BATTLE
ROYALE
〜 LAY DOWN 〜
7
教室の外は意外にも普通の学校と変わらなかった。
長めの廊下が続いていてその真ん中辺りに、自分が出てきたばかりの教室がある。
廊下から窓の外を見る事が出来た。
今、自分がいるのはどうやら三階辺りのようだ。窓の下には、北原中学とそう変わらない広さの校庭があった。その向こうは暗くてよく見えないが、林や田んぼがあるように見える。
”ここはどこなんだろう……?”どこかの島である事は分かっているが、若菜はそう思った。
考えても仕方が無いと思い直し、階段に向かって歩き始める。
突き当たりに階段があると思っていたが、こちら側には無いようだ。一番奥に階段の代わりに教室があった。扉の上にある薄汚れたプレートに、視聴覚室と書いてある。中から話し声が聞こえた。どうやら視聴覚室にも部下の兵士達を待機させていたらしい。出発した生徒が武器を手に入れた後、校内に急襲してきた時の為の対策という訳か。
寒気がして、若菜は反対側の突き当たりに向かって走りだした。
階段を見つけ、一気に一番下まで駆け下りる。階段が終わった所で、周りを見渡してみた。
先程の廊下とほとんど同じ光景が広がっている。窓から校庭を見て、出入り口がありそうな方向に向かった。最初にいた階の、視聴覚室があった方向だ。
予想が当たり、少し行った所に出入り口を見つけた。
一度、出入り口で校内を振り返る。
”みんな、待ってるからな!!”
心の中で告げると、若菜は校庭へと足を踏み出した。
*
外はかなり寒かった。
東京ではもう昼だけでなく夜も暖かくなってきていたが、この島の夜は三月初めくらいの感じだ。
校庭には鉄棒やバスケットのゴール、ジャングルジムなどがあったが、長い間使われていないように見える。
若菜は周囲を見回しながら校庭の出口に向かって歩いているが、声をかけてくる者はいない。
ひょっとしたら、みんな逃げ出してしまったのかもしれないと思い不安になってきた。出口の所まで来たが結局、葵の姿すら見つける事は出来なかった。
”嘘だろ……”呆然としたまま、出口で立ち尽くしてしまう。
「若菜」
立ち尽くしたままになっていると左手にある林の向こうから、かすかに自分を呼ぶ声が聞こえた。間違いない。いつも聞いている、自分の良く知っている声だ。
「葵!」
その名を呼んで、声の方向に向かって走った。林の中に飛び込む。
そこに葵はいた。
「若菜!」「……葵!」
同時に言うと、いきなり葵が抱きついてきた。
「良かった‥‥無事で」
「……正巳じゃねーんだから、抱きつくなよ」
言われると、葵は抱きしめるのをやめ笑いながら返した。
「バカ‥‥正巳だったら抱きつくぐらいじゃ済まないって。唇奪われるわよ、きっと」
「シャレになんねーよ、それ」
そう言って、若菜も笑い返す。
「けど、マジ焦ったぜ。校庭出るまで誰もいねーんだもん」
「だって、あんな所で待ってたら丸見えじゃない」
「確かにそうだけど……」と言って、周りを見回した。
他に誰かいる様子は無い。二人の周囲には、静寂があるだけだ。
「なあ、他の奴等は‥‥一緒じゃねーのか?」
若菜がそう訊くと、葵はうつむいてしまった。
「葵?」
「うん‥‥とりあえず座ろう」と言って、質問には答えず若菜を促がした。
この場所は周り全てが木に覆われているので、学校側からはこちらの様子は見えないようだ。若菜が腰を下ろした位置は、丁度向こう側が見える場所だった。ふと木の間から校庭の方を覗くと、雪村佳苗が歩いてくるのが見えた。佳苗はかなり怯えているようで、しきりに周りを気にしている。若菜の後に出発したはずの三代貴善(男子20番)は、すでに何処かへと行ってしまったらしい。
若菜は立ち上がって、佳苗に声をかけようとした。
「待って、若菜」
葵が小声でそれを止める。
「え?」
振り返ると、葵は苦しげな表情で若菜を見つめている。
「なんだ? 早く呼ばねーと、あいつ行っちまうぞ」
「……若菜。雪村さんを呼ぶのはやめよう」
苦しげな表情のまま、そう言った。
驚いて一瞬、葵の顔を凝視してしまう。
「なんでだよ。雪村の事、疑ってるのか?」
「……そうじゃないわ」
「じゃ、なんで!?」
若菜には、佳苗を呼ばない理由が分からない。問い詰める様な口調になってしまった。
短い沈黙の後、ひとり言のような小ささで葵が口を開いた。
「怖いのよ‥‥怖くて仕方ないの……。だから‥‥私は本当に信用出来る友達としか一緒にいたくない……」
葵は懇願する様な表情だった。
それが、さっきの質問に対する葵の答えなのだろう。
「お願い、分かって」
若菜はもう一度、校庭の方を見た。佳苗は、校庭を出てすぐ右にある林に向かって歩いている。
「……クソ‥‥分かったよ」
そう言って、若菜は再び腰を落とした。
それはつまり、次に出てくる吉沢進一郎(男子21番)も無視するという事だ。
二人の周囲を沈黙が支配していたが、しばらくすると葵が口を開いた。
「若菜……」と呼んだものの、先に続く言葉は紡がれない。
顔を見ると、葵は辛そうな表情をしていた。
「ん?」
「……こんな事言うと、あんたは怒るだろうけど……」
また言葉が止まった。何か言いずらそうにしている。
