BATTLE
ROYALE
〜 LAY DOWN 〜
43
得体の知れない何かに、背中を押されているような気分だと思った。
先程あった正午の放送。
まさか、また二つの名が呼ばれるとは思っていなかった。
その内の一人である佳苗の事は知ってはいたのだが。
放送で名を呼ばれると、死んでしまったのだという事実を改めて突きつけられたような気がした。
また有紀の事が脳裏に浮かぶ。
「赤坂の奴……ぜってえ許さねえぞ……」
ひとりごちると、若菜はまた足を速めた。
一歩間違えば、自分も死んでいたかもしれない。その事実が、若菜の闘争本能に火を点けていた。
「おい!」
後ろを歩く義人が、突然声を上げた。
反射的に後ろを振り向く。
「なんだよ?!」
「上」
言われて目を上げる。
その視界に入った物を認識した瞬間、若菜の額に激しい衝撃が走った。
「い、いってーー!」
絶叫しながら、その場に屈み込む。
「だから、忠告してやったんだが……」
涙目のまま、傍に来た義人を見上げる。
半分呆れたような表情でこちらを見ている義人と視線がぶつかった。
「お……遅いんじゃ、ボケーー!」
「大声を出すな、馬鹿者」
勢い良く立ち上がって言ったが、あっさりと一蹴されてしまう。
そんな義人を恨みがましく睨みながら、若菜は舌打ちした。
かなり太い木の幹に直撃したせいか、触れてみた感じ額にコブが出来ているような気がする。
「ったく。顔に傷付いて、お嫁に行けなくなったら、どうすんだよ?」
その言葉に、義人は何故か驚いたような表情を見せた。
「な、なんだよ?」
「いや……」
小さく呟いてから、苦笑を漏らした。それから告げる。
「すごいな、お前は」
「へ? な、なんだよ、急に?」
何がすごいというのか。意味が分からない。
「いや、ひとり言さ」
「って、なわけねーだろ! 明らかに、あたしに言ってたじゃねえか!」
それに応えるように、義人がため息を吐いて首を振った。
「だからな、すごい馬鹿だって言ったんだ」
「誰が馬鹿だ、コラァーッ!」
静かな森の中、この一角だけが無駄に賑やかだった事は言うまでもない。
そんな二人が目指す先は、すぐ近くにあるはずの総合病院だった。
有紀と出会った位置から、程近かった事も理由の一つだったが、何より裕太も来ているのではないかと考えたのだ。
正午の放送で指定された禁止エリアは、午後1時にG−3。午後3時にA−7。そして、午後5時にE−5が指定された。
他のエリアはともかく、E−5は裕太と待ち合わせているログハウスがあるエリアだ。その上、約束の時間は午後5時。丁度、禁止エリアになる時刻と同じだった。
そのせいで約束通りに合流を果たす事は出来なくなってしまったのだが。
裕太は冴子を探している。そして、その冴子が行きそうな場所で、もっとも可能性があるのは病院だろう。
そう判断した義人の意見で、総合病院へと向かう事になったのだ。
病院へはE−5からは行けず、大きく迂回してE−7から6へと続く道からしか辿り着く事が出来ないようだった。周辺を深い崖が取り巻いていて、病院の建っている場所は、さながら陸の孤島という感じである。
案の定、行く手を遮られた若菜と義人は、森の中を崖に沿って歩いているところだ。
「そういや、病院に真島がいなかったら、どうするよ?」
コブが出来たらしい額を擦りながら、隣を歩く義人に問いかけた。
「仕方ないな。一度、E−5に戻ってギリギリまであいつを待つ。それでも来なかったら、そこまでだな」
「そこまでって?」
「どうしようもない。何処かで再会出来る事を祈るしかないだろう」
淡々とした口調で言ったが、その表情は険しい。
無理もない。
既に四人もの人間が死んでしまっているのだ。
その事実に若菜も、改めてこの島で殺し合いが行われている事を実感させられていた。それは義人も同じだろう。
「来てるといいな、あいつ。矢口も……」
何となく、空を見上げた。
視界に広がる青空は、いつもと変わらない色をしている。
「ああ。佐川達にも会えるといいな」
気を使ってくれたのだろうか。
こんな風に、時折見せる義人の優しさが嬉しかった。
「うん!」
力強く頷くと、若菜は笑みを浮かべて、再び空を見上げた。
ようやく病院の入り口へと辿り着いたのは、それから一時間程経ってからだ。
やはり周囲は崖に囲まれていて、自分達がやって来たルート以外では、ここに来る手段はなさそうだった。
敷地の入り口から見える外観だけでも、かなり大規模な総合病院である事が窺える。
「またか……」
院内案内に目を向けていた若菜の耳に、義人の呟きが聞こえてきた。
「何だよ?」
隣を振り返ると、義人が厳しい目で建物を見つめていた。
「ここも薬局と同じだ。やっぱり名前がない」
その言葉に促されるように、院内案内に目を戻したが、確かに病院名は記載されていない。
看板のような物も、どこにも見当たらなかった。
