BATTLE ROYALE
〜 LAY DOWN 〜


12

 改めて外側から見てみると、酷いものだ。
 一見しただけで分かるほど、斜めに傾いている。地震でも起きたら、間違いなく崩壊するだろう。
 たった今、出てきたばかりの廃屋を眺め、健二は唖然としてしまう。
 ”住むだけで病気になりそうな家だな……”とはいえ、今の今まで自分はそこにいたのだが。
「や、やっぱ、やだよ。一番後ろなんて」
「しょうがないだろ。じゃあ、一番前行けよ」
 用を足していた一弥と夏季が、ようやく廃屋から出てきたようだ。何やら言い争っている。
「何やってんだよ?」
 二人に近付いて、健二は訊いた。
「夏季がまた、後ろが嫌だって言い出しやがって……」
 どうやら、歩く順番の事で揉めていたようだ。それぞれの支給武器を考え、先頭に健二、真ん中に一弥、後ろに夏季という順番で歩く事に決めたばかりなのだが。
「だって……」
「なんなら、俺と変わるか?」
 健二は苦笑しながら訊いた。
「う‥‥それは……」
 そう言うと、夏季は口ごもってしまう。
 実は廃屋で順番を決めた時から、夏季はごねていた。一弥と武器を交換出来るのなら真ん中にさせても良いのだが、やはり銃は手放したくないという事だった。
 このままでは、いつまで経っても出発出来そうに無い。さすがに健二も困ってしまった。
「参ったな……」
 夏季はうつむいてしまっている。
「おい、夏季! そんなに嫌なら、ここに残れよ」
 苛立った様子で、一弥が口を開いた。
「そんなのやだよ! 一人になっちゃうじゃないか!」
「じゃあ、どうしたいんだよ?」
 問われると、また口を閉じてしまう。
 どうすれば夏季が納得するかは分かっている。答えは簡単だ。今の武器のままで、夏季の順番を変えればいいのだ。もっとも、それが出来ないから困っているのだが。
 ”仕方ねえか……”他に方法は思い浮かばなかった。これでも納得しないようなら、本当に置いて行くしかない。
「カズ」と声をかけた。
「え?」
「俺がノコギリを持って後ろを歩く。お前がコイツを持って先頭になってくれ」 
 そう言いながら、XZ61スコーピオンを一弥に手渡そうとした。
 これが健二の考えた最終手段である。危険な事には違いないが、他にどうしようもない。
 顔を上げた夏季が、呆然と自分を見ているのが分かった。
「ち、ちょっと待てよ! 正気か、お前!?」
 短い沈黙の後、一弥が声を上げる。
「一応、そのつもりだぜ」
「つもり‥‥って、お前……」
 それだけ言うと、一弥は思い切り脱力してしまったようだ。
 健二は夏季に向き直り、口を開いた。
「そういうわけだ。これで納得してくれるか?」
「……え‥‥でも、オーケンはそれでいいの?」
 納得はしたが、健二の身が危険に晒される事に不安を抱いているようだ。
「まあな、心配すんなよ」
 そう言って、夏季の肩をポンと叩いた。
「するに決まってんだろ!! いくらなんでも、無茶だって!!」
 今度は一弥が納得出来ないようだ。
 スコーピオンを無理矢理一弥に持たせると、健二は笑みながら言った。
「俺がヤバくなったら、お前が助けてくれんだろ? 試合の時と同じだぜ」
 そう、サッカーの試合と同じだ。自分が点を奪われると、一弥がゴールを決め取り返す。一弥達フィールドの選手が点を奪えず苦戦している時は、自分は意地でも相手にゴールを割らせない。それと同じだ。
「試合って……」
 黙ってしまった一弥の胸を、拳で軽く叩く。
「いつもと同じだ。後ろは任せろよ」
 短い沈黙の後で、一弥は舌打ちした。
「分かったよ! 前は任せとけ!」
 そう言うと、一弥も胸を叩き返してきた。
 試合で苦戦している時にやる、気合の入れ合いだ。
 一弥は呆れたような表情になっている。夏季はまだ不安そうな表情をしたままだ。
 二人の肩に手をかけた。
「よっしゃ、行こうぜ!」
 
