BATTLE
ROYALE
〜 LAY DOWN 〜
5
普通は見られない光景だ。
子供達に勉強を教える為の教壇のあたりが、葉巻の煙で充満しているのだから。ついでに教壇を中心にした両端では、兵士が銃を構えている。これが普通の授業中だったら、間違いなく教師はクビだろう。
西郷は10分ほど何も言わず、葉巻を吸い続けていた。その間、口を開こうとする者は一人もいなかった。
やがて葉巻を足下に捨てると、教壇の前に進み出てきた。教壇に寄りかかった体勢で腕を組むと、ようやく話し始めた。
「今からルールを説明するが‥‥その前に一言、言っておこう」
何を言い出すのかと、みんな不安気な面持ちで見ていたが、西郷は急に苦笑するような表情になった。
「最初に俺は、勝手な行動をとった者は即殺すと言った」
確かに西郷はそう言っていた。そんな事は、改めて言われるまでもない。
「だが実際はどうだ? 西村を含め、他の奴もみんな生きている」
そう言われるとそうだ。涼と冴子が撃たれはしたものの、今のところ生徒は全員生きている。
「どうやら俺は、このクラスとの相性が悪いらしい。あれだけ勝手な行動をした西村でさえ殺していないんだからな」
自嘲気味にそこまで言うと、西郷の顔から苦笑が消えた。代わりに、殺気のようなものが滲み出てきている。
「少し遊びに時間を使いすぎた……。全員、次が最期だ」
これまでと別人だった。今までの西郷も充分怖かったのだが、それは『プログラム』という恐怖を感じているからだ。今の西郷は純粋に一人の人間として怖かった。西郷と同じ空間にいるという事実が、恐怖の対象になった。
西郷がまた兵士達に、あごで何か指示した。二人の兵士は敬礼をすると教室の外に出て行った。
静かな緊張が走っていた。
若菜もこれ以上ないほど緊張している。恐怖に負けまいと西郷を睨みつける事だけはやめなかったが。
西郷が一度、教室内をゆっくり見回してから告げた。
「それでは、プログラムのルールを説明する」
ここから先の説明を聞き逃す事は死につながる。全員の視線が西郷に集中した。
「基本的にルールは無い。周りの連中を、全員殺せばいいだけだ。最後の一人が優勝者だ」
あっさり言うと、西郷は黙って黒板に何か大きな紙を貼り出した。どうやら地図のようだが、いくつかのマスに区分けされている。お世辞にも綺麗とは言えない地図だ。小学生が描きなぐったような絵だ。
「これは、今お前等がいる島の地図だ。この島で、お前等は殺し合いをする」
そう言うと西郷は、一つの場所を指し示して言った。
「お前等が今いるここは、エリアで言うとF−4になる。学校と書かれている所だ。プログラムが始まったら、お前等はこの島の中ならどこに行ってもいいが、全員が出発してから20分後にここは禁止エリアになる」
”禁止エリア? なんだそりゃ?”聞きなれない言葉を聞いて、若菜は首をひねった。
疑問に答えるように、西郷が口を開く。
「禁止エリアというのは、言葉どおり入ってはならない場所という意味だ。これは2時間ごとに増やしていく。午前と午後の0時と6時に俺が島中に放送をいれる。その時に新たに禁止エリアとなる場所を教えてやる」
そこまで言うと、今度は葉巻ではなく普通の煙草を取り出した。葉巻にしかジッポは使わない主義なのか、普通のコンビニで売ってるようなライターで火を点ける。葉巻よりも、はるかに薄い煙を吐き出した。それから、思い出したように付け足した。
「ああ、そういえばその放送の時にこれまでに死んだ奴の名前も発表するが、殺した奴の名前を教えることはないから、存分に騙し討ちでも何でもしてくれ」
みんな、暗い表情で聞いていた。
「ここまでで何か質問がある奴、手を上げろ」咥え煙草の西郷が促がす。
手を上げている人間が二人いた。一人は涼である。もう一人は、葵だった。クラスの男女委員長がそれぞれ手を上げている。
西郷は最初、涼の方を見ていたがしばらくすると葵を見て言った。
「言ってみろ、森川」
「は、はい……え‥‥と」
葵は立ち上がったが緊張しているのだろう。声が震えてしまっている。
”葵……”心配になって若菜は葵を見つめていた。
「早く言え。死にたいか?」
西郷は言葉を上手く紡げないでいる葵にイラついているようだ。
「…は、はい、あ、あの‥‥もし禁止エリアに入ってしまったら‥‥どうなるんですか…?」震えた声で聞いた。
「ああ、それを説明するのを忘れていたな。座れ、森川」
西郷が煙草の煙を吐き出しながら言う。
”忘れてただ〜!? ふざけてんのか、あのヤロー!”葵が無事だった事に安堵しつつ、若菜は思った。
「今の質問だが、禁止エリアに入ると死ぬことになる。気付いてると思うが、お前等には首輪が着けられている。禁止エリアに入るとこいつが爆発する事になっている」
何人かが首に手を触れて、それが確かに着けられてしまっている事を確認している。
「それと無理に外そうとしても、爆発する仕組みになっている。自殺したいのなら止めないがな」
首輪をいじっていた何人かが、ギョッとして手を離した。
「その首輪は最新型だからな。禁止エリア内なら水の中だろうが、地中深くだろうが、絶対に助からん。ちなみに海から逃げようとした奴には、首輪ではなく軍用艇が盛大な爆撃で歓迎してくれる事になっている」
そう言うと、西郷は吸っていた煙草を落として踏み潰した。涼の方に目を向ける。
「西村。お前の質問は?」
「俺達は殺し合いなんてしない。だから誰も死ぬことはない。その場合は、どうなるんだ? 島中が禁止エリアになって、全員の首輪が爆発して終わりって事か?」
立ち上がった涼は、しっかりとした口調で質問した。
「その心配はない。お前達は必ず殺し合いをする事になる」
「そんな事はしない!! お前等と一緒にするな!!」声を荒げて涼が言う。
若菜も涼と同じ気持ちだった。”あたしらは、てめーらとは違う!! 殺し合いなんてしてたまるか!!”
