BATTLE ROYALE
〜 LAY DOWN 〜


17

 嫌われてしまったかもしれない。
 自分のしている事は、彼女の意思を完全に無視している。
 実際問題として、夜に移動するのは確かに危険なのだ。移動するなら、日が昇ってからの方が良いに決まっている。だからこそ分からない。彼女をあそこまで駆り立てるものは何なのだ。
 自分の判断は間違っていないはずだ。間違っていないとは思うが。
「監禁してるようなもんだよな、これじゃ……」
 ため息混じりに呟いてしまった。
 外に行きたがっているのに、無理矢理この家に押し留めているのだ。相手からしてみれば、監禁以外の何ものでもないだろう。
 ”……にしたって、あの怪我で外に出たがるか普通?”そう思うと、真島裕太はまたため息を吐いた。
「はあ。矢口の奴、何考えてんだよ」
 ただでさえ教室で右腕を撃たれているのだ。普通の女子なら、恐怖のあまり怯えきっていてもおかしくない。裕太自身、自分が銃で撃たれたとしたら、冷静でいられるかどうか分からない。
 教室にいた時の冴子は、今にも死んでしまいそうな顔をしていた気がする。あの時の儚げな表情に、裕太は不謹慎ながら見とれてしまっていた。今まで一度も見た事の無い表情だった。
 あの表情を見たから自分は決めたのだ。好きになった女を、冴子を守ろうと。
 いずれは冴子と仲の良い純達と合流させてやりたいし、自分にも合流したい仲間がいる。だが、今は動けない。プログラムに乗っている者がいるかもしれないのだ。そういう者が動くとしたら、やはり夜だろう。
 ”けど、乗る奴なんて本当にいんのか?”そう思い、頭にクラスメイトの顔を思い浮かべていく。
 とりあえず、小学校の頃からの友人である柴隆人(男子10番)と田中敦宏(男子13番)の二人は、絶対に大丈夫だと言い切れる。あとは、やはり涼だろう。逆に絶対に信用出来ないのは菊地達だ。あの四人は、殺し合いに乗っても不思議ではない。女子の事はよく分からないが、冴子の仲間は信用するしかないだろう。しかし現状は、その冴子にすら信用されているとは言い難い。
 何でこんな事になってしまったのか。考えると、ため息が出てきてしまう。
 冴子に手当てが必要だった事は言うまでもない。自分の出発が冴子の次だった事は幸運だったと言える。急いで追いかければ、先に出た冴子に追いつけるのだ。出発までの二分間が、とてつもなく長く感じられた。携帯を見つめながら、時が経つのを待った。携帯の時刻表示が、二分経った事を告げた時には立ち上がっていた。早く冴子に追いつかなければ。それだけを考えていた。
 



 名前を呼ばれた瞬間に走り出した。
 デイパックを受け取る事すら、もどかしく感じる。
 教室を出る時、敦宏の事も隆人の事も振り返らなかった。
 校庭まで辿り着くと、足を一度止め辺りを見渡した。誰かいるかもしれないと思ったのだが。
 特に人が隠れられそうな場所も見つからない。
 ”もう外に出ちまったか!”思うと同時に走り始める。
 出口の近くまで来て、目的の後ろ姿が目に入った。目の前にある藪の中へ入っていこうとしている。
「矢口!!」
 声をかけると、スピードを上げた。
 冴子が振り向く。その顔は青白く見える。
「真島‥‥君?」
 冴子の目の前まで来て、ようやく足を止める。
「はあ、間に合って良かった。撃たれたとこ大丈夫か? 手当てするから、安全なとこに逃げるぞ」
 荒い息のまま早口で捲くし立て、冴子の左手を掴んだ。
「ちょ、ちょっと! 何するのよ!」
 いきなり手を掴まれた事に驚いたのか、裕太の手は思い切り振り払われてしまった。
 顔を見ると血の気が無いながらも、こちらを睨みつけている。
「何って‥‥撃たれてんだぞ、お前! 手当てしなきゃ、マズイだろーが!」
「私が怪我してようがしてまいが、あなたには関係ないでしょ?」
