BATTLE ROYALE
〜 LAY DOWN 〜


42


『時間だ。放送を始める』
 相変わらず抑揚のない西郷の声が響く。
 それを聞き流しながら、葵は立ち尽くしたままの綾を静かに椅子に座らせた。
「紺野さん、平気?」
 小声で話しかけると、綾が小さく頷いてみせた。
 問題は山積みだったが、とりあえずは放送を聞く事が最重要だ。
『まず死者は、男子2番、安藤勝。女子20番、雪村佳苗。以上二名───』
「佳苗が?! 嘘……で、しょ……?」
 純が声を上げて立ち上がる。そのまま放心してしまったかのように、呆然とテーブルの上に視線を落とした。
「そ、そんな……嘘……」
 か細い声を上げた綾が信じられないという風に首を振る。
 二人だけではない。
 絵里も麻由美も春香も、皆一様に呆然としてしまっている。
 誰が最初だったかは分からない。それからすぐに、涙がその場を覆った。
 親しい友人を失ってしまった純達は、今どんな気持ちなのだろうか。分からなかったが、葵にとっても悲しくて仕方がなかった。
 佳苗とは世間話程度しか話した事がなかったが、大人しくて優しい娘だった。
 その彼女が死んだ。
 クラスメイトの死。それは午前6時の放送でも知らされた事だったが、女子にとっては初めての死者である。
 その為かどうかは分からないが、朝の放送では覚えなかった悲しみが葵を襲っていた。
 誰も言葉を発する者はいない。放送はまだ続いているが、聞いている者はいないだろう。
 どれくらいの時間が流れたのか。
 泣き声が聞こえなくなった頃、葵の耳に新たな声が届いた。
「多分、放送聞けなかったと思うから、俺が言うが……」
 いつの間にか裕太が立ち上がっている。
「今の放送で、この病院を含めたエリアが禁止エリアに指定された」
 その裕太の言葉と同時に、全員の顔に緊張が走る。
 葵も驚いて瞳を見開いた。
「正確には、ここじゃなくて隣のE−5なんだが、この病院の半分が禁止エリアになる事に変わりはない」
「E−5って……」
「ああ。俺が山口達と待ち合わせしてるエリアでもある」
 険しい表情のまま裕太が言い、それからこちらに顔を向けた。
「俺はとりあえず今からログハウスに戻ってみるが、お前はどうする?」
 迷うまでもない質問だった。
「勿論、行くわ。若菜も来るかもしれないし」
 立ち上がって言うと、裕太が小さく頷いてみせた。
 その時だった。
「あ、あの……わ、私も行っていいかな?」
「岡沢?」
「春香?!」
 裕太と絵里が同時に声を上げた。
「お願い、真島君。私……」
「真島君と一緒にいたいの、って続くのかしら?」
 後を引き継ぐように、そう言ったのは麻由美だ。
 春香は真っ赤になって俯いてしまった。
「良かったわね、真島君。春香は友達よりも、あなたと一緒にいたいみたいよ」
「麻由美!」
 嘲笑した麻由美を、絵里が睨み付ける。
「何? ああ、そっか。絵里も一緒に行きたいのね? そりゃ、そうよね。唯と野坂君が心配でしょうがないんでしょ? 当然よね。親友と恋人なんだし。あ、ひょっとして、私達と一緒にいたのも嫌々だったんじゃないの?」 
「……な、に…言ってんの? ……い、いい加減にしてよ!」
 言うが早いか、絵里が麻由美の頬を引っ叩く。
 乾いた音が響いた。
「何すんのよ!」
 麻由美が席を立ち上がる。
 そのまま素早い動きで、右手の先にある物を絵里に向けた。
「ちょっ! じ、冗談やめてよ……」
 絵里が後退りながら、声を上げた。
「工藤!」
「近寄らないで! それ以上、近付けば撃つわよ」
