BATTLE
ROYALE
〜 LAY DOWN 〜
15
何処に向かっているのか。
当ても無く彷徨っているようにしか見えない。
時々立ち止まっては、辺りを見回しているようだ。そして誰もいない事を確認すると、また歩き出す。
”ヤバイな……。もう時間がねえ”支給された腕時計が、タイムリミットが迫っている事を報せてくる。
この際、これを幸運と思った方が良いのかもしれない。
自分を試す為には、最適の状況だ。そう思う事にした。
ここで負ける程度の実力なら、どの道菊地には勝てないだろう。
銃を持つ相手に対して、自分の武器はスタンガン。ハンデとしては充分だ。あとはタイミングの問題か。
闇に包まれた森の中で、小柴省吾(男子8番)は殺気を漲らせていた。
少し前を歩く獲物は、自分の存在に気付いてはいない。銃を相手にする以上、気付かれたらそこで終わりだ。こちらが退く事になるだろう。退くという事は、敗北を意味する。
”あんな雑魚に、俺が負けるなんて事はありえねえ”これは過信などでは無い。
これまでの経験が、省吾に自信を持たせていた。一人で五人相手に喧嘩した事もある。さすがに勝てなかったが、ただでは終わらなかった。翌日から、一人づつ闇討ちしていったのだ。タイマン以外で負けた場合は、常にそうしていた。もっともタイマンで負けた事は、一度しかない。その時の相手が、今は仲間である菊地だった。
”アイツに勝つまで、俺に終わりはねえ!”これが最後の勝負になる事は間違い無い。
命を賭けた最終ラウンドだ。いつか倒してやろうと思い、あらゆる所で喧嘩を繰り返し、腕を磨いてきたのだ。その『いつか』が、プログラムという場になるとは思わなかったが。
”負けたら死ぬ‥‥か。おもしれえ、上等じゃねえか!”そう思うと、自然に笑みが漏れた。
菊地との最後の勝負。これは絶対だ。だが、他に二人、勝負してみたい男がいる。
その内一人は、やはり普段つるんでいる仲間である関口だ。理由は単純に、強いからだ。普段は喧嘩があっても、面倒くさいなどと言って参加しない事が多いが、その実力は相当なものである。
もう一人は、三代貴善だ。三代は自分達と違い、学校には毎日出席するので問題視はされていない。ただ菊地達には話していないが、三代にはある疑惑があった。
若者達がいきなり襲われて半殺しにされるという事件が、去年の秋頃から年末にかけて頻発したのだ。省吾の友人も一人、その被害にあった。十二月の半ば頃の事だ。深夜、仲間五人と人通りの少ない道を歩いていた時、いきなり後ろから襲われたらしい。襲ってきたのは三人組で、その中の一人がミシロと呼ばれていたと言うのだ。その友人は、左腕と左足、肋骨数本を骨折していて、退院までかなりの時間を要した。省吾は勝手に撮った写真を見せ、ミシロと呼ばれていた男が三代であるかどうか確かめようとしたが、暗かったので顔までは分からないという事だった。三代本人にも訊いてみたが、「別人だろ」という答えが返ってきただけだ。それからは、いつか自分が襲われれば分かる事だと思い、詮索するのを止めた。しかし、学校が三学期を迎えた頃、ぱったりと襲撃事件は起きなくなったのだ。初めは気になっていたが、一ヶ月もすると思い出す事すらほとんど無くなっていた。最近は、もう完全に忘れきっていたと言っていいだろう。つい数時間前、この島にやって来るまでは。
”あのミシロの正体が、本当は三代だったんなら……”体が震えた。これが武者震いというやつなのか。
確かめる価値はある。そして本当にそうなら、勝負しなくてはならない。自分の強さを証明する為に。だが、まず自分がやるべき事は邪魔者の排除だ。省吾は、意識を獲物に集中させた。
これまでのペースから考えると、そろそろ立ち止まる頃だ。立ち止まった瞬間に、自分は狩りを開始する。
しばらく、静かに後を尾けた。頭の中で、様々なシーンが浮かんでは消える。狩りを始める瞬間。獲物が発砲する瞬間。銃弾を避け、獲物を狩る瞬間。そして、獲物を殺す瞬間。どうにもならないほど、気分が高揚してきた。このままではいけない。昂ぶる気持ちを抑えようと、スタンガンを握る手に力を込めた。しかし、抑えきれない。
”もう我慢できねえ!”次の瞬間には、獲物の視界に飛び出していた。
