BATTLE
ROYALE
〜 LAY DOWN 〜
14
入り口の鳥居からして不気味だった。
墓地も兼ね備えているので、肝試しをするなら絶好のスポットと言えよう。
若菜が義人と共に、とりあえずの落ち着き先として選んだのはH−5にある神社だった。ちなみに先程までいた場所は、エリアで言うとI−6だったらしい。
何の神様を祀っているのか、かなりの規模の神社である。誰かいるかもしれないので、一通り調べてみようと歩き回っているのだが、想像以上の広さに探索は難航していた。
黙々と探索する事に若菜はすでに飽きているのだが、前を歩く義人は用心深く念入りに探索を続けている。
”う〜ん。前から無口な奴だと思ってたけど、ホントに喋んねーな、こいつ……”探索を始めてからは、それこそ一言も発していないかもしれない。
そんな事を考えていると、義人が突然立ち止まって振り向いた。
「な‥なに?」
急だったので、若菜は驚いて声が裏返ってしまった。
「いや、ここ」
義人は目の前の建物を指差している。
「トイレがどうかしたのか?」
二人の視線の先にあるのは、公衆トイレである。
「いや、だから‥‥俺が女子トイレに入るわけにいかないだろう……」
「は?」
思わず目を丸くしてしまった若菜だったが、次の瞬間には爆笑してしまった。
「な、何が可笑しいんだ?」
義人が不思議そうな表情で訊いてくる。
「だ、だって、この状況でよ〜‥‥真面目すぎるぜ、お前〜」
「俺は当たり前の事を言っただけだ。第一、誰かいないとも限らんだろう」
確かにそうなのだが、今はそんな常識的な事を言っている状況では無い。本当に真面目すぎる。
どうもツボに嵌ってしまったらしく、若菜はなかなか笑いを止められない。
「笑いすぎだぞ、貴様……」
「わ、悪い‥‥ゴメン! 分かった! あたしが見てくりゃいーんだな」
両手を合わせ形だけ謝罪の意を示すと、若菜は小走りで女子トイレへと向かった。
神社全体の不気味さの中で、この公衆トイレだけが奇妙なほど綺麗だ。最近になって、新しく建てられたのかもしれない。
右側が女子トイレの入り口だった。足を踏み入れ、中を見回そうとして若菜は凍りついた。
視線の先に、血塗れの女が立っている。
「う‥‥うわー!!」
大声で悲鳴を上げ、全速力で義人のもとへと走った。
「な、なんだ? どうした!?」
「で、で、出たァー!!」
若菜の頭の中は、最早パニック状態である。
緊張した面持ちで義人が口を開いた。
「誰かいたのか!? やる気の奴か!?」
「ちげーよ、バカ!! お化けだよ、お化け!!」
「は?」と義人が目を丸くした。
「は、じゃねーよ!! ホントに出たんだよ!!」
若菜は必死で訴えるが、義人は唖然としてしまっている。
「こ、こんな所、もう1秒もいたくねー! 早く逃げるぞ!!」
「あのな……。そんな非科学的なものがいるわけないだろう……」
義人は呆れたように小さく首を振った。
「冗談じゃねーんだよ! ホントに出たんだよ!!」
「気のせいだろう?」
呆れた表情のまま言ってくる。
「ホントだっつってんだろ!! 信じられねえなら、お前も見て来いよ!!」
ようやく必死さが伝わったのか、一度ため息を吐き義人はうなずいた。
「分かった。だが、さっきも行ったとおり俺一人で女子トイレに入るわけにもいかん。お前も一緒に来てもらうぞ」
「……う。けど、まあ一人じゃないなら……」
本当はもう行きたくなかったが、根性無し呼ばわりされては堪らない。若菜は渋々うなずいた。
真相を突き止める為、義人を先頭に女子トイレへと歩を進める。
入り口の近くまで来て、ふと幽霊というものは光や音に弱いという話を思い出した。
「入るぞ」
その言葉が合図だったかのように、レーザーブレードを抜き出し握りしめた。
まず義人が中に入り、若菜がそれに続く。入った瞬間に、レーザーブレードを思い切り振り回した。レーザーブレードに搭載された機能により、頬を引っぱたいた時のような音が辺りに響いた。
「な、なんの真似だ、おい!?」
「すぐそこにいるだろ!? 血だらけの女がよー!!」
言いながらも、若菜はレーザーブレードを振り回し続ける。
「まさか、この鏡の事か……?」
「え、鏡? 何?」
少し落ち着きを取り戻し、義人に目を向けた。壁際にある鏡を指差している。
鏡の表面に所々赤いペンキが飛び散っていた。
「なるほどな」と呟くと、義人は小声で笑いだした。
「な、何がなるほどなんだよ?」
何が可笑しいのか義人は笑い続けている。
「要するにお前は、鏡に映った自分を見て幽霊と勘違いしたって事だ。今だと、俺が血だらけで立ってるように見えるだろう?」
確かに鏡に映る義人は、血を流して立っているように見える。
若菜は思わず脱力してしまった。
「ア、アホか、あたしは……」
呆然としている若菜は無視して、義人がふと床に手を伸ばした。
