BATTLE
ROYALE
〜 LAY DOWN 〜
9
混乱から立ち直ってからも、悔しさは消えない。
”チキショウ! なんで俺が、あんな女に……”思い出すだけで、不愉快だった。
興奮状態からは脱したが、良平はまだ草むらに留まっている。顔面を蹴り飛ばされたせいか、鼻血が全く止まらないのだ。少し下を向いただけで、すぐに血が垂れてくる。
強烈な蹴りだった。いくら若菜が小柄な女とはいえ、全体重を乗せた蹴りだ。ひょっとしたら鼻の骨が折れてるかも知れない。そう思うと、また怒りが込み上げてきた。
”山口の奴、絶対ぶっ殺してやる!!”まさか、こんな結果になるとは思ってもみなかった。
たかが女二人くらい簡単に殺せると思っていた。しかし結果は、若菜にも葵にも逃げられてしまった。それどころか、むしろ自分の方が重傷を負わされてしまう有様だ。
良平には自分が敗北した理由が分からない。あの二人は手裏剣以外、まともな武器は全く持っていなかった。いや、手裏剣もまともな武器とは言い難いだろう。女だからといって、甘く見たわけでも無い。理解出来ない。
元々、良平は体力に自信のある方では無かった。間違っても運動神経が良いとは言えない。喧嘩などした事も無い。しかし、女子に後れを取るとまでは思っていなかった。伊東香奈のような不良なら別だが。男子にいたっては、ほとんど勝てる気がしない。
このままでは優勝するのは不可能に近い。武器だ。自分が優勝する為には、鎖鎌よりも強力な武器が必要だ。男だろうが女だろうが、簡単に殺せる程強力な武器が。教室にいる時、西郷はこれ見よがしに銃を撃ちまくっていた。ならば、武器の中には銃だってあるかもしれない。銃ならば遠くからでも攻撃出来る。これ以上の武器は無いだろう。
”銃だ。絶対、銃を貰った奴がいるはずだ!”そう思うと、次にやるべき事が見つかった。
良平は、とりあえず鼻血を何とかしようとデイパックの中を探ってみた。ティッシュが無いかと思っていたが、入っていなかった。代わりになりそうな物も無い。いくらなんでも地図をちぎって、ティッシュ代わりにするわけにもいかない。何か無いかと周りを見渡してみると、大きな葉っぱを付けた木が目に入った。一瞬、躊躇したが、この状況では恥も何も無い。
”クソ、何で俺がこんな真似……”そう思いながらも、ちぎって丸めた葉っぱを鼻に詰め込んだ。下を向いてみる。とりあえず、鼻血が垂れる事は無くなったようだ。
どこに向かうか決める為、良平は落ち着ける場所に移動する事にした。
先程、若菜が飛び出してきた辺りを探してみると、一部分だけくぼんでいる場所がある事に気付いた。
「あいつら、ここに隠れてやがったのか?」
とりあえず腰を下ろし地図を広げて、いきなり重大な問題に気付いた。現在地が全く分からない。何も考えず二人を追っていたので、どこをどう走って来たのか覚えていない。しばらく考えていたが、ふと磁石の存在を思い出した。デイパックを探り、取り出してみる。そして、良平は気付いてしまった。自分が磁石の見方を知らない事に。
”……ど、どうやって使うんだ、これ?”あきらめて、磁石をポケットに入れた。それから、また地図とにらめっこしてみたが、すぐにやめた。
”ふう。こりゃいくら見てても分かんねーな。適当に歩いてみるしかねーか……”そう決めると、すぐに立ち上がった。ぐずぐずしている暇は無い。早く、鎖鎌より強力な武器を手に入れねばならない。
”優勝するのは俺だ!”そう心に誓い、良平は歩き出した。
一時間以上歩いていたが、一向に森が終わる気配は無かった。
良平が今いる場所は、エリアでいうとF−2にあたる。ちなみに先程、若菜達と戦闘した場所はH−3辺りであった。
”クソッ! いつ終わるんだ、この森は!”いい加減、疲れてきていた。