「遊ぼうぜ! 野々村ァ!!」
武史はすぐに振り向いた。銃口を向けてくる。
銃で狙われている。普通の喧嘩では、絶対に味わえないスリルだ。省吾の興奮は、すでに最高潮に達している。
「く、来るなァー!!」
武史が叫んだが、お構いなしに突進する。
森の中に銃声が響く。その瞬間だけ地面に伏せた。すぐに立ち上がり、再び駆け出す。武史が後ろを向いて逃げ出した。無論、逃がすつもりは無い。省吾は走りながら叫んだ。
「男らしく勝負しろや!! 止まらねえと、撃つぞ!!」
当然、はったりである。銃など持っていない。だが、効果はあった。武史が一瞬、立ち止まったのだ。直線にして、およそ10メートルあるかないかの距離を一気に詰める。言葉にならない悲鳴を上げ、武史が再び発砲してくる。スピードに乗りすぎていて、省吾は足を止められない。しかし、痛みは襲ってこなかった。どうやら当たらなかったようだ。手を伸ばせば届く距離まで来た。肩からタックルをぶちかます。武史が背中から地面に倒れ込む。親指でスタンガンのスイッチを入れた。これを押し当てれば、狩りは完了だ。そう思った瞬間、鼓膜が何かを捉えた。まぎれもなく銃声である。当たりはしなかったが、省吾は隙を見せてしまった。武史が立ち上がる。逃げられると思ったが、武史は逃げなかった。その目は、狩られるのを待つだけの獲物の目では無くなっている。それに気付いた瞬間、省吾は木の陰に飛び込んだ。
”あの目……。勝負する気になったか”自分には分かる。武史は獲物を狙う目をしていた。
こうなると自分の方が危険になってくる。銃を持っていない以上、無理して戦う事は死を招く。
「こ、殺してやる。殺してやるぞ、出て来い!!」
撃発音が、省吾の鼓膜を襲った。少し間をおいて、再び銃声。真横にあった木の枝が弾けた。
”ふう、あとちょっとでアウトだったぜ。さすがに、銃にゃ勝てそうにねえな……”少しの判断ミスが命取りという状況だ。
何度目かの銃声が響く。もう迷っている余裕は無い。省吾は木の陰から飛び出した。すぐに銃口がこちらを向く。武史が何か叫んだ気がした。体中に衝撃が走る。だが、銃弾が当たったわけでは無い。再びタックルしたのだ。その勢いのまま駆け抜ける。すぐに武史の直線上から外れた。森の中を突っ走る。少し遠くで銃声が聞こえた。間違いなく武史だろう。省吾は、息も荒く走り続ける。逃げ切れれば、自分の勝ちだ。そう思った時、初めて気付いた。自分が今、笑っているという事に。
どれくらい走ったのだろうか。
いつの間にか、景色が変わっていたようだ。
同じ森の中とはいえ、先程より開けた所に出てきた。
今までいた場所は、商店街を通過して少し南に行った辺りにある森の中だった。森に入ってすぐに武史を見つけた事を考えると、戦闘したエリアはG−6辺りだろう。そこから、どの方向に走ったかは分からない。唯一分かる事は、そんなに遠くまで来たわけでは無いという事だけだ。
周囲を見回してみるが、特別なものは何も見当たらない。もっとも、広い場所に出たというだけで、森の中には変わりないのだから当然かもしれないが。
「ちっ、何もねーじゃねえか!」
吐き捨てるように言うと、省吾はデイパックを降ろしペットボトルを取り出した。
走り続けたおかげで、さすがに喉が渇いていた。疲れていると、ただの水でも美味しく感じるというのは本当のようだ。一気に半分近く飲み干してしまった。
一息ついて、省吾は時間を確認した。思わず、舌打ちしてしまう。
毎回の放送までに、最低でも一人は始末する。これが省吾が自分自身に課した課題であった。しかし、最初の放送まで、もう残り20分弱しかない。正直、課題を達成する事は厳しいだろう。それでも、あきらめるつもりは無い。
”とにかく、早く探すしかねえ!!”だが、焦りは禁物だ。そう自分に言い聞かすと、再び歩き始めた。
小さな物音一つ聞き逃さないよう、神経を集中させる。
せわしなく動く視線とは対照的に、心の中は落ち着いていた。
時間にすると何分も経っていないかもしれない。ふと何かが神経に触れた。
”何だ?”立ち止まり、その何かに神経を集中させる。
音では無い。匂いだ。知っている匂いのような気がする。これは何だ。自分の右側から匂いは漂ってきている。
