BATTLE ROYALE
〜 LAY DOWN 〜


28

 吸っていた煙草を地面に投げ捨てようとしてやめた。
 自然の為とか、そういう理由ではない。単純にまだ長かったので勿体なかったのだ。
 最近は様々な場所で街のクリーン計画などが叫ばれているが、そんな事は気に留めた事もなかった。
 自分は街中であろうが海であろうが山であろうが、平気で吸殻を捨てるタイプの人間だ。
 捨てようとした煙草を再び口に咥えると、友也は煙を吐き出した。
 リング状になった煙がいくつか夜空に舞う。
 三度それを繰り返して、今度こそ本当に煙草を捨てた。
 地面に落ちた煙草を右足で踏み潰すと、左足で目の前の木に蹴りを入れた。
 衝撃を受けた木が揺れ、葉が数枚落ちてくる。それを視界に映しながら、たった今蹴り飛ばした木に背中を預けた。
 先程見たものを思い出して、顔を顰める。
 ”あそこにいた奴の仕業か……?”
 自分が見た死体から少し離れた場所に、誰かが潜んでいる気配があった。
 しばらく見ていたが、一向に現れないので無視したのだが。
 誰であるか突き止めておくべきだったかもしれない。ただ、隠れている人物が犯人ではないような気がした。
 調べたわけではないので良く分からなかったが、死体は首の骨を折られているようだった。
 放送前に会った省吾が文広を殺したのでなければ、最低でも二人は殺し合いに乗っている事になる。だが、文広を殺したのは、恐らく省吾ではない。もっとも、ただの勘に過ぎないのだが。
 しばらく木に寄りかかったまま、ぼんやりと考えていた。
 殺し合いに乗っている者がいるならば生かしておくわけにはいかない。結局、一人しか助からないにしても、こんな所で死ぬべき人間はいないはずだ。それでも、と友也は思う。
 こういう状況に陥れば陥るほど、死んでいい人間が生き残るのかもしれない。あの時の自分のように。
 今度こそ、間違いはしない。
 生き残るべき人間は確かにいる。
 自分が行くべき道は示されているのだ。
 ───大好きよ、私の友也。
 自分が死んだら、あの人は嘆き悲しんで死んでしまうかもしれない。それでも、あの人を絶望させる事になってしまうとしても、彼女には生きていて欲しい。
 ふいに頭の中に懐かしい曲が流れた。もう長い事、聴いていない。
 優しいが、どこかに悲しさのある曲だ。あの人の好きな曲でもある。
 その曲を、小さく口ずさみながら、友也は足を踏み出した。
 自分が進むべき道に向かって。

 まだ薄暗い森の中には色がない。
 暗いだけの世界は気分を憂鬱にさせるような気がした。
 夏の夜の花として月下美人という花がある。実際は秋や冬にも咲くのだが、一般的には夏の夜の花と呼ばれている。
 それを育てるのが好きだった。
 鮮やかな輝きを見せる花を育てていると、自分も綺麗な人間になれた気がしたのだ。
 最後に見た時には、つぼみの運動が始まっていたから、後数日もすれば今年最初の月下美人が咲くはずだ。
 もっとも、手入れも出来ないので、恐らくすぐに枯れてしまうだろう。
 雨が降ればいい。
 そう思って、空を見上げた。
 恐らく、この島は東京ではないだろう。少なくとも東京の空は、こんなにも星が輝く事はない。この島に雨が降っても、部屋の中にある月下美人を守る事は出来ないだろうが。
 分かっていて、友也は願った。雨が降ればいいと。
 それから少し歩いてからだった。
 背中に視線を感じて友也は振り返った。
 視界に入るものの中に人の姿はない。だが、気のせいではないだろう。
 今の状況は自分を中心に360度、寸分違わず森としか言いようのない場所だ。
 しばらく、視界に映るもの全てを睨みつけていた。
