BATTLE ROYALE
〜 LAY DOWN 〜


41


 見れば見るほど大きな建物だった。
 およそ、こんな森の中にあるには相応しくない。
 地元にある有名大学病院とも匹敵するほどの大きさだ。
 目の前にそびえ立つ総合病院を見て、真島裕太は感嘆していた。
 入り口に掲げられていた病院案内図によると、病院は二棟に分かれていて、片方は入院患者用の病棟であるらしい。
 地図を見た限りでは、ここまで巨大な建物だとは思っていなかったのだが。
「すげえな、こりゃ……」
 ひとりごちると、裕太は敷地内へと足を踏み出した。
 中に入ると、既に水は出ていない大きな噴水が敷地の中央にあった。右手には駐車場があったが、やはり車は止まっていない。
 この巨大な病院に入院していたであろう患者達は、どこに行ったのだろう。中には重度の病に冒されていた者もいるかもしれない。
 彼等や彼等の親族は、プログラムの為にこの病院を追われたのだろうか。
 何かが普通ではない。そんな気がした。
 病に冒されている者が居場所を追われ、健康な人間が死地に連れて行かれる。
 これは異常な事ではないのか。
 それでも、法で決められた事だから、という言葉だけで済まされてしまうのだろうが。
「イカれてるよな、やっぱ」
 眼前の大きなドアの前に立ち、裕太はため息を吐いた。
 どうやら自動ドアだったようだが、開け放たれたままになっている。
 誰かが、この中にいるのか。もしくは初めから、この状態だったのか。
 一瞬、躊躇しそうになったが、一度息を吐くと院内へと足を踏み出した。
 念の為に自動ドアを閉め、視界に映る範囲で院内を見回してみる。
 まず目に付いたのは、入ってすぐのところにある総合受付らしきカウンターだ。
 勿論、受付嬢などがいるはずもなかったのだが。
 その目の前には、待合用のソファが幾つか置かれている。
 思わず、ソファの上に倒れ込みたい気分に襲われた。軽い休憩を取った以外は、全く睡眠も取っていないのだから、当然と言えるかもしれない。
 それを頭を振って堪えると、受付横の廊下に向かって足を進めた。
 まずは一階からだ。
 ”矢口……”
 また、あの時の冴子の表情が頭に浮かんだ。
 ここに来てくれているだろうか。自分の予想が外れていなければ良いのだが。
 あの傷を負っている状態では、何よりもまず本格的な手当てをする必要を考えるだろう。
 それを見越して、自分はここに来たのだ。
 そして、これだけの大きな病院ならば他に誰かが逃げ込んでいる可能性もある。隆人と敦宏以外にも、冴子や若菜の友人達ならば信用して良いだろう。後は、何と言っても男子委員長の涼だろう。
 彼等に会う事が出来れば申し分ないが、他の者でも良い。とにかく、殺し合いなどするつもりがない者を集めなくては。若菜と義人も恐らく同じ考えでいるだろう。
 廊下は右手側に診察室があり、左側には待合用の座椅子が並んでいる。
 内科、外科併せて五つの診察室があり、全て覗いてみたのだが人がいる様子はなかった。
 診察室を過ぎ、突き当たりを右に曲がってみた。
 レントゲン室、MRI室、CT室があり、その先には大きな扉がある。
 この先にも何かあるかもしれないと思い、丸い取っ手を引っ張ってみると意外にあっさりと扉は開いた。
 扉の向こうも相変わらず廊下が続いている。一番奥に扉があり、そこから外へと出られるようになっていた。更にその扉の手前に下へと伸びる階段がある。逡巡した後、地下へ行くのは後回しにする事にした。
 病院の地下と言えば、嫌なイメージしかない。恐らくは霊安室でもあるのだろう。さすがに一人で行くのには抵抗がある。
 小さくため息を吐くと、裕太は踵を返した。そのまま真っ直ぐに廊下を戻って行く。途中を右に行くと入り口の方へと戻るが、それは無視して直進した。
