BATTLE ROYALE
〜 LAY DOWN 〜


29

「政府の奴等を殺す?」
「ああ」
 隆人の言葉に、友也は耳を疑った。
「どうやって?」
「例によって、その方法が思いつかなくてな。お前に相談してる」
「殴り込みでもかけるんだな」
 隆人が小さく声を上げて笑った。
「お前も一緒なら行くぜ」
「俺は男と心中する趣味はなくてね。他を当たってくれ」
「じゃあ、殴り込みの案は没だな」
 この男が、どういう人間なのかよく分からなかった。
 友也と隆人は今、寝床にする場所を探して、森の中を歩いている。
 一眠りして体力を戻してから動き始める事にしたのだ。
 まずは殺し合いに乗っている者を始末する。そして、自分達も武装強化する必要がある。その隆人の意見に、友也は賛成も反対もしなかった。一緒に行動する事にしたのは、柴隆人という人間に興味があったからだ。
 三年間同じ教室で過ごしながら、友也は隆人の事を全く知らなかった。いや、隆人に限らず、ほとんど全ての者の事を知らないとも言えるが。それは友也が興味を覚えた人間が少ないからだ。二人の例外を除いて。
 あの二人とは、友也はそれなりに親しく付き合っていた。ただし学校外での話だ。学校内では話すらした事がない。三人とも、学校内では浮いた存在だったかもしれない。それでも、友達と言っていいだろう。
 隆人に興味を覚えたのも、同じ理由からかもしれない。自分が興味を覚えるのは、自分と同じどこかが歪んでいる人間だけだ。
「もうすぐ放送だな」
 隆人が話題を変えた。もう真顔になっている。
 ここまでのお互いの情報は、既に交換済みである。もっとも、隆人の方には特別な情報はないようだった。友也の方も、文広の死と省吾が殺し合いに乗っているという事くらいしか情報と呼べるものはなかったのだが。
 支給された腕時計に目を落としながら、隆人が続けた。
「神田以外に、死んだ奴いると思うか?」
「さあな。何なら賭けるか?」
「人の命を賭け事にするような悪趣味はない」
 真顔のまま隆人が、こちらに顔を向けた。
「冗談さ」
 自分や、あの二人と同じだと思ったのは間違いかもしれない。真剣な表情の隆人を見ている内に、何となくそう思った。あの二人だったら、間違いなく賭けに乗っていただろう。もっとも、賭ける物などないのだが。
「何で、海だったと思う?」
 また話が変わったようだった。
 恐らく禁止エリアの事だろう。友也も最初の放送で告げられた禁止エリアに関しては疑問を覚えていた。
「さあな。適当に選んだんじゃないか?」
「俺はそうは思わない」
 足を止めて、友也の顔を見た。
「恐らく、意図的に決めたんだろう」
「じゃあ、どうしてほとんど海だったんだ?」
「暇なんだろ。早く終わっちまったら暇潰しにならねえからな」
 それだけ言うと、隆人が苦笑した。それから、ため息を吐いて続ける。
「俺達は暇潰しの道具ってわけだ」
「見世物としちゃ、丁度いい」
「冗談じゃねえな」
 そう言って、隆人は笑った。
「よお。ところで、もうこの辺でいいんじゃねえか?」
 立ち止まって、前方に見えて来た小屋を顎で示した。寝床の話だ。実際、友也は昼夜場所を問わず、どこでも眠る事が出来た。寝床を探していたのは、隆人が屋内の方がいいと言ったからだ。
「馬小屋か何かか、ありゃ?」
「お前にゃ似合いだ」
 小屋の方へと足を向ける。
 そこに行くまでには、木が生い茂っている所を通らねばならず、見た目より遠かった。
 周囲に農作業用の道具などが置いてあり、扉には蔦が絡まっている。馬小屋ではなく、農作業用の道具の保管場所なのかもしれない。周りは見渡す限り森なので、盗まれる心配もないだろう。
 道具を一通り見てみたが、武器として使えそうな物はなかった。
「武器になりそうな物はねえな」
「まあ、俺は拳一つで充分だけどな」
 隆人が拳を鳴らしながら笑みを見せる。
「じゃ、野蛮な事はお前に任せる事にするよ」
 古びた扉を眺めながら、友也も口端に笑みを作った。
 小屋の扉は中々開かなかったが、蹴り飛ばしてみると一発で開いた。小屋の中は、草を刈る為の機械のような物が二台ある以外は、袋詰めの農薬らしき物が隅の方に大量に積まれているだけで、他には何もないようだった。
 デイパックを地面に放ると、隆人は詰まれている農薬の上に腰を下ろした。農薬はかなり積み上げられていて、足が宙に浮くほどの高さである。そのまま体を後ろに倒し寝そべった。
「いい夢は見れそうにねえな」
 ひとり言のように呟くのを耳にしながら、友也は煙草に火を点けた。
 煙を吐き出しながら窓の向こうに目を向ける。もう午前6時になろうというのに、外は暗いままだ。東京では、もう明るくなっている時間だ。
「よく吸うな」
 いつの間にか体を起こした隆人が、詰まれた農薬の上から呟いた。
「吸うか?」
 吸っていた煙草を差し出したが、隆人は首を振った。嫌煙家というわけではなさそうだった。ただ単に、煙草を吸わない人間というだけだろう。
「煙草と酒はやらないに越した事はないぜ」
「生憎、俺は健康なんてものに興味がなくてね」
「俺も興味はない。言ってみただけだ」
