BATTLE
ROYALE
〜 LAY DOWN 〜
23
ここに来れば誰かしら見つかると思っていたのだが。
考えが甘かったようだ。
未だに誰一人、見つける事が出来ない。
見つからないのは誰もいないからなのか、隠れているからなのか。
出来れば後者は勘弁して欲しいところだ。自分達が警戒されているなどとは思いたくない。
とにかく、今は少し先に見える緑色の看板の店に入るのが先決だろう。
看板は妙に綺麗にされていたが店名の表記などはない。
店内からはみ出している商品を見て、初めて薬局である事が分かった。
「大丈夫か?」
隣を歩く天野義人(男子1番)に声をかけた。
銃で撃たれているのだから、大丈夫なわけはないだろう。それでも訊かずにはいられなかった。
それに対し、義人は「ああ」と答えただけだ。
先程から、元々少なかった口数が更に減っている。平気そうに行動してはいるが、想像している以上に辛いのかもしれない。
不思議なのは、銃撃を受けた右肩よりも、左肩に気を払っている事だ。
どういう事かは分からぬまま、山口若菜(女子19番)は義人の左側を歩く事にしていた。
神社から逃走した二人は、G−5にある商店街に来ていた。
この商店街はアーケードになっていて、左右に様々な店が軒を連ねている。
入り口には『ようこそ』と書かれた垂れ幕がぶらさがっていたが、商店街の名前のようなものは、どこにも記されていなかった。
商店街ならば隠れる事が出来る場所も多々ある。誰か仲間になってくれるような者がいるのではないかと期待していたのだが。
結局、誰も見つける事が出来ないまま薬局まで辿り着いてしまった。
「また、名前のない店か……」
薬局の入り口に立った義人が呟いた。
「え? なに?」
「この商店街‥‥おかしいとは思わないか?」
「おかしいって? 何が?」
若菜には義人の言わんとする事が分からない。
少し考えるような表情になり、右手を顎に当てながら義人が口を開いた。
「ここもそうだが、他の店も全部、店に名前がない。どういう事なんだ……」
「さあ? あたしに聞かれても……」
そう言われてみて、初めて気付いた。
確かにおかしいような気もする。もっとも、単純にそういう商店街なのだと言われてしまえば、それまでなのだが。
「ま、まあ、とにかく入ろうぜ! お前の怪我のが問題だろ」
「……ああ」
義人がうなずいたのと同時に、若菜が先に立って店内へと足を運んだ。
狭い店内には様々な医薬品が所狭しと棚に並んでいる。この辺りは通常の薬局と変わらない。
「あ! 包帯ゲット!」
レジの横の棚に並んでいた包帯を手に取った。
「パス!」
左側の棚の前にいた義人は、弧を描くようにして飛んできた包帯を右手で受け取ると、またすぐに棚へと目を戻した。
「あれ? 包帯巻かねーの?」
「消毒くらいさせてくれ」
「消毒ー? 意外とわがままだな、お前」
その言葉に疲れた顔を見せた義人だったが、何も言わず隣の棚を物色し始めた。
手に取ってみては棚に戻す。それを何度も繰り返している。
「なぁ、まだ見つかんねーのかよ? もう赤チンでいーじゃん!」
「いいわけないだろ」
うんざりしたような表情で言うと、若菜の方へと近付いてきた。
どうやら向こう側の棚にはなかったようだ。こちらの棚を探そうという事だろう。
「大体、どこの世界に銃で撃たれた傷に赤チンを使う奴がいるんだ」
義人は文句を言いながら棚に目を向けている。
何か言おうかと思ったが、あまり刺激しすぎるのもどうかと思いやめておく事にした。
「おい」と義人が若菜に目を向けたのは、それからすぐの事だ。
どうしたのかと思い義人を見ると、何やら大きめの瓶を片手に持っていた。
「何それ?」
「どうやらお前のすぐ近くにあったようだな……」
「あ、あら? 怒ってらっしゃる?」
義人は憮然とした表情のまま、何も言わずに奥の部屋へと向かった。
「キレんなよ、天野っちー」
「だから、そう呼ぶな!」
「ナイス突っ込み!」
親指を立てて右手を目の前に出したが、義人はため息を吐いて一言呟いただけだった。「ありがとう」と。
「どういたしまして」
そう言ってから、若菜も義人の後に続いた。
店の奥は小さな事務所になっていたようだ。
椅子が二つと机が一つ。机の上にはパソコンが置いてある。
「あ、みかんだ!」