 それから、かれこれ1時間以上歩いている。
 目的地はA−8辺りにある集落だが、まだ半分も来てないかもしれない。分からない。
 口数は時間の経過とともに減っていった。
 ただでさえ周囲を警戒しながらの移動なので、時間がかかるのは当然かもしれないが。
 ”ナメすぎだぜ、あの地図……”考えるだけで頭にくる。
 多少雑に描かれているくらいならまだ許せるが、支給された地図はいくらなんでも酷すぎた。絵の問題では無く、場所を示す書き込みが恐ろしく適当なのだ。地図には、廃屋のあったB−2から目的地の集落までの直線上には何も書かれていないが、今健二達が歩いているのは樹海としか思えない場所だ。しかも、急斜面の山である。それともプログラムの地図というのは、こういう物なのだろうか。
 健二はすでに、現在地すら把握しきれていなかった。A−8に向かっているのかどうかさえも分からない。
 前を行く二人の背中を見た。
 一弥も夏季もうつむいたまま、黙々と歩いている。
 その様子を見て、ようやく気付いた。自分も含めて、誰も周囲を警戒していなかった事に。
 ”緊張感が薄れてきてる。このままじゃ、マズイ……”この状態のままだと、やる気の者が迫って来ていても気付かない恐れがある。
 想像してしまい、思わず息を呑んだ。
 一旦、休憩でも取った方が良いかもしれない。そう思うと、健二は沈黙を破った。
「なあ、ちょっと休憩しないか?」
「おお〜! 俺もずっと、それ言おうとしてたんだよ」
 すぐさま振り返り、一弥は指を鳴らした。
「良かった〜。マジ疲れたよ〜」
 ようやく笑顔を取り戻してそう言うと、夏季はその場に座り込んでしまった。
 それに続くように健二達も座り込む。
 一弥はデイパックを下ろすと、すぐに支給されたペットボトルの水を取り出した。
「そういえば、水あったんだっけ……」
 そう言うと、夏季もデイパックを探り始める。
 健二もペットボトルを取り出し、封を切った。
「うめー!! 最高!! 生き返るぜ!!」
 すでに何口か飲んだらしい一弥が声を上げる。
「声がでけーよ、バカ!」
 思わず突っ込んでしまったが、気を取り直して健二も水を口に運んだ。
「うまーい!! 最高!! 生き返った〜!!」
 今度は夏季が声を上げた。その瞬間。
 乾いた地面に、液体が飛び散った。それは、あっという間に地面に染み込んでいく。
 驚いた一弥と夏季が振り返る。
 二人の視線を浴びながら、健二は小刻みに震えている。口を開いた。
「だ‥‥だから‥‥声がでけーっつってんだろ、ボケー!! 吹き出しちまったじゃねーかよ!!」
 樹海中に轟くほどの大きさで、健二は叫びを上げた。
「わ、悪い、ホント」「ご、ごめん、オーケン」
 一弥と夏季が、ほぼ同時に言った。
「ま、まあ、いいよ。とりあえず、声だけは小さく行こうぜ……」
 ――お前もな。
 という突っ込みは入れずに、二人とも何度か首を上下させた。
「ふう。ところでさ……」
 おもむろに地図を取り出し、一弥が口を開く。
「なんだよ?」
 周囲を見回しながら、健二は訊いた。
「俺達って、今この辺にいるんだよな?」
 地図を広げ指差した場所は、エリアで言うとB−4の部分だ。
 廃屋にいた時の健二の想像では、もうそろそろB−7辺りにいるはずだった。学校から廃屋へ移動した時の時間と、廃屋から現在地と思われるB−4辺りまでの時間を考えると、エリアによって移動にかかる時間がかなり違う事が分かる。
「多分な……」
「それがどうしたの?」
 夏季も地図を覗き込んできた。
 一弥は黙って地図を見ている。
「カズ?」
 健二が訊くと、ようやく口を開いた。
「……なあ、行く場所変えないか?」
「行く場所変える?」
 驚いて、一弥の言葉を反復してしまった。夏季も目を丸くしている。
「ああ。このままじゃ、いつになったら着くか分かんねーだろ。それに……」
「禁止エリアか……」と健二が引き継いだ。
 確かにそうだ。樹海でさまよっている間に、ここが禁止エリアに指定されたら危険極まりない。しかも今の自分達は、ここからA−8までの正確な道すら分かっていない状態だ。それならば一弥の言うとおり、目的地そのものを変えた方が良いかもしれない。元々、特に理由があってA−8の集落に向かっていたわけではない。涼も含め仲間になってくれる人間を片っ端から集めるつもりで、健二は廃屋を出てきたのだ。もっとも、その事は二人には言っていないのだが。
 禁止エリアの事を考え、思わず沈黙してしまった三人である。
「……その方が良いかもな」
「ああ、樹海から出たらまた考えようぜ」
 これまでの移動が無駄足になるが、プログラムという状況を考えると、そんな事を言っている場合でも無い。
「だな。このままA−8に向かうより、よっぽど良さそうだ」
 そう言って健二は、一弥とうなずきあうと夏季の意見を聞こうと目を向けた。
「夏季。お前も、それでいいか?」
 健二が訊いたが、返事は無い。
「夏季?」と、もう一度声をかけてみる。
