BATTLE ROYALE
〜 LAY DOWN 〜


38


 真夜中とは違い、程よく暖かい陽射しは快適だった。
 暑くも寒くもない。
 狩りをするのには最適な気温だ。
 目の前で怯えている獲物を発見したのは数分前。
 それまでは、ただ闇雲に島内を徘徊していただけだ。
「男らしく覚悟決めろよ」
 獲物に向かって拳銃の銃口を向けると、
小柴省吾(男子8番)は口元に笑みの形を作った。
 この銃も元々は獲物が所持していたものだ。
「こ、殺さないで……」
 恐怖に引き攣った顔で獲物が助けを請う。
「それは出来ねえな。諦めろ」
 引き金を弾いた。
 耳元で大きな音が響く。他の誰でもない自らが発てた銃声。
 血飛沫が跳ねて顔にかかる。
 一瞬で全てが終わった。あまりの呆気無さに省吾はしばし呆然としてしまう。 
 銃を握っている右手を見た。
 撃った際の反動からか、少し痺れているような気がする。
 慣れていないからなのか。常に痺れが起きるのか。省吾には分からなかった。
 それから初めて、目の前で倒れている獲物に目を向ける。
 銃弾は目の前にいた獲物の顔の中央辺りに飛んだようだった。
「ひでえもんだ……」
 想像以上の惨状に思わず呟いた。
 自分がやった事とはいえ、さすがに気持ち良い気はしない。
 数時間だか数日だかは知らないが、死体を放置しておくと腐臭がしてくるという話を何かで聞いた事がある。
 目の前の、この死体もそうなのだろうか。
 分からなかったが、ここにはいたくなかった。
 一度舌打ちすると獲物のデイパックを拾い上げ、省吾はその場から立ち去った。

 この場所は支給された地図によるとD−6。丁度、総合病院と書いてあるエリアの真上にあたる。
 特に理由があって、ここに来たわけではない。
 友也と出会ったG−6付近と思われる場所から、そのまま真っ直ぐ北に向かって歩いてみただけだ。
 病院の建物の頭部分だけが見える森の中で、省吾は午前6時の放送を聞いた。
 自分も狩ろうとした野々村武史が、この放送で死者として名前を呼ばれた時は正直驚いた。そして、もう一人。
 ”文広の奴は誰に殺られたんだ……?”
 喧嘩の実力はともかく仲間ではあった。それだけに、いい気はしない。
 もし文広を殺した者が目の前に現れたら、その時は敵討ちをしてやるのも悪くないかもしれない。
 もっとも、もし自分が先に文広に会っていたとしても、もちろん殺していただろうが。
 放送を聞いた後、省吾は短い休憩を取り、再び獲物を求めて島内を徘徊し始めた。そうして新たな獲物、
安藤勝(男子2番)を見つけたのは、30分程前の事だ。
 勝は完全に怯えきっていた。
 憔悴した様子で森の中で震えていたところを、偶然見つけたのだ。木が乱立していて見通しの悪い森の中だった。勝にしてみれば、運が悪かったとしか言いようがないだろう。
 数メートルの距離まで近付いても勝は気付かなかった。周囲に注意を払うような素振りも全く見せない。狩られるのを待つだけの獲物のように省吾には思えた。
 目の前まで来た自分にようやく気付くと、勝は悲鳴を上げ、座ったままその場で後退を始めた。やがて、何とか立ち上がった勝が、こちらに向けて見せた物。
 武史が持っていた物とは形が違ったが、それは紛れもなく拳銃だった。
 銃口をこちらに向け、何かを叫んでいた気がする。「撃つぞ」とか何とか、恐らくはお決まりのセリフだろう。
 座ったまま銃をこちらに向けている勝に怯む事無く近付く。また何かを叫んだ。それを無視して腰を屈めた姿勢で襲い掛かる。脇腹に両手を回し横に投げ飛ばした。すぐに体勢を立て直すと、地面に転がされた勝を数回蹴りつけてやる。そうしてから右手に固く握っていた拳銃をもぎ取り、その銃口を勝の額に押し付けた。
 その後は、たった一度、引き金を弾いただけで全てが終わった。
 勝が生きた十五年間とは、どんな人生だったのだろうか。
 何となく、そんな事を考えた。
 三年間同じクラスの人間だったが、皆無と言っていいほど付き合いはなかった。だから、勝がどのような人間なのかも知らない。今も勝に対する罪悪感などは全くなかった。
 それも菊池や関口などが相手ならば変わるのだろうか。罪悪感に苛まれたりする事があるのか。
 少なくとも勝を殺した事で分かった事は、殺人とは今の今まで考えていたような興奮するような行為ではないという事だけだ。
 ”安藤が弱すぎたからか……?”
 弱者が相手だから、そう感じているのだろうか。強者が相手ならば、それも変わるのかもしれない。
 その答えを教えてくれるであろう者達が、自分と同じようにこの島のどこかにいる。
 省吾は頭上の太陽を睨み付けた。
 その彼等の中でも特に一人。自分の手で倒すべき男の顔が脳裏を過ぎる。
「待ってろよ、菊池」
 小さく呟くと、止めていた足を再び動かし始めた。

