BATTLE ROYALE
〜 LAY DOWN 〜


40


 暑い。単純にそう思った。
 正午が近づくにつれて、気温は増してきているようだった。
 深夜のあの寒さは何だったのだ。
 こんな状態では眠る事も出来ない。
 暑さからくる苛立ちを何とか抑えようと、
関口春男(男子12番)は煙草を口に咥えた。
 煙を吸い込んで吐く。
 普段ならば、これで落ち着けるところなのだが。
 小さく舌打ちすると、一吸いしただけの煙草を少し離れた地面に投げ捨てた。
 そのまま地面に背中から横たわる。
 青々とした空を何となく見つめた関口だったが、またしても脳裏にちらつくものがあった。
 あの時。あの神社であった事。
 それを思い出して、関口は目を細める。
 その手を汚した夕子の、それでも変わらないあのガラス玉のような瞳。
 視線に射抜かれて殺されてしまうかと思った。
 あんな瞳は見た事がない。いや、あれこそが中野夕子という女の本質なのではないだろうか。
 ”俺が惚れた女の本質……”
 それを考えて、関口は苦笑した。
 所詮は手の届かないであろう存在だ。考えるだけ無駄なのかもしれない。
 手に入らないのなら、それでも良い。
 ただ、それならば誰の手にも入って欲しくはない。
 誰だかも分からない夕子の男にも、山口若菜にも。
 救いようのない醜い嫉妬。
 彼女が愛する全てのものを壊してしまいたい衝動に駆られる。
 いっそ全て話してやろうか。
 夕子がした事を知ったら、若菜はどう思うだろう。
 嘆き悲しんで、夕子を責めるかもしれない。それとも、それでも夕子を受け入れるのだろうか。
 どこまでも真っ直ぐで純粋な彼女。
 ”だから、か? だから、山口だけがお前の特別になれたのか?”
 学校で夕子を視線で追うと、その傍らにはいつも若菜がいた。
 傍にいなかったとしても、夕子の視線は若菜に向けられていた。
 あの愛に満ちた視線は、自分がいつだって追い求めていたものだ。
 嫉妬で狂いそうになる程、欲しかった。
 永久に手に入らないのなら、あの瞳が映す全てのものを壊してしまいたい。
 ”お前が愛したものを……”
 壊せるだろうか、自分に。
 今だって、こんなに怯えているのに。
 彼女が永久に失われてしまうかもしれないという事実に、自分は今、確かに怯えている。
 もしも彼女が愛した全てのものを壊してしまったら、彼女もその後を追ってしまうかもしれないのに。
 そう思い一度苦笑すると、関口は目を閉じようとしたのだったが。
「そこで何をしてるの?」
 地面に寝そべっていた体を半身だけ起こして、声が聞こえてきた方向に顔を向けた。
「寝てたんだよ。見りゃ分かるだろ?」
 口元に笑みを浮かべて言うと、赤坂有紀も小さく笑みを返してきた。
 その右手には、刀身が湾曲した奇妙な形の刀剣が握られている。
 それを目の端に捉えたまま立ち上がり、ポケットから煙草の箱を取り出すと、中から一本抜き出し口に咥えた。
 黒いジッポで火を点ける。
 心地良い点火音とともに煙の匂いを嗅いだ。
「高かったんだ、このジッポ」
 そう言って、手の平に乗せたジッポを有紀に見せてやった。
「いくら?」
「二万ちょいかな。まあ俺にしちゃ高い買い物ってわけだ」
「そう。それで?」
 無表情になった有紀が告げる。
 関口は苦笑すると、有紀の右手に握られている刀剣に目を向けた。
「いや、そいつも高そうだと思ってね」
 右手の刀剣に有紀がちらりと瞳を向けたのが分かった。
「さあ。どうなのかしらね」
 無表情で言った後、苦笑するような笑みが一瞬浮かんだ気がした。
 そのまま、お互い沈黙してしまう。
 何か目的があるのだろうか。
 関口は頭の中で考えを巡らせた。
 評判の良くない自分に、この状況でわざわざ近付いて来るからには何か理由でもあるのではないか。もっとも考えられるのは、自分の命を狙っているという事だが。
 有紀に目を向けると、無表情のまま黙ってこちらを見つめていた。
 どこか陰のあるような表情。
 少しだけ夕子に似ているような気がする。
「で、何の用?」
 ごく自然な動作で、ほんの少しだけ重心を前に屈める。同時に吸っていた煙草を地面に落とした。
 有紀はしばらく黙っていたが、ややして瞳を細めると薄い笑みを漏らして告げた。
「人を探してるのよ」
「奇遇だな。俺も一応、人探し中でね」
 言いながら、誰を探しているのだろうかと考えた。
 少なくとも自分の知る範囲では、有紀が特にクラスの誰かと親しくしていた記憶はない。
「誰を探してる?」
 その問いに、有紀は少しだけ間を置いてから答えた。
「坂井君」
 何かを確かめるようにゆっくりと呟くと、有紀は瞼を下げてみせた。
「坂井、ね。意外な奴の名前だが……どういう関係だ?」
「あなたが知る必要はないわ」
 下げた瞼を持ち上げると、射抜くような瞳になった。
 この瞳とよく似た瞳を、ごく最近見た。
 あの瞳は今目の前にある瞳よりも、もっと哀しくて残酷なものだった気がしたが。
「確かにな。まあ、結論から言えば坂井にゃ会ってないんだが……」
「……そう。あなたは? あなたは誰を探してるの?」
 有紀の表情に特別な変化は見られなかった。もし、友也に会ったと言っていたら、どういう反応をしたのだろうか。
 それでも変わらない。何となく、そんな気がした。
「どうかしたの?」
 有紀が訝しげな表情で問い掛けてきた。
「いや、別に……」
 苦笑気味にそう言ってから、関口は口元に笑みを作った。
「俺は天野を探してる。どっかで見かけてないか?」
「会ったわ」
 無表情に戻った有紀が告げる。
 一瞬、目を瞠りそうになった。
「どこで会った?」
「同じような森よ。あっちの方ね」
 後ろを振り返りながら、有紀が告げた。
「貴重な情報ありがとよ。感謝するぜ、赤坂」
 軽く右手を上げてから、また口元に笑みを作ってみせる。
 それに応えるように有紀も微笑を見せた。
「ところで、会ってどうするの?」
「お前にゃ関係ないな」
「それもそうね。けど、私が先に、もう一度天野君に会ったら……」
 そこまで言って、有紀がまた元の無表情に戻る。それから告げた。
「殺しちゃうかも」
 一瞬、自分の口元が引き攣ったのが分かった。
「じゃ、またね、関口君」
「ああ」
 視線がぶつかる。知らず、睨み合うような形になった。
 有紀の表情に小さな笑みが浮かんだ。
「その、背中の武器さえなければね」
 ”こいつ……”息を呑んだ。
「気付いてたのか」
 有紀は何も言わなかった。ただ薄く笑みを浮かべている。
 背中に差し込んでおいた銃の冷たい感触を感じながら、有紀を見つめた。
 その瞳からは何も読み取れなかったが。
 銃さえなければ、この場で自分を殺していたという事か。
 しばらく見つめ合った。
 やがて、また元の無表情に戻ると、有紀は踵を返して歩き出した。