「これは……」
何か小さい粒のような物を拾ったらしく、指先でつまんで凝視している。
「天野? 何やってんの?」
「いや‥‥この薬、どう思う?」
そう言って、一粒の小さな錠剤を見せてきた。
「どうって?」
「妙に綺麗だと思わないか?」
義人が見せてきた錠剤は、真っ白で確かに新しそうに見える。
「そっか? で、それが何なの?」
綺麗だから何だと言うのだ。何が言いたいのか若菜には分からなかった。
「……これを落としたのは、うちのクラスの奴かもしれんぞ」
「え? じゃあ、あたしらの前に誰かここに来てたって事か?」
若菜は思わず声を上げた。
「まあ、そうなるな。誰が来たのかは分からんが。それに、この薬……」
そう言ったきり錠剤を見つめたまま、義人は黙ってしまう。
「なんだよ?」
「……いや、大した事じゃない。それより探索を続けるぞ」
そう言うと、足早に男子トイレを調べに行ってしまった。
「……なんだよ、あいつ」
何か様子が変だった義人の背中が見えなくなると、若菜はふと鏡に目を向けた。
目の前に、血塗れの自分が立っている。
”……ムカツクぜ、てめえ”思った時には、レーザーブレードを思い切り叩きつけていた。
粉々に砕けた鏡の破片が、床に散らばる。
若菜は破片を足で踏みつけると、義人の後を追った。
神社を全て探索し終わるまでに、結局30分近くかかった。さすがに墓地だけは調べなかったのだが。
この神社は本殿以外に小さなお堂が四つあり、それぞれに別々の神が祀られているようだった。本殿を中央に据えて、東西南北を各お堂が守る感じで建てられている。
探索を終えた二人は今後の行動を決める為、西側にあるお堂にやって来ていた。
「とにかく、あと30分くらいで放送が入るはずだ。それまでは、ここを動かない方がいいだろう」
0時に入る最初の放送で、禁止エリアとやらが発表されるはずだ。ほとんどの者は、禁止エリアから少しでも離れた場所へ行こうとするだろう。その辺りを重点的に探せば、誰かしら見つかるはずだ。放送では死亡者も発表されるらしいが、その事はあえて考えないようにしていた。
「……しかし、難しいところだな」
そう言って、義人はため息を吐いた。
「何がだよ?」
「誰がやる気で、誰がやる気じゃないか‥‥だ」
若菜達が良平に襲われた事は、すでに義人にも話してある。学校での様子を見ている限りでは、良平が殺し合いに乗るとは誰も思わないだろう。そういう人物ですら殺し合いに乗ったということは、誰がやる気になっても不思議では無いという事なのかもしれない。信用出来る者、出来ない者、この判断を間違える事は死に繋がる。
「花田のバカはともかくとして、他の奴は多分大丈夫だって」
自らの不安を消し去る為、若菜は無理に笑顔を作ってそう言った。
「多分‥‥か。そんな適当な判断で行動していたら、命がいくつあっても足りんぞ」
「じゃあ、どーすんだよ!! 全員疑えっつーのかよ!?」
冷静すぎる義人の言葉に、思わずムキになって言い返す。
「そうは言ってない。だが、少しでも怪しい奴は信用しない方が良いと言ってるだけだ」
「だから、その怪しい奴ってのは誰だよ!?」
良平は別にしても、他の者は殺し合いになど乗るはずが無いと信じている。
「さあな。実際には会ってみないと分からないだろうが、さすがに菊地達だけは信用出来んな」
いわゆる不良グループというやつだ。確かに彼等なら、殺し合いに乗ったとしてもおかしく無いかもしれないが。
若菜は思わず考え込んでしまう。会ってみないと分からない。それは自分も考えた事だ。菊地達も怪しいとはいえ、やる気になっていると決まったわけでは無い。彼等にしろ他の者にしろ、こちらが最初から疑ってかかったら、相手も自分を信用してくれないのではないだろうか。
”やっぱり‥‥疑ってちゃダメだ!!”その思いを言葉にしようとしたが、その前に義人が告げた。
「はっきり言って、俺が無条件で信用しても良いと思える奴は、男では大島くらいしかいない……。ああ、あとお前な……」
「男では‥って、あたしは女だ!! ……ったく、こんな美少女をつかまえ‥‥て、ん?」
声を荒げた若菜だったが、ふと気付いた。
「あれ? 西村は?」
男子では最も信用されていると思われる涼の名が入っていなかった。
「西村か……。疑うわけじゃないが、信用は出来ん。アイツは偽善的すぎる」
教室での涼の行動でさえ、偽善に見えてしまうのだろうか。
若菜は何か悲しい気持ちになった。
「……そ、か。じゃあ、女では? 誰が信用出来んだよ、お前は?」
その質問に義人はすぐ口を開きかけたが、言葉は紡がれなかった。
「天野?」
「あ、いや‥‥さっきも言ったが、一応お前の事は信用してるさ」
