BATTLE
ROYALE
〜 LAY DOWN 〜
6
プログラムが始まろうとしていた。
戦闘実験という名を借りた、ただの殺し合い。
そう、重罪であるはずの殺人が合法化する狂った世界だ。
その世界の玄関口に今、自分達はいる。
「いいか、お前等。今から一人ずつ出発してもらうわけだが、最初に出発する奴はくじで決める。それからは、出席番号順で男女交互に二分間隔で出発してもらう」
西郷がそこまで言うと扉側で銃を構えていた兵士が、デイパックが積んである台車に一緒に積まれていたらしい白い箱を教壇の上に置いた。どうやら、この箱の中にくじが入っているようだ。
若菜は自分が一番になればいいと思った。一番最初に出発出来れば、後から出発する41人全員を待つ事が出来る。もっとも、全員集まってからのプランのようなものは何も無かったが。
西郷は吸っていた煙草を床に落として踏み潰すと、箱の中に手をいれた。箱の中でどれにしようか選んでいるらしく、中々手を出してこない。
”それにしても……”と若菜は思った。殺し屋のような顔の西郷がくじ引きをしている姿は最高に似合わない。場合が場合なら爆笑している所だろう。もっとも今そんな真似をすれば教室の扉を開く前に、天国の扉を開くことになるのは明らかだが。
西郷がようやく箱から手を出した。紙切れを一枚、手にしている。
全員の目が西郷に集中する。
ゆっくりとした動作で紙に目を通し、口を開いた。
「女子16番、村山沙希。お前からだ」
小さな悲鳴が聞こえた。窓際から二列目の前から二番目。沙希は座ったままだ。若菜の席からではその表情までは見えないが、震えているのが分かる。
「どうした。早くしろ」
西郷がそう言うと、呼応するように二人の兵士が沙希に銃口を向ける。
沙希はまだ立てないでいる。
「立て」
もう一度言った。銃口は向けられたままだ。
「これが最後だ。立て」
西郷が表情のない顔で告げた。
ゆっくりと沙希が席を立った。立ち上がったが、歩き出せないでいる。
「沙希……」
小さく呟く声が聞こえた。横を見ると、純が心配そうに見つめている。
純の声が聞こえたわけではないだろうが、ふとこちらに顔を向けた。沙希は泣いている。
「やる気がないなら、ここで死んでもらうぞ。村山」
その言葉に反応したのか、沙希が視線を西郷に移した。やはり西郷に表情はない。
本当にゆっくりと、震えながら沙希が歩き出す。
震える足で西郷の目の前を通過し、教壇の横で兵士からデイパックを受け取った。
「ああ、二つほど言い忘れていた」
急に西郷が言い出したので、沙希も足を止め振り返った。
「いいか。プログラムは、この教室を出た瞬間から始まる。‥‥だから村山」と言うと、沙希に目を向けた。
目が合ってしまったのか、沙希の表情が引きつった。
「お前は学校を出た所で待ち伏せして、後から来る連中を一人ずつ殺していく事も出来るぞ。まあ、武器次第だがな」
沙希が小さく首を振った。
「そうか?」
西郷はしばらく沙希を見ていたが、やがて向き直ると全員に告げた。
「それからもう一つ、教室を出てからいつまでも校内でうろちょろしてる奴は死ぬ事になっている。覚えておけ」
”そんな重要な事、言い忘れてんじゃねー!! このタコ!!”若菜は思わずつっこみを入れた。無論、心の中でだが。
西郷が沙希に目を向け告げた。
「分かったら、行け」
促がされ、沙希が教室の扉に手をかけた。一度、振り向いて教室内を見た。その瞳は相変わらず涙に濡れている。沙希はしばらくそのまま立ち尽くしていたが、兵士が銃口を向けると震える足で教室を出て行った。
沙希が出て行くのを見届けると、西郷は再び葉巻を取り出しジッポで火を点けた。煙を吐き出す。
若菜は母親を思い出していた。菜摘もよく煙草を吸っていた。煙草を吸う菜摘の姿は、なんとなくかっこ良く見えた。以前に一度、真似して吸ってみたが全く美味しいとは思わなかった。それどころか、むせて気持ちが悪くなっただけだった。
”プログラムの事、かーちゃんは知らねーだろーな……。けど、必ず日本酒買ってってやるから待ってろよ、かーちゃん!”心の中で菜摘に誓った。ちなみに菜摘に頼まれた日本酒が『北海道限定』の物であるという事は、全く覚えていない若菜であった。
そんな事を考えていると、ふと視線を感じた。斜め後ろの方からだ。視線の主が誰であるかは、すぐに分かった。振り向くと、思ったとおり葵がこちらを見ていた。葵の出発は次の次だ。出発を前にして緊張しているのが分かった。涙こそ流していないが、顔が真っ青になっている。
鏡が無いので分からないが、自分も似たようなものだろう。若菜と葵はしばらく見つめあっていた。
――待ってるから。
