BATTLE ROYALE
〜 LAY DOWN 〜


22

 初めて来る場所なのに、以前に来た事があるような気がした。
 理由は分かっている。
 この島は、どこかあの場所を思い出させた。
 目の前にある山荘が、記憶の中のあの家を思い出させる。
 何となく目を瞑った。
 ───友達さ。
 そう言って笑った男の顔を、久しぶりに思い出した。
 博打が好きな男だった。そして、自分の命すら博打のように扱って死んだ。
 暗い空を見上げた途端、風が吹いた。
 木々が弱々しくざわめくのを聞き流しながら、
坂井友也(男子9番)は宙を睨んだ。
 
 山荘の中は意外にも手入れが行き届いていた。
 リビングとキッチン。奥に大きな部屋が一つ。それにユニットバス。 
 リビングには大きなピアノが一台あって、それだけが奇妙に浮いているように感じる。
 一通り中をチェックした後、友也はキッチンへと戻って来た。
 それから、しばらくの間、探し物をしていたのだが。
「ちっ。やってらんねー! 何で食いもんが全然ねーんだよ……」
 お菓子くらいはあるのではないかと期待していたのだが、食べ物と名の付くものは一切見当たらなかった。
 ”誰か先に持ってっちまったんじゃねえだろーな……”その可能性は否定できないが。
「クラスのオトモダチに少しくらい譲ってやろうって気はねえのかよ……」
 友達と言っても、友也が親しくしているのは二人しかいない。
 あの二人は、どうするだろう。
 乗るか、否か。
 殺らなければ、殺られる。そんな状況における人間の行動など分かるはずもない。誰がどうなるか分からないからこそ、このプログラムというものは成り立つのかもしれない。
 放送によれば、まだ死者はいなかったようだが、いずれ誰かしら犠牲者は出てしまうだろう。生きるべき者まで犠牲になってしまうかもしれない。だが、それだけは絶対にさせない。
 少なくとも、絶対に死ぬべきではない者が一人いる。そして、もう一人。誰より生きていて欲しい者も。
 ”まあ、とりあえず小柴のバカだけは注意しとくか……”
 先程の戦闘を思い出した。
 省吾は驚いていたようだったが、実際には微かだが足音も聞こえていたし、何より殺気で分かった。
 殴り合いには自信があるようだったが、自分の相手になるとも思えない。
 次は無い。そう告げたのは警告でもある。
 もっとも、状況が状況だけに油断は死を招く。二度も見逃してやるつもりは毛頭なかった。
 ”次は無い、か……”
 よく言えたものだと思い、友也は苦笑した。
 生きていてはいけないのは、自分のはずなのに。
 そう思った時、ふと奥の部屋で物音がしている事に気付いた。
 何かを漁るような音だ。
 ”何だ? 誰か潜んでたんじゃねえだろうな……”
 ゆっくりと慎重に移動を開始する。
 音を立てないように、静かに扉を開けた。
 一歩進むごとに音の発生地に近付いているのが分かる。
 辿り着いた先は、一番奥にある小さなクローゼットだった。
 ”この中か……”一体、何の音なのだ。それとも、本当に誰かが潜んでいるのか。
 取っ手に手をかけ、ゆっくりと引いてみる。
 同時に、クローゼットの中から黒い影が飛び出して来た。
 自分の顔から一気に血の気が引いていくのが分かる。
「さ、最悪」
 目の前を走り回る、妙に成長した巨大な猫を横目で見ながら、思わずつぶやいた友也であった。
 ”何食ったら、こんなにデカくなるんだよ……”
 唖然としたまま見つめていたが、やがて丸くなると、そのまま眠ってしまったようだった。
 ”あいつが犯人だったりして……”というか、それが一番ありそうな仮説だ。
 それなら、この山荘の中に食べ物が全くないのも頷ける。
「つーか、あのしょぼいパンだけでどうしろと……」 
 別に支給される食料に過剰な期待をしていたわけではないが、あれは嫌がらせ以外の何でもないだろう。
 あきらめ半分で煙草に火を点けると、リビングの大きなテーブルの傍にあるピアノへと向かった。
 咥え煙草のまま、鍵盤に指を置く。
 少し考えてから、右手の人差し指だけを、ゆっくりと動かした。
 しゃぼん玉。童謡だ。
 まだ幼い頃、この曲をよく聴いていた。
 弾き方を教えてくれたのは、友也が親父と呼んでいた男の恋人だった。
 初めて会った時、暗い女だと思った。やがて一緒に暮らすようになると、暗いのではなく口数が少ないだけだという事が分かった。レコードを集めるのが趣味で、部屋の中ではいつも何かしら音楽が流れていたような気がする。
 一緒に暮らし始めてから、二年後に死んだ。本当は自分が死ぬべきだった。親父はそう言っていた。
 死ぬ数ヶ月前に、女は小さなオルガンを友也にプレゼントした。それを使って友也に弾き方を教えてくれたのだ。
 オルガンは今でも友也の部屋にあるが、あまり弾く事はなかった。
 今、何故しゃぼん玉を弾こうと思ったのか自分自身にも分からない。今の状況が感傷的な気分にさせたのかもしれない。
