BATTLE ROYALE
〜 LAY DOWN 〜


39


 こうやって睨み合うのは、これで二度目だった。
 二年前、中学に入学したばかりの時、今と同じように自分達は睨み合った。
 あの時は学校近くの公園でだったが。
「てめえが銃を撃ってやがったのか?」
 目の前で笑みを浮かべている省吾に向かって訊いた。
「ああ。丁度、使い方にも慣れてきたとこだ」
 省吾の右手にある銃が持ち上げられ、銃口がこちらに向けられる。
「てめえ……」
「俺の勝ちだ」
 不適な笑みを浮かべていた省吾が真顔になって告げる。
「ケリつけようぜ、菊池。けど、その前に……」
 省吾の拳銃の銃口が、地面に座り込んでいる唯へと移動する。だが、視線だけはこちらに向けられていた。
「邪魔者には消えてもらう事にするか」
 それが自分の事であると理解したのか、唯が顔を上げる。
「させっか、クソが!」
 叫ぶと同時に飛び出していた。
 省吾が銃口をこちらに向けるのが見えた。体勢を屈める。銃声。同時に唯の悲鳴が聞こえた。痛みはない。被弾は免れた様だった。視界に映る省吾の顔が近付く。再び銃口が自分に向けられる。手を伸ばせば届く距離。叫んだ。
「逃げろ、手塚!」
 聴覚を銃声が襲う。
 ほぼ同時に目の前の地面が爆ぜた。
 震えている様子の唯は動かない。いや、動けないのか。
 菊池は舌打ちすると、座り込んで震えている唯の左手を無理矢理引っ張り上げた。
「いやっ。やめて! 死にたくない!」
 振り解かれそうになったが、ここで手を離すわけにはいかない。
「今だけでいい! 今だけ、俺を信じろ!」
 それだけ言うと、すぐに唯の左手を掴んだまま地面を蹴った。
 逃げるしかない。省吾に背中を見せるのは癪だが、この状況では仕方がないだろう。
「逃げてんじゃねえぞ、菊池!」
 背中越しに省吾の怒声が聞こえてくる。
 すぐに足を止めた。唯の手を離す。
「どっか逃げろ、手塚」
 それだけ言うと、今度は省吾に向かって駆け出した。
 視線がぶつかる。省吾が口元に笑みを浮かべる。銃口を持ち上げた。
「上等だよ、てめえ!」
「それでこそお前だ。死んで来いや、菊池!」
 最早、聞き慣れてしまった銃声と唯の悲鳴が同時に響く。
 それらに重なるようにして自らの叫びを聞いた。
 地面に倒れている。
 その事に気付くまでに、しばらく時間がかかったかもしれない。
 ふと目を上げると、そこに銃口があった。
「仲間ってのも悪くなかったが……お前の負けだ」
 真剣な表情になって言うと、菊池の額に銃口をポイントする。
 一瞬、死を予感した。
 その瞬間。低い声が上がった。
「てめえ……」 
 低く呟いた省吾の銃口の先。
 自分の額にポイントされていたはずだが。
「死にてえのか?」
 その省吾の声が聞こえたと同時に振り返った。
「手塚……」
 逃げろ。自分は確かにそう言った。だが、今、目の前に唯はいた。
 震えたまま、そこに立ち尽くしている。
「やっぱ、お前から死ね」
 省吾が吐き捨てるように言うのと、唯が何かを投げるのが同時だった。
 それが石だと気付いた瞬間、菊池は意を決した。
 地面に倒れた状態のまま、省吾の足を蹴り飛ばす。省吾がバランスを崩す。同時に立ち上がる。脇腹の辺りに鈍い痛みが走った。歯を食い縛って叫びを上げる。思い切り握り締めた右の拳を、省吾の腹に突き刺す。再び銃口が自分に向いた。銃声。だが、痛みはない。外れたのか。分からなかったが、後ろを振り向いた。立ち尽くす唯の姿が見える。地面を蹴った。
「行くぞ!」
 声を出すと脇腹が痛んだ。
 目の前にいる唯と視線が合う。小さく頷いたような気がした。同時に唯が走り出す。
 脇腹の痛みを堪えながら、菊池はその後を追った。