 そう言われると身も蓋も無いのだが。
「あるんだよ!! お前に死なれっと、俺が困んだよ!!」
 そう言うと、もう一度冴子の左手を掴んだ。
 大声で言った為か、冴子は驚いてしまっている。
「だから頼む。早く手当てをさせてくれ」
「……どういうつもりか知らないけど、手当てなんて後でいいわ。私はここで純達を待つ」
 冴子の目には意志の光が宿っている。少し戸惑ってしまうほどに、その瞳は力強い。
 ”それでも、応急手当だけは早くしなきゃマズイ……”それだけは確かだ。
 ここで無理をすれば命に関わる事になる可能性だってある。無理矢理にでも連れて行かなければ。そう思い、まず辺りを見回した。強引に連れて行くのだ。誰かに見られたら、やる気になっていると思われてしまうかもしれない。というより、怪我を負っている少女を有無を言わさず連れて行かねばならないのだ。変態と思われる可能性すらある。さすがに人として、それはまずい。誰にも見られないようにしなければ。
 ”見た感じ誰もいねえけど……”それは、あくまで視界に映る範囲だけの話だ。
 とにかく藪の中に入った方がいいだろう。早くしないと、自分の次の出発である若菜が出てきてしまう。
「ともかく、ここにいちゃアブねえ。藪ん中入るぞ」
 そう言って、無理矢理冴子の腕を引っ張った。
 冴子が少し呻きを上げたが、気にしている場合ではない。
「痛ッ! 離して!!」
 また振り払われそうになったが、今度はさせなかった。
 そのまま藪の中を進んで行く。
「離してってば!!」
 その声が聞こえた瞬間、左肩が後ろに引き寄せられた。
 驚いて振り返り、息を呑んだ。
 裕太の左肩を掴んでいるのは、冴子の右腕だった。左手は自分が掴んでいるので、右腕なのは当然とも言えるが。
「な、何考えてんだ、お前!!」
 まさかだった。撃たれて血塗れになっている方の腕を使ってくるとは。
 激痛が走ったのだろう。冴子は真っ青になっている。それでも、口を開いた。
「わ、私は、みんなを待つの……。だから……」
 手を離せ、という事か。
 元々、気の強いところがあると知ってはいたが。
 想像以上だった。どうすればいいのだ。無理に連れて行こうとすれば、また同じ事を繰り返すだろう。今だって、助けたいと思っているのに、苦しませてしまっているのだ。これでは本末転倒だ。
 どうにかして冴子を納得させなくては。
 しばらく頭の中で言葉を整理してから裕太は告げた。
「分かったよ。けど、今は手当てを受けてくれ。このままじゃ、お前の方が持たなくなる。それに、今のお前じゃ遠藤達に心配かけるだけだぞ。だから、まずは応急手当てして、それからあいつらを探そう。俺も手伝うからさ」
 言い終わると、冴子の反応を見た。
 少し考えるような表情をしている。やがて口を開いた。
「……分かったわ。でも、手当てを受けたら、すぐみんなを探しに行くから」
「ああ」   
 うなずきはしたが、手当て後すぐに探しに行かせる気など毛頭ない。仲間を探すにしても、しばらく時間を置いてからだ。
「よし。じゃ、急ぐぜ」
 目的地は病院だ。ルール説明の時に黒板に貼り付けてあった地図に、病院という文字があった事を裕太は覚えていた。今いる場所は学校のあるエリアだろうから、ここから北東に行けば病院に着くという事だ。
「ちょっと待って。武器くらい確認させて」
 半分歩き出しかけた裕太を、冴子が引き止める。
 そういえば、冴子の事で頭が一杯でデイパックの存在を忘れていた。
「あ、ああ、忘れてた。武器があったんだよな……」
 いざ思い出すと、急に背中が重く感じた。
 二人はその場で中身を確認していく。
「何だ、こりゃ?」
 デイパックの中には、長方形の箱のような物が所狭しと大量に詰め込まれている。その内の一つを手に取ってみたが、何だかよく分からない。これが武器なのだろうか。大量の箱の下敷きになっているのか、地図や食料も見当たらない。仕方なく箱を一つ一つ取り出していくと、ようやく箱以外の物を見つけた。
