BATTLE
ROYALE
〜 LAY DOWN 〜
44
心の中とは裏腹に、静寂が周囲を覆っている気がした。
睨み付ける目に力を込めて、若菜はゆっくりと歩き出す。
向こう側から、こちらを見ていた男が笑みを見せたのが分かった。
「先走るな、山口」
「うっせー。分かってるよ」
諌めるように言った義人に顔を向けた。
「奴は明らかにやる気だぞ。しかも、奴が持ってるのは……」
男の右手には、何か黒い物が握られている。そして、それは恐らく拳銃というやつだろう。
義人が前へと躍り出た。自分を守るような体勢だ。
それを押し退けようとした。
「下がってろ」
「何でだよ!?」
若菜が叫んだが、同時に銃声が響いてかき消される。
天井に向けて撃った銃を下ろしながら、男がこちらへと近付いて来る。
「小柴……」
義人が小声で呟いた。
「あいつら以外にもいたみてえだな」
目の前まで来た省吾が、口端に笑みを見せながら言った。
あいつら、と言うからには複数の人間が病院内にいたのだろう。
「知らんな。俺達は今来たばかりでな」
「そうかい。まあ、今から死ぬって事には変わりねえ」
「てめえ、まさか!」
思わず、叫んでいた。
それから、今、省吾が来た方に目を向ける。
「さあな。木内はくたばっただろうがな」
「ぶっ殺す!」
言うが早いか、固く握った拳を省吾へと突き出していた。だが、省吾が軽く後ろに下がると拳は空を切った。
「マジか、お前? 女のお前が、この俺と素手でやろうってのか?」
「負けんのが怖いなら、逃げていいぜ」
挑発するように言うと、省吾が声を上げて笑った。
「おもしれえ。俺は女にゃ、あんま興味がねえんだが……気に入ったぜ、お前」
「てめえに気に入られても嬉しくねえんだよ!」
今度は右足を思い切り振り上げた。狙いは省吾の首。しかし、またしても、あっさりと避けられてしまう。
「っの野郎!」
今度は続け様に右ストレートと、右回し蹴りを繰り出す。またかわされたが、その勢いのまま頭から省吾の腹目掛けて体当たりをかまそうとした。だが、その前に省吾の左足が若菜の腹に喰い込んでいた。
呻きを漏らして床に崩れ落ちそうになる。その体を支える手があった。
痛みに堪えながら顔を上げる。
「お前の相手は俺がしてやる」
「先に死ぬか、後に死ぬかの違いだけだぜ?」
余裕の笑みを浮かべたまま、省吾が告げる。それから銃口を、義人に向けた。
「素手でやり合うんじゃなかったのか?」
「面白い奴が相手ならな」
義人の舌打ちが耳に入る。
「死ねや」
その声が聞こえる前に、義人は動いていた。
銃を握っている省吾の右腕を押さえつけている。自らは姿勢を低くした状態で、銃弾の軌道上からは外れている状態だ。
「てめえ! 離しやがれ!」
言うが早いか、義人の腹に膝蹴りが叩き付けられた。
それと、同時に響く銃声。
闇雲に引き金を弾いたらしく、銃弾はあらぬ方向に飛んで行ったようだ。
勿論、義人も被弾してはいない。
それを認識して、若菜は床を蹴った。省吾がこちらに目を向ける。視線がぶつかった。義人と省吾のいる真横まで来ると、勢いに乗ったまま左足で床を蹴った。狙いは省吾の後頭部。延髄切りというやつだ。右足を思い切り叩き付けようとした。だが、またしても右足は空を切ってしまう。若菜の体は、そのまま床の上へと落下していった。
全身に衝撃が走ったが、すぐに起き上がると、義人と省吾の状況も変わっていた。
床に膝を付き睨みあっている。
自分の動きを見越して、義人ごと床に倒れこんだようだった。ここは、さすがに普段から喧嘩で鍛えている省吾だ。経験がものをいったというところか。銃も省吾の右手に、しっかりと握られている。
