BATTLE ROYALE
〜 LAY DOWN 〜


27

 後ろ姿が完全に見えなくなっても、その場から動く事が出来なかった。
 極度の緊張からか全身に汗をかいている。
 やがて汗が目に入って左目を瞑った時、力が抜けて腰から地面に落ちた。
 地面に腰を落としたまま、手塚唯は自分の手の平を見つめた。
 土のような物で汚れている。何度かスカートの裾で拭くと、汚れが取れたような気がした。
 それから、日曜日に行くはずだった映画の事を考えた。親友である絵里と、その恋人である啓介。それに啓介の友人である涼を入れた四人で行く事になっていた。自分が涼に憧れていると思っている絵里が、啓介と共にお膳立てしたのだ。
 男女問わず人気のある涼の事を、唯も「格好いいな」と思っていた。だからと言って、涼の事が好きかというと自分自身にもよく分からない。何より、この状況に陥ってから絵里に会う事しか考えていなかった。涼の事を考えたのは、これが初めてだったのだ。
 とにかく、今は絵里に会いたい。そう思って立ち上がった。その途端、全身を寒さに襲われた。
 汗をかきすぎたので体が冷えてしまったのかもしれない。
 両腕で体を抱きしめるようにすると、まだ震えている足で倒れている人物の所に向かった。
 近付いていくほどに、心臓の音が高鳴っていくのが分かる。
 すぐ傍まで来て、ようやく死んでいるのが神田文広である事が分かった。
 目が閉じられていたのが救いだった。目が開いたままだったりしたら、また悲鳴を上げて逃げてしまったかもしれない。
「神田君……」
 文広の事で知っているのは不良グループの一員であるという事くらいだ。ただ、隣のクラスでいじめの問題があった時、その犯人に文広の名前が上がっていたような気がする。どちらにせよ、あまり良い印象はなかった。
 そんな不良である文広を殺した者。
 ───俺じゃない。
 そう言ってはいたが、とても信じる気にはなれない。
 不良の文広に勝てる者など、同じ不良グループの三人くらいだろう。もしくは涼なら勝てるかもしれないが、殺し合いになど乗るはずがない。やはり菊池しかいない。
 ”けど……”
 実際には分からない。本当は菊池ではないのかもしれない。それでも、西郷の言葉が唯の頭から離れなかった。
 ───仲間と思って迂闊に近付けば、待っているのは死だ。
 それは本当だろう。先程から何度か聞こえた銃声。そして、今、自分の目の前に殺されてしまった者がいるのだ。
 その事実は、自分の死すらも予感させるものである。それでも、絵里と一緒ならば、この現実も乗り越えられる気がした。
 ”会いたいよ、絵里……”
 早く絵里を探さなくては。絵里もきっと自分の事を心配しているはずだ。ひょっとしたら、啓介と一緒にいて自分を探しているかもしれない。運動神経の良い啓介ならば頼りになるし、絵里の彼氏なのだから充分信用出来る。
 ”それに、私にはこれがある”
 ポケットに入れておいた支給武器を取り出した。
 一見しただけでは武器とは思えない。最初は何だか分からず戸惑ったが、これを支給された事は幸運だったかもしれない。
 その黒い箱状の物は探知レーダーだった。今は液晶画面の中央に星印が二つ出ている。
 説明書によると、この探知レーダーは生徒全員に着けられている首輪と連動していて、半径1キロ以内に首輪の反応があると星印が表示される仕組みになっているらしい。
 今、表示されている星印は唯自身のものと、すでに生きてはいない文広のものだ。文広の首輪にも反応を示している事を考えると、生存状況に関わらず全ての首輪に反応するようになっているらしい。
 