 最後まで弾き終わった時には、一口吸っただけの煙草がフィルターだけになっていた。
 その煙草を床に捨てると、友也は椅子に凭れて目を瞑った。
 あの女の事が嫌いではなかったと思う。どこか母親のような感覚で接していたかもしれない。女が死んだ時、友也は泣いたが、その日を最後に涙を流す事はなくなった。
 様々な事が動き出したのも、女が死んでからだ。今思えば、女と共に暮らした二年間は幸せだったのかもしれない。
 平穏で優しい時間だった気がする。今となっては、もう二度と過ごす事の出来ない時間。
 ───そんな顔するんじゃねえよ。
 親父が無精ひげの生えた顔で笑っていた。
 二人とも、もうこの世にいない。
「教えてくれよ、親父」
 今、自分がしようとしている事は間違っているだろうか。
 自らが課した罰を破ろうとしている。それが正しいのかどうか教えて欲しい。
 無性に煙草が吸いたくなった。
 ポケットから、一本取り出し火を点ける。
 何も考えず、一本を根元まで吸い切ると、気持ちを無理矢理、現状に戻した。
 まず考えなければならないのは、自分がどうするかだ。
 もっとも、取るべき行動は決まっている。
 脱出だ。それしかない。問題は、その方法だ。
 ”禁止エリア、か……”
 今回は何故か、禁止にする意味がないとしか思えないところばかりが指定されたが。
 その禁止エリアも首輪さえ外してしまえれば意味を成さなくなる。となると、やはり首輪を外す事を第一に考えるべきか。
 実際問題として、簡単に首輪が外せるとは、とても思えない。それ相応の知識が必要になってくるだろう。
 そして、その知識は友也には無い。
 もっとも、自分に限らず一介の中学生ごときが、そんな知識を持っているとも思えないが。
 それならば、身に付けるしかない。この島の中で、何とかして技術を身に付ければいいのだ。
 生きるべき人間を生かす為には、そうするしかないだろう。
 例え、自分が死んでしまうとしても。
 そもそも自分が今、生きている事自体が間違いなのだ。本当は死んでいるはずだった。
 歯車が狂い始めたのはいつだったのだろう。その時に修正していれば、あんな事にはならなかったのか。
 どんなに考えてみても分からない。全てが今更なのだ。
「生きるしかない‥‥か」
 奥の部屋まで行き、ベッドの上に置いていたデイパックを背負った。室内をもう一度見回してみる。
 シングルのベッドと小さなテーブル。それ以外には何もない。
 この山荘は一人用なのかもしれないと、何となく思った。ここがどこの何という島なのか知らないが、作家や音楽家などが一人で落ち着くのには、丁度良い場所のような気もする。
 どちらにせよ、役に立ちそうな物は何もなさそうだ。
 それならば、いつまでも、ここにいても仕方がない。
 守るべき人間は、ここにはいないのだ。
 一度、静かに目を瞑った。やがて目を開けると、友也は振り返らずに歩き出した。
 しかし、すぐ立ち止まった。
「なんだ、ありゃ」
 床の隅に、数枚の紙切れが落ちているのが目に入った。
 何となく手にとって見てみると、その内の一枚には何かの設計図が描かれていた。
 全部で五枚あって、残る四枚には何か文字が書き連ねてある。それも全て英語でだ。
「こんなん読めるかっつーの……」
 ちなみに友也の英語の成績は言うまでもなく1である。
 設計図の方に目を向けた。
 描かれているのは、異様に太い煙突のような物だ。
 こちらにも裏面に殴り書きのような文字が書いてあったが、やはり英語である。単語だけなら読めるものもあったが、何が書かれているのかは皆目見当がつかない。
 ふと、設計図の表側。一番下に書かれている文字が目に入った。それだけが赤い文字で書かれている。設計図に描かれている物の名称なのかもしれない。
「らい、だうん……?」
 声に出して呟いてみたが、何の事だか分からなかった。
「ま、関係ねーか、こんなの」
 設計図をくしゃくしゃに丸め、遠投の要領で窓に向かって投げつける。設計図は窓に当たって跳ね返ると、また友也の足下に転がってきた。それを踏みつけ、ポケットから煙草を取り出す。火は点けずに咥えると、デイパックを下ろした。
 丸くなっていたはずの猫が起き上がっている。
「おい、ポチ」
 呼んでみたが、猫は動かない。
 デイパックの中を探ってパンを取り出した。二つの内の一つを半分に千切って床に置く。
 小さく鳴き声を上げ、猫がこちらにやって来た。
「毒味させてやるよ」
 パンの匂いを嗅いでいた猫を一度なでてやり、咥えていた煙草に火を点けた。同時に、猫がパンにかじりつく。
 しばらく、猫がパンを食べる様子を眺めていた。
「生きろよ、お前も……」 
 短くなった煙草を壁に押し付けて揉み消し、友也は歩き出す。 
 背中越しに、猫の鳴き声が聞こえた。


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