 そう言うと、隆人は農薬の上から降り、それを背に足を投げ出した。
 友也が煙草を覚えたのは、11歳の時だ。親父の影響だった。親父は煙草も酒も好きだった。酒には凝っていたようで、見た目とは裏腹にジンやラムなどを好んで飲んでいた。そして飲む時は決して煙草は吸わない。二つを同時にやると、酒の味も煙草の味も散漫になってしまう。親父はそんな事を言っていた。事実かどうかはともかく、それは親父なりの決め事だったのだろう。
「小柴はやる気だって言ってたな」
 短くなった煙草を地面に落とした時、隆人が口を開いた。
「他に誰かに会ってないのか?」
「お前は?」
「残念ながら、お前が初めてだ」
 口元に笑みを作ると、少し離れた所に転がったデイパックを引き寄せた。
「謎の人物」
 デイパックからペットボトルを取り出した隆人に告げた。
「誰だ、そりゃ?」
「言葉通りさ。分からない。神田の死体の近くにいたよ」
 ペットボトルの水で喉を潤すと、ようやく隆人が口を開いた。
「そいつが犯人なんじゃないのか?」
「かもな」
 そうだとすれば、殺し合いに乗っている人物を一人見逃した事になる。省吾を含めれば二人だ。甘いものだ。自ら手を汚す事を、無意識の内に拒んでいるのかもしれない。それとも、同胞を求めてでもいるのか。
「まあ、いいか。それより、どっちが先に寝るか決めとこうぜ」
 そう言って、隆人が立ち上がる。 
「どっちかが見張ってないと、襲われた時やばいしな」
「貞操の危機って事か」
 友也が言うと、隆人が笑った。
 ひとしきり笑った後、隆人がポケットに手を突っ込む。
「表か裏か」
 ポケットから取り出した10円玉を、こちらに向けた。
「気障な野郎だ。じゃんけんで充分だろ」
「まあ、そう言うなよ。どっちにする?」
 言った瞬間に、左手の親指で10円玉を跳ね上げる。すぐに左手の甲で受け止め、その上に右手をかぶせた。
「裏、かな」
「じゃ、俺が表だ」
 右手を離す。10と金額が書かれている方が上になっていた。
「また俺の勝ちだな」
 友也が言ったが、隆人は奇妙な表情をした。
「数字の方が表だろ?」
「逆だ、馬鹿」
「え、マジで?」
 そう言われると、自信がなくなってくる。確かそうだった気はするが。
「と、とにかく俺の勝ちだ」
「ま、いいか。で、どっちにする?」
「せっかく勝ったし、先に寝かせてもらうぜ」
 先程、隆人がしていたように山積みされた農薬を背凭れ代わりにする事にした。
 後数分で始まる放送を聞いてから寝るとしても、一人3時間も眠れればいいだろう。この状況で、普段と同じように安眠出来る者などいないはずだ。それに3時間ずつ寝れば、丁度正午の放送の時間だ。
「忘れてたな。いい物があるぜ」
 そう言うと、隆人がいきなり友也に向かって何かを放り投げてきた。
 それを右手で受け止める。長方形の小さな箱だった。
「俺に支給された武器なんだがな。まあ大事に扱ってくれよ」
 その箱が何なのかは、すぐに分かった。マッチである。
「ろくな武器じゃねえな」
「お前のは? スタンガンは小柴のなんだろ?」
 ブレザーのポケットに入れておいた支給武器を取り出し、隆人に向けて放った。
「いいだろ。やらねえぜ」
「いらねえけどな。何に使うんだ、こんな物」
「質屋に売るのさ」
 隆人は意味もなく、宙に持ち上げて透かして見ている。
 友也に支給された武器は指輪だった。説明書も何もなく、剥き出しのままデイパックの中に入っていた。最初に見た時は、何の冗談かと思ったが、他に武器らしき物は何一つ入ってはいなかった。
「一応、ルビーだぜ、それ」
「そうなのか?」
 宝石に興味があるわけではなかったが、知識だけは持っていた。宝石が好きで収集していた女が、昔、友也の近くにいたからだ。その女も、今はもういない。
「売ってどうするんだ?」
 言いながら、指輪をこちらに放ってくる。
「貯金するのさ」
「そんなタイプにゃ見えないがな」
「そこまで分かる程の仲でもねえだろう?」
 実際そうだった。まともに話をしてから、まだ1日も経っていないのだ。
「殴り合いをした。終われば、ダチだ」
 友也は苦笑した。
 殴りあって友達になる。そんな時代でもないだろうが。それはそれで悪くないとも思った。
 そういえば、あそこまで苦戦したのは初めてかもしれない。隆人は本当にボクシングをやっているのだろう。あのボディブローは、かなり堪えた。キックボクシングのジムに通った事があったが、その時に教わった元プロの拳より効いたような気がする。
 壁を背に凭れていた隆人が、腕時計を見てポケットから地図を取り出した。
「6時だ」
 隆人の言葉が合図だったかのように、空気が振動を始める。荘厳な音楽が流れてきた。
「また13番か……」
 呟いた隆人の表情は、どこか憂鬱そうに見える。
「なんだ?」
「この曲だ。賛美歌13番」
 友也の隣に腰を下ろしながら、隆人が呟く。その表情に何か暗いものを感じた。
「13番、ね。不吉な数字だこと」
 ひとり言のように呟いて、友也は煙草を咥えた。


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