BATTLE ROYALE
〜 LAY DOWN 〜


18

 放送を聞いて多少は安堵する事が出来た。
 みんな生きている。とりあえず、今はそれだけで充分だ。
 やはり、殺し合いなどになるわけが無いのだ。今の放送がそれを証明していた。
「やーっぱ、花田のバカくらいだぜ! やる気んなってる奴なんて」
 そう言って若菜は、封を切ったばかりのペットボトルを口に運んだ。
 良平には実際襲われているので、やる気になっているのは間違いない。もっとも、返り討ちにしてやったのだが。
「どうだろうな。死んだ奴はいなかったが、やる気の奴がいないと決まったわけじゃない」
 床に広げた地図を眺めながら、あくまで冷静に義人が言った。
「何か異様に後ろ向きだよな、お前って……」
「余計なお世話だ。大体、何度も言ってるだろう? 慎重に行動するに越した事はないんだ」
 それは確かにそうなのだが、信じる事も必要なはずだ。少なくとも、友達の事だけは無条件に信じている。それに本人がどう思っているかは知らないが、義人の事だって信用している。
「はいはい‥‥っと」
「返事は一度で充分だ」
 生返事を返した若菜を、横目で睨みながら義人が告げる。
 何となく菜摘に説教されている時のような気分になった。
「はいっ!!」
 気合を込めて返事をしたのだが、義人が呆れたような目を向けてきた。
「も、もういいから、静かにしてくれ」
「はーい!」
 元気良く右手を挙げて返事をした若菜に、また義人が何か言おうとしたが、あきらめたように口をつぐむと地図に目を戻した。
 ”何だか分かんねーけど、勝った! ……気がするぜ”思わずガッツポーズをとってしまった若菜である。
 何となく勝利の余韻に浸りつつ、若菜も地図に目を落とした。
「さっきから何やってんだよ? 早くみんなを探しに行こーぜ」
 聞いているのか、いないのか、義人は何も答えない。何やら、地図に色々書き込んでいるようだ。
 何も言ってこないので、焦れったくなり顔を覗き込んで声をかけた。
「あーまの。天野ちゃん? 天野っちー! アマ――」
「お‥‥お前って奴は……」 
 最後まで言わせてはもらえなかった。
 ようやく口を開いた義人の手はわなわなと震えている。
「誰が天野っちだ! 誰が!」
 若菜は言葉では答えず、無言で義人を指差した。
「…………」
「どーした?」
 何故だか、うなだれてしまっている義人に問いかける。
「……な、何でも無い。それより、これを見ろ」と地図を叩きながら言った。
 地図には書き込みがされている部分があり、学校のあったF−4エリアには×印がつけられている。×印の部分は、禁止エリアという意味だろう。他の部分には時間が書き込まれている。
「禁止エリアとかいうのを書き込んでみたんだが、何か気付かないか?」
 腕を組んでまじまじと地図を眺めてみるが、特に何も分からなかった。おかしい部分でもあるのだろうか。
「……うーん。はっきし言って‥‥全っ然分かんねー」
「じ、じゃあ、これから禁止エリアになる場所を見てみろ」
 禁止になってしまうエリア。先程の放送で聞いてはいたが、その時は死者がいなかった事に対する安堵感が大きすぎて、禁止エリアの事など頭に入っていなかった。
 まず午前1時にG−1、そして午前3時にB−9、午前5時にH−11が禁止エリアになる。地図には、それぞれのエリアに、その時間が書き込まれているが、別段おかしな点があるようには思えない。
「見たけど、これが何なんだよ?」
「まだ分からんのか、お前は?」
 そう言う義人は、また呆れ気味な表情になっている。
「いいか? 禁止エリアになってる場所を、よく見てみろ」
 ”さっきから見てるっつーの……”思いながらも、再び目を落とす。
 その三ヶ所に意識を集中している内に、ようやく気付いた。
「そ‥‥っか。分かった。全部‥‥地図の端っこなんだな!?」