若菜がそれに気付いた瞬間、義人が動いた。省吾よりも一瞬早く立ち上がると、低い姿勢のまま省吾の胸元へと飛び込んで行く。それを省吾は、身を捻ってかわしてみせた。
急停止した義人がすぐに省吾へと目を向ける。その瞬間、省吾の右回し蹴りが義人の首筋に叩き込まれた。だが、呻きを上げながらも義人は、もう一度省吾に飛び掛る。壁を背にしていた省吾は、思い切り背中を打ち付けたようだった。一瞬、顔を顰める。同時に義人が咆えた。省吾の腹に拳を叩き込む。一発。二発。三発。四発目で省吾が沈みかける。その右腕を義人が捕らえた。
銃を奪い取ろうという事だろう。だが、その一瞬の隙を突いて、省吾の左拳が義人の腹へと突き刺さっていた。そのまま、すぐに義人の脇から飛び出る。勢いで床に転がったが、すぐに体勢を立て直した。同時に義人も省吾へと向き直ったのだが、そこで動きを止めた。
省吾の持つ銃口の先が義人に向けられている。
「終わりだ」
それが聞こえると同時に、若菜は床を蹴った。
「死ねや!」「小柴ぁーーっ!」
二人の声が重なり合う。
義人と省吾の間に若菜が飛び込む。
視界の端に銃口が映る。
床を蹴る。銃声が響いた。
飛び込んだ若菜は、そのまま全身を床に打ち付けてしまう。
撃たれたのだろうか。ぼんやりとそう思った。だが、痛みはない。
それに気付き、すぐさま飛び起きる。
省吾に目を向けた。だが、省吾の目は義人の事も自分の事も映してはいない。
その視線の先を振り返る。
そこに一人立っていた。普段とさして変わらないように見える表情で、こちらに銃口を向けている。
「関口……」
省吾の呟きが聞こえた。
それに応えるように、関口春男は薄い笑みを見せ口を開いた。
「随分、楽しそうだな。俺も混ぜてくんない?」
「……てめえもやる気ってわけか?」
「さてね。どっちだと思う?」
軽い口調でそう言ったが、関口はまだ銃口をこちらに向けたままだ。
その銃口を見据えたまま、省吾は口端に笑みを漏らした。
「どっちだったとしても死ぬ事にゃ変わりねえ」
言い様、照準を関口に移動させる。
「それがまだ死ぬわけにいかなくてな。期待にゃ応えられそうにない。んで……」
いつの間にか真剣な表情に変わっている。それから、ほんの一瞬だけ薄い笑みを浮かべ、すぐに真顔に戻ると関口は続けた。
「ここで死ぬのはお前ってわけだ」
言い終わると同時に、銃声が響く。
それを聴覚が認識した時には、床に引き倒されていた。
再び、銃声。
耳鳴りがしていて、よく聞こえなかった。だが、次に耳に入ってきた言葉は聞こえた。
「逃げろ、山口!」
義人の声ではない。そう思った瞬間、三度、銃声が聞こえた。
「関口ーーっ!」
怒気を孕んだ省吾の声。
立ち上がろうとして床についた右手を掴まれた。
「天野……」
「行くぞ。どういう事かは分からんが、ここは関口に任せる」
それだけ言うと、義人は低い姿勢を取り駆け出し始める。
若菜もそれを追おうとしたが、すぐに銃声がして足を止めた。
「逃がすわけねえだろ。なあ、関口。俺等の勝負はこいつら始末してからにしねえか?」
最初だけ自分達に向けて言い、後半は関口に向かって言ったようだった。
すぐ傍で義人の舌打ちが聞こえる。
「弱い奴には早いとこくたばってもらおうぜ。邪魔なだけだからよ!」
最後まで聞き終わる前に若菜の全身を怒りが突き抜ける。
「誰に言ってんだ、てめえぇーーッ!」
省吾に向かって言うと同時に床を蹴る。
強く握り締めた右拳を顔面に突き刺してやろうとしたのだが。
腕を後ろに振ったところで動きが止められた。同時に銃声。
それを聴覚が認識した瞬間、腕が引っ張られた。
「わわっ! 離せよ、関口!」
言ったが、関口はこちらを見向きもしない。
「山口!」
振り返ると、義人が目の前にいた。自分達を追うように走っている。
