BATTLE ROYALE
〜 LAY DOWN 〜


30

 流れてくる音楽を聴き流しながら、テーブルに広げた地図を眺めた。
 島中に流れているであろう音楽は、空気を震わすほどの大音量である。
 テーブルを挟んで向かいのソファに座っている義人は、真剣な表情で地図を睨んでいた。
『時間だ。放送を始める』
 徐々に小さくなっていく音楽の中から、西郷の声が聞こえてくる。
『死者は、男子6番、神田文広。男子16番、野々村武史。以上だ』
「野々村が?」
 義人が地図に向けていた目を離し、こちらを振り向いた。
 ”死ん、だ……?”
 呆然としたまま、若菜も義人の顔を見つめる。
 つい数時間前、自分達と戦った武史が死んだというのか。
『次に禁止エリアだ』
 全く抑揚のない声のまま西郷が続ける。
 禁止エリアという言葉を聞いて、義人が視線を地図に戻した。
『まず午前7時にB−2。午前9時にI−6。午前11時にD−4。以上だ』
 それだけで、最初の時と同様に、あっさりと放送は終了した。
 しばらくの間、若菜も義人も言葉を発せなかった。
 死んだ者がいる。その事実が二人を押し黙らせていた。
 武史は何故、死んだのだろうか。まず、それが頭に浮かんだ。義人の言う、あの場にいた第三者の仕業なのだろうか。だとすれば、それは誰だったのか。銃を持った武史を殺害した者。
「ふ、ざけやがって……」
 無意識に口走っていた。言いようのない怒りが若菜を支配している。
「山口?」
 義人がこちらに顔を向けた。
「落ち着け。野々村も神田も殺されたと決まったわけじゃない。何かの事故の可能性もある」
 義人の顔を見つめる。真剣だが、少しだけ困ったような表情にも見えた。
 事故のわけがない。文広は分からないが、武史は恐らく殺されたのだろう。義人の言葉は方便だと分かっている。それでも、冷静で現実主義であるように思える義人が方便を言った理由。その答えは一つしかなかった。
「あ、うん。わりぃ……」
 自分の事を気にしてくれたのだろう。
 若菜自身も自覚してはいるのだが、頭に血が昇ると我を忘れてしまう事が多々ある。そういう自分の性格を、義人は見抜いているようだった。
「とにかく、俺達も今まで以上に慎重に動く必要がありそうだな」
「分かってるよ」
 地図に目を落としたまま、これからの事を考えようと思った。
 死んだ二人の事が頭の中にちらついたが、今は生きている者の事を考えるべきだろう。何より若菜はまだ、二人が死んだという事実を現実の事として受け入れる事が出来なかった。
「早く誰か見つけねえとな……」
「ああ。俺達と真島だけじゃ、ここから逃げるとしても意味がないからな。他の奴等も見つけなくてはならん」
「逃げる……?」
 その言葉を聞いて、若菜は義人の顔を凝視した。 
「なんだ?」
「逃げるって、この島からだよな?」
 いささか間抜けな質問だったかもしれないと思いながら訊いた。
「当たり前だ」
 不思議そうな顔で、義人がこちらを見つめ返してくる。
「そっか。逃げる、か。そうだよな。逃げりゃいいんだよな」
「そうだ。お前だって、そのつもりだったんじゃないのか?」
「え? いや、あたしは、ただムカツクから、あいつらぶちのめしてやろうって思ってただけで……」
 若菜が言うと、口元に手を当てて義人が笑った。
「な、なんだよ!?」
「いや、お前らしいと思ってな。そのままでいろよ、お前は」
 義人が口端を上げて小さく笑う。
 自分らしいという事が、どういう事なのか若菜にはよく理解出来なかった。単純に何も考えていなかっただけとも言えそうだが、義人はそうは言わなかった。
「何か、馬鹿にされてるみてえ」
「褒めてるんだがな」
 口元だけで義人が笑う。
 何となく舌打ちして、若菜も笑んだ。
「まあ、いいや。そいで、どうやって逃げんだ?」
「今のところ方法はない」
 義人はきっぱりと言い切った。そして、続ける。
「だから、それを探すんだ。俺とお前。それに真島や他の奴等とな」
「見つけるしかねえって事か」
 我知らず、真剣な眼差しで義人を見つめた。
「そういう事だな。何が何でも、見つけるしかない」
「何が何でも、か。上等じゃん。やってやろうじゃねえか!」
 ぎゅっと両の拳を握り締めた。
「ああ。その前に……」 
 義人は小さく笑うと、地図を若菜に手渡した。
「自分の地図にも書き込んでおけ」
 そういえば、死者が告げられた事に呆然としてしまい、若菜は禁止エリアのチェックをしていなかった。脱出を目指しているのに、禁止エリアにかかって死んでしまっては間抜けすぎる。
 義人の地図と同じように、若菜も自分の地図に禁止エリアを書き込んでいく。
 最初に禁止エリアになるのがB−2。地図上では集落と書いてあるエリアに被っている。それから、I−6。地図の下の方だが、今回は海ではなく、しっかりと陸地のエリアだった。最後にD−4。今、自分達がいるE−4の真上だ。
「D−4って、すぐそこじゃん」
「ああ。真北だ。だから、起きたらすぐ移動するぞ」
 さすがに、禁止エリアのすぐ傍に留まる気は義人にもないようだった。まかり間違って禁止エリアに侵入してしまう可能性がないとは言い切れない。
 しばらく地図を眺めていたが、ややして向かいに座っている義人がソファに全身を凭れるようにして腕を組んだ。
「あ、寝る?」
「ああ。そのつもりだ」
「んじゃ」
 横に置いていたレーザーブレードを握り締めると、若菜はソファから腰を上げた。
 一度、意味もなく斜めに振り抜く。
「山口。誰か近付いてきたら、すぐに呼べよ」
「分かってるって! 夢でも見てろよ」
「あまり、いい夢は期待出来そうにないがな」
 小さく笑うと、義人は腕を組んだ状態のままで目を瞑った。
 ちゃんと横になって寝ないと悪夢を見る。幼い頃にそんな話を聞かされた事を、若菜はふと思い出した。
 