「……おいおい」
 箱に押し潰されて、食料であるパンがボロボロに変形してしまっている。他の支給品はほとんど無事だったが、肝心の地図は所々破れてしまっていた。他に特別な物は入っていないようだ。やはり、この箱が武器という事なのか。空になったデイパックの横に山積みになっている箱に目を向けてみる。取り出している時は全く分からなかったが、箱の山の中に紙切れが挟まっている事に気付いた。どうやら手紙のようだ。手紙には、簡素な文字が並んでいる。
 FN P90という名のサブマシンガン。これを銃本体とマガジンに分けて、二人の生徒に支給したと書かれてあった。そのマガジンの方が裕太に支給された武器である。つまり、銃の本体だけを支給されている者が別にいるという事だ。
「弾だけで、どーしろってんだよ……」
 銃弾だけ支給されたところで、本体が無ければ意味が無い。無駄に重いだけのゴミみたいな物だ。
 思わず脱力しかけたが、こんな所でグズグズしている場合ではない。気を取り直し、冴子に視線を向けた。
 冴子はもうデイパックを背負っている。その手には銀色のチェーンが握られていた。
「お前は、まともな武器だったみたいだな」
「そう? そんな事より早くしてくれない?」
 肝心な事を失念していた。早く病院に行かなければならないのだ。
「あ‥‥ああ。わりぃ」
 素早くデイパックの中身を詰め直すと、裕太は冴子に向き直り告げた。
「悪かったな。早いとこ病院へ行こう」
 こうして、二人はようやく病院へ向かう事になったのだが。

「マジかよ、おい……」
 目の前に広がる光景に裕太は唖然としてしまった。
 二人がやって来たのはエリアでいうとE−5にあたる。目的地である病院は、このエリアにあるはずだ。しかし、今二人の目の前には左右に延々と続く、切り立った深い崖がある。飛び越えられるような距離では無い。
 ”話が違うのにも限度ってもんがあんぞ……”底の見えない崖の下を覗き込みながら裕太は舌打ちした。
 隣にいる冴子は何も言わない。いや、言えないのか。先程より更に顔色が悪くなっている。
 先程デイパックの中身を確かめた場所から、ここまでの道のりですら想定外だった。地図には書いてなかったのだが、途中からいきなり山道になっていたのだ。道こそ舗装されていたが、今の冴子にとっては相当きつかったに違いない。
「……大丈夫か、矢口?」
「……一応ね」
 もう病院に拘っている場合では無い。幸い、このすぐ近くにログハウスらしき建物があった。病院ほどには期待出来ないが、医療道具も多少は完備してあるはずだ。
「……よし。とにかく手当てが優先だ。近くにログハウスみたいなのあったろ? あそこで手当てしよう」
「どこでもいいわ、もう……」
 消え入りそうな程、小さな声で冴子が呟いた。





 今更ながら、ここに来たのは正解だったと思う。
 痛み止めこそ置いてなかったが、包帯をはじめ医療品がかなり充実していたのだ。
 そのお陰か、先程ドア越しに話した時の声は、普段の冴子の声と変わりないように思えた。それは良かったのだが。
 ”やっぱ無茶すぎるぜ……”一応の手当てが終わった瞬間に、冴子は立ち上がって仲間を探しに行こうとしたのだ。
 手当てを済ませたら仲間を探しに行く。それが冴子が手当てを受ける条件だったのだが、裕太は勿論行かせるつもりは無かった。手当てさえしてしまえば、冴子も落ち着いてくれるだろうと思っていたのだ。しかし、実際には落ち着くどころか、裕太を倒してでも出て行こうとしていた。チェーンによる攻撃を受ける覚悟で裕太が玄関前に立ち塞がると、ようやく冴子はあきらめたようだったが、今度は二階の子供部屋に引き篭もってしまったのだ。以降、姿すら見せてくれないまま時間は経過していった。
