BATTLE
ROYALE
〜 LAY DOWN 〜
11
先程から休む事無く、すきま風が吹き付けてくる。
もう六月だというのに、気を抜くと震えてしまうほどの寒さだ。もっとも、震えは寒さのせいだけでは無いだろう。
正面に座っている加藤夏季も、真っ青な顔で震えている。
一時間程前に銃声が聞こえてから、ずっと沈黙が続いていた。
信じたくない事だが、やる気になっている者がいるのかもしれない。いや、そんな事をする者はいない。二つの相反する考えが、交互に浮かんではお互いを否定していった。それの繰り返しだ。
ふと隣を見て、池田一弥の頭に懐かしい記憶が蘇った。二年前、北原中学に入学した日の事だ。
一弥は小学生の頃までは長野県に住んでいた。小学校の卒業式間近に、父親の仕事の関係で急遽、東京に引っ越す事が決まったのだ。仲の良い友達と別れる事ほど辛い事は無い。卒業式の翌日に東京へ引越して来たが、それから入学式までの春休みの間は不安な日々を送る事となった。新しい友達が出来るかどうか、いじめられないかどうか。毎日のように、長野に住む友達に電話をしたものだ。
そうして入学式の日がやってきた。式が終わり、教室に向かう廊下を出席番号順に整列して歩いている時、真後ろの少年が一弥に話しかけてきた。どうやら鞄に付けていたサッカー選手のキーホルダーに興味を持ったらしい。一弥は小学校の時からサッカーが大好きで、少年サッカーのチームでも活躍をしてきた。話しを聞くと、少年も小学校の頃からサッカーをやっているのだと言う。それから好きな選手の話しや、応援しているチーム、サッカー漫画などの話しで盛り上がった。それがきっかけで仲良くなり、その少年は今では、自分にとって一番の親友と呼べる存在になった。
その親友、大島健二は今、真剣な表情で地図を見つめている。
視線に気付いたのか、こちらに顔を向けてきた。
「どうかしたか?」
「いや、何か落ち着かなくてさ……」
自分達の出会いを思い出していた、などとは気恥ずかしくて言えるはずもない。
「そりゃそうだ‥‥むしろ落ち着いてる奴の方が怖いぜ」
健二が苦笑しながら答えた。
「それもそうだな」
沈黙は破られたようだ。やはり無言でいるより喋っていた方が、精神的にも良い気がする。
「涼ちゃん‥‥どこにいんのかな……?」
ここに来てから、ほとんど口を開いていなかった夏季が唐突に言い出した。
「さあな」と言うと、健二はため息を吐いてしまう。
「無事だといいけど……」
出発後の事を思い返し、一弥はうつむいた。
一弥は実際に出発して外に出るまで、クラス全員は無理にしても、仲間は全員合流出来ると信じて疑わなかった。仲間というのは、今も一緒にいる健二と夏季を含め、涼、勝、拓海、啓介、良平、渡、そして自分の九人である。
自分の前に、良平、渡、勝の順で仲間が出発していたが、逃げ出してしまったのか待っている者はいなかった。後から出てくる仲間を一人で待つ事になった一弥は、学校の目の前にあった藪の中に身を潜め、他の仲間が出て来るのを待った。そうして健二、夏季とは順調に合流する事が出来たのだが、問題なのはこの後である。これ以降に出発する仲間は三人だ。その中で最初に出発する拓海までの間に、不良グループの面々が三人も出てくる事になる。彼等全員がやる気だと決め付ける気は無いが、殺し合いに乗る確率はかなり高いと見ていいだろう。それについて話し合った結果、ここに隠れていて見つかったら危険だという結論になり、安全な場所に移動する事に決めたのだ。健二は猛反対していたが、一人ででも移動すると夏季が言い出した為、最終的に折れる形となった。自分はといえば、どうする事が最良なのか分からず、言い争う二人を見ていただけだった。
移動を始めた一弥達は、地図に書いてある集落に向かう事にした。地図によると、この島に集落は三ヶ所あるらしいが、自分達がやって来たのはB−2の集落である。今いる場所は、その集落内の朽ち果てた廃屋のような所だ。こんな所に好んで立ち入る者は、まずいないだろうというのが、ここに落ち着く事にした最大の理由である。
また沈黙が戻ってきてしまった。
自分達の後に出発した仲間の事を考えると、罪悪感を覚えてしまう。
一弥は小さくため息を吐いて、三人の中央に無造作に置かれている三つの武器を見つめた。
”こんなもん使う時が来ちまうとは思いたくねえけど……”自分が武器を使用している姿など想像したくもなかった。
幸か不幸か、三つの内二つは当たり武器だった。夏季に支給されたのは、デザートイーグル50AEという拳銃だ。すでに弾は装填してある。健二が支給された武器にいたっては、大当たりと言っていいだろう。XZ61スコーピオンという名のサブマシンガンだ。ちなみに一弥にはノコギリが支給された。しかし、一介の中学生である自分達に銃など扱えるのだろうか。一応、説明書は付いていたが、読んだからといって使いこなせる物でも無いだろう。もっとも自分の武器は、ただのノコギリなのであまり関係は無いのだが。
「なあ……」と健二が、急に口を開いた。
一弥と夏季が目を向けたのを受け、健二が告げる。
「やっぱり‥‥涼ちゃん達を探しに行かないか?」
一瞬、空気が固まった。
「そ‥‥そんなの無理だよ、オーケン!!」
夏季が声を上げる。
