BATTLE
ROYALE
〜 LAY DOWN 〜
24
今日は晴れるだろうか。
空を見上げると、辺り一面を星空が覆っていた。
山の天気は変わりやすいと言うが、この調子ならば問題ないだろう。
そう思って少し安心した。もし雨が降ったら、心まで落ち込んでしまいそうな気がしたのだ。
「今日は晴れるぜ」
そう言って若菜は、隣を歩く義人に笑いかけた。
それを聞いた義人が、促がされたかのように空を見上げる。
「分かるのか?」
「ただの勘だよ。でも、晴れる」
訳が分からないとでも言う風に、義人はおかしな表情をしてみせた。
「そんな顔すんなよ、天野っちー」
「だから、天野っちはよせ」
義人の素早い反応がおかしくて、若菜はあえてそう呼んでいた。
当の義人は最早諦めたのか、最初ほど嫌そうでもないのだが。
これまでの事と、これからの事を話し合った二人は、すぐに薬局を後にした。
出発してから二人が最初にした事はアーケード内の探索である。来た時は手当てが優先だった為、店内までは調べていなかった。様々な店があったが、唯一の収穫は飲料水だけだろう。それも雑貨屋らしき店に置いてあった三本だけである。ちなみに雑貨屋には、自分達の前に誰か来ていた形跡もあった。その人物が残りの飲み物を持って行ったのかもしれない。ちなみに若菜達が手に入れた飲み物は、全て同じ銘柄のお茶である。アーケード内にはコンビニもあったが、商品は何一つとして残っていなかった。他の店も同様で、ほとんどの店で商品は撤去されているようだった。薬局以外で商品が残っていた店は、その雑貨屋らしき店だけである。
そうして探索を終えた二人が、今、歩いているのは、F−5の真ん中辺りと思われる森の中だ。目的地はE−4にある商店街。現在地は禁止エリアのすぐ隣なので注意が必要なのだが、支給された地図のあまりの曖昧さに困惑していた。
「ここって、どの辺?」
「とりあえずF−4ではないな……」
F−4は学校のあるエリア。つまり禁止エリアである。侵入すれば首輪が爆発しているというわけだ。
「あっちの商店街、誰かいるかなー?」
「さあな。とりあえず行くしかないだろう……」
ここまで来て目的地を変更しようとは言わないが、また誰もいないのではないかと若菜は少々不安だった。いたとしても、武史や良平のように、やる気になっている者かもしれない。
”ヤッベー。何か、あたし、ちょっと弱気になってねー? 何か違う話題で……”
「あ! そーいえばさぁ、お前って好きな女とかいねーの?」
「な、何だ、突然?」
あまりに唐突の質問に、心底驚いた顔を義人は見せた。
「い、いや、この暗い空気を明るい話題で盛り上げようかと思って……」
「あのな……。そういう話は佐川達としろ」
そう言われて、鈴子が好きだった池田一弥の事を考えた。サッカー部のストライカーである一弥は、クラスの女子の間でも人気のある方だった気がする。どこがいいのか若菜には分からなかったのだが。
「別に鈴子達の話は知ってるしさー。お前は、誰かいねーの?」
「そういうお前は?」
問われて、口ごもってしまった。若菜には好きな人はいない。恋愛に興味がないわけではないのだが、若菜の理想を体現する男がいなかった。ちなみに若菜の理想の男は、組員10人を素手で半殺しにした極道映画の主人公なのだが、これでは探す事すら不可能に近い。つまり、若菜は本当の意味で異性を好きになった事がないのだ。
「……いねーな」
「じゃあ、俺に振るなよ……」
げんなりした表情で義人が呟く。
その言葉が聞こえる前に立ち止まっていた。若菜達の右側。大きな木が沢山生えている場所。
「何だ?」
義人が緊張した面持ちで問いかける。
「あそこ。誰かいねー?」
林の中を指差しながら言った。
少し先にある林の向こうから誰かが歩いて来ている。
「誰だ。見えるか?」
「見えたら動いてるって。行こうぜ」
言うや否や、若菜はその人物に向かって行った。
「バカ。ちゃんと相手を確認してからにしろ」
「平気だろ? 向こうだって、向かって来てんじゃん」
実際、林の向こうにいる人物は足を止める事なく、こちらに近付いてくる。
「気付いてないだけかもしれん」
確かにそうだ。こちらからも、暗すぎてほとんど見えない状態である。向こうが気付いていなくても、おかしくはない。
「あれが菊池辺りだったら、危険すぎる」
神社でも話していた事だ。
”あの野々村でもプログラムに乗った……。でも……”
「会ってみなきゃ分かんねえだろ?」
それは義人への言葉でもあり、自分自身に対する言葉でもあった。
「もし、やる気の奴だったら?」
「ぶちのめす」
振り返って、笑いながらそう言うと、若菜は林に向かって歩き出した。
足に引っ掛かる枝も、顔に当たる葉も、全く気にせず歩を進める。慎重に相手の事を注視してみた。ぼやけていた輪郭が、徐々にはっきりしてくる。男子のようだ。何か大きな物を手に持っていた。