 反応はなかったが、視線が送られてくる先が移動した。今までは目の前の大きな木が三本並んで立っている場所だったが、今はその左側にある小さな草むらと二本の大きな木の間から感じる。
 その場所だけを一点集中で睨み付けた。やはり反応はない。しばらくして、視線の主が移動を始めたのが分かった。
 今度は友也の真後ろ。だが、まだ動いている最中だ。
 振り向くと、その場で視線の主は動きを止めた。
 そちら側には特に目立つような木などもなく、同じような大きさの木と草が脈々と生えているだけだ。
 数秒、そちらを見ていた。
 今度はただ見ただけだ。睨みつけたりはしていない。
 しばらくすると、草が生えている所より、はるか奥に人影が現れた。
 ゆっくりと歩いてくる人影を見つめた。
「よう」
 口元に笑みを浮かべながら近付いて来たのは、
柴隆人(男子10番)だった。
「大したもんだな。正直、驚いたぜ」
「そりゃ、どうも」
 笑顔を作ると、隆人に向かって開いた手を上げてみせた。
「けど、柴ちゃんも中々のもんだったよ」
 口元だけで笑ったまま、そう告げた。
 わざと舐めたような口調で言ったが、隆人の表情は変わらない。
「ちゃん付けかよ。初めてそんな呼ばれ方されたぜ。ひょっとして、おちょくってるんじゃないのか?」
「あ、バレた?」
 友也が答えると、その場で二人とも声を上げて笑った。
 そうしながら、隆人がどんな人物だったか思い出そうと頭を捻ったが、何も浮かんでこなかった。真島裕太、田中敦宏の二人と仲が良いという事くらいしか知らない。
「で、何か用?」
「冷てえな、坂井。クラスメイトなのに」
 言いながら、少しだけ友也の方に歩を進める。
 隆人の視線は、いつの間にか真剣なものに変わっていた。
「俺は仲間を探してる」
「なら、真島と田中を探せよ」
「あっちゃん達には荷が重そうだからな」
 いまいち、隆人の真意が読み取れない。友達を探しているわけではないのだろうか。
 何となく、隆人の胸の内を計りたい気分になった。
「添い寝だったら10万円から承ってるよ」
「それは払えないな」
「じゃ、諦めな」
 隆人が少し笑った。
 考えてみれば、隆人と話すのは初めてかもしれない。そう考えてから思い出したが、隆人は運動神経も良かった気がする。それも、西村涼や大島健二といった者達と同じくらいに。
「添い寝は諦めるが、試したい事があるんだ」
「何だ?」
「お前の実力」
 言い様、蹴りを飛ばしてきた。
 それを左腕でガードして後ろに飛び退く。
「格ゲーみたいだったな」
「俺はゲームは苦手なんだ」
 言いながら、突っ込んできた。今度は左足。まともに受けた。だが、気にせず腹に拳を入れた。少し呻いて隆人がバランスを崩す。更に鳩尾目掛けて蹴りを入れる。その足を掴まれ背中から地面に倒された。すぐに体勢を整えようとしたところに、更に蹴り。一寸早く左手で頭部をガードしたが、すぐに左足も飛んできた。それをぎりぎりのタイミングでかわす。立ち上がり、後ろに飛び退いた。
「本気で来いよ、坂井。でないと、俺も手抜いたままになっちまう」
「そりゃ、悪かったな」
 笑いながら言うと、友也は歩いて隆人に近付いた。
 隆人の足が届く位置まで来た瞬間に、身を屈めて突っ込む。蹴りが当たったが無視した。肩から隆人の腹にぶつかる。少しだけ衝撃があった。隆人が後ろの木にぶつかった瞬間の衝撃だ。狙い通りだった。これで蹴りは出せない。そのまま顎に拳を一発入れる。顔が跳ね上がるのが分かった。更に腹に向かって右拳を叩きつけ、少し後ろに飛び左足を脇腹に入れる。隆人が呻いたが、お構いなしに再び肩から全身で突っ込んだ。瞬間、脳天に衝撃を覚えた。肘打ちだろうか。だが、意識を失う程ではない。顔を上げる。その時、強烈な衝撃が腹から襲ってきた。勢いで嘔吐しかけるほどの衝撃だった。