 今、若菜と義人がいるのはE−4の商店街である。
 その中にある不動産屋に腰を落ち着けていた。
 E−4に到着後、二人はすぐにこの不動産屋を見つけた。
 これまで動き回っていた事もあり、到着後はまず休息を取る事に決めていたのだ。
 この商店街は、G−5のようにアーケード型のいかにもな商店街ではなく、エリア内にまばらに店があるという感じだった。他の店に行くにも多少歩かなくてはならず、あまり商店街という感じはしない。
 不動産屋に入った時点で、すでに午前6時になろうという時間だった。
 仮眠を取る順番については、じゃんけんで決めた。義人は後でいいと言ったのだが、若菜がそれを拒んだ。レディファーストなどという言葉は、自分の中には存在しない。相手が男だろうが、年上だろうが、常に同条件。それは若菜の中でのルールでもある。
 回転式の椅子をドアの前に置いて座ると、若菜は何となく外の景色を眺めた。
 この島から逃げ出す方法を考えようと思ったが、何も浮かんでくるものはない。
 ”頭わりぃな、あたしは……”
 夕子なら何か考えているかもしれない。
 きっと自分を探しているだろう。早く会って安心させてやりたい。心配性な夕子の事だから、この状況は気が気でないはずだ。伝えられたらいいのに。自分はここにいると。
 柄にもなく泣きそうになり、右手で目の辺りを擦った。
 しばらく、ぼんやりと外を眺めていると、入り口のドアに自分の姿が薄く映し出されている事に気付いた。
 髪が少し伸びたかもしれない。そう思って、自分の髪に触れてみた。
 若菜はあまり身だしなみに気を使わない。髪は菜摘の友人の美容師免許を持っているらしいホステスに任せていた。無料でやってくれるので助かっているのだが、カラーリングされすぎて学校で注意された事もあった。今は放置のしすぎで、赤なのか茶なのか若菜自身にもよく分からない色になっている。
 ホステスは若菜の髪を切る時、同じ店で働いている鮮やかな黒髪の同僚の話をよくしていた。ホステス曰く、同じ女として憧れてしまうくらい綺麗だそうだ。髪だけでなく容姿もいいらしく、もし自分が彼女だったら「絶対に世の男を手玉に取って豪遊してやるのに!」などと言って笑っていた。
 その同僚の事は知らないが、最近になって鮮やかな黒髪というものがどんなものなのかは分かるようになった。
 夕子と出会ったからだ。夕子も綺麗な黒髪をしている。何となく、ホステスの羨ましがる気持ちが分かるような気がした。
 鮮やかな黒髪を持つ格好良い女。
 自分にとっての夕子がそうであるように、ホステスもその同僚の事をそう思っているのかもしれない。
 ただ若菜が憧れる理想の格好良い女は、夕子ではなく自分の母親だった。菜摘は黒髪ではないし、若菜同様身だしなみに気を使わないタイプの人間だが、いつも格好良かった。口に出して言った事はないが、最高に格好良い女だと若菜は思っている。
 ”子馬鹿だな、ったく……”
 そう思って、小さく苦笑した。
 家事全般が苦手で、娘の学校にも来た事がないような母親だが、それでも若菜は菜摘の事が好きだった。
 ───強い女になれよ、若菜。
 菜摘の言葉が脳裏によぎる。
 今こそ強い女でいるべき時なのだ。
 決して屈しはしない。必ず乗り越えてみせる。
「よっし!」
 回転式の椅子から飛び降り、ドアの前に立った。
「やってやるぜ!」
 言い様、レーザーブレードを振り抜く。
 瞬間、嫌な音が室内に響き渡った。
「げっ! うそっ!」 
 考えに反して、レーザーブレードは見事にドアを直撃してしまった。実際は叩き付けるつもりなどなかったのだが。
 思わず呆然として、若菜は自分の右手に握られている物に目を向けた。
「な、なんだ? 何かあったのか!?」
 いきなり後ろから声をかけられ、驚いて振り向いた。
「何だ、今の音は?」
「お、お早いお目覚めで……」
 義人が神経質そうな表情で辺りを見回している。
 その目が若菜の右手にある物へと止まった。
「何だ、それは?」
「レ、レーザーブレード……の一部です」
 右手に握られているのは、柄の部分だけになったレーザーブレードである。
「ほう。で、先の部分は?」
 黙ったまま、ドアの近くに転がっている、かつて蛍光イエローの光を灯していた柄の無いレーザーブレードを指差した。
 最早、蛍光色の光はないそれを義人が拾い上げる。
「で、何で、こんな事に?」
「いや、その、何ていうか気合注入でもしようかと……」
 その言葉に、一度ため息を吐くと、うんざりした表情で義人は一言だけ告げた。
「大人しくしてろ」
「り、了解」
 若菜が左手で挙手したのを見とめ、義人は黙って寝床のソファへと戻って行く。
 その背中を見つめながら、若菜は思った。
 ”こ、怖い……”
 義人の顔は明らかに怒りに満ちていた。
 今後、義人の睡眠を妨げるのだけはやめようと、心に誓った瞬間だった。
 こうして、若菜は支給武器レーザーブレードを失った。


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