先程から、道とも呼べない道が続いている。周囲の風景は、いくら歩いても変わらない。遭難したのと同じようなものだ。こんな状況では、肉体より先に精神が参ってしまう。
”大体、何で俺がプログラムなんてしなきゃならないんだ……”疲労が苛立ちに変わってくる。
本当ならば今頃は、修学旅行初日の夜を楽しんでいるはずだった。それが現実にはクラスメイトを殺す事を決意し、こんな森の中を一人で徘徊している。
ふと、友人達の事を思い出した。良平の友人は、涼や一弥といったクラスの中心人物達だ。特に涼はスポーツも勉強も人並み以上にこなし、それでいて気取った所も無く、明るく面白い男だ。良平はいつも、涼のようになりたいと思っていた。
はっきり言って、良平にはとりえと呼べるものは何も無い。趣味と呼べるものも無い。元来の自信の無さが災いしてか、友達を作るのも下手だった。
中学に進学したばかりの頃、数少ない小学校の頃からの友達はみんな別のクラスになってしまい、良平はいつも一人でいた。周りがどんどん友達を作っていくのを、羨ましく思いつつも自分では行動を起こせずにいた。そんなある日、いきなり涼が話しかけてきた。すでにクラスの中心的な存在になっていた涼が、自分に話しかけてきたのだ。特別な事を話したわけでは無いが、その数日後には涼の友達の一人となっていた。良平にとって『涼の友人』である事は自慢だった。
何でも出来て、頼りになる涼。それでも、プログラムだけはどうにも出来ないだろう。涼に頼れないなら、自分でやるしか無い。その為に、涼を殺す事になっても。今良平にあるのは、死にたくないという気持ちだけだ。
しばらく歩いている内にまた、草むらのような所に出てきた。
”ふう。ようやく――”森を出れた事に安堵したが、すぐに顔が引き攣った。
先程と同じような草むらの向こうに、人の姿が見える。
”誰かいやがる!”その人物を確認する為、少し近づいた。
男子生徒のような気がするが、暗いので良く見えない。もう少し近づいてみる。やはり男子だ。
良平はどうするべきか迷った。相手が男子の場合、勝てる見込みは低い。その上、おそらく自分の顔は腫れ上がっているだろう。鼻血も止まったわけでは無い。これでは、誰かと戦闘しましたと言っているようなものだ。やはり逃げた方が良いかもしれないと思った時、相手の顔が見えた。
草むらの向こうにいるのは、野々村武史(男子16番)だった。記憶を引っ張り出すまでも無い。自分でも絶対に勝てる、数少ない男子の一人だ。もっとも他に勝てそうなのは、同じ涼のグループである安藤勝と平本渡くらいしかいないのだが。
武史は確か一番最後の出発だったはずだ。その直前は武史と仲の良い本田明日香(女子15番)だが、姿は見当たらない。どうやら明日香は武史を待たずに逃げ出したらしい。
良平は、含み笑いをした。相手が一人、それも自分より劣る者ならば何の問題も無い。
”だけど、どうする?”まさか、あのいつも笑顔を浮かべている武史がやる気だとは思わないが、鎖鎌より強力な武器を持っている可能性は大いにある。強力な武器が欲しい自分としては嬉しくもあるが、いきなり襲って反撃されるのは怖い。まずは友好的な態度で近付く方が、良いかもしれない。先程の失敗が良平を慎重にさせた。
一度、大きく深呼吸をしてみる。決意し、声をかけた。
「野々村!」
武史はすぐに反応して、こちらに顔を向けた。
「俺だ! 花田だ! 野々村だろ?」
近付きながら、声をかける。
武史が草むらから出て来た。こちらを警戒している様子は、全く無い。
「花田……。良かった。ずっと一人で怖かったんだ」
そう言いながら近付いてきたが、途中で足を止めた。良平の顔を凝視している。
「その顔……どうしたの?」
「ああ、山口と森川にやられたんだ。あいつら‥‥いきなり襲ってきやがった」
悔しそうな表情を作った。若菜に顔面を蹴り飛ばされたのは事実なのだから、半分は本当だ。
