BATTLE ROYALE
〜 LAY DOWN 〜


45


 ようやく目当ての場所が見えてきたのは、つい先程の事だ。
 行き先が決まっていたとはいえ、辿り着くまでの道は入り組んでいて考えていた以上に時間がかかってしまった。
 正午の放送が終わった頃から、格段に暑さが増してきたような気がする。
「菊池君!」
 額の汗を拭おうとした時、唯が急に大きな声を上げ、菊池は隣を振り返った。
 俯いている唯の視線が見ているもの。
 その右手にしっかりと握られているのは探知レーダーだった。
 全員に着けられている首輪に反応して、居場所を教えてくれるという物だ。その探知可能範囲は半径1キロ以内。
「こ、これって!」
 驚いたような表情を浮かべ、唯がこちらにレーダーを手渡してくる。
 受け取ったレーダーの画面に目を落として菊池も驚いた。
 中心に二つの星。これは自分と唯を示すものだ。そして、そこから、やや左下の位置に大量の星が点灯している。そこは菊池達が目指している場所と同じであると考えていいだろう。二つのエリアにまたがって建てられている総合病院。そこに多くの生徒達がいる。
「すげえ。一つ、二つ……」
 数えていく程、驚きは倍増した。
「十一人もいやがるのか」
「そ、そんなにいるんだ……」
 少しだけ唯が不安そうな表情を見せる。
「ああ。それに、こっちの端でも一つ動いてる」
 病院に集まっている星以外に、画面の右上に向かって真っ直ぐ移動している星が一つある。
「どうして一個だけ……」
「それは分からねえが、十一人もいるんなら仲間同士で集まってる可能性が高いぜ」
「そう、だよね……」
 未だ不安そうな表情を浮かべる唯に向けて、しっかりと頷いてみせた。
「大丈夫だ。大体、俺以上に怪しい奴なんて、そういねえだろ?」
 その言葉に唯は少しだけ複雑そうな表情を見せ、それから小さく頷いた。
 言葉を間違えたかもしれない。菊池はそう思った。
 まだ全然短い付き合いだが、唯はどうも自分に対して負い目があるように見える。それは、自分が殺し合いに乗っていると思っていたという事に対してだろう。
 菊池自身は、その事について全く気にしていなかったが、唯にとっては負い目となっているのかもしれない。
「早いとこ行こうぜ。木内だって、この中にいるかもしれねえぞ」
 笑みを浮かべながら言うと、唯も頷いてみせた。
「そうだね。うん。絵里もいるかもしれない」
 絵里の名前を出した事で、唯の顔に少しだけ笑みが浮かんだようだ。
 やはり友達の存在は大きい。心底、そう思う。
 早く唯を絵里に会わせてやりたい。いや、必ず再会させてみせる。
 自分を信じてくれる唯の気持ちに応える為にも。
 決意を新たにすると、菊池は静かに病院に目を向けた。

 病院の入り口まで来ると、二人は一度その場で足を止めた。
 ガラス張りの自動ドアは開け放たれていて、レーダーがなくとも院内に誰かが入ったであろう事が見て取れる。
 中の様子を窺っていた菊池の横で、唯がレーダーを確認しながら告げた。
「こうやって見ると、皆同じとこにいるわけじゃないみたい……」
 幾分、緊張を孕んだ声で言う唯に目を向けた。
「これ」
 唯が見せたレーダーの画面には、やはり多くの星が点灯している。
「こっち側に十人と、あっちに一人」
 入り口から見て左側の棟に十人がいて、右側の棟には一人しかいない。レーダーには確かにそう表示されていた。
「それに、こっち側の人達も皆微妙に位置が違う……」
 促されて画面に目を落とすと、確かに唯の言う通りだった。
 三人固まっているのが一組。他に二人組が二つ。それらとは別に三人が散らばっているようだった。
「見張りか何かかもしれねえな。やる気の奴に襲撃されねえように……」
 そう言ってはみたが、何となく嫌な予感がしていた。
 それでも行ってみるしかないだろう。中に誰がいるのかは分からないが。
「行こうぜ。心配すんな。お前には俺が付いてる」
 真剣にそう言ったのだが、唯は目を丸くしてしまっている。
 やがて頬を少しだけ紅く染めて、唯が笑った。
「な、なんだよ?」
「ううん、ごめん。でも、菊池君て意外と気障なんだね」
 上目遣いでこちらに微笑を見せる唯に、一瞬胸が高鳴ったような気がした。
「そういうセリフは彼女に言ってあげなよ」
「半年前に振られてからはフリーなんだよ」
 実際、付き合っていた彼女には年を越す前に振られている。同い年で私立の女子校に通っている女だった。不良仲間の先輩の紹介で知り合い、しばらくして付き合い始めたが、長続きはしなかった。何となくという感じで付き合い始め、何となく終わった。
 菊池自身、本当に好きだったのかどうかも分からない。だから、特に傷付く事もなかった。
「え? ご、ごめんなさい」
 唯が本当に申し訳なさそうな表情を見せた。
「あ、いや、気にすんなよ、そんなの。とにかく行こうぜ」
 そう言って、菊池は改めて目の前の建物を見つめた。
 この病院の中にいる十一人が、必ずしも自分達同様に殺し合いを放棄した者達とは限らない。それでも、と思う。
 ”行ってみなきゃ始まらねえ!”
