BATTLE ROYALE
〜 LAY DOWN 〜


47


 何かがあった。それは間違いない。
 唐突に吹き飛んだ窓ガラスが、それを如実に物語っていた。
 こちらから見ていた限りでは、何が起こったのか全く分からなかったが。
「誰だか知らねえが、派手にやるもんだ」
 両ポケットに手を突っ込んだまま隆人が呟く。
「そうでもねえだろ。たかが窓が一個だ」
「物騒だな、坂井」
「派手ってほどじゃないって事さ」
 隣を歩く隆人に向かって、口端だけで笑みをみせた。
 お互いに三時間ずつの睡眠を取り、正午の放送を聞いた後、友也と隆人は農作業用の小さな小屋を後にした。
 その後の行動については、とりあえず人を探す。出会った相手が無害な者であれば情報収集。有害な者であれば始末する。そういうスタンスで動く事に決めていた。
 そうして、最初の目的地に選んだのが、目の前にあるこの総合病院だ。病院は二つのエリアに跨って建てられていたが、その片方であるE−5は午後5時を持って禁止エリアに指定されている。病院に行くと隆人が言ったのも、禁止エリアになってしまう前に大きな建物には行っておこうという意図があるのかもしれない。
 全ては隆人の意見であり、友也はそれに頷いただけだ。もっとも、例え有害な者であっても、それが自分にとっての生きていて欲しい者であったとしたら、自分は隆人を殺すだろう。少しの言い訳と、少しの躊躇を持って。
 入り口まで来ると、隆人が中の様子を窺う様な仕草をした。中の様子とは言っても、扉は開かれていて一歩前に進めば、そこはもう院内という状態だ。
「誰もいなさそうだな。やっぱ上か」
「意外と慎重なんだな」
 それを聞いて、隆人が振り返る。
「当たり前だ。死ぬかもしれないんだぜ?」
「誰でもいつかは死ぬさ」
「老人の発想だな、まるで」
 小さな笑みを漏らして、隆人が言う。
「ガキだよ、俺は」
「自分で自分をガキって言う奴は、もうガキじゃねえんだよ」
「なら、チンピラだな」
 そう言って笑うと、友也は院内へと歩を進めた。
 中は想像していた通りの大病院という感じだ。
「大したもんだな、こりゃ」
 中に入ってすぐの受付に片肘を突きながら、隆人が感嘆の声を上げる。
「こんな島に、こんなでけえ病院があるなんてな。赤字じゃねえのか」
「金持ちの爺さん辺りが療養にでも来るんじゃねえか?」
 ありそうな話だ。この島は空気も良さそうだし、療養には丁度良い気がする。もっとも、これほどの大病院になると、それなりの金は必要だろうが。
「隠居生活にゃ丁度良い、か?」
「看護婦が問題だな」
「婆さんばっかりか。それじゃ儲からねえな」
 隆人が声を上げて笑う。
 それを耳にしながら、友也は直線上に伸びている廊下の前まで足を進めた。
 院内案内を見た限りでは、この先には診察室があるはずだ。
「上か下か」
 隆人の声。いつの間にか真後ろに来ていたらしい。
 振り向くと、隆人は口端に笑みを浮かべている。その握った左手の親指と人差し指の間には10円玉が挟まれていた。
「二人一緒に見て回っても時間の無駄だろ?」
 確かにそうかもしれない。実際、病院の広さを考えても無駄は省くべきだろう。
「上から行くか、下から行くか、だ」
「裏」
 それだけ言った。
 隆人が10円玉を跳ね上げ、それを手の甲で受け止める。
「数字じゃない方が俺か?」
 頷きながら、友也は煙草を取り出した。火を点ける。
 友也が煙を吐き出すのと、隆人が左手の甲から右手を離すのが同時だった。
 上になっているのは、大東亜国と記されている方だ。
「勝った」
 隆人が右手でガッツポーズを作ってみせる。
「これで一勝一敗だ」
 睡眠の順番を決める時の勝負とあわせての事だろう。
「意外だな。賭け事は嫌いなのかと思ってた」
「賭け事って程じゃないだろう、これは」
 その言葉は前にも聞いた事があった。無論、隆人の口からではない。