しかし、西郷は無表情のまま告げる。
「お前が理想主義なのは分かった。だがな、果たして他の奴までそうだと言い切れるか?」
「なん‥‥だと」
「お前は、お前以外の41人の事をそんなによく知っているのか? 例えば、お前は全員の誕生日を知ってるか? 家族構成は? 好きな相手は? 答えられるなら答えてもらおうか」
圧倒されたのか、涼は黙り込んでしまった。西郷を恨めしげに睨み付けている。
「これで分かったか? これでもその愚かな考えが変わらないようなら重症だぞ」
勝ち誇った様子も全く無く、無表情のまま続けた。
「他人の心など誰にも分からない。人は自分の為にのみ生きればいいんだ」
最後の方は、涼にではなく全員に向けて言っていた。
「分かったら座れ。西村」
涼は力が抜けてしまったかのように腰を落とした。
「さて、一応質問には答えておこう」
西郷が言ったが、若菜には聞こえていない。先程の西郷の言葉が頭に響いていた。”あたしもみんなの事、何も知らない……”自分も涼と同じ考えだっただけに、今の西郷の言葉は痛かった。
「24時間の間に一人も死者が出なかった場合、その時点でプログラムは終了だ。生き残っている全員の首輪が爆発する。もっとも、そんな事はほとんど無いから心配はいらん」
それが答えのようだった。
「もう質問はないな」
言うと、ぐるりと教室を見回した。
手を上げる者は、もういない。教室を沈黙が支配している。
「よし。入れ」
西郷が、教壇横の扉に向かって声をかけた。
扉が開き入ってきたのは、先程出て行った二人の兵士だ。兵士達はそれぞれ大きな台車を押しながら入ってきた。台車の上には、大量のデイパックが積まれている。全て同じタイプのカーキ色のデイパックだ。
「お前等が出発する時に、上から順にこのデイパックを渡す。この中には、さっき見せた地図と食料、水、磁石、時計、懐中電灯それに武器が入っている。ちなみに武器は、当たりもあれば外れもある。当然だが、お前等にどのデイパックを持って行くか決める権利はない」
みんなの視線がデイパックに集中する。何が入っているのか、棒のような物がはみ出てしまっている物や、物凄い形に変形してしまっている物まであった。
「説明はこれで終わりだ。質問があれば手を上げろ」
西郷に促がされたが、みんな沈黙したままだ。誰一人、身動き一つしない。
「無いようだな。それでは確認作業を行う。机の中に紙とペンが入ってるから、それを机の上に出せ」
今まで机の中など気にもしなかったが、確かに紙とペンが入っていた。”何させる気だよ?”と若菜は思った。
「俺が今から言う事を、その紙に三回書け」
みんながペンを持ったのを確認すると、西郷が言った。
「私達は殺し合いをする。やらなきゃやられる」
まともな人間の言う言葉とは、とても思えなかった。
「この紙は後で回収するから、裏に名前を書いておけ。もしも書いていない奴がいたら、そいつの首輪は爆破する」
若菜は”そんなもん、誰が書くか!”と思っていたが、爆破すると聞いてしまっては書かないわけにもいかない。他にも書いていない者がいたのか、あわててペンを走らせる音があちこちで聞こえた。
全員書き終わるのを待っていたのか、教室に静けさが戻ると西郷が口を開いた。
「最後に俺からプレゼントがある。プログラムで生き残る為のアドバイスだ。まず、人を信用するな。周りにいる奴は全員、自分を殺そうとしていると思え。もう一つ、さっきと逆になるが自分を信用させろ。プログラムにおいて騙し討ちほど効果のある作戦はない。周りを見てみろ、説明中から殺気を放ってる奴がたくさんいるぞ」
教室内の空気が変わった。みんな、周囲を見回している。若菜は夕子に視線を向け、安堵した。夕子もこちらを見つめていた。いつもと同じ、優しい微笑を浮かべている。若菜は笑顔でうなずくと、次に鈴子を見ようと視線を動かして初めて気付いた。多くの者が、誰かと視線が合うとすぐ目を逸らしてしまっている事に。
「分かったか? これが現実だ。仲間と思って迂闊に近付けば、待っているのは死だ」
若菜はやるせない気持ちになりうつむこうとして、自分に向けられている視線に気付いた。驚いて振り向いたが、こちらを見ている者はいない。そもそも、若菜と親しい友人はそちら側の席には誰もいない。”気のせいか?”と思って前を見ると、いつの間に火を点けたのか西郷が煙草を吸っていた。
煙を吐き出すと、西郷は静かな声で告げた。
「それでは、始めようか」
黒板の上にかけられている秒針しか動かない古びた時計は、ずっと”0時00分”を指し示している。
静かな空間に、秒針の動く音だけがやけに鮮明に響いていた。
≪残り 42人≫