BATTLE
ROYALE
〜 LAY DOWN 〜
31
暗い場所が嫌いだった。
自室の部屋の電気を消さずに寝て、母親に怒られた事もある。
静かすぎる場所も嫌いだ。
家の中は明るくて暖かくて、いつも賑やかだったから。
それから、長時間一人でいるのも嫌いだった。
自分の周りには、いつも友達がいて、毎日楽しかったから。
一人でいる事が苦痛である事を忘れてしまうくらいに。
今、自分は一人ではないけれど、ここに友達はいない。
会えるだろうか。気がつくと、その事ばかり考えている。
自分の友達は、どこにいるのだろうかと。
ほんの少しだけ明るさを取り戻した空に目を向け、森川葵(女子17番)は大きく伸びをした。
地図でいうとE−5と6にまたがって建てられている総合病院。その屋上に葵はいた。
建物の屋上という事もあり、かなり遠くの景色まで見通す事が出来る。
周囲の景色を見渡しながら、朝の空気が体の中に入ってくるのを感じた。
肌寒さは真夜中ほどではなく、今は少し寒さを感じる程度に落ち着いている。昼間には寒さもなくなり、丁度良い気温になるかもしれない。東京は梅雨で湿気が多かったが、この島では湿度は感じなかった。
飛行機の当初の行き先は北海道だったのだから、この島はその近くにある島なのかもしれない。
本当だったら、今頃はまだ夢の中だ。
二日目の予定は、自由行動で植物園に行くはずだった。
最初は洞窟見学の予定だったのだが、梨香の強い頼みで植物園行きが決定したのだ。
もっとも、それも、もう適わない。
この島のどこかにいるであろう梨香の事を考えると胸が痛んだ。
梨香は、正巳と一緒にいるのだろうか。
二人の出席番号を考えると、まず梨香が出発して、間に五人を挟んで正巳の出発になる。
正巳が出発するまでに不良グループの関口も出発する事を考えると、梨香が待っていられたかどうか微妙なところだ。
自分の不注意で合流を果たせなかった鈴子同様、二人も単独で行動しなくてはならなくなってしまったかもしれない。
───逃げろ、葵!!
「若菜……」
結局、自分を含めて親友達は、全員別々に行動する事になってしまったのかもしれない。
せっかく合流出来た若菜とも、殺し合いに乗ったらしい花田良平のせいで別れるはめになってしまった。
あの後、若菜は無事に逃げられたのだろうか。
自分も逃げる。そう言ってはいたけれど、誰より負けず嫌いで、誰より正義感の強い若菜の事だ。無茶な真似をしたかもしれない。
お陰で最初の放送の時は気が気でなかった。
若菜の名前が呼ばれない事を、震えながら祈り続けた。
祈りが通じたのか、若菜はもちろん他の皆の名も呼ばれなかったのだが。
先程あった二度目の放送。
聞き間違いだと思いたかった。
それが紛れもない事実であろうとも、それを否定したい気持ちでいっぱいだった。
”本当に殺し合いが……”
それ以上は考えるのも嫌だった。
また気持ちがふさぎ込みかけているのを感じ、葵は瞳を閉じる。
こんな風に気持ちが落込んでいる時は、今は大阪で働いている兄の言葉をよく思い出した。
未来に続く道は沢山ある。そこに辿り着く為の道も複雑で入り組んでいる。それでも、その先を見据えて歩くんだ。
兄はそう言っていた。何かの受け売りなのかもしれなかったが、葵にとっては兄の言葉に違いなかった。
”私も皆も助かる為の道を探して。そして、その先を見つめて歩く……”
「がんばらなきゃ……」
葵の家は両親と祖父母と兄。それから弟と妹という大家族だ。
皆に、もう一度会う為にも諦める訳にはいかない。
兄は今年の四月から大阪の本社勤務が決まり家を出た。看護婦に憧れている妹は、来年の中学受験を控えて毎日塾通いしている。小学五年生の弟は、今年から入ったリトルの野球チームで頑張っている。そして優しい両親と祖父母。
大好きな家族を悲しませたくない。自分がこんな所で死んでしまったら、明るかった家族は悲しみに包まれてしまうかもしれない。
”そんなの嫌。皆にはいつも笑ってて欲しい……”
皆が生き残れる道を必ず見つけ出してみせる。
そうして、その先を見据えて歩ききってみせる。
瞳を開けて、空を見上げた。
少しずつ昇ろうとしている太陽がやけに眩しく見えて、葵は瞳を細めた。
「もう朝なんだね。中にいると実感ないけど……」
聞き覚えのある声。
応えるように、ゆっくりと振り向いた。
「交代の時間?」
「うん。後ちょっとあるんだけどね」
腕時計に目を落とした葵に向けて、木内絵里(女子6番)が小さく笑ってみせた。
それから、隣へとやって来ると、錆付いた鉄柵に両腕をかけて、目の前にある山を見つめた。
絵里は特に話しかけてくるでもなく、ただ葵の隣で山を見つめている。
葵も同じように目の前に広がる景色に瞳を向けた。
しばらく、お互い黙ったまま、そうしていた。
「私……出てっちゃおうかな」
どれくらいの時間が経ったのか、ひとり言のように絵里が呟いた。
どういう意味なのか分からず、葵は絵里に瞳を向けた。
視線に気付いていないかのように絵里が続ける。
「もし、出て行ったら裏切り者になっちゃうのかな……」
そして、また沈黙。