机の上にあった木で編まれた籠の中に、みかんが二個入っていた。
他にもリンゴなどの果物がいくつか入っている。
「ラッキー!」
「ラッキーじゃない」
一蹴するように告げると、義人が籠を取り上げた。
中身を一瞥して、ため息を吐く。
「とりあえず捨てるぞ」
当然のように、義人が言い放つ。
「え!? なんでだよ!」
「政府の連中が毒でも入れてたらどうする?」
「えーー!? 大丈夫だってー!」
そうでなくても、ようやく手に入れた支給食料以外の食べ物である。
何となく睨み合う形になった。
「デリケートすぎんじゃねえの、天野っち?」
「お前が適当すぎるだけだ」
二人の間で火花が散る。
獲物を狙う虎とは、こんな気分だろうか。と、意味の分からない事を考えつつ、籠の中のみかんを狙う若菜。次の瞬間。
「あーー!!」
果物を籠ごとゴミ箱に入れてしまう義人の姿が目に入る。
「も、もったいねえ……」
「てゆうか‥‥腐ってたけどな、みかん」
「へ……?」
そんな若菜の間抜けな声は無視して、椅子に座った義人が消毒薬の使用説明書を机の上に広げた。
覗き込むようにして、それを読もうとした若菜だったのだが。
「これ……何語?」
それには応えず、おもむろに立ち上がると腰に手をやり、義人はため息を吐いた。
「な、なんだよ? その薬じゃダメなのか?」
「いや……。読めなかった……」
ようやく見つけた消毒薬の使用説明書には、専門用語しか書いていなかった。
医学知識など皆無である若菜には意味が分からなかったのだが、どうやら義人も同様だったようだ。
「そっか……。仕方ねえな。ここはあたしに任せろ!」
右手の親指を自分に向けてアピールしてみせる。
「何かいい手があるのか?」
「実は小学校の時……あたしは保健委員だった事がある!」
次の瞬間、義人は立ち上がって店内に戻って行った。
「あ、あのー。保健委員なんですけどー……」
その、どこか悲しい声は、若菜の耳の中でだけ響いた。
事務所の方に義人が戻って来たのは、それから10分程経ってからである。
「包帯巻くから手伝ってくれ」
椅子の上で胡坐をかいて座っていた若菜に告げると、義人は制服の上着を脱ぎ、使用する物を机の上に用意していく。
包帯、ガーゼ、ペットボトルが一本。それで終わりのようだった。
「消毒薬は?」
「使い方が分からん以上、適当な想像で使うべきじゃない。諦める」
「けど、これだけで大丈夫なのかよ?」
上半身裸になった義人を見て、若菜は思わず訊ねてしまう。
右の肩口は出血の後が生々しく、更には赤く腫れ上がっている。もう一方。ここに来る間、ずっと押さえていた左腕は内出血しているようだった。どちらにせよ痛々しい傷だ。
「これしかないんだから仕方ないだろ」
「まあ、そうだけどさ……」
義人の傷は、若菜が思っていたよりも、ずっと酷いもののように見える。
「それじゃ、水をかけてくれ」
「お、おう!」
使用する物は水のみだった。それも支給されたペットボトルの水だけなのだが。
支給されるペットボトルは一人につき二本。その内、一本を丸々使用する事にした。
すでに封の切ってある一本目を、ゆっくりと慎重に義人の右肩へと垂らしていく。
義人が小さく呻いた。
「だ、大丈夫か?」
「平気だ。続けてくれ」
動きが止まった若菜を、義人が促がす。
再び、慎重に右肩の傷口部分めがけて水を垂らす。同時に、義人があらかじめ湿らせておいたガーゼを使い傷口を揉む。それの繰り返しである。度々、義人は苦悶の表情を見せたが、若菜の動きが止まると、続けるように促がした。
ペットボトルの水が空になったのは、10分以上経過してからだ。それだけ慎重に行ったという事だろう。終わった時には、若菜も汗をかいていたほどだ。
「なくなった‥‥けど、平気か?」
小さくため息を吐くと、義人が少し笑ってみせた。
この手当てが正しいかどうかは分からなかったが、医療知識が無い二人には、この程度の事しか出来なかったのだ。
「包帯巻くぜ」
「頼む」
若菜は、義人の指示を受けつつ、その右肩に包帯を巻いていく。
元々、手先があまり器用ではない為、微妙な感じになってしまった。
「こ、こんなもんで、どう?」
「見た目は酷いな」
そうは言ったが、義人の表情は笑顔だった。
「ちぇっ、大目に見ろよ」
「今回はな。……次、何かあった時も頼むぜ。保健委員」