 このレーダーを手に、唯はずっと絵里の事を探していた。
 いつ誰に襲われるか分からない状況で、島内を動き回るのは怖かったが、レーダーの存在が唯に勇気を与えた。半径1キロ以内に人がいれば反応して教えてくれるのだ。あらかじめ分かっていれば、星印がやる気の者だったとしても、容易に逃げられるだろう。
 中々反応を示さないレーダーに初めて自分以外の星印が浮かんだのは、住宅街のあるD−3の林の中でだった。
 その時、唯は住宅街を探し終え、隣のD−4へ移動する途中だった。液晶画面から片時も目を離さずに歩いていた唯は、画面下部に突然表示された星印を見逃さなかった。
 誰かがいる。それは間違いない。星印が示している人物が絵里である確率は41分の1。それでも確認しなくては意味がない。自分は絵里に会う為に、この島を歩き回っているのだ。大丈夫。きっと絵里であるはずだ。そう自分に言い聞かせた。
 懐中電灯で地面を照らしながら慎重に歩いた。しばらくしてレーダーを見ると、星印との距離がかなり縮まっている事が分かった。それどころか、こちらに向かって来ているようだ。それに気付いた時、急に怖くなってしまった。考えてみれば、ここからは林の外にいる人物を窺う事は出来ないのだ。もし、星印の正体が殺し合いに乗っている者だったとしたら。だが、絵里ではないとは言い切れない。いや、絵里のはずだ。そう信じる。そうして、唯は再び足を踏み出したのだが。
 思考が止まった。自分の顔から血の気が引いていくのを感じた。液晶画面の星印が示していた人物を目の前にして、唯は心の底から悲鳴を上げた。
 ”殺される……”そう思った瞬間、走り出していた。
 死にたくない。その言葉が何度も頭の中に浮かんだ。
 やがて息が切れて呼吸するのも辛くなってきた頃、足がもつれて地面に転んだ。どこをどう走ってきたのかは分からない。荒い息のままレーダーに目を落としたが、唯自身を示す星以外には何も映っていなかった。
 その場にしゃがみ込んだまま、ペットボトルの水に口をつけると、ようやく少しだけ落ち着いた気がした。
 男子の不良グループと、女子の不良である伊東香奈。この五人にだけは、絶対に会いたくないと思っていた。それがいきなり、その内の一人と出会ってしまったのだ。自分の運の無さを嘆く外は無かった。
 しばらく、その場に留まっていた唯が再び歩き出したのは放送の後だ。全員生きている。その事実が、絵里に会いたいという気持ちを後押しした。
 液晶画面に新たな星印が現れたのは、それから数時間後の事だ。数は二つ。一瞬、絵里と啓介の事が頭に浮かんだ。期待と恐怖が入り混じった複雑な気持ちのまま、唯は二つの星に向かって歩き出した。
 少し歩いてはレーダーを確認し、変化がない事を確認すると、また歩き出す。三つの星が、ほとんど重なって見えるようになるまで、それを繰り返した。三つの内、中心にある星が自分。そこから、他の二つの星印が示す人物がいる場所を割り出した。北東に向かって100メートル以内。そこからは一歩進んでは足を止めて前方を確認した。それを何度か繰り返して、ようやく人の姿を確認する事が出来た。
 地面に座り込んでいる男子。そして、その傍にも男子が一人いた。横たわっている男子。これは一体、どういう事なのか。考えるまでもなかった。体中から血の気が引いていき、その場で腰を抜かしそうになった。その時、地面に座っていた男子が自分に気付いた。立ち上がり、近付いてくる男子生徒の顔を見て、唯は声にならない悲鳴を上げた。
 
 これまでにレーダーが反応したのは二度。その二度ともが菊池の事を示していた。
 その場に立ち尽くしたまま、唯は自分が泣きそうになっている事に気付いた。
 自分の運の無さももちろんだが、何より今、自分の目の前に死体がある。その事実は、唯にとって恐怖以外の何物でもない。
 ”怖い……。早く逃げなきゃ……”
 菊池が戻って来てしまうかもしれない。先程は何故か見逃してくれたが、三度目があるとは限らない。
 どこに行けば良いのかは分からないが、この場所にはいたくない。
 とにかく動こうと思い、レーダーに目を落として息を呑んだ。液晶画面には星が三つ。叫びだしそうな気持ちを何とか抑え、自分がやって来た方向を振り返った。
 ”だ、誰か来る!”
 姿はまだ確認出来なかったが、新たな星は、もう二つの星に重なる寸前である。
 今ならまだ隠れられる。少なくとも、まだ100メートル以内には来ていない。この距離なら足音も聞こえないはずだ。そう自分を納得させると、唯は菊池が向かった方向へと走った。
 自分の体を全て覆い隠せそうな大きな木を見つけると、その後ろに回りこんだ。先程も木の後ろに隠れて見つかってしまったが、物音を立ててしまったのが原因である。それに今度こそ信用出来る人物かもしれない。
 今度は誰なのだろう。レーダーに目を落とした。中心に星が一つと、そのすぐ傍に二つ。
 新たな星は、もうそこにいる。今度は菊池ではないはずだ。一度唾を呑み込むと、先程まで自分がいた場所に目を向けた。
 ここからでは文広の死体までは見て取れない。だが、立っている人物は見えた。
 ”坂井君だ……”
 立ったまま地面を見下ろしている。文広の死体を見ているのだろう。
 しばらく、そのまま動かなかったが、ふと周りを見回し始めた。
 他にも誰か来たのかと思ったが、レーダーが示す星は三つのままである。
 再び目を向けると、友也もこちらに視線を向けていた。驚いて、思わず目を逸らしてしまう。
 ”な、なに? 何で、こっちを見てるの?”
 ポケットに手を突っ込んだまま、友也はこちらを見つめている。
 心臓の鼓動が激しくなってくるのを感じた。レーダーが映す星は三つのままだ。他に誰かがいるわけではない。それなのに、自分の方を見ている。自分がここに隠れている事が分かったのだろうか。
 全身に冷や汗をかいていた。逃げようかと思ったが、足音を立ててしまうのが怖くて出来なかった。
 ”お願い! どこかへ行って……!”
 自然に両手を合わせていた。ギュっと目を瞑る。しばらく、その状態のままで祈っていた。
 何となく薄目を開けてみた。怖いもの見たさというやつかもしれない。だが、友也がいる方を見るのは怖かったので、レーダーに目を落とした。
 液晶画面に映る星は三つ。それは変わらない。だが、その内の一つは動いていた。
 ”い、行っちゃった……?”
 恐る恐る顔を上げて、文広の死体がある方に目を向ける。
 そこには、すでに友也の姿はなかった。もう一度レーダーに目を落とした。友也を示しているであろう星が遠ざかっていく。
 自分が隠れている事に気付いたわけではなかったのかもしれない。気付いていれば、先程の菊池のように声をかけてくるだろう。菊池達や香奈ほどではないにしろ、信用出来る相手とは言い難い。友也が気付かずに立ち去ってくれた事に心から安堵した。
 緊張が解けて、その場に座り込んだ。
 それから、再びレーダーに目を落とす。
 液晶画面の星が二つに減るまで、唯はレーダーを見つめていた。


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