絵里が言わんとしている事が分からなかった。
「出てくって、ここを?」
「うん。ここに隠れてるままじゃ、唯にも啓ちゃんにも会えないような気がして……」
絵里にとっては親友と恋人だ。その二人に会う為に、ここを出て行くのは不自然ではないだろう。
もちろん自分も、いつまでもここにいるつもりはなかった。誰かしら、自分の親友の居場所が分かるようなら、今すぐにでも飛び出して行くつもりだ。
「手塚さんと野坂君を探しに行ったからって、別に裏切り者になんてならないと思うけど?」
「そう、だといいんだけどね……」
憂鬱そうな表情で絵里はため息を吐く。
何か不安な事でもあるのだろうか。言ってみれば部外者である自分はともかく、絵里はここにいるメンバーとは仲間のはずだ。
「遠藤さん達が反対するっていう事?」
その問い掛けに絵里は首を振った。
「純ちゃんは反対なんてしないよ。純ちゃんはしないけど……」
今、ここにいるメンバーのリーダーは純である。それは間違いない。
短い沈黙の後、絵里が言葉を繋げた。
「出て行く事を許さない子もいるかもしれない……」
そこまで聞いて、ようやく絵里が何を気にしているのかが分かった。
何か励ましになる言葉をかけようとしたが、何も浮かんでこず、何となく絵里の肩を叩いた。
絵里が、こちらに瞳を向ける。
どうしていいか分からず、小さく笑顔を作ってみせた。そうしてから、曖昧な笑顔だったかもしれないと思い後悔した。
「森川さんも、渡辺さん達探したいでしょ?」
「うん、それはね。会いたいよ。梨香も正巳も怯えてたし、若菜や鈴子だって怖いのは変わらないはずだから……」
それでも、何の手がかりもなしに島の中を探し回るよりは、ここにやって来た人から情報を集める方がいいような気がする。あくまで自分がそう思っているだけなので、実際は探し回る方が正解なのかもしれないが。
「私は何の情報もない内は、ここにいた方がいいと思うわ」
「そう、だね……」
先程、自分がしたように曖昧な笑顔を浮かべて絵里は頷いた。
今、話してみて初めて気付いたのだが、絵里は見た目の勝気そうなイメージとは裏腹に、実際はとても繊細なのかもしれない。これまでにも他愛無い世間話をする事はよくあったが、それだけでは分からなかった一面だ。
「もう時間になっちゃったね。あれは?」
腕時計に目を落としながら絵里が口を開いた。
「あ、うん」
言われて、促がされるようにポケットの中に手を入れる。
冷たい感触が掌に触れて、葵は少しだけ顔を顰めた。
忘れていたわけではなかったが、自分がこんな物を所持しているという事実に嫌悪感を覚える。
掌に包んだ物を、無言で絵里に手渡した。
「軽いんだね……」
簡易手榴弾。説明書によると爆風を起こすのみで殺傷能力はないらしいが、ここに集まったメンバーに支給された武器の中では二番目に使える物だろう。一番は拳銃である。
「……じゃあ、任せるね」
「うん……」
一瞬、瞳が合ってお互い見つめあった。
それから振り返り、葵は歩き出した。
怯えている。そう思った。絵里は、ここに留まっている事に不安を覚えている。唯と啓介が心配だというのは勿論だろうが、他にもっと別の事に怯えているように感じる。
階段に通じるドアの目の前まで来た時、絵里の声が背中に聞こえた。
「森川さん! あの……麻由美の事、気にしないでね」
振り返って笑顔を見せると、絵里も小さく微笑した。
ドアの向こう側は相変わらず暗かった。
暗すぎて寒気すら感じる。
ここにはいたくない。そう思わせる何かがあった。
それでも、今の今まで絵里と話していたからだろうか。屋上で一人で見張りをしていた時より、幾分気持ちが落ち着いているような気がする。やはり誰かと言葉を交わすというのは精神的にも良いのかもしれない。
自分が階段を歩く音が、やけに鮮明に聞こえる。硬質的な足音が、自分の緊張を表しているような気がして、葵は苦笑した。
階段の壁に三という数字が見えた所で立ち止まる。
気にしないで。そう絵里は言ったけれども、どうしたって気にはなる。
とにかく何を言われても落ち着く事だ。
”一人でいるよりは、ずっといい……”
廊下まで降りると、外の景色が映る窓を見つめた。
階段は真っ暗だったが、廊下にはすでに朝の光が差し込んでいる。
屋上からは見えなかった景色も見える。かなり遠くにだが、薄っすらと海が見えたのだ。
朝の光を浴びた海は輝きを持っているようで、とても綺麗に見える。
少しの間、葵は遠くに見える海に見惚れていた。
何となくだが、心を洗われるような気がする。ともすると荒んでしまいそうになる気持ちを癒してくれる。自然の力というものも馬鹿には出来ないのかもしれない。
後で絵里にも教えてあげよう。彼女の不安も少しは癒されるかもしれない。
窓の外を眺めながら、葵は再び歩き始める。
突き当たりで二手に分かれている廊下を右に曲がると、すぐに声が聞こえてきた。
また揉めているのだろうか。
そう思い、そこに入るのを躊躇しかける。
兄の言葉が頭の中に蘇る。
”その先を見つめて……”
歩いていくしかないのだ。未来に続く道を。
静かに小さく頷くと、葵は足を踏み出した。
≪残り 40人≫