「ずっと前に同じような事を言った男がいたよ」
「クラスの奴か?」
「いや。お前の知らない男さ。もういないがね」
 賭け事ではない。そう言いながら、自分の生命を賭けて死んだ。
「俺も死ぬと思うか?」
「長生きはしそうにないな」
「お前よりは長生きする自信があるよ」
 隆人が笑みを見せる。
 それには応えず、友也は煙を吐き出した。
 長く生きる資格がない。そんな言葉が口から出そうになった。
「まあ、いい。行くとしようぜ。俺は上から行かせてもらう」
 短い沈黙の後、隆人が言った。
「死ぬなよ、坂井」
 笑みを浮かべた表情から、真剣な表情に変わっている。
「何となく、お前は死に近いところにいるような気がする」
「縁起でもねえな」
 そう言うと、隆人が小さく笑った。
「そうだな。ただ、お前が死んだら俺がつまらない。そう思っただけだ」
 笑みを浮かべて告げ、隆人は右手側の階段に向かって歩き出した。
 しばらく、その後ろ姿を見つめていたが、指先に熱を感じて視線を外した。
 いつの間にかフィルターだけになっていた煙草に目を落とす。
 煙草の残り本数が少なくなっていた事を思い出した。
 ここを出たら、どこかで調達しよう。
 最後にもう一度だけ煙を吐くと、友也は廊下を歩き出した。

 それなりに真剣に探索してみたが、一階部分には人がいる気配はなかった。
 もっとも、もう一方の棟までは見ていないのだが。
 奇妙なくらいに綺麗な病院。そんな印象を持った。
 どこの病院にもある、あの特有の匂いも感じない。
 この病院は本当に機能していたのだろうか。そんな疑問すら覚える。
 少なくとも、友也の良く知っている病院とは似ても似つかない。
 白いだけの病室。
 一瞬、脳裏に過ぎった光景を思い出して目を細めた。
 記憶にこびり付いて離れない。朱に染まった顔で笑う彼女。
 変化に気付かなかったのは自分。変化させたのも自分。彼女という存在の人格そのものを自分は変えてしまった。
 時間を戻す事が出来ないように、昔の彼女に戻る事は未来永劫あり得ない。そう思っていた。
 それでも、彼女は新たな変化を見せた。
 強い力に導かれるように。昔の彼女を思わせる、あの真っ直ぐな瞳に吸い込まれるように。
 一通り一階を見て回ったところで、友也は一度小さくため息を吐いた。それから、また歩き出す。
 二階への階段までやって来ると、そこで一度立ち止まり上を見上げた。隆人が使った物とは別の階段だ。
 窓ガラスが割れたのは確か二階辺りだった気がする。
 誰かがいたのは間違いない。もっとも、既に移動している可能性も充分に考えられるが。
 やる気の者だったとしたら、自分がすべき事は一つだ。
 周囲に神経を払いながら、友也は二階への階段を昇った。
 上がりきった所で辺りを見回したが、人の姿は見当たらない。だが、別のものは目に付いた。
 廊下を左側へ少しだけ歩いた曲がり角の辺り。
 破砕した窓ガラスの破片が、そこかしこに散らばっていた。
 その壁にあるはずだった窓ガラスは枠だけになってしまっている。
 床にはガラスの破片以外に血痕までもが残っていた。
 戦闘が行われたのか、それとも何かのトラブルがあったのかは分からないが。
 すぐ近くに人がいる事だけは分かった。
 曲がり角から二番目の部屋。恐らく病室だろう。その扉の前まで血痕は続いていて、そこで途切れている。
 一度だけ周囲を見回してから、友也は扉の前までやって来て立ち止まった。
 どうやって中に入ろうか。一瞬、扉を蹴破るなどの行為を思い浮かべたが、結局は普通に入る事に決めた。
 あくまで普通に、まるで日常と変わらないように。
 軽く扉をノックした。だが、反応はない。
 続けて三度ノックしてみる。
 今度はしばらく待ってみたが、やはり反応はなかった。
 人がいる事は間違いない。血痕云々以前に中には人の気配がある。