言葉にしなくても葵の伝えたい事が分かった。
静かに、だが葵に伝わる様にはっきりとうなずいた。
葵がほんの少し、笑ったような気がした。静かにうなずき返してくる。
その時、西郷の声が響いた。
「男子17番」
「……はい」
答えて、若菜の目の前に座っている花田良平(男子17番)が立ち上がった。よろよろとした足取りで歩き出す。デイパックを受け取ると、一度も振り返る事なく教室を出て行った。
良平が出て行ったのを確認すると若菜はもう一度、葵を見た。うつむいて、じっとしている。別の方向から、葵を見つめている人物がいる事に気付いた。相手も気付いたらしく、視線を移し若菜を見つめた。目が合って鈴子と見つめあう。葵よりも幾分、冷静を保っているように見える。自分と鈴子、葵の三人は番号が近いので、問題なく合流出来るだろう。問題は夕子と梨香、正巳の三人だと思っていた。残念ながら、この三人とは番号がかなり離れている。教室の丁度、中央辺りに座る夕子に目を向ける。視線に気付いたのか、夕子は振り返ると静かに微笑した。”うん。夕子は大丈夫だ”そう思うと、こんな状況でも自然に口が笑みの形になった。しばらくの間夕子を見つめていたが、ややして視線を前方に移した。真ん中の一番前の席、西郷の目の前に座る正巳の表情は見えないが、うつむいているのは分かる。窓際の後ろから二番目に座る梨香に視線を移した。梨香は泣きじゃくっていて、若菜の視線にも気付かない。
「女子17番」
梨香の事が気になったが、西郷の声で視線を葵に戻した。
無言のまま席を立ち上がっていた。そのまま前に進み出ると教壇の前で、葵は立ち止まった。うつむいていた正巳の頭に手を置く。正巳が顔を上げた。
兵士達の銃口が葵に向けられる。葵は手を離すと、何も無かったかのように歩き出した。デイパックを受け取り、すぐに教室の外に消えて行った。
正巳は、今しがた葵が出て行った扉を見つめている。
若菜はなんとなく、自分が葵の友人である事を誇らしく思った。
更に二分が経過した。
西郷に呼ばれると平本渡(男子18番)が、足早に教室を出て行った。
次に出発するのは、先程右腕を撃たれている冴子だ。貧血で倒れる寸前のように蒼白な顔をしている。治療どころか包帯も巻いていないので血が流れ放題だったのだろう。
”矢口の奴、大丈夫なのか……?”あの様子では、学校を出る前に倒れかねない。若菜は心配になってきた。外では葵が待っているはずだから、大丈夫だとは思うが。
「女子18番」
冴子はよろよろと立ち上がった。息が荒い。右腕を押さえながら、ゆっくりと歩を進める。デイパックを受け取る為、右腕から手を離すと制服の右腕部分が真っ赤に染まっているのが分かった。
小さな悲鳴が、あちこちで上がった。一見しただけで分かる程、ひどい状態だ。
冴子は左手でデイパックを受け取ると、何も言わずに教室を後にした。
教室内にまた沈黙が戻る。
しばらくして西郷が吸っていた葉巻を捨てると、いきなり席を立つ音が聞こえた。
次に出発する事になっている、真島裕太(男子19番)が立ち上がっている。
「二分、経ったぜ」と裕太が言った。
「やる気だな。真島」
無表情のまま言うと、西郷が自分の腕時計を見た。
「よし。男子19番、お前の番だ」
西郷が言い終わらない内に裕太は走り出し、奪うようにデイパックを受け取るとあっという間に教室を出て行ってしまった。
”次だ……”若菜は思うと、ここにきて初めて気付いた。自分が震えている事に。震えを止めようと、拳を思い切り握りしめた。それでも止まらない、どころか余計ひどくなってくる気がする。
一向に止まらない震えと格闘していると、恐怖心がこみ上げてきた。”あたしは‥‥こんなに弱いのかよ!”恐怖というより情けなさで涙が出そうになった。
「女子19番」
いつの間に二分経過したのか、西郷の声が聞こえた。震える足で無理やり立ち上がる。
歩き出そうとして、自分を見つめる視線に気付いた。今から出発する自分を見ている者は、他にもたくさんいる。けれど、その視線は他のものとは違った。いつだって自分を見守ってくれている、優しさにあふれた瞳だ。
夕子は静かに若菜を見つめている。
若菜は呆然と見つめ返した。時間にすると数秒だろう。若菜の中から恐怖は消えていた。いつの間にか、震えも止まっている。一度うつむきがちに笑顔を見せ、静かに夕子に感謝した。
前を見ると兵士達が銃口を向けているのに気付き、若菜は扉に向かって歩き出した。
”見てろよ。美人薄命なんて言葉、ふっ飛ばしてやるぜ!! まあ‥‥美人なんて言われた事ないけど……”
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