「何か持ってるぞ」
いつの間に隣に来たのか、小声で義人が告げる。
「だな。何だ、ありゃ?」
若菜は目を細めて見てみたが、暗闇の中なので、よく分からなかった。
「分からん。逃げる準備だけは……。ん?」
向こうにいる男が急に立ち止まった。どうやら、ようやく自分達に気がついたらしい。
若菜と義人も、すぐに逃げられるように体勢を整えた。
「そこにいるの、誰だ!?」
向こうの方から呼びかけてきた。林の中だからか、やけに大きく聞こえる。
応えようとした若菜の服の袖を引っぱって、義人が止めた。
「大丈夫だろ? 向こうから声かけてきてんだし……」
「恐らくはな。ところで、誰だ、あいつは?」
それには首を振って答えた。声を聞いただけで分かるほど親しい人間ではないようだ。
「おい! 聞いてんのか!?」
義人は相変わらず慎重に相手を観察しているようだったが、若菜は意を決した。今のまま、お互い警戒し合っているだけでは状況は変わらない。一度小さく舌打ちすると、声を張り上げた。
「おい! 人に名前聞く時は、てめえから名乗りやがれ!」
「バ、バカか、お前は!」
義人が慌てて若菜を引き戻した。
「クソっ! おい、すぐ逃げられるように体勢だけは───」
「真島だ! もちろん、やる気じゃない!」
どうやら向こうにいるのは真島裕太(男子19番)だったようだ。
”真島かぁ……。どんな奴だったっけ?”と、若菜は裕太が、どんな人物だったか思い出そうとしたのだが。
「危険だな。あいつはやる気の可能性がある」
「え? なんで?」
「出発の時を思い出してみろ。俺より前に出発した奴で、あんな行動を取ったのは真島だけだ」
それで若菜も、出発の時の裕太の様子を思い出した。
出発するのが待ち切れないとでも言うように、西郷が名前を呼ぶ前に裕太は立ち上がったのだ。そして、その時、西郷が言った言葉。
「おい! 俺は名乗ったんだ! そっちも早く名乗れ! 山口以外にもう一人いるだろう!?」
いきなり自分の名を呼ばれ、若菜は驚いて目を見開いた。義人に顔を向ける。
「あ、あれ? あたし、名乗ったっけ?」
「行くしかないか……」
若菜の疑問には答えずに、義人が憂鬱そうな声で呟く。
「え? 天野?」
義人が無言のまま林の奥へと歩き出した。
「あ、おい!」
若菜もすかさず後を追う。
距離的には意外と近かったようだ。少し歩いただけで裕太の姿が確認出来た。ある程度の間を残して義人が足を止める。
「天野だったのか……」
自分達が一緒にいる事が不思議だったのか、裕太が驚いたような表情で呟いた。
「それがお前の武器か?」
裕太の右手に握られている鎌を見ながら義人が尋ねた。
鎌は新品なのか、全く使い込まれた様子がない。
「いや。この近くで拾った」
「拾った、か。支給された武器が別にあるという事か?」
警戒している。裕太と一定の距離を保ったままの義人を見て、若菜はそう思った。
「ああ。けど、忘れてきちまった」
「忘れた?」
「それどころじゃなかったんでな」
裕太の目に何か暗いものが映ったような気がした。
本当にどこかに忘れたようだ。そう言われると、裕太はデイパックを持っていない。
「誰かに襲われでもしたか?」
「そういう事じゃない」
そう言って俯いた裕太は、険しい表情で足下を見つめている。
デイパックを忘れてしまうほどの何か。何が起きたのかと若菜は思った。隣に立つ義人に目を向ける。義人は、何かを見極めようとするように裕太を見つめていた。
「矢口を見なかったか?」
短い沈黙を破ったのは裕太である。
「見てないな」
そう言って、義人がこちらに目を向けてきた。
「あたしも会ってねーよ」
「そうか……」
裕太と冴子の間で何かあったのだろうか。若菜が知る限り、二人の仲が特別良かったという記憶はないが。
「何故、矢口を探してる? お前の言う、それどころじゃない事に矢口が絡んでるのか?」
「俺達は一緒にいたんだ……」
「え? 矢口がお前と?」
冴子なら友達と一緒に行動しようと考えそうな気がする。だが、冴子の仲間である佳苗が外に出て来た時、誰かが声をかけた様子はなかった。それは茂みの中に隠れていた自分も葵も確認している。
「何で、あいつ、遠藤達待たなかったんだよ?」
「待とうとしてた。けど、俺が無理矢理連れてった」
苦渋を帯びた表情で裕太が告げる。また足下に目をやった。
「無理矢理ぃ? てめえ、まさか矢口に妙な事しようと───」
「そんな事するか!!」
大声で裕太が否定した。そして、またすぐに足下に目を落とす。
「そんな事しねえよ……。俺はただ、あいつを守りたかっただけなんだ……」
「わ、わりぃ……」
何となく、申し訳ない気持ちになり、若菜も俯いてしまう。
「それで、無理矢理守ろうとした矢口に逃げられた?」
義人が口を開いた。