普段皆との交流が少ない義人にとっては、やはり信用出来る者の方が少ないのだろうか。一応、という部分が引っ掛かったが若菜は納得する事にして、もう一つの疑問を口にした。
「……なあ、なんで大島は信用出来んだ? 仲良かったっけ?」
若菜の知る限り、義人と健二が仲良さそうにしているところなど見た事が無い。健二だけは信用出来るというからには、何か理由があるのだろうか。
「別に理由は無い。強いて言うとすれば、普段の態度から信用出来るように思える。それだけだ」
「なんだよ、それ。ま、確かに大島がやる気とは思えねえけどさー」
涼ですら信用出来ないと言うわりには、あまりにも適当すぎる理由だ。
「まあ、理由なんてあって無いようなものだ。ただ、俺は人を見る目にはわりと自信がある」
口端で笑みの形を作ると、義人はそう言った。
「自信か。まあ、このあたしを仲間にしたんだから、確かに見る目はあるな」
「……そ、そうか」
本気で言ったのだが、義人は何故か苦笑している。
「ま、まあ、それはそれとして‥‥やる気の奴に会った時の事も考えておいた方がいいな」
先程は見事に勝利を収めたが、次も勝てるとは限らないという事か。もっとも、負ける気など欠片もないが。
「お前のオモチャと俺のカッターでは、戦う事になった場合どうにもならん」
ブレザーのポケットに入れていたカッターを取り出し、鉛筆のようにクルクル回しながら言った。
これが義人の支給武器だったようだ。自分のレーザーブレードは言うまでも無いが、カッターも明らかに外れ武器の一つであろう。
それにしても、戦闘になった時どうしようもない、という言葉は聞き捨てならない。若菜にとって、喧嘩とは気合と根性なのだ。
「大丈夫だって! 言っとくけど、あたしはケンカにゃ自信あるぜ!」
自信満々でファイティング・ポーズを取りながら告げた。
そんな若菜を無視して、義人が口を開く。
「あのな‥‥これはプログラムなんだぞ。ケンカと一緒にするな」
そう言う義人は、疲れたような表情になっている。
もしも相手が銃を持っていた場合、気合と根性だけで勝てるはずも無い事は分かっていた。それでも、勝つ為に1番大切なものは、やはりその二つのはずだ。それが喧嘩であれ、殺し合いであれ。
「……んな事、分かってるよ」
「分かってないんだよ、お前は。本当に分かってるなら、そんな事は言えないはずだ」
説教されているような気分になってきた。ほとんど今日初めて喋ったような義人に、自分の何が分かるというのだ。そう考えると、段々腹が立ってきた。
「……何が言いたいんだよ?」
義人の言いたい事が分からず、ムッとした表情で若菜は訊いた。
「分からないか? 自分勝手なんだよ、お前は」
「あたしのどこが自分勝手なんだよ!!」
思わず立ち上がって、声を荒げる。
そんな若菜を見上げ、一度小さくため息を吐くと義人は告げた。
「喧嘩に自信があるから、やる気の奴が来ても大丈夫だと? ふざけるなよ、自分の命を何だと思ってるんだ! お前が無茶して死ぬのは勝手だがな、お前が死ぬ事で泣く奴もいるんだ。それを、忘れるな」
一息に言うと、義人はまたため息を吐いた。真剣な表情と言うよりは、何か辛そうな表情に見える。
その言葉に、若菜は何も言い返せなかった。
自分が死んで、悲しむ人達がいる。とても簡単で当たり前の事なのに、今の今まで考えてもみなかった。
”あたしはバカだ……”うつむいて、下唇を噛んだ。拳を強く握りしめる。
教室で誓ったはずだ。絶対に死にはしないと。それなのに、蓋を開けてみればこれだ。自分は身をもって体験したではないか。プログラムにおける戦いというものが、命懸けのものである事を。その事も忘れて、自分は大丈夫などと言っている。誰にも死んで欲しくないと思う気持ちが、自分だけのものでは無い事など分かっていたはずなのに。生きているという事実のみが、自分を想ってくれる人への応えになるのだ。
一度両手で顔を叩き、若菜は顔を上げた。
「お前の言うとおりだ……。けど、あたしは――」
――大切な奴の為に戦うのは間違いじゃねーと思う。
そう言おうとしたが、最後の部分は告げる事が出来なかった。
それすら否定されるのでは無いかと思ったのだ。だが、義人には何故か分かったようだった。
「そうだな、俺もそう思う」
その言葉は簡潔で短いものだったが、何故かとても暖かく感じた。真摯な表情の中にある義人の優しさに触れた気がする。
何となく嬉しい気持ちになって、若菜は自然と笑みを漏らした。
「イイ奴だな、お前って」
義人は何も言わなかった。ただ、少し笑ったように若菜には見えた。
狭いだけだった空間が、優しい空間に変わる。
笑顔のまま、若菜は心の中で思った。
生き続けなくてはならない。自分の為に。そして、自分を想ってくれる全ての人の為に。
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