 一度、両の拳を強く握り締めると菊池は院内へと足を踏み入れた。
 院内は思っていたより普通の病院と変わらないようだ。
 見たところ、左側と右側どちらにも上へ行く為の階段があるようだった。
「ここにゃ誰もいねえみたいだな?」
「うん……てゆうか、一階でも二階でも位置的に同じなら同じ場所で反応するみたい……」
 レーダーの画面をこちらへと向けながら唯が告げる。
 自分達の星とほとんど重なるようにして、もう一つ星が点灯している。それより僅かに左にずれた位置にもう一つの星がある。
「こいつらは別行動っぽいな」
「うん。二つとも少しずつだけど動いてる。それと、こっちの二つも……」
 自分達より上部の位置に表示されている二つの星だ。こちらも自分達同様重なっているところを見ると、一緒に行動していると考えていいだろう。
 それ以外にもう一方の棟にいると思われる者の星にも動きがある。
 ふと、唯がこちらに視線を向けてきた。
 その瞳が不安気に揺れている。
「よし。先に決めておいた方がよさそうだな」
 自然と引き締まった表情になり、唯に視線を合わせた。
「お前が信用出来ると思う奴を教えてくれ。それ以外の奴に会った場合は、こっちからは話しかけない」
「え? でも……菊池君にも誰か会いたい人とか……」
「俺は別にいねえよ。関口は分かんねえけど、後の二人は、な。省吾と文広は……お前も知っての通りだからな……」
 二人の名を口にした瞬間、心のどこかが痛んだような気がする。
 今は感傷に浸っている場合でない事は分かっているが、それでもどうする事も出来ない。我知らず菊池は苦笑していた。
「……ごめん」
 静かな声で唯が謝罪の弁を口にする。
「あ、いや、こっちこそわりいな。気ぃ使わせちまった」
「ううん! 悪いのは私だから……。だから、ごめんなさい」
 二度も謝罪されると、自分の方が困ってしまう。そう思って、菊池は慌てて口を開いた。
「も、もういいって。それより、お前が信用出来る奴、教えてくれよ」
「あ、うん。えと……やっぱ絵里、と後は純ちゃんとか冴ちゃんとか……。普段、一緒にいる友達なら……」
 唯の友人といえば、つまり純と冴子を中心とするグループの事だ。
「他には?」
「うん、野坂君は絵里の彼氏だし信用出来る。後、西村君とか。後は……あ、そうだ。森川さんも信用していいと思う……」
 そこまで言うと、唯はまた考え始める。
 それから、しばらくの間、唯の口から新たな名前が出るのを待っていたが、結局それ以上は浮かばないようだった。
「……分かった。そこまででいい。他の奴等には悪いが、今言った奴以外はスルーしていく」
「あ、でも……」
「この状況なんだ。全員信用出来るって方がおかしい」
 実際そうだろう。必死で考えて誰かの良い部分を見つけたとしても、それは無理に見つけたものに過ぎない。本当に信頼のおける者ならば、考えるまでもなく名前が出るはずだ。
 そう考えると、唯にとって無条件で信用出来る者と言うのは、絵里を初めとした友人達と絵里の恋人である啓介。それに涼と葵の男女委員長だけと考えていいだろう。
「あの……菊池君は?」
 決意を固めた瞬間、唯が口を開いた。
「菊池君は……関口君に会ったらどうするの?」
 訊ねる瞳に真剣さが現れていた。
 また負い目を感じさせてしまったのだろうか。
 この戦いにおける関口のスタンスは分からない。それでも、唯が信用出来る者以外には話しかけない。それはつまり関口にも話しかけないという事だ。
