BATTLE ROYALE
〜 LAY DOWN 〜


26

 信用を勝ち取るのは相当難しい事なのかもしれない。
 エリアで言うとD−4にあたる森の中を歩きながら、
菊池太郎(男子7番)は考えていた。
 他人の自分に対する評価など、今まで気にした事はない。だが、今は考えねばならない。自分という人間を信用してもらう為に。
 自分の評価。基本的なところは分かりきっている。殺し合いに乗ってもおかしくない人間。ほぼ全ての者が、そう思っているだろう。また、そう思われても仕方のないような事をしてきた。
 ”どうすれば理解してもらえる……?”
 まずは話だけでも聞いてもらわなくてはならない。
 自分は殺し合いなどするつもりはない。傷つけるつもりなどないのだ。それを単純に言葉にして口にしたところで、信じてもらえるかどうかは分からないが。
 今のままでは、どうしようもない。何か信頼を勝ち取るに足り得る事をしなくては。
 出会った瞬間に逃げられたり、銃を向けられていては、脱出など夢のまた夢である。
 ”いや、脱出の前に奴等をぶん殴ってやる”
 拳を握り締めると、菊池は煙草に火を点けた。
 とにかく、まず一人。仲間を作る必要がある。
 脱出方法すら考えていそうである涼を仲間に出来れば申し分ないが、実際のところは誰でも良いというのが本音だ。本当に自分を信頼してくれる者であるならば。
 仲間の事が頭に浮かんだ。
 出発前は不良仲間四人で動くつもりだったが、現実には今、菊池は一人でいる。
 あの時、校庭で一瞬見えた省吾の顔を思い出して舌打ちした。
 まさか殺し合いに乗ったとは思いたくない。仮にも、ずっとつるんできた仲間なのだ。
「クソッタレが!」
 吐き捨てるように言い、目の前にあった木を蹴り飛ばした。
 頭上から葉が何枚か落ちてきて頭に降り注ぐのが分かった。それを手で振り払い、吸っていた煙草を地面に落とす。
 暗い地面が一部分だけ、煙草の火で赤く光っているように見える。
 その火が燃え尽きて消える寸前だった。
 聴覚を捉えたもの。思わず振り返った。自然に足が動き出した。
 何が起こったのかも分からず走り始める。
 暗すぎて地面の様子が確認出来なかった為、何かに足をとられた。だが、すぐにバランスを取り戻し、それが聞こえた方向へと走る。
 間違いなかった。今のは、紛れもなく悲鳴だ。
 この近くで誰かが襲われているのか。そうだとしたら、助けなくては。
 これが仲間を作るきっかけになるかもしれない。そう思った自分に嫌悪感を覚えて、菊池は一瞬、顔を顰めた。
 もう、かなり近くまで来たはずだが、夜の闇と風の音のせいで場所がつかめない。近くである事は間違いないはずなのに。
 見つけられない自分に苛立ちを覚えた。
「どこにいるんだ!? おい!!」
 その場で立ち止まり、空に向かって大声を張り上げた。そうして、また走り始める。
 変わらない景色が、同じ場所を何度も通過しているように錯覚させた。
 周囲を見回しても見えるものは変わらない。生い茂る木々。暗い空。それだけだ。
 あるいは、もう通り過ぎてしまったのか。一瞬、そう思った。その瞬間、視界の端に何かが映った。
 急停止して足を止めると、菊池は唾を飲み込んだ。息が荒れている。呼吸の乱れをどうにかしたかったが、足はすでに動いていた。
 何かがある。それは間違いなかった。今、自分が向かう先。暗くてよく見えないが、確かに何かが横たわっている。
 大木かもしれない。そんな言い訳を思い浮かべた。
 歩きながら、暗い空に目を向けた。自分の息遣いが聴こえる。額から垂れてきた汗が目に入った。手の甲で額の汗を拭う。
 目の前まで来た。一度、強く目を瞑る。
 頭の中で様々な言い訳が飛び交うのを聞いた。
 眠っているだけ。本当はただの大木だった。この現実自体が夢である。どれも自分を納得させられるものではなかった。
 もう一度、唾を飲み込む。それから、閉じていた目を開いた。
「……誰だよ、てめえは?」
 そこに横たわっている人物に向けて呟いた。
 自分と同じ濃紺のブレザーを着ている。男子である事だけは間違いようがなかった。
 ゆっくりと傍まで歩み寄った。逆方向を向いている顔を覗き込む。
 菊池はその場で力尽きたように膝を落とした。
「なん、でだ……?」
 震える拳で地面を殴りつける。
「なんでだーー!!」
 両手を地面に叩きつけて菊池は咆えた。それから大声で叫びを上げる。
 その叫びは言葉ではない。もっと動物的なものだった。腹の奥底から絞り出される叫び。
 やがて叫び疲れて声も出なくなった頃、菊池は自分が震えている事に初めて気付いた。
「文広……」
 名前を呼んでみたが、反応があるはずもない。
 確かめるまでもなかった。神田文広は確かに死んでいるのだ。今、自分の目の前で。
「誰にやられたんだ、お前……?」
 文広の目を閉じてやりながら呟いた。
 もちろん答えなど返ってくるはずもない。
 ふと懐かしい記憶が頭を掠めた。