足音を立てないよう静かにゆっくりと、そちらに足を向ける。
ほんの少し歩いただけで、匂いの正体が分かった。
”タバコか……”間違いないだろう。しかし、一体誰が吸っているのだ。省吾自身も吸うのだが、自分以外で煙草を吸っている者といえば菊地と関口くらいしか浮かばない。
更に近付いてみる。目の前はさっき同様、木々が生い茂る森だ。この中にいるのか。一歩、二歩と前に踏み出して行く。森に入ってから七歩目で、新たな獲物が確認出来た。
煙草を吸っていたのは、菊地でも関口でも無かった。相手がそのどちらかだった場合、放送までに勝負が着かない恐れもあったが、あの獲物ならば間違いなく課題は達成出来るだろう。
省吾は注意深く獲物を観察した。どんな相手だろうと、油断する気は無い。銃を持っていた場合は、こちらも充分危険になるのだ。獲物は木の根元にしゃがみこんで、咥え煙草で空を見上げている。どちらの手にも、武器らしき物は無いようだ。周囲の地面に置いている様子もない。隠し持っている可能性を考慮しても、自分が負ける要素は見当たらなかった。それほどに隙だらけなのだ。
スタンガンを握る手に力を込める。どういう方法で狩りを行うべきか考えた。正面からだと、こちらの姿が丸見えになるので逃げられる恐れがあった。確かあの獲物は、足が速かったような気がする。そうなると方法は一つしかない。横から回り込んで近付く。これが最良の方法だろう。狩りを実行する前に、省吾はもう一度獲物に目を向けた。
まだ煙草を吸い続けているようだ。その煙はリング状になっており、空に昇っては闇に呑み込まれていく。獲物は、煙の行方をじっと見つめている。暗闇の中で、獲物の赤茶けた髪が少し光って見えた。
”それがお前の人生、最後の一服だぜ”心の中で告げると、省吾は慎重に移動を開始した。
木の枝に触れないように、注意深く歩を進める。時折、立ち止まっては足下を確認した。落ちている枝を踏むだけでも、音がしてしまうかもしれない。獲物の様子が窺えるギリギリの位置まで来た。
獲物はもう煙草は吸っていなかったが、いまだ空を見上げたままだ。そこから動く様子は無い。
確認を終えると、省吾は深い森の中へと侵入していった。ここからは獲物の様子を見る事は出来なくなる。更に慎重に歩を進める。ここまで来て、逃がすわけにはいかない。自分の呼吸にすら気を払った。極道映画のヒットマンにでもなった気分だ。ギリギリの緊張感が堪らない。自分が笑っている事が分かる。課題の達成は、もう目の前だ。ひどく長い時間が経過したような気がするが、実際には5分も経っていないかもしれない。ようやく獲物のほぼ真横の位置まで辿り着いた。この生い茂る木々を越えた向こうに獲物がいる。
今回は失敗は許されない。その為に、ここまで細心の注意を払ってきたのだ。落ち着いて狩りをする為、頭の中でカウントを取る事にした。5、4、3、そこまで数えて、息を止め目を瞑った。2、1、スタンガンのスイッチを押す。ゼロ。到達した瞬間、地面を蹴った。
木々に覆われた壁を、一気に突き抜けた。そこに獲物がいる。
「なんだと!?」
目の前に広がる風景に驚いて、省吾は思わず声を上げた。
獲物の姿が見当たらない。何処に行ったというのだ。ひょっとして足音が聞こえていたのかもしれない。
”逃げられた……”呆然とそう思った。その瞬間だった。
「!!」
スタンガンを持っていた右手が、思い切り捻り上げられた。驚いて振り向く。
目の前に獲物が、いや、坂井友也(男子9番)がいた。
「よぉ」と笑顔で声をかけてくる。
信じられない展開に訳が分からなかったが、とにかく友也を睨みつけた。
「そんなに見つめんなよ。照れるだろ」
「……てめえ。何の真似だ、こりゃ」
威嚇するように声を低くして言ったが、友也の表情は変わらない。
しばらく睨み合った。正確には睨んでいるのは省吾だけで、友也の方は見ているだけなのだが。
「いつ、俺の後ろに周りやがった?」
「お前がすぐ近くまで来てから」
信じられない。カウントを取ってる時だろうか。それとも、もっと前か。どちらにしろ足音など聞こえなかった。
「俺がてめえを狙ってる事に気付いてたのか?」
「いや。狙ってる奴がいんのは分かってたけど、お前だって分かったのは今さっきだ」