「正直言って分からねえ。けど、俺はお前を守る。それだけは間違いない」
 そこまで言ってから、曖昧な言い方だったと気付いて苦笑した。だが、それに対して見せた唯の表情は、優しさに満ちたものだった。
「うん。信じてるよ、菊池君の事。だから……菊池君が信じれる人なら私も信じる」
「手塚……」
「ね、そうしよう? 私達、仲間……なんでしょう?」
 少し照れながら唯はそう告げた。
 仲間。そう。自分と唯は仲間なのだ。この苦境を共に乗り越えようとする仲間。
「ああ。仲間だ」
「うん。じゃ、決まり」
 そう言って笑う唯の表情に吸い込まれそうになる。
 この笑顔を守りたい。何となく、そんな事を思い浮かべながら頷いた。
 次の瞬間、その視界の端に映ったもの。
「手塚!」
 叫ぶより早く体は動いていた。
 唯の体ごと床に突っ伏せる。唯が何か言ったような気がしたが、別の音に聴覚を刺激されて聞き取れなかった。
 紛れもない。この音は。
「誰だ!?」
 今も耳に残る銃声。それが響いた先に目を向ける。
 左側の階段のすぐ近く。
「お……まえ……」
「唯、なの……?」
 名を呼ばれた事に驚いたのか、やや遅めの動作で唯が顔をそちらに向ける。
 驚きからか、息を呑む音が聞こえたような気がした。
「麻由美……?」
 唯の視線が向いている先。そこに工藤麻由美がいた。
 空気が固まってしまったかのように、唯も麻由美もどちらも口を開かない。
 その沈黙を破ったのは菊池である。
「どういうつもりだ、工藤?」
 低く押し殺した声で、麻由美に向かって告げた。
 今、自分達に向かって銃を撃ったのは他の誰でもない。麻由美である。
「どう……って。そんなの……そんなの決まってるじゃない」
 一瞬、流れかけた沈黙を破るようにして麻由美が声を上げる。
「やる気なのか、てめえは……?」
「だったら、何だって言うの?」
 自嘲気味な笑みを口端に浮かべながら、麻由美がゆっくりと銃口をこちらに向ける。
「やだ……。やめてよ! 冗談でしょ、麻由美?!」
「冗談なんかじゃないわよ! どうせ、あんただって絵里の味方なんでしょ!? いいわよ! 私は一人で───」
 その麻由美の叫びも、そこまでで掻き消えた。
 何発かは分からなかった。ただ一発ではない。数発の銃声が辺りに響いた。
 体が勝手に動くというのは、正に今のような感じだろうか。気が付いた時には、唯を守るように前に飛び出していた。
 一瞬の場の空白。
 その一瞬で被弾してはいない事を自覚した。麻由美が何か叫んだ。そして、再び銃声。
 考えている暇はなかった。
 自らの行動を自らが認識するよりも早く唯の腕を掴んでいる。逆側の階段。それだけが頭に浮かんだ。瞬間、唯の体を無理矢理引き起こしていた。
「向こうだ!」
 無意識にそう叫んでいた。
 それだけで唯が理解出来たかどうかは分からない。それでも、菊池の言葉に背中を押されたのか唯が走り出す。
 その小さな背中が見えた。 
 自分が守るべき少女の背中。
 瞼の裏に焼き付けるように、一瞬、目を瞑る。
 ───信じてるよ、菊池君の事。
 あの笑顔を守りたい。いや、守ってみせる。
 神にでもなく、自分自身にでもなく、目の前の小さな背中に菊池は誓った。

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