 こちら側には眼科、消化器科などがあり、突き当たりでまた二手に分かれている。
 突き当たりまで着き、左手に目をやるとエレベーターと上へと続く階段があった。それを確認すると、裕太は右へと向かった。
 整形外科、循環器科、脳神経外科の診察室を覗き、それからまた前へと足を進める。
 その先は右に折れているだけで、そちらに行くと入り口に戻るようになっていたようだ。
 これで一階は全て見て回った事になる。あの地下に続く階段の先を除いての話だが。
 腰に手を当て、小さく息を吐く。
 誰もいなかったとはいえ、まだ一階部分を見ただけだ。そう思うと入り口の総合受付に向かって歩き出した。
 受付を通り過ぎて真っ直ぐ進むと、その先にもう一つの階段がある。
 そこから二階へと上がって行った。
 階段を昇りきった所で足を止め、周囲を見回してみる。
 見た感じでは、一階と同じような作りのようだが、二階は病棟になっているようだ。
 それから、幾つかある病室を一部屋ずつ覗いて行ったが、やはり人がいる気配はなかった。
 唯一、一階と違った事は、レクリエーション室があった事と内部でもう一つの棟と繋がっていた事くらいだ。先にこちら側の棟を全て見た方が良いと考え、もう一方の棟に行くのは後回しにした。
 次は三階である。また一呼吸してから、階段を上がって行った。
 この階も、二階同様、病棟になっているようだ。だが、明らかに二階と違うところがある。
 ”あれは? ナースステーションってやつか……?”
 廊下を左に行った所に、病室とは違うガラス張りの場所があった。
 足は自然に、そちらへと向かっている。
 ガラスの向こうに見える室内の様子を見た限り、やはりここはナースステーションのようだ。
 扉の前まで来ると、一度息を吸い込んだ。そうしてから、ようやく取っ手に手をかけようとして息を止めた。
「動かないで!」
 緊張感と、そして微かな震えが交じった声。
 自分の額から流れ落ちる汗を感じた。
 ゆっくりと首を後ろに向ける。その間に自然に鎌を握り直した。
「お前……」
 目の前に立つ、遠藤純の表情からは明らかな怯えの色が窺えた。そして、その右手にある物。
 ”釘バットってやつか……”
 不良物の少年漫画などに出てきそうな武器だ。
「お、おい。俺はやる気じゃない。それ、下ろしてくれよ」
「動かないでって言ってるでしょ!」 
 純が言うのと同時に、また新たな声が聞こえた。
「その手に持ってるやつを床に捨てて」
 声に反応して、後ろを振り向く。
 ナースステーションの扉が、いつの間にか開いていた。
「森川……」
 女子の委員長である葵が、何かを手に持って、そこに立っていた。
「早くして」
 この状況では、向こうの言う事を聞かなければ、自分を信じてもらえそうもない。そう思うと、小さくため息を吐いて、右手の鎌を床へと投げ捨てた。
「これでいいのか?」
 葵が小さく頷くのが分かった。
「それじゃ単刀直入に訊くけど、真島君、何しにここへ来たの?」
 しばらく、黙ったまま、今現在の自分が置かれている状況を考えた。
 葵はともかく、純がここにいるという事は、他の冴子の友人達もここにいる可能性が高い。だが、とてもじゃないが歓迎されているとは言えない状況だ。冴子を守る為には、冴子が守りたいものを一緒に守らなければならない。そして、それは他でもない純達なのだ。
 どうすれば信用させられる。
 頭の中で純達を納得させる為の様々な言葉を連想させた。だが、使えそうなものは浮かんでこない。
 その内に葵が、また口を開いた。
「言えないわけ? 言えないなら、悪いけどやる気とみなすわ」
「な! 待ってくれ!」
 さすがに焦って、思わず口を開いていた。
 どうやら、あれこれ考えて変に勘繰られるよりは、包み隠さず全て話した方が良さそうだ。