 元々はごく普通の生徒だった。確か1年の頃は涼のグループにいたような気がするが、あまり覚えていない。何となく目立たない方だった気がする。そんな文広が仲間になるきっかけを作ったのは菊池だった。
 1年から2年に進級する春休みの事だ。
 学校が春休みを迎えた頃、菊池達は近隣の中学と揉めていた。きっかけを作ったのは、別のクラスにいる仲間の一人だ。目つきが気に入らないと因縁をつけたら、逆にやられてしまったのだと言う。それを聞いた省吾が、その相手を闇討ちしたのだ。そこからお互い険悪ムードになり、街中ですれ違う度に喧嘩を繰り返すようになっていった。
 そんな状態がしばらく続いたある日、敵対していた中学の生徒四人に文広が一方的に殴られているところに通り掛かったのだ。面倒な場面に通り掛かってしまったと思いつつも、気付いた時には四人の内二人を叩きのめしていた。土下座して謝罪しようとする二人を蹴り飛ばして追い払った時には、残りの二人の姿もなくなっていて、菊池と文広だけがその場に残された。
 その時、文広が突然「舎弟にしてくれ」と言って頭を下げてきたのだ。その言葉に驚きながらも「今時、舎弟はねえだろ。漫画の読みすぎじゃねえのか?」と言って追い払ったのだが、文広は本気だった。
 とにかく話だけでも聞いて欲しいと、次の日から仲間内での溜まり場だった駐車場やゲームセンターに顔を出し始めたのだ。初めは相手にしていなかったが、いつの間にか文広がいるのが当たり前になっていた。
 喧嘩が弱かった事もあり、省吾辺りには使い走りのような事もさせられていたが、とにかく文広は仲間になったのだ。
 何故、文広が自分達の仲間になりたかったのかは分からない。不良と呼ばれる事に憧れていたのかもしれない。実際、そういう節が文広には多々あった。他のクラスの仲間といじめなどもしていたし、学校外でも似たような事をやっていたようだ。自分のクラスでそれをしなかったのは、恐らく涼がいたからだろう。
 菊池はというと、別に止めさせようとは思わなかった。それを諌める理由などなかったし、誰がいじめられていようが自分には関係なかった。ただ、つまらない事をしていると思っただけだ。
 それでも友達だった。いじめをしていようが、つまらない悪さをしていようが、文広は間違いなく自分の友達だったのだ。
 もう生きてはいない友達に目を落とした。
 安らかな顔で死んでいるとは言い難い。口から血なのか泡なのか分からないものを出していた。
 その時、文広はどんな気持ちだったのだろう。想像しようとしたが分かるはずもなかった。
 しばらく、その場に膝をついたまま、もう動く事のない文広を見つめていた。
 どれくらい経っただろうか。小さな足音らしき音を聞き、菊池は立ち上がった。
 文広を殺した誰かかもしれない。
 慎重に周囲を見回してみた。本当に文広を殺した者ならば、殺し合いに乗っている事は間違いない。
 両拳を握り締めた。ろくな武器すらない自分にとっては、この身一つで戦うしかない。
「誰だ? 出て来い」
 抑えた声で口を開いた。
 誰も姿は現さなかったが、代わりに小さな悲鳴が聞こえた。
 自分の右側。大きな木がある場所。
 そこに向けて菊池は、ゆっくりと歩を進めた。
「来ないで! 殺さないで!」
 いきなり、懇願するような悲鳴が上がった。
 木の後ろに半身を隠したまま震えている少女。
 恐怖で足が竦んでしまっているのか、菊池を見つめたまま動こうとはしない。
「俺じゃない」
 足を止めて、菊池は呟いた。
 自分が文広を殺したと思われているのは明らかだった。
「俺じゃない。信じてくれ、手塚」
 そう言いながら、一歩前に足を踏み出した。
 信じろ、というのも無理な話かもしれない。皆の自分に対する評価を考えれば、自分が殺したと思われても仕方がないのだから。
「い、いや……。来ないで、お願い……」
 震える声で呟きながら、
手塚唯(女子13番)は、しきりに首を振っている。
「どうすれば信じる?」
 訊いたが、唯はただ首を振り続けるだけだ。
 どうするべきなのか分からなかった。何を言っても信じてもらえそうにはない。無理に話を聞かせようとしたところで、拒絶されるだけだろう。今までの評価を考えれば仕方がないのかもしれないが。とにかく、今自分に出来る事は一つしかないだろう。
「分かった」
 ため息を吐いて、真似るように首を振った。
「俺が、ここから消える。だが、本当に俺じゃない。それだけは信じてくれ」
 無駄な事を言ったかもしれないと思った。
 恐らく唯は信じないだろう。
 せめてもの悪あがきだ。もしかしたら信じてくれるかもしれない、という気持ちを捨てきれずにいる。
 ”大概、かっこわりいな、俺も……”
 自分自身に苦笑した。
 再び、唯を見つめたが、相変わらず震えているようだ。
 そんなに怯えないでくれよ。そう言いたかったが、それも意味のない言葉だと思った。
 諦めて、背中を向けた。そのまま歩き出す。 
 文広の傍を通る瞬間だけ目を閉じた。


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