 ”気持ちは分かるけどな……”自分だって同じなのだ。
 出来る事なら、今すぐにでも敦宏と柴を探しに行きたい。だが、それ以上に冴子を守りたいのだ。やる気の者にとっては、怪我を負っている女子など格好の的だろう。
 とにかく今は充分に身体を休めさせたい。病院に行くにしても、仲間を探すにしても、全ては朝になってからだ。明るい内は、やる気の者も無茶な事はしないはずだ。
 ”日が昇るまで、あとどれくらいなんだ?”そう思い、支給された腕時計に目を落とした。その瞬間だった。
 大地を震わすような、荘厳な音楽が辺りに響き渡ったのだ。
「な、なんだ!?」
 いきなりの事に驚いて、咄嗟に天井を見上げた。
 耳が痛くなるほどの轟音だ。
『時間だ。放送を始める』
 音の中に聞こえてきたのは、あの西郷の声だ。
 それで初めて思い出した。というより、今まで冴子の事しか頭に無かった為、放送の事など考えてもみなかったのだ。 
『まず死者だが、まだ出ていない。次に禁止エリアだ』
「ヤベー! 地図、地図!」
 禁止エリアの事も失念していた。慌てて、ポケットの中に手を突っ込み地図を取り出す。
『まず1時間後の午前1時にG−1、次、午前――』そこまで聞いた時だった。
 西郷の言葉を遮るかのように、唐突にガラスが叩き割られたような音が響いたのだ。
「なんだっ!?」 
 リビングの方からだった。まさか侵入者か。もし、やる気の者だったら。
 ”クソッ! 矢口だけは死んでも守る!”すぐにリビングへ走る。
 放送は当然続いているが、今はそれどころでは無い。
 武器など手にしていなかったが、気にせず駆け込んだ。
「なっ!?」それを見た瞬間、目を疑った。
 西側にある大きな窓が割られている。そして、そこから暗闇の中を走り去って行く後ろ姿が見えた。
「矢口!!」叫んだ。
 信じられない。窓を破壊したのは冴子だ。
 裕太もすぐ外に飛び出した。全速力で後を追う。「行くな!!」大声で叫んだ。冴子は止まらない。しかし、どんどん距離は縮まっていった。向こうは女子のうえ怪我人なのだから当然だ。冴子が急に立ち止まった。あきらめたのか。目の前まで来た。次の瞬間、冴子が叫んだ。その声が聞こえたのと同時に、裕太の右腕に激痛が走る。思わず悲鳴を上げ、その場にうずくまった。しかし、歯を喰いしばって立ち上がる。前方に冴子の姿が見えた。また距離を離されてしまったようだ。裕太も再び追いかけ始める。その直後、冴子は左側の森の方へと進路を変えた。視界から冴子が消えた。振り切られる。そう思い、咆えながら冴子が消えた所まで走った。ようやく森に入ったと思ったところで、立ち止まった。目の前には静かな森が広がるばかりだ。冴子の姿はどこにも無い。
 ”追い付けなかった……”呆然と立ち尽くしてしまう。
 荒い呼吸のまま、しばらくそうしていた。何も言葉が出ない。
 その場に座り込もうとして、自分が右腕を押さえている事に気付いた。冴子にやられた右腕。
 出血こそしていないが、みみず腫れになっている。
 ここまでしてでも、自分の意思を貫き通したかったのだろうか。
 ――許して!
 あの時、攻撃してきた冴子はそう言っていた。 
 許すような事なんて何も無い。冴子が自分の意思を貫き通すには、そうするしか無かったのだから。
 ”お前を守りたいんだ……”そばにいない人間を守る事など出来ない。
 無茶でも何でも、それが冴子の望みならば、今度はもう、それを受け入れる。だから、どうか自分を拒絶しないで欲しい。そして、傍にいる事を許して欲しい。
「お前を守りたいんだ……」
 痛む右腕を押さえながら、裕太は森の奥に向かって歩き出した。


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