 意を決すると、裕太は葵に向かって告げた。
「俺は矢口を探してる。ここに来たのは、あいつもここに来ると思ったからだ。応急処置はしたが、病院ならもっとちゃんと───」
「待って! 応急処置って、冴に会ったの?!」
 裕太の話を遮ったのは純である。
 また後ろを振り向くと、驚いたような表情で純がこちらを見つめていた。
「冴がどうかしたの!?」
 今度はナースステーションの方から声が上がった。葵のものではない。
 葵の後ろに四人立っていた。
 全員、冴子の仲間達だ。純と同じ陸上部の工藤麻由美と岡沢春香。テニス部の木内絵里。それに紺野綾。
 ”こんなにいたのかよ……”
 他にもいるだろうと思ってはいたが、四人もいるとは思ってなかっただけに思わず苦笑してしまった。
「ねえ、真島君、冴に会ったの?」
 再び、背中越しに純が尋ねてくる。
 応えるように振り返って、裕太は頷いてみせた。
「どこで? どこで冴に会ったの?!」
 これまでとは違う必死な表情で、純が声を上げた。
 それに何と応えるべきか、裕太は逡巡してしまう。
 冴子に会った。それは間違いない事実だが、正確には会ったというより無理矢理連れて行ったという形なのだ。それを、どう上手く伝えればよいのか。
 迷った末、裕太は告げた。
「E−5にログハウスがある。そこで手当てした。その後は、どっかに消えちまったんだ……」
 言ってから、小さくため息を吐いた。
 とりあえずは目の前にいる冴子の友人達の信頼を得る事が重要だろう。そう判断した結果の答えだった。
 かなり端折ってはいるが、嘘はついていない。
「消えたって、どういう事? いなくなっちゃったの? 何で?」
 純がまた声を上げた。
 彼女がどれ程、冴子の事を心配しているかが痛いほどに伝わってくる。
「お前等を探しに行ったんだ。きっと……」
「私達を……。冴……」
 俯いて呟くと、純はそのまま黙り込んでしまう。
 そんな純を、黙って見つめていたが、やがて葵に顔を向けて告げた。
「俺が会ったのは矢口だけじゃない。山口にも会った。お前や渡辺を探してた」
 言った瞬間、葵の表情が一変したのが分かった。
「ほ、本当に!? 若菜に会ったの? どこにいるの、あのコ?!」
 先程の純同様に必死な表情で、葵が声を上げた。
「会ったのは森でだが、後で待ち合わせてるから心配ない。天野もついてるしな」
「天野君? どういう事?」
「俺が会った時には、あいつらは一緒にいた。天野はやる気じゃない。心配しなくていい」
 やはり、クラスでも多少浮いた存在である義人には、あまりいいイメージはないのかもしれない。
「……分かったわ。で、待ち合わせの場所は? 若菜は今もそこにいるの?」
「多分、まだいないだろうな。待ち合わせは5時だし、あいつらも仲間を探しに行くはずだからな。それと、場所は矢口を手当てしたログハウスだ」
「そう……」
 葵がため息を吐くのと、ほぼ同時に春香が口を開いた。
「ねえ、皆。とりあえず中に入らない? もう放送の時間だし……。真島君も、さ」
 そう言われて初めて、もう12時直前だという事を思い出した。
 促されるように時計に目をやると、丁度11時50分になろうというところだった。
「そう、ね。ここにいても仕方ないし……」
 呟くように言うと、葵が床に落ちた鎌を拾い上げた。
「いいのか、俺も?」
 恐らく、この集団のリーダーであろう純に向かって尋ねた。
 純はしばらく黙っていたが、やがて小さく頷くと、裕太の脇を擦り抜ける様にしてナースステーションの中へと消えて行った。
 どうやら、一応の信用は得られたらしい。
 ナースステーションの中には大きなテーブルが二つあったが、後は看護用の道具が置かれている程度で特別な物はないようだ。
 一つのテーブルを囲んで、純達がそれぞれ席に着き始める。