「そ、そんな、まさか……。森川さんと山口さんがそんな事を?」
武史は信じられないといった顔をしている。
「嘘じゃねえよ。あいつら、まともじゃなかった……」
言いながら良平の目は、武史の右手に吸い寄せられた。拳銃が握られている。
「なあ、それ本物なのか?」
呆然としている武史に問いかけた。
「え?」
「お前が持ってる、その銃だよ」
何の事を言っているのか、ようやく気付いたらしい。右手の拳銃を見て武史が答えた。
「うん……。こんな物、持っていたくないけど‥‥俺、怖くて……」
そこまで言うと、思い出したように顔を上げた。
「ねえ、花田。シンを見なかった? あと、花子と明日香も」
「いや、見てない」
シンというのは、吉沢進一郎の事だ。武史と進一郎と明日香、それに崎山花子(女子10番)の四人が、どういう関係かは知らないが仲が良い事は良平も知っていた。
「そう。明日香の奴、どうして待っててくれなかったんだろう……」
「本田も怖かったんだろ、きっと」
「うん……」
不安そうにうなずくと、話題を変えてきた。
「花田はこれからどうするの? やっぱり西村達を探すの?」
武史は安心しきっているようだ。良平は鎖鎌をしっかり持っているが、それを気にする様子も無い。もっとも武史も銃を握っているのだから、お互い様ではあるのだが。
「花田?」
良平が黙っているので、武史がもう一度訊いてきた。
言葉では、答えなかった。先程と同じような草むらに悲鳴が上がる。
全く警戒していなかった武史の左腕に、鎖鎌を叩きつけたのだ。これが良平の答えだった。
武史は倒れこみ、悲鳴を上げ続けている。
「死ねよ。野々村ァー!」
武史の頭めがけて、鎖鎌を振り下ろす。外れた。地面をのた打ち回っていたので、狙いが定まらなかったのだ。舌打ちして、もう一度鎖鎌を振り上げた。だが、そこで止まった。
倒れたまま上体だけ起こし、武史が銃口を向けている。
「う、撃つぞ!!」
泣きながら、武史が叫んだ。
良平は固まってしまう。今の一撃で決められなかったのが、痛恨のミスとなった。
「ま、待て。冗談だろ……?」
自分から殺そうとしておいて冗談も何も無いかと、我ながら思ったが。
武史は銃を下ろさない。
”このままじゃ殺される”という思いと”本当に撃てるのか?”という思いが、同時に頭に浮かんだ。
しばらく、その状態が続いた。
このままでは、本当に撃たれるような気がしてきた。撃たれない為には、やるしか無い。良平は覚悟を決めた。
武史に向かって、鎖鎌を投げつける。これなら直撃しなくても、多少は怯むはずだ。銃を奪おうと駆け出そうとした。次の瞬間、銃声が轟いた。
良平は思わず飛び退き、近くの草むらに飛び込んだ。
武史が何か叫びだし、また銃声が響いた。錯乱しているのか、どこを狙ったわけでもなく、ただ引き金を弾いただけのようだ。
良平は今のうちに立ち上がって逃げようとしたが、恐怖で腰が抜けてしまったようだ。この場所から動けない。恐怖のあまり、頭を抱えてうずくまった。
三度目の銃声が響く。
”じょ、冗談じゃねえ。死にたくない! 死にたくない!”祈るように、何度も頭の中で繰り返した。
しばらくそうしていたが、ふと銃声が止んでいる事に気付いた。
恐る恐る、顔を上げてみる。目に映る範囲に武史の姿は無い。どこに行ってしまったのか。
良平は思い切って立ち上がろうとしたが、まだ腰が抜けていたらしく、その場に座り込んだ。辺りを見渡してみたが、やはりどこを見ても武史の姿は無い。混乱して、逃げ出してしまったのかもしれない。鎖鎌も放置されたままだ。
「野々村の奴‥‥狂いやがったのか……?」
そう考えると、また先程の恐怖が込み上げてきた。
良平は草むらに座り込んだまま、しばらくの間動く事が出来なかった。
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