「きった、ね。蹴りだけじゃ、ねえのかよ……」
 そのまま崩れ落ちそうになったが、何とか堪えた。
「ボクシングをやっててね」
「なる。道理で……」
 また腹目掛けて蹴りが飛んできた。それを身を捻ってかわす。隆人が、上から叩きつけるような蹴りを出す。地面を転げながら、それもかわした。そのまま何度かそれを繰り返し、機を見て立ち上がろうとした時に拳が飛んできた。その瞬間、左足でスライディングして隆人の足を引っ掛けた。隆人がバランスを崩す。そのまま地面に左手をつき跳ね上がると、隆人の側頭部を右足で思い切り蹴りつけた。隆人が地面に倒れこむ。昏倒してしまったのか、もう起き上がってはこなかった。
 それを確認すると、荒い息のまま、友也はその場に座り込んだ。
 煙草が吸いたかった。ポケットの中を探り、潰れかけたような箱から一本取り出す。だが、火を点けて煙を吸い込んだ瞬間、腹に痛みが走りむせてしまう。
 涙目で咳き込みながら、煙草を地面で揉み消した。
「ク、クソッ。柴の野郎……」
「呼んだかよ?」
 その声に驚いて振り向くと、隆人が地面に寝転がったままこちらを見ていた。
「もう起きたのかよ。無駄に元気な野郎だ」
「お前の咳がでかくて寝てられねえんだよ」
 やや、ゆっくりと立ち上がると、よろけながら隆人が近付いてきた。
 そのまま友也の隣に腰を下ろす。
「男二人で肩並べて座って、何が楽しんだよ」
「楽しかないな、確かに」
 苦笑している隆人を見て、友也はため息を吐いた。
「で、考えてくれたか?」
 隆人の表情は、いつの間にか真剣なものに変わっている。
「は? 何を?」
「仲間を探してるって言ったろ?」
 思わず、脱力しそうになった。仲間にしようとした相手に喧嘩を売るとは、一体どういう神経をしているのか。
 ため息混じりに口を開いた。
「正気じゃねえな」
「俺は正気だ。ただ強い奴じゃなけりゃ意味がない。だから、探してた」
 真剣な表情で告げる隆人を見ながら、友也は地面の石を放り投げた。的は目の前の木の一番大きな枝だったが、当たらないまま森の奥に消えて行った。
「何、考えてる?」
「プログラムを潰す」
 想像しなかった言葉に、友也は思わず目を丸くした。
 真剣な表情のまま、隆人が続ける。
「それには、あっちゃん達じゃ力不足だ。だから、俺と互角に渡り合えるくらいの奴を探してた」
「俺のが上だけどな」
 友也が言うと、隆人が笑った。
「まあ、そういう事にしとくさ」
「しとくさ、じゃなくて実際そうだったろうが」
 隆人を見ると、もう真剣な表情に戻っている。本気という事か。
 ため息を吐いて、友也は目を細めた。
「何か手とかあんのかよ?」
「今はない。けど、その為にするべき事は分かってる」
 するべき事。考えようとしたが、何も浮かばなかった。
 短い沈黙が流れる。
「で、する事って?」
 何となく、焦れったくなり友也の方から訊いた。
「生き残れりゃ分かる」
 そう言って、隆人が笑みを見せる。
 何となく、隆人の事が嫌いではない気がした。
 自分の目的は別のところにあるが、隆人の目的とも多少は通ずる。それに、もし本当にプログラムを潰せるならば。
「ま、もののついでに付き合うくらいはしてやるよ」
「ついで? 何かしたい事でもあるのか?」
「生き残れりゃ分かる」
 友也が言うと、隆人がまた笑った。
 何となく、昔からの友達であったように錯覚しそうになる。
 そんな笑顔で、隆人は笑っていた。


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