 やはり返事は無い。目線はこちらに向けられているが、健二を見ているわけでは無いようだ。
「夏季!!」
「え?」一弥が大声で呼びかけると、ようやく振り向いた。
「何、ボーっとしてんだよ?」
「あ、ごめん。でも、何か物音したような気がして……」
 気になって仕方ないのか、夏季の目は不安そうに揺れている。
「物音? そんなの聞こえたか?」
「いや……」
 注意深く耳を傾けてみるが、物音など聞こえない。夏季の勘違いでは無いのだろうか。自分の後ろは高い木に阻まれていて、この位置からでは目で確認する事は出来ない。
「気のせいじゃないのか?」
「う、うん。そうかも……」
 自信無さそうに夏季がうなずいた時、一弥が声を上げた。
「き‥‥気のせいじゃねえぞ!」言い終わる前に、すでに立ち上がっていた。
「どの辺だ?」
 健二も腰を上げ、抑えた声で訊いた。
「もしかして、あっちの方?」言いながら、夏季が指で場所を示す。
 今の健二達の位置からだと、少し右寄りの場所だ。同じ位置という事だろう、視線を移すと一弥もゆっくりとうなずいた。
「……り、涼ちゃんかな?」夏季が呟く。
「さあな。……見てみなきゃ分かんねえよ」
 そう言うと、健二は物音がしたという方向に歩きだした。
「行くしかねえか……」一弥も後を追う。
「ち、ちょっと!」
 先に行ってしまう二人に、夏季も追いすがった。
 少し歩いただけで、物音の主は確認出来た。辺りを警戒している様子は無い。あの辺りは相当足場が悪いのか、時折立ち止まっては足下を確認している。
 ”どうする……?”声をかけるべきかどうか、判断に迷う相手だった。少なくとも健二と親しい間柄では無い。
 やる気になるような人物では無い。問題は、自分達を信用してくれるかどうかだ。
「声かけないの?」
 夏季が不思議そうに自分を見ている。
「いや、あいつと話した事ほとんどねえし、信用してもらえなかったらどうしようかと思って……」
 そう言いながら、思わず頭をかいてしまう。これは困った時の健二の癖である。
 少し驚きながら夏季が口を開いた。
「え? だって高村さんだよ。絶対、大丈夫だって」
「あ? ああ、まあ、そうだよな……」
 樹海の中を一人歩いている
高村正巳を見つめながら、健二は曖昧に答えた。
 やり取りを聞いていた一弥が、声を殺して笑いだした。
「カズ?」と夏季が目を向ける。
「じ、実はさあ‥‥オーケンって、女としゃべんの苦手なんだよ」
「え‥‥えェー!?」
 驚いて大声を上げてしまった夏季である。
「て、てめえ‥‥カズー!!」
 実はそうだった。健二は女子の前に立つと、何故か緊張してしまい上手く喋る事が出来ないのだ。父と二人の兄という、男ばかりの家庭で育った事が影響しているのかもしれない。母親は、健二が幼稚園の頃に他界していた。
「誰かいるの?」
 正巳が声を上げた。こちらの声が聞こえてしまったらしい。
「行こうぜ」一弥が促がし、歩き出した。
 健二達も後に続く。
「池田君!」
 足下を気にしながら、正巳が駆け寄ってくる。
「オーケンと夏季もいるぜ」
 ようやく目の前まで来ると、正巳は目に涙を滲ませた。
「高村?」
「私‥‥怖かった‥‥ずっと一人で……」
 それ以上は言葉にならないのか、黙り込んでしまう。
「もう大丈夫だぜ。俺達が守ってやるから」と一弥が言う。
「……ホントに? 私も一緒にいていいの?」
 正巳が不安そうな表情で訊いてくる。
「当たり前じゃん! なあ、オーケン」
「え? お、おう、あた、当たり前だ!」
 いきなり話しを振られたので、驚いてどもってしまった健二である。
 それが可笑しかったのか、一弥と夏季が笑い出した。
「な、何、笑ってんだてめーら!!」
「ど、どうしたの?」目を丸くして正巳が訊いてくる。
「何でもない。何でもない。とにかく俺達の事、信用してくれるか?」優しい口調で、一弥が問いかける。
 正巳は小さくうなずくと、そのままうつむいてしまった。肩が震えている。
 出発してから、ずっと耐え難い恐怖と戦ってきたのだろう。下を向いているので表情は見えないが、泣いているのかもしれない。そう思うと、健二はやりきれなくなった。
「さ、探そうぜ、みんなを。そ、そ、それで全員で、だ、脱出してやろう」
 またどもってしまったが、言いたい事は伝わったはずだ。 
 正巳が顔を上げ、健二を見る。
 潤んでいる正巳の瞳をまともに見て、恥ずかしさのあまり顔を背けてしまった。
「……うん」
 消え入りそうな声で、正巳はうなずいた。
「よっし! ‥‥って、何赤くなってんだよ!!」
 一弥の突っ込みに、夏季が声を上げて笑う。
「ほっとけ!!」  
 頬を真っ赤にしたまま、健二は声を荒げた。
 
 みんなで脱出する。それはとても難しい事なのかもしれない。それでも、自分達なら出来ると信じる。
 深い樹海の中で健二は誓った。必ず脱出してみせると。


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