 拳を握り締めながら義人を振り返る。
「で‥‥それがどーかしたのか?」
「ど、どうかって‥‥お前‥‥ひょっとして、分かってないのか……?」
 義人は呆れるのを通り越して呆然としてしまったようだ。
「だから、端っこなんだろ?」
 そういう事ではないのだろうか。
 小さく首を振り、ため息を吐くと義人があきらめたように口を開いた。
「端っこは端っこだが、そこはほとんど海だ。つまり、禁止にする意味が無いって事だ」
「あっ!!」ようやく分かった。
 義人が言いたいのは、そういう事だったのだ。
 これから禁止エリアになる三つのエリア。その大半が、陸地では無く海なのだ。いくらなんでも、海の中にずっと留まっている事など出来ない。つまり、禁止エリアにしたところで全くの無意味なのだ。
「へぇ。でも、あたしらにとっちゃラッキーじゃん!」
 とりあえず次の放送までは、禁止エリアの事を気にしなくていいという事だ。しかし、義人の表情は冴えない。
「ん? 何だよ、いつも通りの暗い顔しちゃって」
「……悪かったな。この顔は生まれつきだ」
 軽い冗談のつもりだったのだが、鋭い目で睨まれてしまった。
 今の自分を例えて言うと、俗に言う蛇に睨まれた蛙というやつだろう。
「ジ、ジョークだよ、ジョーク! アメリカンジョーク!」
 どの辺が米帝風なのかは若菜にも分からなかったが、とりあえずそう誤魔化してみる。 
 鋭く睨みを利かしていた義人だったが、ややして元の表情に戻った。  
「まあ、いい。そんな事より、これは一概に良かったとばかりは言えんぞ」
「え?」と、思わず間抜けな声を上げた。
「この禁止エリアってやつは、政府の連中が自由に決められるのかもしれん……」 
 若菜は思わず目を丸くしてしまった。そうだとしたら、なぜ海を禁止エリアに指定したのだろう。それにすら、何か理由があるとでも言うのだろうか。
「そうだとすると、やる気の奴に不利になるようなエリアは、おそらく禁止にはしないはずだ……」
 逆に言えば、やる気で無い者が不利になるように、禁止エリアを操作する事も出来るという事か。確かに、殺し合いに乗る者がいなければプログラムの意味が無いが。
 若菜も義人も思わず沈黙してしまう。  
 ”あーダメだ。頭痛くなってきた……”
 普段使わない脳を使用したせいか、どうも調子が悪くなってきた気がする。
 真実がどうであれ、自分達にはどうする事も出来やしないのだ。
「……あのさぁ、天野。考えてもキリねーし、とりあえず今出来る事からしてかねー?」 
「キリがない‥‥か」
 苦笑した時のような表情で義人が言い、そのまま言葉を繋げた。
「確かにそうかもな……」
「そーそー! 動かなきゃ始まんねーって!!」
 ”うーん、あたし今イイコト言った!”と、自画自賛しつつ若菜は腰を上げた。
 続いて義人も立ち上がる。
「そうかもしれないな……。で、どこへ行く?」
 夜闇の中を動き回る事になるので反対されるかと思っていたが、意外にもあっさり賛同してくれた。信用出来る者が少ないとはいえ、皆と一緒に脱出したいと思う気持ちは義人だって同じなのだ。そう思うと、若菜は嬉しくなった。
「どこでもいーって! この島のどっかにみんないるんだから」
 仲間を集めて脱出する為には、誰かいそうな場所を片っ端から周ってみるしかない。夜だからといって、怯えて隠れている場合ではないのだ。無茶をするつもりはないが、どの瞬間にも自分が最良だと思える道を行けばいい。だから、今は仲間を探しに行く。それが最良の道だと信じているから。
 ふと義人と目が合った。若菜は何となく笑ってうなずいてみせた。
 



 お堂の外は相変わらず暗く寒々しい。
 神社から出る事を拒むかのように、強い風が正面から吹き付けてくる。
 風に飛ばされて、どこかに消えてしまいそうな気分に襲われた。そこがどこかは分からないが、とても寂しい場所である気がする。少なくとも自分の大切な人はいないだろう。虚無の世界だ。