 放送に備えていたのか、テーブルには支給されている地図や名簿が幾つか置かれていた。
「真島君、ここでいい?」
 そう言って、椅子を勧めてきたのは春香だ。
 もう一方のテーブルから、わざわざ持って来てくれたらしい。
「悪いな」
「どういたしまして」
 微笑を浮かべた春香の表情に、何となく安堵感を覚えた。
 その春香が、自分の隣の椅子に座ると、全員が席に着いた形になった。
 それを見て純が口を開く。
「真島君。冴がどこに行ったかは分からないの?」
「ああ、全くな。いずれ、ここに来るとは思うけど……」
 純は相変わらず不安気な表情を崩さぬままだ。 
「とりあえず、矢口は、ここにはいないんだろう?」
「そ、そうだけど……。また……冴ちゃんを探しに行くの?」
 口を開いたのは、またしても春香だった。
「岡沢?」
「あ、ううん、ごめん……」
 曖昧な笑みを浮かべながら、春香が首を振ってみせた。
「へえ、知らなかった。そうなんだ、春香?」
 今度は麻由美が口を開いた。
 何がおかしいのか含み笑いをしているような感じだ。
「けどさ、悪いけど真島君。あなたは信用出来ないわ」
「麻由美!?」
「だって、そうでしょ? 出発する時の様子思い出してみてよ」
 それを合図に全員の視線が、自分へと向けられるのに気付いた。
 出発の時の自分。
 それを思い出して、裕太は初めて後悔した。
 あれはまるで早くプログラムを始めてくれとでも言わんばかりの行動だ。冷静に考えてみれば、殺し合いに乗っていると思われても仕方がない。
 視線を上げると、麻由美が勝ち誇ったような表情で告げた。
「そういう事よ。悪いけど、今この瞬間だけだって一緒にいたくはないわ」
「そ、そんな事ない! 真島君がやる気なわけないじゃない!」
 椅子を蹴り上げながら、春香が声を上げた。
「あんたは、そう言うでしょうね。けど、皆はどうかしら? 少なくとも、私は嫌よ。殺されたくないから」
「な、何よ、それ!? そんな言い方───」
「分かった」
 言うより先に立ち上がっていた。
「お前の言う事も、もっともだ。疑われても仕方ねえ。けど、俺がさっき言った事は本当だ」
 そこまで言って、麻由美から葵へと視線を変えた。
「いいか、森川。5時にE−5のログハウスだ。そこで山口達と合流する。山口に会いたいなら、そこに来るのが一番確実だ」
 静かに葵が頷いた。
 それを見て、裕太も頷き返す。
「じゃあ、俺は行くよ。ただ、その前に放送だけは、ここで聞かせてくれないか? 禁止エリアくらいはチェックしておきたい」
 今度は葵の隣に座っていた純に向かって言った。
「え、うん、私は全然いいけど……」
 そこまで言って、純が視線を麻由美に向けた。
「まあ、リーダー様が良いって言うなら、好きにすればいいんじゃない」
 つまらなそうな表情で告げると、麻由美はテーブルの上に肘を突いて地図に目を落とした。同時に、新たな声が上がる。
「いい加減にしてよ、麻由美! 何なの、その態度?! 純ちゃんや春香にまで喧嘩売って楽しいわけ? はっきし言うけどね、あんたがいなかったら、かなり雰囲気違うわよ!」
「何ですって? もう一片───」
「やめて! お願い。やめてよ……。絵里ちゃんも麻由美ちゃんも……。私達、ずっと一緒だったじゃない……。友達なのに……。それがどうして、こんな風になっちゃうの? もうヤダよ、こんなの……」
 静かになった空間に、綾のすすり泣く声だけが響く。
「ごめん……」
 絵里が呟いた瞬間、静かな空気が震え始める。
 正午の放送が始まる合図だった。
 何も言わず裕太が椅子に腰を下ろした時、綾の涙が零れ落ちて地図を滲ませた。

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