 行き先は決まっていた。
 E−5と6の二つのエリアに渡って建てられているらしい総合病院。
 ただの勘にすぎないが、誰かしら潜んでいるような気がする。
 自分の捜し求めている者がいるかどうかは分からないが、どの道、彼等に勝利する事のみが目的な訳ではない。生き残る為には他の者も始末しなければならないのだ。
 もっとも、他の者など容易く始末出来るだろう。
 そう思って、勝から奪い取った銃に目を落とした。テレビなどで見る物と同じ黒い拳銃。
 勝のデイパックに入っていた説明書によると、ベレッタM92という名前らしい。もっとも、省吾には武史が使っていた銃との区別は付かなかったのだが。
 装弾数は15発だったが、それ以外に予備のマガジンもデイパックに入っていた。
 他にどんな武器が出回っているのかは知らないが、これを凌ぐ程の武器はそうそうないだろう。
 これで、ほぼ間違いなく自分の優勝は確定した。
 菊池や関口でさえ、銃を前にすればただの獲物に成り下がるだろう。
 後は、狩られるのを待つ獲物を探すだけだ。
 そう思った時、新たな人影が深い森の奥からやってくるのが見えた。
 それが誰であるかは確認しなかった。する必要もなかった。
 誰であれ獲物であるという事には違いないのだから。
 口端に笑みを浮かべて、省吾は呟いた。
「てめえで二人目だ」
 右手のベレッタを持ち上げる。
 その時、初めて獲物が女である事に気付いた。
 引き金を弾く。
 聴覚を激しい音が襲った。自分が放った銃声。
 その音に顔を顰めた省吾の視界に、背中を向けて逃げて行こうとする獲物の姿が映った。
「逃がすかよ」
 呟くのと、地面を蹴るのが同時だった。
「諦めて、殺されろや!」
 自分の声が森の中に響く。
 獲物は全く止まろうともせず、背中を向けて走っている。
 走りながら右手を持ち上げた。
 ベレッタの引き金を弾く。
 地面に膝を付いている獲物の姿が見えた。被弾させたのか。思ったが、獲物はすぐに立ち上がった。さすがに距離が離れすぎていたらしく、銃弾は掠りもしなかったようだ。獲物が一瞬、こちらを振り返った。そうして、また走り出す。だが、外した一撃のお陰で、距離は縮まっている。今度は追いつける。確信すると同時に省吾は笑った。スピードを上げる。距離が縮まる。再び獲物がこちらに首を向けた。瞬間、再度ベレッタの銃口を獲物に向ける。そこで省吾は足を止めた。
「死ねよ」
 左手を右手に添え、もう一度引き金を弾いた。
 銃声。
 獲物が悲鳴を上げて、その場に倒れた。
 ”外した!”思った時には地面を蹴っていた。
 動いている標的に弾を命中させるというのは、相当に難しい事なのかもしれない。だが、四度目の奇跡はない。
 目の前で地面に両手を付けている獲物を見下ろした。
 獲物がこちらに瞳を向ける。
「こ、殺さないで……」
 どこかで聞いた言葉だと思った。それが、勝の最後の言葉であった事には気付かなかったが。
 怯えた小動物のような瞳で、獲物はこちらを見つめている。サディスティックな衝動を覚えそうな瞳だ。ただ、自分には、そんな感情も湧き上がらなかった。獲物は獲物。それだけだった。
 勝にしたように、ゆっくりと銃口を向ける。
 最早、逃げ場もなく狩られるのを待つだけとなった獲物の瞳から涙が零れ落ちたのが分かった。その時、初めて獲物が右手に持っている物に気付いた。黒い長方形の箱のような物。
「おい、お前が持ってるの何だ?」
 銃口を、獲物から黒い箱に移動させる。
 獲物が一瞬、箱に目を落とし、それから首を振った。
「言っとくけどな……今すぐこの場で、お前をぶっ殺してもいいんだぜ、手塚」
 そう言って、再び銃口を獲物に戻す。
 その獲物、手塚唯は瞳に涙を溜めて首を振るばかりだ。
 短い沈黙が二人の間に流れる。
 やがて省吾は舌打ちすると、吐き捨てるように告げた。
「じゃあ、死ね」
 引き金に指を掛けた。同時に耳に入った声。
 思わず、振り返った。
 銃声を聞きつけて現れたのか。「どこだ?」とか「誰だ?」とか、緊迫した声はまだ続いている。
 自分の口が笑みの形に歪む。
 聞き間違えようはずもない。普段からよく聞いていた声だ。
「寿命が延びたな」
 唯の方に向き直り、そう告げると銃口を空に向けた。
 引き金を弾く。
 唯が悲鳴を上げたようだったが、銃声によってかき消された。
 この場所に誘導させる為の一発。
 後は待つだけだ。
 右側の茂みから、また声が聞こえた。そちらに目を向ける。
 茂みから出て来た男が、そこにいた。
 一度、唯に目を向け、それから視線をこちらに向けてくる。
「省吾……」
 名を呼ばれると同時に、銃口を持ち上げる。
「よぉ、俺を探してたのか?」
 自分を睨み付ける菊池の目を受け止めて、省吾は笑みを浮かべた。

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