ちなみに『オーケン』というのは、健二のニックネームだ。大島健二という名前から、島と二を抜いただけなのだが。
「無理じゃねえよ。俺達にはこれだけ武器が揃ってんだぜ。万一、誰かに襲われても対処は出来る」
「そんなの分かんないじゃないか!! 後ろから、いきなり撃たれたりしたらどうすんだよ!!」
夏季は息も荒く、言ってくる。
「そんな事にならないように、俺達は三人いるんだろう」
「けど!……」
言い返そうとしたが、言葉が見つからなかったようだ。夏季は、そのまま黙ってしまった。
正義感の強い健二にとって、涼達を待ってやれなかった自分自身が許せないのだろう。しかも、自分達は武器にも恵まれているのだ。合流出来なかった仲間を探しに行くのは、健二にしてみれば当然と言えるかもしれない。
口をつぐんでしまった夏季が、助けを求めるような目で一弥に向かって口を開いた。
「ねえ、カズはどう思う? やっぱり危ないと思うだろ?」
「え? 俺? 俺は……」
”俺はどうしたいんだ? オーケンの気持ちは良く分かる。けど、夏季の気持ちも分かる。じゃあ、俺の気持ちは?”どちらの気持ちも分かるのに、自分の気持ちが分からなかった。
答えられないまま、一弥は黙ってしまう。
「カズ?」
健二が顔を覗き込んできた。
「あ、いや、俺は‥‥どっちの気持ちも分かるっつーか……」
言いながら、自分が何を言っているのか分からなかった。
「……そうか」と健二がうなずく。
何が『そうか』なのだろうと、一弥は思った。自分は何も答えていないのに、何が分かったのだろう。もしかして、自分から意見を聞く事をあきらめたという意味なのか。
「とにかく、お前等が行かなくても俺は行くぞ」
「そんな!!」と、夏季が驚いた声を上げる。
「一人で行くなんて、無茶すぎる!!」
さすがに一弥も驚いて、声を荒げてしまった。
「危ないのは分かってる。でも、これだけは譲れない」
健二の決意は固いようだ。だからといって、いくらなんでも一人で行かせるわけにはいかない。必死で引き止める方法を考えた。考えている内に気付いてしまった。自分も、夏季と同じ意見だったという事に。
”なん‥‥だよ。俺は結局、ビビッてんじゃねーか……”そう思うと、情けなくなってきた。
”何がどっちの気持ちも分かるだ……。オーケンの気持ちが分かんなら、一緒に行きゃいいんだ!”それも出来ないのに、健二の気持ちを理解しているふりをして、強がってみせていただけだ。なんて弱い男なのだ、自分は。
「お、俺達が行かなくたって、涼ちゃんがきっと見つけてくれるよ! だから――」
「それがダメなんだよ!!」
夏季の言葉を、健二が大声で制する。
「オ、オーケン……?」
驚いて、一弥と夏季が目を向ける。
健二は荒い息のまま、口を開いた。
「確かに涼ちゃんなら仲間を探そうとすると思う。けど、それに期待するだけで俺達は何もしないのか?」
そこまで言うと、一度、息を吐いた。
一弥達は何も言えない。ただ呆然と聞いている。
「そんなのは‥‥ホントの仲間じゃねえよ」
言い終わると、健二はうつむいてしまった。
「そうかもしれないけど‥‥俺、怖いんだよ。めちゃくちゃ怖いんだ……」と夏季が小さく呟く。
”俺は……? 俺も‥‥期待するだけで何も出来ないのか……?”一弥は考える。今、自分に出来る事を。本当の仲間として、自分が進むべき道を。
うつむいていた健二が、再び口を開いた。
「なあ、こんな状況だからこそ、俺達は涼ちゃんに頼るだけじゃいけないんじゃねえのか?」
その言葉は、一弥達に言っているようでもあり、自分自身に言い聞かせているようでもある。
「考えてもみろよ。あいつだって、俺等と同じ中三なんだぜ。こんな事になって、怖くないわけねえんだ……」
そうだ。涼だって怖いはずだ。銃を向けられて、怖くないはずが無い。撃たれて、痛くなかったはずが無い。涼はただ、自分達よりもほんの少し勇気を持っているだけだ。
”俺は、どうなんだ。このままでいいのか?”このまま待っていれば、いつか涼が迎えに来るかもしれない。脱出方法だって、涼ならば思いついているかもしれない。自分は何もしなくても、仲間だから助けてもらえるかもしれない。本当の仲間。健二はそう言った。そうやって助かったとしても、自分達は本当の仲間と言えるのだろうか。
”言えやしない。そんなのは、友達って立場を利用してるだけだ……”今なら、それが分かる。
今までの自分達は、本当の意味で仲間では無かったのかもしれない。自分には無いのか。いや、無いわけがない。
”俺にだって、きっとあるはずだ!”そう信じる。涼が持っている、健二が持っている、ほんの少しの勇気が自分にもあるはずだと。
大きく深呼吸をして、一弥は二人に告げた。
「探しに行こうぜ。みんなを」
そう、今こそ自分達がほんの少しの勇気を持つべきなのだ。涼に負けないだけの勇気を。
「いいのか、カズ?」
本当はまだ怯えている。それでも、うなずいた。
「……わ、分かったよ。お、俺も行くよ……」
うつむいたまま夏季が言うと、小さく微笑して健二が口を開いた。
「よし。決まりだな」
このプログラムを乗り越えれば、自分達はきっと本当の仲間になれる。
芽生えたばかりの、ほんの少しの勇気を決して逃さぬように、一弥は強く拳を握り締めた。
≪残り 42人≫