 どうしようか迷ったが、ここはやはり穏便に行くべきだろう。
 そう決めて再び扉をノックした。同時に扉の向こうに声をかける。
「よお。そろそろ開けてくれねえか? 一人ぼっちは寂しくてね。誰かと一緒にいたい気分なんだ」
「誰だ?」
「俺は坂井だよ。そっちは?」
 声を聞いただけで分かる相手ではないようだ。もっとも、声だけで分かる者などほとんどいないのだが。
 自分が信用に値する人間でない事は分かっているが、中にいるのはかなり慎重な人間と考えていいだろう。
 扉が開かれたのは、しばらく経ってからだった。
 開いた扉の隙間から、半身だけ体を覗かせている。
「入れ」
「お邪魔しまーす」 
 頭を下げて丁寧にそう言うと、友也は室内へと足を踏み入れた。
 思った通り、病室だった。
 窓際に一つだけベッドが置いてあり、その傍にテレビなどが置かれていた。どうやら個室だったようだ。
 ベッドの上に座っている少女の傍で、腕を組んでこちらを見ている男と目が合った。
「無茶苦茶な組み合わせだな」
「色々あってな」
 応えたのは友也を招き入れた義人だった。
「てめえは一人なのか?」
 腕を組んだまま、菊池がこちらに問いかけてくる。
「柴が一緒だったんだがね。今は見ての通りさ」
「柴はどこに行ったんだよ?」
「上から一階に降りて来る。俺は逆ってわけだ」
 言ってから、ベッドの脇の壁に背を凭れた。
 取り出した煙草に火を点ける。
「で、お前等何やってんの?」
 煙を吐き出しながら誰にともなく問い掛けた。
 義人も菊池も警戒しているのか答えない。
 しばらくして、ようやく上がった声はベッドの上からだった。
「わ、私達は……」
「手塚」
 口を開きかけた唯を、義人が制止した。
「お前の質問に答える前に聞いておく事がある」
「何?」
「お前はやる気か?」
 真剣な表情だった。何かを見透かそうとするような目。
「やる気の奴が、やる気ですとは言わねえだろう? けど、俺はやる気じゃない。信じる信じないは勝手だがね」
 口元に笑みを作って言うと、しばらく義人と視線を合わせた。
 お互いに相手の何かを計ろうとしている。
「何故、病院に来た?」
「柴の意見に従っただけだよ」
 嘘を吐く必要もない。事実だけを述べれば良かった。
「どうして、この部屋に俺達がいる事が分かった?」
「血痕」
 友也の言葉に、義人が僅かに眉を持ち上げる。
「割れた窓の辺りから、ここの扉の前まで血痕が残ってた」
「なるほど、な」
 それで義人の質問は終わりのようだった。
 短い沈黙が走る。
 その間、友也は煙草を吸い続けていた。
 沈黙を破ったのは義人の方からだ。
「分かった」
 首を振って言うと、義人はベッドの傍に置いてあった丸椅子に腰掛けた。
 何を思ったのかは分からないが、とりあえずは信用されたようだ。
「いいのか、天野?」
「ああ。嘘は言ってない気がする」
 短くなった煙草を床に落として踏み付けながら、三人に対して言った。
「信用してもらえたみてえだな」
 義人が頷く。それに合わせるようにして唯も頷いた。
 頷く代わりに口を開いたのは菊池である。
「文広の死体、見たらしいな?」
 それを知っているという事は、あの時感じた気配の正体は。
「お前だったのか。あの時、木の陰に隠れてた奴は」
「いや。俺じゃない」
 そう言って、菊池がベッドの方へ視線を向ける。
 唯が驚いたような表情で、こちらを見つめていた。
「なるほど。手塚ちゃんだったって事か」
「き、気付いてた、の?」
「まあね」
 笑みを浮かべた状態のまま言った。
「お前、あいつを殺した奴知ってるか?」
 射抜くような視線で、菊池がこちらに目を向けてくる。
「知るわけねえだろ。俺が行った時にゃ、とっくにくたばってた」
「そう、か……」
 菊池は文広の敵討ちでも考えているのだろうか。もっとも、友人を殺されたのだから、それも辞さないだろう。