 駆け寄ろうとした裕太に向けて麻由美は言い放つ。
 その右手には、麻由美自身の支給武器である銃が握られていた。
「ムカツクのよ、あんた。死ぬかもしれないのよ! それなのに何で危険を冒してまで、唯を待たなきゃいけないの!? 皆、今まで森川とそんなに親しくしてた? 委員長だってだけでしょ? 真島君なんて言うまでもないわよね。森川も真島君も信用出来るわけないじゃない! それを、あんたと春香は自分の都合だけで……。分かったわよ。死にたいんでしょ? お望み通り殺してあげるわよ!」
 麻由美の叫びと、ほぼ同時に銃声が響く。
 あまりの出来事に呆然と立ち尽くしていた葵も、驚いて傍にいた綾ごと床に突っ伏せた。
「あ、あなた……」
 銃声が耳に残る中で、麻由美の呟きが聞こえた。
「獲物だらけだな、ここは」
「小柴君……」
「よう。お前もやる気みてえだな、工藤。けど、ここで終わりだ。全員まとめて片付けてやんよ」
 その言葉と同時に誰かの悲鳴が聞こえて、葵は顔を上げた。
「遠藤さん?!」
「い……や……。もう、いやぁーーっ!」
 頭を抱えて首を振った純が、絶叫して駆け出していく。
「ちっ、てめえ!」
 省吾が舌打ちして銃を構える。だが、その時には、純の姿は廊下の向こう側へと消えて行くところだった。
 まさか純が皆を置いて逃げるとは思わなかったが。
 失敗した、と思って葵は下唇を噛んだ。裕太が無害だと分かった時点で、見張りを再開するべきだった。元々、屋上で見張りをしていた綾が病院にやって来る裕太に気付き、その後全員で話し合った結果、一旦見張りを休止して固まって行動する事にしたのだが。
 完全に失敗だった。裕太から若菜の事を聞いた事で、その事ばかりを考えてしまい、見張りの事など忘れてしまっていた。それがこんな結果を招くなんて、悔やんでも悔やみきれない。
 後悔の念から再び強く下唇を噛み締めた時、急に場違いな笑い声が聞こえて、葵は視線をそちらに向けた。
「見てよ、皆。私達のリーダーは、一人で逃げちゃったわよ。本当、素敵なリーダー様だわ」
 言い終わった時には動いていた。
 頬を張る乾いた音が響く。
「あんたって、最低」
 麻由美の頬を殴った右手を、葵はぎゅっと握り締めた。
「やったわね……」
 麻由美が、こちらに銃口を向けるのと、銃声が響くのが同時だった。
 また悲鳴が上がる。
「何、揉めてんのか知らねえが……まずはてめえからだ」
 その言葉に葵は思わず振り返った。
 省吾の銃口の先。
 一人だけ少し離れた場所に立っている絵里の姿が見えた。
 銃声。
 悲鳴が上がる。いや、それはもう絶叫だった。
「木内さん!」
 名を呼ぶより早く、絵里に駆け寄った。
 絵里は悲鳴を上げている。
「木内さん! 木内さん、大丈夫!?」
 後ろで、誰かの吼え声のようなものが聞こえた。
「はっ、やんのか!? 上等だよ、真島ぁーー!」
 何度目かの銃声が響く。
「逃げろ! 今しかない! 逃げろ!」
 絵里の体を抱いたまま振り返る。
 省吾の銃を奪おうとしている裕太の姿が視界に映った。
「早くしろぉーー!」
「真島君……」
 小さく頷くと、絵里の体を背負いあげる。
 絵里が何か言ったようだったが、それは聞き取る事が出来なかった。
「真島君……ごめん!」
 言うと同時に走り出す。
 もう前しか見なかった。体のどこかがテーブルにぶつかった。痛みが走ったが無視した。すれ違う瞬間、格闘する二人が視界に映る。心の中で、もう一度、裕太に頭を下げた。
 廊下に出た時、再び背後で銃声が聞こえ、葵はぎゅっと瞳を閉じた。