 もう大丈夫なのではないか。
 そう思えるようになってからも、走るのを止めなかった。
 いつの間に追い抜いたのか、自分を追うようにして走る唯を何度か振り返ってはまた前を向いて走る。それを繰り返した。
 走り始めてからも何度か銃声は聞こえていた。今はもう聞こえなかったが、省吾はまだ自分達を探しているだろう。
 そんな事を考えながら走り続ける事、数十分。
 振り向いた時、かなり後ろを走る唯の姿を目に留め、菊池は立ち止まった。
 そろそろ大丈夫だろう。そう思うと、一度ため息を吐いた。
 その場に腰を下ろし、そのまま横になって倒れこむ。
 青い空を見上げた。
 荒い息のまま太陽を睨み付ける。
「ご、ごめんなさい。大丈夫?」
 急に聞こえてきた声に目を向けると、見下ろすようにして唯が自分を見つめていた。
「ああ」
 小さくそう言うと、また脇腹が痛んだ。
 自分と同じように荒れた息を吐きながら、唯が隣に腰を下ろす。
 膝を抱えて座り、そのままスカートに顔を埋めた。
 これで三度目だっただろうか。
 何の因果か、このプログラムが始まってから唯とはよく出会った。最初はD−3にある住宅街で。その後はD−4にある森の中、文広の死体の傍で。そして今しがたD−6で。
 もっとも、初めの二回は怯えられ逃げられてしまったのだが。
 今、唯は自分の隣で膝を抱えて座っている。
「俺が怖くないのか?」
 疑問が口を突いて出た。
 怯えさせるつもりなどなかったが、自分が信用されていない事はよく理解していた。だからこそ、不思議だった。
「省吾は巻いた。お前が俺と一緒にいる必要はないぜ」
 唯が顔を上げるのが分かった。
 その瞳がこちらに向けられる。少しだけ見つめ合った後、唯が小さく首を振った。
 それから、また膝の上に顔を埋める。
 どうやら、ここから動く気はないようだった。
 何とか省吾を巻く事は出来たが、これからどうすれば良いのか。
 省吾は殺し合いに乗っている。それはもう疑いようのない事実だ。
 このまま省吾を放っておくわけにはいかないだろう。新たな犠牲者が出てしまう前に、凶行を止めなくてはならない。
 ───丁度、使い方にも慣れてきたとこだ。
 あの言葉は、正に誰かを殺したと言っているようなものだ。
 ”殺した、のか……? お前はもう誰かを殺してるのか?”
 知らず、右手を握り締めていた。
 苛立ちなのか怒りなのか分からない感情。それが今、菊池を支配している。
 しばらくして、ふと視線を感じて目を上げた。
 唯がこちらを見つめている。だが、自分と目が合うと、すぐに視線を逸らして、またスカートに顔を埋めてしまう。
 何か言おうとしたのかもしれない。
 そう思って唯を見つめたが、中々顔を上げてはこない。
「どうして逃げないんだ?」
 何となく、そんな言葉が口をついて出た。だが、唯は動かない。
「やっぱ怖いか、俺?」
 苦笑気味に問い掛けてみると、唯の肩が少し跳ねた。
 それから、ゆっくりと顔を上げる。
 泣いていたのかもしれない。唯の潤んでいるような瞳を見て思った。
「私……菊池君は、殺し合いをするって思ってた……」
「だろうな」
 小さく苦笑して、ため息を吐く。
 自分ならば殺し合いに乗ってもおかしくない。ほぼ全員が、そう思っているであろう事は菊池自身にも分かっていた。
「けど……間違ってた……。ごめんなさい」
 自分に瞳を向けたまま、はっきりとそう告げた。
「謝られてもな。それに間違ってないかもしれないぜ? 俺が殺し合いに乗ってたらどうするんだ?」
「そんな……」
 意地の悪い事を言ってしまったかもしれない。
 何と答えていいのか分からず困っている様子の唯を見て、少しだけ胸が痛んだ。
「わりい。けど、お前が謝る必要なんてねえよ。俺がやる気だって思われんのは仕方ねえしな」
「だけど、私は……」
 一瞬、瞳を逸らしかけ、それからまたこちらをしっかりと見据えて続けた。
「私は……菊池君を信じたい」
 思わず、唯の瞳を凝視してしまった。
 自分が一番欲しかった言葉。
 信じて欲しい。信じてもらいたい。
 誰かの信頼を得る事が、どんなに難しい事か分かってしまったから。
 そうして、今、自分の耳に届いた言葉。
「菊池君?」
「あ、いや……」
 何と言って良いのか分からず、曖昧な笑みを浮かべた。
 信じてくれてありがとう、とでも言うべきだろうか。
 沈黙が流れる。それは優しい沈黙だった。
 やがて、唯がゆっくりと告げた。
「私なんかじゃ足手まといにしかならないって分かってるけど……。でも、もし良ければ、私……」
 そこまでで言葉を止め、菊池から視線を外した。
 そのまま唯は俯いてしまう。どんな表情をしているのか窺う事は出来なかった。
 ただ、何を言おうとしたのかは、何となく分かった。それは自分の期待半分でもあるのだが。
 もし、自分の想像通りなら、それを口にする事に唯は抵抗があるのだろう。何せ唯にとっての自分は、今の今までもっとも信用出来ない相手だったのだから。だとしたら、それを口にするのは自分しかいない。
「俺は仲間になってくれる奴を探してたんだ。どんな奴でもいい。俺を信じてくれる奴を……。それで、もし、お前が俺を信じてくれるなら、迷惑かけちまうかもしれねえけど……」
 そこで一度、言葉を区切り、真剣な表情になって告げた。
「一緒に来ないか?」
 唯が顔を上げる。その瞳は少し潤んでいるように見えた。
「いい、の?」
 涙が滲んでいるような瞳に、思わず照れてしまい、やや俯きがちになりながら右手を差し伸べた。
 その手を、唯の小さな手が握り締める。
「よろしくな、手塚」
 容姿には自信があり、女性ともそれなりに付き合ってきた菊池だったが、何故か異様に恥ずかしくなってしまった。
 今、自分の顔は赤くなっているかもしれない。そう思うと、また恥ずかしさが込み上げてきた。
 そんな自分から瞳を逸らさず、唯が少しだけ笑った。
「ありがとう、菊池君」
 唯の右手の体温を感じながら、生まれて初めて菊池は天に感謝した。

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