 そこにいる自分を想像して怖くなり、若菜は両腕で自分を抱きしめた。
「どうした?」
 前を歩いていた義人が立ち止まって振り向いた。
「……何でもない」
 恐怖心を悟られぬように、若菜は小さく首を振った。
 義人は黙って、こちらの様子を見ていたが、やがて目を離すと再び歩き出した。
 気にしてくれたのかもしれない。前を歩く義人のペースが少しだけ落ちた気がする。その背中が視界から消えてしまわないように、若菜は足を速めた。
 再び義人が足を止めたのは、ちょうど神社の入り口である鳥居の辺りまでやって来た時だ。
 すぐ後ろを歩いていた若菜も驚いて足を止めた。
「な‥なんだよ、急に!?」
 問いかけたが答えは無い。何の前触れも無く唐突に立ち止まった義人は、暗闇の向こうにある一点を凝視している。
 促がされるように若菜もそちらに目を向けた。
「天野……?」
 二人の視線の先、墓地の辺りは真っ暗で何も見て取る事は出来ない。
 無言で墓地の方を見ていた義人だったが、ややして小さく口を開いた。
「……走るぞ」
 義人はそう言ったのだが、若菜の耳には届かなかった。いや、正確には何か言ったのは分かったのだが、より大きく耳に残る音が聞こえてしまったのだ。ドラマや映画の世界でしか聞いた事のないような、その音。
「伏せろ、山口!!」
 その声を認識した時には、地面に押し倒されていた。
「うわっ! 何だよ!?」
 自分に圧し掛かる義人を押し退けようとして、息を呑んだ。
 義人の右肩の辺りから血が滴り落ちている。血は吸い込まれるように、若菜の顔の真横にある地面に染み込んでいく。
「お‥‥お前、それ!!」 
 若菜が声を上げた瞬間、また先程と同じ音が聞こえた。そして、今度こそ認識した。これは紛れもなく銃声というやつだ。
「クソッ!」と舌打ちすると同時に、義人が若菜の上から離れ膝立ちの体勢をとる。
 ようやく体が自由になった若菜は、つられるように立ち上がった。
「誰だ、てめえ!!」「立つな、バカ!!」
 墓地の方に向かって咆えたと同時に、義人が一喝して勢い良く若菜を引き倒す。次の瞬間、再び銃声が轟いた。
「マズイぞ……」
「誰だか知らねーけど、上等じゃねえか!!」
 もう一度立ち上がろうとしたが、今度はしっかりと腕を抑えられていて立てなかった。
「いい加減にしろ! さっき俺が言った事を理解したんじゃなかったのか!」
 一喝されて思わず口を噤んでしまう。同時に、お堂の中での義人の言葉が若菜の頭に蘇った。
「分かってるなら、馬鹿な真似だけはしてくれるなよ」
「……分かったよ」
 頷きはしたが、おそらく今の自分は憮然とした表情をしているだろう。
 そんな若菜を、しばらく見つめていた義人だったが、やがて墓地の方に目を戻すと小さく口を開いた。
「いいか。やり合ったとしても、ヤツが銃を持っている以上、俺達より有利である事は明らかだ。つまり、今俺達がとるべき道は一つしかない。分かるな?」
「尻尾巻いて逃げるって事だろ……」
 最初の部分に皮肉を込めたのだが、義人は意に介していないかのように話を続ける。
「そういう事だ。だが、そう簡単に逃がしてはくれないだろう。だから、まず俺が囮になる。その隙にお前は逃げろ」
「なんでお前が囮なんだよ? あたしにやらせろ!」
 何もせずに逃げなくてはならないくらいなら、囮でも何でも多少の意地を相手に見せ付けたいと思ったのだが。
「ダメだ。お前の場合、まず間違いなく戦おうとするからな」
 我ながら確かにそうなるような気がして、思わず口ごもってしまう。
「分かったな? 行くぞ」
「えっ、もう?」と言った瞬間には、義人は立ち上がっている。
 墓地に向かって走り出した義人の姿を見ながら、若菜も立ち上がった。