 殺し合いに乗っている。
 それは、ほぼ間違いないだろう。
 有紀が去った方角に目を向けながら、関口は背中の銃を取り出した。
 独特の冷たい感触。
 銃が冷たいのではなく、気持ちがそう錯覚させるのかもしれない。
 元々は野々村武史に支給された武器だった。
 武史が死んだので、持ち主のいなくなった銃を関口が引き取ったのだ。
 初めは夕子に持たせるつもりだったのだが、それは拒否された。
 銃など必要ないという事なのか、自分が殺した人間の持ち物など持っていたくはないという事なのか、どちらの理由なのかは分からなかった。ただ、何となく前者であるような気がしていた。
 夕子は今、何処にいるのだろうか。
 あの神社を後にしてから、すぐ夕子とは別れた。
 とにかく、もう一度若菜を探して守る。それが自分の仕事だ。
 自分自身にそう言い聞かせた関口だったが、結局見つける事が出来ないまま今に至る。
 闇雲に島内を歩き回った関口が、今いる場所はD−7だった。地図では、このエリアからもう一つの小島に向けて橋が架けられているらしいが、それらしき物は全く見当たらなかった。
 このD−7で正午の放送まで仮眠を取ろうと横になっていたのだが、そこに有紀が現れたのだった。
 寝ていれば死んでいたかもしれない。
 先程の有紀の笑みが頭に浮かんだ。
 何故、殺し合いに乗ったのかなどはどうでも良いが、危険な存在である事には違いないだろう。
 友也を探しているという事に関しては、考えたところで理由が分かるはずもないので考えない事にしていた。
 その有紀が向かった方向には総合病院がある。
 今、関口がいる場所からも、木々の上から建物の上部だけ覗いて見えた。
「病院、か……」
 地図上でも二つのエリアにまたがって書かれているだけに、相当に大きな病院のようだ。
 誰か逃げ込んでいるかもしれない。
 ───会ったわ。
 先程の有紀の言葉を思い出し、病院とは逆の方向に目を向けた。
 あの言葉が嘘でなければ、有紀は義人に会っている。
 若菜と義人が今でも行動を共にしているかどうかは分からないが、情報の一つである事には違いない。
 義人を探していると言ったのは、自分が探している事を若菜自身には知られたくなかったからなのだが、有紀の口から若菜の名前は出なかった。
 ”何にせよ、行ってみるしかねえか……”
 森の奥を睨むように見つめた。
 その方向に見えたもの。
 誰かが、こちらに向かって歩いて来ている。気付いた時には、地面に置いていたデイパックを抱え込み、走り出していた。
 少し先にあった大きな木の後ろに身を滑り込ませる。
 一瞬、感じた嫌な予感。
 こういう時の自分の勘は良く当たる。
 殺し合いに乗っている者だろうか。思って、先程まで自分がいた場所へと視線を向けた。
 見覚えのある姿が、そこを通過して行く。その先には病院しかない。
 ”あいつか……”
 関口は苦笑しながら、頭だけ覗いて見える病院へと目を向けた。
「こういう勘だきゃ、よく当たりやがるからな……」
 自分の頭に浮かんだ嫌な予感を振り払うように、関口は茶に染めた髪をかきあげた。
 それから、目の前を通り過ぎようとする省吾へと目を戻した。
 ポケットから煙草を取り出し口に咥えた。
 黒いジッポで火を吐け、煙を吐き出す。
「面倒な事になりそうだ……」
 吐き出した煙が空に溶けて消えていく様を見つめながら、関口は小さくため息を吐いた。

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