関口が後ろを振り向く。
銃声が聞こえた。義人の更に後ろを省吾が走っている姿が見えた。
その瞬間、急に腕を引っ張る力が消えた。
「しつっこい野郎だ……」
関口が呟く。同時にその場で立ち止まる。
「先行け、お前ら!」
それだけ言い、省吾に向かって引き金を弾く。銃声。
「関口!」
「行くぞ!」
義人の声。聞こえた時には、また腕を引っ張られていた。
そのまま一気に階段の辺りまで連れて行かれる。また銃声。しかも二発だ。
そこで、ようやく義人が手を離す。
「ここで待つぞ」
逃げるのかと思っていたが、義人は関口を待つつもりのようだった。
階段の手すりの部分に背を預けながら、義人は険しい表情で先程まで自分達もいた場所を睨んでいる。
「な、なあ、やっぱ戻って一緒に戦った方がいいんじゃねえか?」
その言葉に応えるかのように、再び銃声が聞こえた。
「あいつらは二人とも銃を持ってるんだ。銃撃戦になってしまった以上、俺達の出る幕はない」
確かにそうかもしれない。
銃弾が飛び交う中に、まともな武器一つない自分達が乗り込んで行っても、何の役にも立たないだろう。それどころか、下手をすれば関口の足を引っ張ってしまう事にもなりかねない。
それにしても関口は今どんな気持ちで戦っているんだろう。友達である省吾に銃口を向けられているのだ。もし自分が、関口の立場だったとしたら戦う事など出来ないかもしれない。
義人と向き合うように壁に凭れながら、若菜はため息を吐いてしまう。
それから、しばらく二人とも黙っていたが、ややして義人が口を開いた。
「……戻るぞ。銃声が聞こえなくなった」
それだけ言うと手すりから背を離して、こちらに目を向けた。
そういえば、もうしばらく銃声は聞こえていない。
どうなったのだろうか。
自分達がこちら側へ逃げた事は、当然、関口も省吾も知っている。だが、二人ともここへ来る様子はない。
”あいつら……まさか!”
嫌な想像が頭の端に浮かび、若菜は駆け出した。
すぐ右に曲がると、後は真っ直ぐ走るだけだ。そう思ったが、右に曲がった瞬間に足を止める事となった。
目の前に映る廊下の景色。
そこに人の姿はない。
立ち止まっていた若菜の傍を、義人がすり抜けていく。
確かにここで戦っていたはずなのに。
「ど、どこ行っちまったんだ?」
元の場所に戻って、若菜は思わず呟いた。
静まり返った廊下は、先程まで戦闘が繰り広げられていた場所とは思えない。
ふと、横を見ると義人が真剣な表情で廊下の奥を見つめていた。
「天野……関口達、どこ行ったんだ?」
「俺に聞かれてもな」
こちらに顔を向けると、真剣な表情のまま続けた。
「それより小柴の奴が言ってた事が気になる。木内と、他にも誰かここにいたんだろう?」
「あっ!」
言われて、初めて思い出した。
目まぐるしく変わる展開に、完全に失念していたが。
「木内を探さなきゃ!」
詰め寄るように義人に向かって言い、すぐにその場から駆け出そうとした。その腕を、また義人に掴まれる。
「落ち着け。心配なのは当然だが、いざという時の為にも目立つ行動は控えろ」
「う……わ、分かったよ」
否と言わせない迫力の義人に、首を縦に振らされた格好となった。
それを見て、義人が先に立って歩き始める。
若菜もすぐに後を追おうとした。
”生きてろよ、木内……!”
一瞬、省吾の言葉が頭の中に蘇ったが、それを否定するように首を振る。
必ず生きているはず。そう信じる。絵里も、関口も、他の者も、皆生きていると信じている。
一度、両手を強く握り締めた。
刺された左腕が痛んだような気がして、若菜は下唇を噛んだ。
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