 そのまま、また短い沈黙が流れる。
 唯が心配そうに菊池を見つめていた。この二人が仲が良かったという記憶はない。
 このプログラムの中で何かがあったのだろう。
「とりあえず、今の状況を整理しよう」
 口を開いたのは義人だった。こちらに目を向けている。
「坂井。ここに来てから俺達以外の奴に会ったか?」
「いや」
 首を振って答えると、義人が小さく頷いた。それから唯の方に目を向ける。
「手塚。レーダーに映ってる星の数は?」
 促された唯が脇に置かれていた黒い箱状の物を慌てて手に取る。目を落とし、しばらくして顔を上げた。
「十五個」
 唯が言うと、義人が少しだけ考え込むような表情になった。
「菊池と手塚が会ったのは俺達と工藤だけだったな?」
「ああ。他の奴にゃ会ってねえ。お前等は俺等の前に誰かに会ってるのか?」
 菊池の質問に、義人が頷く。
 どうやら、三人は元々一緒にいたわけではないようだ。
 一緒に行動していた菊池と唯が、この病院内で義人と出会ったのだろう。そして、その義人は別の誰かと一緒に行動していたようだ。
「小柴と関口」
 低い声で義人が告げる。その視線は菊池に向けられていた。
「な、に? あいつらが来てるのか?!」
 応えるように頷き、義人が口を開く。
「小柴はやる気だ」
 その言葉に菊池は顔を顰め「そうか」とだけ呟いた。
 何か思い当たる節でもあったのかもしれない。
「関口の奴は? あいつも、なのか?」
「いや。あいつは俺達を逃がしてくれた。奴がいなかったら、俺も山口も小柴に殺されてたかもしれん」
 義人の言葉に友也も少しだけ目を上げる。
「じ、じゃあ、あいつは……」
「ああ。やる気じゃあないはずだ」
「そ、そうか。そうか、あの野郎……」
 呟いた菊池の顔にほんの僅かに安堵の笑みが浮かんだ気がした。
「とにかく、俺達と山口、小柴、工藤、関口、柴」
 そこで一度言葉を区切ると唯の方に目を向ける。
 一瞬、間を置いて義人が続けた。
「それから、木内。誰だか分かってるのは、この十人だけだ」
「え、絵里……?」
 ゆっくりと唯がベッドから立ち上がる。
「絵里が、絵里がここにいるの?! ねえ、絵里はどこ?!」
「落ち着け、手塚」
 菊池が唯の肩に後ろから手をかける。
「天野。本当に木内がこの病院にいるのか?」
 義人の表情が少し曇るのを友也は見た。
 絵里の身に何かあったのかもしれない。
「会ったわけじゃない。だが、小柴は会ったらしい」
「省吾が?」
「ああ。詳しい事は分からんがな。恐らく残りの五人も木内の友達辺りだと考えていいだろう」
 そう言って義人は目を伏せた。
「絵里……。絵里を探さなきゃ……」
 呟くように言って唯が菊池の方に目を向ける。
 応えるように菊池が頷いた。
「ああ。いつまでもこんな所にいるつもりもねえ。おい、天野」
 名を呼ばれると、義人が丸椅子から立ち上がった。
「分かってる。お前はどうする?」
「一緒に行くさ」
 笑みを浮かべて答えると、義人が静かに頷いた。
「よし。当面の目的は山口と木内を探す。それでいいな?」
 菊池と唯が頷くのを横目で見ながら、友也は左手を挙げて賛成の意を示した。
 もっとも、仮に戦闘になったとしても、この面子なら銃相手でも通用しそうな気はするが。
 ”天野、か……。中々やりやがる”
 唯はともかく、あの菊池を従えているとは。しかも違和感もない。
「行くぞ」
 義人が扉の外へと歩みだす。
 それに唯と、彼女を守るように傍を歩く菊池が続いた。
 三人の背中を見送り後に続こうとした時、ふと窓の外の景色が視界に入ってきた。
 白いカーテンの向こうに見える景色が、いつか見た景色と重なって見える。
 振り切るように背を向けた時、どこかで鳥の鳴き声が聞こえた気がした。

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