 どこに行くべきか分からなかったが、とにかく今は走るしかない。
 背中から通じてくる絵里の熱を感じながら、葵は駆けていた。
 絵里は銃で撃たれている。
 どの程度の傷かは分からないが、ここ以上に手当ての為の設備が整っている場所はないだろう。
 そう考えると、病院外に出る事も拒まれた。だが、ここには殺し合いに乗っている者がいる。
 何とか、この病院内で、しかも省吾の目に触れない場所で応急処置だけでもしなくてはならない。
「森川さん、あそこ!」
 すぐ隣を走っていた綾が声を上げた。
 その指先が指し示す場所。
 病室だった。自分達が上がって来た階段とは違う、もう一つの階段のすぐ傍の部屋。
 迷う事なく、その部屋に目を向けた。スピードを上げる。
 綾が先に立ち、勢い良く扉を開ける。
 その中へ飛び込むようにして駆け込んだ。同時に綾も病室へと入り、すぐに扉を閉じた。
 全身から汗が吹き出ている。
 目の前にあったベッドの上に絵里を下ろすと、葵はそのまま床へと腰を落とした。
 荒い息を抑える事もせず、床に座り込んだまま室内を見回してみる。
 ベッドは全部で四つ。一つ一つが白いカーテンで仕切られていた。
「絵里ちゃん……」
 心配そうな綾の声が室内に響く。
 その声に促されるように腰を上げると、葵もベッドに横たわる絵里に瞳を落とした。
 絵里は弱々しい吐息を、たまに吐くだけだ。痛みを堪えているのだろう。かなり苦しそうな表情をしている。
「どうしよう、森川さん……。絵里ちゃんが……」
 綾の瞳には涙が滲んでいる。
 今、目の前で友達が生命の危機を迎えているのだ。不安で仕方がないのだろう。
 ”木内さん……。何とかしなきゃ……”
 これまで絵里と特別親しくしてきたわけではないけれど、葵にとってだって今はもう大切な友達の一人なのだ。
 何とかして助けたい。助けてみせる。
「とにかく、この部屋にも何か……。そう、包帯とか痛み止めとかあるかもしれない。探してみよう」
 言ったが、綾は扉の方を向いたまま動かない。
「紺野さん?」
 呼びかけると、ようやくこちらを振り向いた。
 その表情は、これまでよりも一層蒼ざめてしまっている。
「春香ちゃんと麻由美ちゃんは……?」
 その言葉に葵も息を呑んだ。
 この場にいるのは自分と綾。そして絵里だけだ。
「ど……どうしよう……。はぐれちゃったんだ、きっと……」
 綾の呟きが聞こえたが、葵の頭には別の考えが浮かんでいた。
 ”違う……。少なくとも工藤さんは……”
 自分自身も焦っていた為、それどころではなかったのだが、麻由美は初めから一緒に逃げてはいないのではないか。
 上目遣いに綾の方を見つめる。
 麻由美に対する嫌な予感が、葵の背中を冷や汗となって伝った。
 ただ、気になるのは春香だ。
 途中ではぐれたのか。それとも、初めから一緒に逃げてはいなかったのか。
「……紺野さん。確かに二人の事も真島君の事も心配だけど、今はとにかく出来る事からしていこう」
 綾がこちらを見つめ、やがてしっかりと頷いた。その瞳には相変わらず涙が滲んでいたけれど。
 それに応えるように葵も頷き返す。
 とにかく今は出来る事、するべき事をするしかない。 
 悔しいけれど、選択肢はそう多くはないから。
 今は絵里の事だけを考える。
 絵里が、いや、自分も含め皆が、現在から未来へ歩む為の道を。
 ”……必ず繋げてみせる!”
 瞳に力を込めると、葵は静かに宙を見上げた。
 

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