「気にしすぎなんじゃねえの?」
「だといいんだがな……」
こちらには目を向けずに呟くと、義人は敷地内へと足を踏み出した。
それに続くように敷地内へと足を踏み入れる。
建物の前まで行き、入り口の自動ドアをこじ開けようとして、義人の動きが止まった。
「今度は何だよ?」
「……見ろ」
そう言って、開閉式の自動ドアを指差した。
別段、変わった様子は見られないが、何だと言うのか。
「僅かだが、ドアが開いてる。誰かが中に入ったのかもしれん」
「えっ、マジで?!」
驚いて声を上げながら、義人を見上げた。
「ああ。その可能性が高い」
言いながら、義人は慎重にドアを開いていく。
病院の中に誰かいるかもしれない。可能性があるというだけで、確定したわけではないが、否が応にも期待が膨らんだ。
ドアが左右に開かれたのを見て、若菜は地面を蹴った。
「いっちばん乗りー!」
院内へ入ると同時に振り返って、義人に向かって人差し指を立てて見せる。
「子供か、お前は」
やや呆れ顔で言うと、義人も後へと続いてきた。
一見した感じでは、設備の行き届いた大病院といった感じに見える。
そういえば、こんな大きな病院に来たのは、いつぶりだろうか。
宝探しでもするように辺りを見回していた若菜の視界に、ある物が映った。
「あっ! 天野!」
「どうした?!」
義人の声が聞こえた時には、それに向かって走り出していた。
そのまま勢いに乗って、目の前の自動販売機に思い切り蹴りを叩き付ける。
吼え声まで上げた気合充分の蹴りだったが、自動販売機はビクともしなかった。
「あれっ?」
もう一度、蹴りを入れてみるが、それでも微動だにしない。
更に立て続けに数発、蹴りを叩き込んでみたが、やはり期待していた展開にはならなかった。
「な、何してるんだ、お前は?」
こちらに近付いて来た義人が、何故か恐る恐るといった様子で尋ねてくる。
「いや、ジュース飲みてーと思って……」
それに応えるようにか、義人が何も言わずに首を振る。それから告げた。
「買って飲め」
「は、はい……」
そう言って、背中を向けると、入り口正面にある受付の方へと戻って行った。
ちなみに義人の表情が憐れみを帯びていた事は知らなくてもいい事である。
義人に威圧されてポケットから財布を取り出そうとして、ある事に気付いた。
「天野!」
声を上げると、嫌そうな顔で義人がこちらへと歩み寄って来る。
「何だ、今度は?」
「これ……ひょっとして買えない?」
よくよく見てみると、自動販売機の照明が灯っていない。つまり電気が通っていないという事だ。
「そのようだな。さっきの不動産屋もそうだったが、どうも島全体で電気やガスの類は止められてるのかもしれん」
「何だよ、それ! ざけやがって! あたしらが餓死したら、どうしてくれんだ!?」
「てゆうか、プログラムの最中なんだけどな」
義人が小声で言ったが、若菜の耳には当然入ってこなかった。
そうして再び、自動販売機に蹴りを入れる。
「クソ、ムカツク! おい! 早く行こうぜ!」
「お前が言うな」
その言葉も、やはり若菜の耳に届かなかった事は言うまでもない。
そうして、二人が受付の方へと戻ろうとした時だ。
この島へ来て何度目かの聞きなれた音が、若菜の耳を刺激した。
一発。そのすぐ後に二発目。
「お、おい! 今の!」
叫びを上げ、義人を見上げる。
視線がぶつかった。
義人は目を細くして、真剣な眼差しでこちらを見つめている。
「どうする?」
一言。それだけを口にした。
銃声が響いたという事は、誰かが戦っている可能性が高いという事だ。
それに対しての「どうする?」という問い。答えるまでもなかった。
「決まってんだろ!」
義人が一瞬、笑みを見せる。だが、すぐに真剣な表情に戻って言った。
「急ぐぞ」
それだけ言うと、左手奥に見えている階段へ向かって走り出した。
銃声が聞こえたのは上の階からだ。院内案内を見た限りでは、この棟は四階まであるようだったが。
とにかく片っ端から探して行くしかない。
前を走っていた義人が階段を駆け上がって行く。それに若菜も続いた。
二階に上がると、義人は考える事もせずに左の方向へと走っていく。
丁度、二つの病棟を繋ぐ場所まで来た。向こう側の病棟へと続く廊下だ。そちら側は無視して、廊下を右へと折れようとして、そこで足を止めた。三度、響いた音。
「上だ!」
義人が言った時には、若菜は走り出していた。
元の階段の場所へと全力疾走で戻っていく。眼前に階段がある事を確認すると、更に腕を振った。そうする事で、心持ち速く走れるような気がしたのだ。
そのまま一気に階段を駆け上がったところで、人の気配を感じて振り返る。自分の左側。
「奴か……」
傍に来ていたらしい義人が呟きを漏らす。
若菜が睨み付けるのと、廊下の奥にいた男がこちらを振り向くのが同時だった。
≪残り 38人≫