、窓が割れた事で拓海の声が耳に入った。
「た、助けてくれ!! 殺される!!」
銃を撃った本人である拓海が、悲鳴を上げている。
”そりゃ、こっちのセリフだ〜!!”悲鳴を上げたいのは自分の方である。
しばらく身を伏せていたが、銃声が聞こえなかったのでゆっくり顔を上げてみた。
引き金を弾いた自分自身に驚いたのか、拓海は床にへたりこんでいる。悲鳴を上げながら、徐々に後退していく。
今しか無い。とにかくここから退散しようと思い、匍匐前進の要領で移動する事にした。ふと真横の塀を見て、息を呑んだ。コンクリートの塀が、所々破砕してしまっている。
”シ、シャレにならねー。あんなもん喰らって、生きてられる程タフじゃねーぞ、俺は!!”必死の思いで、移動を続けた。
玄関側に戻ると、すぐさま立ち上がり全速力で走り出す。
家屋が完全に見えなくなった事を確認すると、ようやく立ち止まりその場に座り込んだ。
「ヤ、ヤバかった……」
荒い息のまま呟いた。心臓の鼓動が早まっているのが分かる。
まさか撃ってくるとは思わなかった。拓海ですらあの状態では、他の男子にもあまり期待出来ないような気がしてくる。
”……てゆーか俺、そんなに信用されてねーのか?”さすがに、不安になってきた。
もう誰でもいいから、自分の事を分かってくれるクラスメイトに出会いたい。真剣にそう思う。
もしも神様なんてものが、本当にいるのならば。
星が瞬く空を見上げ、心の中で呟いた。信じ合える仲間が欲しい。
菊池は今、生まれて初めて、天に祈っている。
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