万事休すの自分に比べて、友也は涼しい顔をしている。
やはり自分を殺す気なのだろうか。省吾は思わず唇を噛み締めた。
「隙だらけだったぜ、お前」
友也はそう言ってニヤリと笑った。
それは省吾の言葉だったはずだ。隙を見せたつもりなど全く無い。細心の注意を払って行動したはずだ。
「お前って、やっぱやる気なわけ?」
その質問は聞こえてはいたが、頭までは届かなかった。それほどに、省吾は呆然としてしまっている。
しばらくの沈黙の後、再び友也が口を開いた。
「ま、いいか」と言うと、掴んでいた省吾の右手を離した。
急に右手が自由になった事で、省吾は我に返った。
友也がポケットから煙草を取り出す。この状況で、一服しようとでもいうのか。
”ナメてんのか、クソが!! 殺してやんよ!!”右手のスタンガンで攻撃しようとした。
スタンガンのスイッチを入れた瞬間、みぞおちに衝撃が走った。膝蹴りを喰らったようだ。呻きを上げ、崩れ落ちそうになる。その右手を再び掴まれた。
「だから言ったろ。隙だらけだって」
そう言うと、咥え煙草の友也は左手でスタンガンを奪い取った。
「アブねーから没収な、これ」
片手でスイッチを切り、ブレザーのポケットに突っ込んだ。
「ク、ソが……! 殺してやる!」
「はいはい」
そう言うと、火の点いていない煙草を吐き捨てた。
完全に舐められている。悔しくて仕方が無かった。こんな屈辱は生まれて初めてだ。相手が菊地や関口ならまだ分かるが、今自分を追い詰めているのはそのどちらでも無い。むしろ完全に見下していた相手だ。
省吾は悔しさを噛み殺して、目の前の友也を睨み続ける。そのまま告げた。
「必ず殺してやるからな。死にたくなかったら、ここで俺を殺せ。じゃないと後悔するぜ」
半笑いだった友也の表情が、一瞬真剣なものに変わった気がした。
「へえ、意外とあきらめ早いんだ。それともビビりの本性、見せちゃったのかな?」
友也の表情は、もう笑みを湛えたものに戻っている。
省吾は呆然としてしまう。何を言っているのだ、この男は。
「ま、いーや。用があるから、もう行くぜ」
そこまで言って、一度省吾の右手を離しかけたのだが、何を思い出したのか「あ、そーだ」と言うと再び口を開いた。
「せっかくだから、忠告しといてやるよ」
その言葉が聞こえた瞬間、省吾の体は地面に叩きつけられた。
胸倉を掴み上げられ、上半身だけ無理矢理起こされる。
目が合った。視線を逸らす事が出来ない。
半笑いの表情のままだが、今までと何かが違う。これは殺気なのか。
冷や汗が背中を伝っていく。省吾は目を見開いたまま、ゆっくりと息を呑んだ。
”な、なんなんだ、こいつは……”本当に訳が分からない。
ごく短い沈黙の後、友也は続きを口にした。
「寝た子起こすなよ。……次はないぜ、お前」
言い終ると、ようやく胸倉を掴んでいた手を離した。そのまま、何も言わず歩き出す。
歩いて行く後ろ姿を、省吾は呆然と見つめていた。
数歩進んだ所で、ふと友也が振り向いた。
右手の指で銃の形を模している。こちらに向けてきた。
何をするつもりなのだ。呆然としている省吾には、予想すらつかない。
沈黙を切り裂くように、指の銃を跳ね上げた。
「バーン!! …………なんてな」
そう言って笑うと、友也はまた森の奥へ向かって歩き出す。
その姿が視界から完全に消えるまで、呆然と背中を見つめ続けていた。
あの男は普通じゃない。明らかに自分より格上である。その事実は、意外にもすんなり受け入れる事が出来た。
ふと思い立ち、省吾はポケットから煙草を取り出した。封を開けてから、まだ一本しか吸っていない。そこから六本だけ取り出し、残りは箱ごと握り潰した。取り出した六本をブレザーの内ポケットに入れる。
”菊地、関口、坂井、それにミシロ。誰か一人倒すごとに、一本吸っていく”それは、新たに自分に課した決め事だった。
残り二本の内、一本は優勝した時。もう一本は、新たな強敵が現れた時の為の保険である。
相手が誰であれ、退くつもりは無い。
退くのは、勝負に負けた時だけだ。それは、自分が死ぬ時でもある。
ならば勝ち続けてやろう。
死が訪れる、その瞬間まで。
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