「へっ。物騒な野郎だ」
若菜もため息を吐いて、笑い返す。
それは短いが、とても穏やかな時間だった。
こんな状況でも笑い合える。そう思うと若菜は嬉しくなった。
今までの学校生活では、ほとんど話した事もなかった義人と、こうやって笑い合っている。不思議な感覚だったが、自分の世界が広がった気がした。
「ところで、これからの事だが……」
服を着込みながら、義人が切り出した。もう真剣な眼差しに戻っている。
「とにかく皆を探すんだろ?」
神社の中での話し合いで、そう決めていた。そして出発しようとして襲われたのだ。
「一応な。その前に話しておく事がある」
「なんだよ?」
「神社で野々村とやりあった時……」
義人が傷を負う事となった、神社での野々村武史との争いの事を言っている。
「俺達と野々村。それ以外に、もう一人いた」
「えっ?!」
突拍子もない義人の発言に、驚いて声を上げた。
あの時の状況を思い返してみるが、他に誰かいたようには思えない。
「マ、マジで?」
「間違いない。左腕の方は、そいつにやられた」
ここに来るまで、ずっと押さえていた左腕。内出血していたのを思い出した。
目を向けると、義人も考え込むような仕草になっている。
「誰なんだよ、そいつ?」
それが一番の疑問である。あの戦闘中に、いきなり割って入って来た者。逃げた自分達を追っては来なかったが。
「それが分からない。が、野々村の味方というわけでもないはずだ」
「そうなの?」
「俺が野々村を羽交い絞めにしたのを覚えてるか? ちょうど、その直後だ。そいつが、いきなりバットか何かで殴りかかってきた。それは野々村にも当たっている」
言われて初めて思い出した。そういえば武史も肩の辺りを押さえてうずくまっていた気がする。羽交い絞めにされて、暴れながら銃を乱射していた武史。急に銃声が聞こえなくなったと思って顔を上げたら、武史が倒れていたのだ。
「じゃ、じゃあ、まさか、やる気の奴だったとか……?」
やる気の者ならば、自分達と武史、三人まとめて葬ろうとしてもおかしくない。あの時、本当にもう一人いたならば、絶好のチャンスだったはずだ。羽交い絞めにしている義人も、混乱している武史も、地面に伏せていた自分も、三人とも無防備と言える瞬間だった。
「その可能性が一番高いが……。俺達を追って来なかったのが気になる」
「あたしらは二人だったからビビッただけじゃねえ?」
「銃を持ってる奴よりもか?」
確かにそうだ。いくら自分達が二人だったとはいえ、武史は銃を持っていた。考えるまでもなく、武史とやり合う方が危険である。
「じゃあ、そいつも逃げた?」
「だが、俺達が逃げ出した後も何度か銃声が聞こえた」
そういえば、聞こえた気もする。よくは覚えていないが。
若菜も義人も向かい合った状態で考え込んでしまう。あの場にいた、もう一人の人物。一体、誰なのだろう。
「お前なら顔を見ているかとも思ってたんだがな……。とりあえずは、やる気の奴がもう一人いると思っていた方が良さそうだな」
「そう、だな……」
神社にいた、もう一人の人物。そして野々村武史と花田良平。少なくとも、武史と良平は明らかにやる気だろう。普段の彼等から考えると、とても想像出来ない事ではあるが。
皆はどうしているだろう。葵は無事に逃げ切れたのだろうか。ケガなどしていなければいいが。自分と葵が口論している間に出発してしまった鈴子はどこに行ったのだろうか。梨香と正巳は一緒に行動出来ただろうか。出発前、梨香は泣いていたし、正巳もかなり緊張している様に見えた。二人とも無事だといいが。そして。
”夕子……”
優しい笑顔を思い出そうとして、宙を見上げた。
「山口……」
「あ、ああ。わりぃ」
物思いに耽っていたところを見られ、若菜は苦笑した。
「いや、いい。大丈夫か?」
義人なりに気を使ってくれたのか優しい言い方だった。
それに応えるように、若菜は右手でピースマークを作ってみせる。
「なんだ、それは?」
「あたしとお前がダチって事さ! な?」
義人が驚いたような顔を見せる。
「よし! お前もやれ!」
「い、いや、それは遠慮しておこう……」
困ったような表情のまま、義人が小さく笑った。
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