 出口である鳥居に向かおうとした瞬間、何度目かの銃声が辺りに響いた。反射的に、そちらに目を向ける。墓地ではない。鳥居の向こう側だった。更に銃声。それを若菜が認識したと同時に、鳥居から誰かがこちらに向かって来るのが分かった。黒い人影。女子ではない。人影は何か叫びながら、こちらに向かって来る。
「お、お前!! ウソだろ、おい!?」
 信じられない人物の姿を見ながら、レーザーブレードを腰から引き抜く。柄の部分に付いているボタンを押しながら振りぬいた。蛍光色の黄色い輝きが、暗闇の中に光る。次の瞬間、地面を蹴った。
「野々村ァッ!!」
 レーザーブレードが出した音に驚いたのか、武史は鳥居の入り口で足を止めている。
 二人の間の距離が短くなってくる。武史が銃を持ち上げた。銃口は、当然自分に向いている。もう目の前だ。武史が何か叫んだ。撃たれる。そう思い、身を伏せた。だが、銃声がする事は無かった。代わりに悲鳴が上がる。驚いて地面から体を起こした。
 悲鳴を上げている武史の傍に、義人が立っている。
「天野!!」
 どうやら引き返して来て、武史を攻撃したらしい。義人の右手にはカッターが握られている。そして、左手に銃を持っていた。
「何とか無事だったみたいだな」
 若菜の方に向き直ってそう言うと、一度ため息を吐いた。
「しかし‥‥やられたな。完全に裏をかかれた。まさか、こいつだとは思わなかったがな……」
 銃を奪われた武史は、恨めしそうに義人を睨みつけている。もう悲鳴は上げておらず、膝立ちの体勢になっていた。
「まさかお前がやる気になるとは思わなかったぞ、野々村」
 義人が抑えた声で言ったが、武史は無言のままだ。
 しばらくそんな武史を見つめていた義人だったが、ややして再び口を開いた。
「俺も山口もお前を殺す気は――」
「うわぁーーっ!!」 
 義人が言い終わる前に、武史が叫んだ。そのままタックルをかます。虚を衝かれた義人が、地面に身を落とした。左手に持っていた銃が地面に落ちる。その隙を武史は見逃さなかった。すぐに銃を拾い上げる。
「ざけんな、コラァーッ!!」
 体勢を整えた武史に向かって、若菜が突っ込む。すぐさま銃口を向けてきたが、撃つ前に義人が羽交い絞めにした。銃声。驚いて若菜は思わず立ち止まった。また武史が何か叫んだ。まだ羽交い絞めにされたままだったが、その状態のままで滅茶苦茶に暴れ出した。銃声が轟く。二度、三度と続けざまに響いた。これには、さすがの若菜も地面に身を伏せるしかない。いきなり悲鳴が上がった。まさか義人が撃たれたのか。顔を上げる。武史はすでに羽交い絞めにされてはいなかった。しかし、銃を握ったまま肩の辺りを押さえうずくまっている。
「逃げるぞ!!」
 その声が聞こえたと同時に、無理矢理引き起こされた。立ち上がった若菜の目の前に、左肩を押さえた義人が立っている。
 若菜がそれに気付いた時には、もう義人は駆け出していた。撃たれた右肩からはまだ血が滴っているようだ。少し遅れて、若菜も後を追って走り出した。一度だけ後ろを振り返る。武史が追ってくる様子はない。まだ、うずくまったままだ。その姿も、すぐに闇に溶けて見えなくなった。安堵して前方に目を向ける。義人の背中が目に入った。やはり左肩を押さえている。大丈夫なのだろうか。心配だったが、今はとにかく走るしかない。
 二人が向かう先は鳥居とは逆。つまりこの神社の本殿の方だ。最初に探索した際に、本殿の横にある林から神社の外に抜けられる事は確認済みである。
 やる気である武史から銃を取り上げられなかった事は悔やまれるが、今はここから離れる事の方が重要だ。何しろ義人は撃たれているのだ。必要な事は義人を手当てする事以外にない。
 今、するべき事をする。その為に、今は逃げる。
 この判断は間違っていないはずだ。
 義人の背中を見つめながら、若菜は走り続ける。今、自分に出来る事をする為に。


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