つまりはそういう事なのだろう。裕太は冴子を守ろうとしたが、冴子自身がそれを拒んだ。
「まあ、そんなとこだ……」
何となく、重苦しい雰囲気になった。
義人は腕を組んで、裕太を観察するように見つめている。
「矢口は出発前に撃たれてた。だから、早く手当てする必要があった……。俺は……」
そこまでで裕太の言葉は止まった。
何かを必死に堪えている。そんな風に若菜には思えた。
「それで手当ては?」
訊きながら、義人が裕太の方へと一歩踏み出す。
ずっと一定の距離を置いて会話していた。その距離を義人の方から縮めたのだ。
「した。ログハウスがあって、そこで……」
「分かった」
義人は頷くと、そのまま腕を組んで黙り込んでしまう。
沈黙が流れる。
冴子の事を頭に浮かべた。どうして逃げたりしたのだろう。やはり、仲間を探しに行ったのか。しかし、手当てしたとはいえ、冴子は銃で撃たれているのだ。あまり無茶な事は出来ないだろう。
「正直、俺にはまだ理解出来ない。矢口の気持ちが……」
呟いた裕太の表情には苦渋の色が浮かんでいる。
「けど、決めたんだろ?」
冴子を守る。裕太はそう決めている。
その気持ちは、若菜にも伝わってきた。
しばらくの沈黙の後、裕太が顔を上げた。
「ああ、そうだ。俺は矢口を守る」
「うん。それでいーじゃん! あたしらも手伝うぜ」
その言葉に裕太は少し驚いたような表情を浮かべ、それからすぐに笑みを見せた。
「いや、一人でいい。探してくれるのはありがたいけど、それなら別々の方が早く見つかるだろうし……」
「何より誰の力も借りずに、やり遂げたい、か?」
義人が言葉を引き継いだ。
裕太が頷く。それが答えなのだろう。
「分かった。だが、俺達が先に見つけた場合はどうする?」
どちらが先に見つけるかは五分五分だ。また冴子の方が同行を拒む可能性も考えられる。
「そうだな……。ああ、明日の夕方にでも待ち合わせるってのは、どうだ?」
「時間と場所は? まさか、ここじゃないだろう?」
「E−5の病院が見える崖の近くにログハウスがある。そこに5時くらいでいいか?」
義人は頷くと、おもむろに自分のデイパックを降ろした。中からペットボトルを取り出す。何も言わずに裕太に放った。持って行け、という事だろう。
「いいのかよ?」
「こっちには、まだあるからな」
「ありがたく、貰っておくぜ」
そう言って笑うと、ブレザーのポケットにペットボトルを突っ込んだ。
「後、教えておく事がある。信じられんかもしれないが、野々村と花田は殺し合いに乗っている」
裕太が驚いた表情を見せた。顔が引き攣っている。
「う、嘘だろ、おい?」
「実際、俺達は野々村に襲われてるし、山口は俺と会う前に花田にも襲われてる」
「あ、あの二人かよ……」
やはり口で説明するだけでは信じられないのかもしれない。それほど、やる気になるとは思えない二人なのだ。
「わ、分かった。気を付ける事にする……」
裕太が唾を飲み込むのが分かった。緊張した顔つきになっている。
「あ、そだ! お前って矢口以外は誰とも会ってねーの?」
大切な事を聞き忘れていた。裕太が冴子を探しているように、自分にも探している仲間がいるのだ。
「え? あ、ああ。誰にも会ってない。森川達か?」
「ああ。葵とは最初一緒だったんだけど……」
あの森の中で良平と戦った時の事を思い出した。葵は自分とは逆の方向へと逃げたはずだ。
「そうか。もし会えたら連れて行くよ。そうだ。あっちゃんと柴には会ってないか?」
「あっちゃんって、田中?」
裕太が頷いた。心配そうな表情をしている。
「あたしは会ってねーけど?」
「俺も会ってない」
義人も会っていないようだった。
「そうか。もし見つけたら頼む」
了解したという風に義人が頷いた。
「じゃあ、俺は行くよ。またな」
「おう! くたばんじゃねーぞ、真島!」
「ああ。お前らもな」
そう言って笑うと、裕太は右手を上げて若菜達が来た方向へと歩き出した。
少しずつ、裕太の姿が暗闇の中に溶け込んでいく。
その後ろ姿が完全に闇に溶けて消えるまで、若菜も義人も無言で闇の中を見つめていた。
「俺達も行くか」
しばらくして、ようやく義人が口を開いた。
「そっだな。あ、そーいや、聞き忘れたな」
「何を?」
腕を組んで考える仕草になってから言った。
「いや。何で矢口の事、守りたいなんて思ったのかなーって」
「……に、鈍すぎるぞ、お前」
呆れたとでも言うように義人が首を振る。
「気付くだろ、普通……」
「え!? お前知ってんの? 何だよ、教えろよ! 気になるだろ!」
義人は再び首を振ると「本人に訊け」とだけ言い歩き出した。すぐに若菜も追いすがる。
二人のいる空間だけが、静かな森の中で浮いていた事は言うまでもない。
「教えろってーー!」
好奇心100%の若菜の声が、森の中に響いた。
≪残り 41人≫