”あたしが怒る……?”何を言おうとしているのか、若菜には分からなかった。葵が本当に信用出来る友達は、イコール自分の友達でもある。それ以外のクラスメイトは信用しきれないという、葵の気持ちも分かる。辛かったが、納得もした。だからこそ分からない。
「何だよ?」
葵は辛そうな表情のまま、その先を口にした。
「私は‥‥私が信用出来るのは‥‥あんたと、鈴子と梨香と正巳だけなの。中野とは‥‥一緒にいられない」
一瞬、何を言っているのか分からなかったが、すぐに理解した。夕子は信用出来ない。葵は確かにそう言ったのだ。
「な‥‥に言って……」
「ごめん……」
「ふ‥‥ふざけんなァー!!」
叫んだ。頭の中が真っ白になった。
「夕子がやる気だってーのか!? あいつはそんな奴じゃねー!!」
若菜は怒りのあまり、プログラム中だと言う事も忘れて激昂した。
「若菜……」
「夕子はそんな奴じゃない‥‥そんな奴じゃ……」
うつむいて何度も呟いた。悲しくて悔しくて涙が出てきた。
夕子が疑われた事と同じくらい、それを葵に言われた事がショックだった。
「ごめん‥‥中野の事、嫌いなわけじゃない。それでも、あんたみたいには信用出来ない……」
若菜はうつむき、鼻水をすすりながら泣いている。葵が続けた。
「それに私は、あんたと違って‥‥中野の事、何も知らない」
そこまで言うと葵も黙ってしまう。
林の中の狭い空間に、若菜の泣く声だけが聞こえていた。
どれくらい経っただろうか。若菜が泣き止んだ頃、葵がいきなり木の間から校庭の方を覗き込んだ。
しばらくすると、「あ……」と呟いた。その姿勢のまましばらく放心したようになっていたが、やがて目を離すと若菜に言った。
「鈴子‥‥もう行っちゃってる……」
「……え?」
若菜も校庭の方を覗くと、学校の方から歩いてくる人物が見えた。歩いてくるのは女子だが、鈴子ではない。慎重に辺りを見渡しながら歩いてくるのは、赤坂有紀(女子1番)だった。思わず呆然としてしまう。”間抜けすぎる……”そう思わずにはいられなかった。これでもし鈴子に何かあったら自分達の責任だ。
二人とも、自分達のあまりの馬鹿さ加減に何も言葉が出なかった。しばらくその状態が続ていたが、ややして若菜が葵に向き直り口を開いた。
「あたしが鈴子探してくるから、お前はここで梨香と正巳待ってろ」
「ダメよ! 私のせいなんだから‥‥私が探してくる!」
鈴子が出てくる所を見逃してしまった責任を、葵もやはり感じているようだ。
「それ言うなら、あたしのせいだろ!! あたしがいつまでも泣いてたから!!」
「違うわ、若菜のせいじゃない! あんたを傷つけた私の責任よ!!」
責任のなすり合いならぬ、責任の奪い合いになっていた。もともと我の強い二人なだけに、お互い一歩も譲らない。
「うるせー!! とにかく、あたしが行く!!」
「私が行くって言ってるでしょ!! あんたはここで待ってなさいよ!!」
「だからだよ!!」若菜が叫んだ。
一瞬、空気が震え葵も口を閉ざす。ごく短い静寂の後、若菜は続けた。
「だからだよ……。お前が夕子と一緒にいられない以上、あたしはお前と一緒にはいられない……」
「若菜……」
葵は呆然としてしまう。
若菜はうつむいて、続きを口にした、
「お前には、あたしがいなくても梨香達がいるけど‥‥あいつには、あたししかいないから……」
うつむいて話していた若菜が、視線を葵に合わせてその先を告げた。
「だから、あたしが鈴子を探す!」
「けど……」
今、葵が言おうとしている事が、若菜には分かった。教室にいた時、鈴子に目で待っていると伝えた。伝わったはずだ。だが、自分達は鈴子が出てくる所を見逃してしまった。鈴子にとっては、絶対に待っていると信じていた相手が待っていなかったのだ。裏切られたようなものだろう。
「鈴子はもう、私達を信用してくれないかもしれない……」
「そんな奴じゃねーだろ、鈴子は! あたしが必ず見つける!!」
葵の言葉に、若菜はすぐに反論した。それは、葵の不安と同時に、自分の不安に対しての反論でもある。
「けど、見つからなかったらどうするの? そんな簡単に見つかるとは思えない。あんたが探しに行くって事は、あんたはここで中野を待つ事は出来ないのよ。私は……」
そこまで言うと、葵は表情を曇らせた。言葉が続かない。
若菜には聞かなくても分かった。聞きたくない言葉だ。葵にとっても言いたくない言葉だろう。
「別に、お前が夕子を待つ必要はねー。あいつならきっと大丈夫だから……」
不思議とそう思えた。夕子は大丈夫だと。
その若菜の確信にも似た思いは、葵にも伝わった。
「かなわないな‥‥あんたには」
そう言うと、葵は苦笑して続けた。
「……分かった。私は梨香達を待つ。そして何とかここから逃げる方法を見つけてみせる!! その時は‥‥みんなで逃げよう!!」
葵も決意を固めたようだ。
若菜は大きくうなずいて、一度、葵と手を叩きあった。
「よし。じゃ、あたし行くぜ」
若菜は早速、林から出ようと歩き出した。
「ちょ、ちょっと! デイパック忘れてるって!!」
「あ‥‥いけね」と言うと、地面に置いてあったデイパックを拾い林の向こうに出ようとした。
「待ちなさい、若菜!」
その様子を見ていた葵が、母親のような口調で若菜を止めた。もっとも、菜摘とは正反対で品のある口調だったが。
「え? またかよ〜。今度は何だよ?」
不満気な表情で葵を振り返る。
「あんた‥‥デイパックの中身、確認してないでしょ?」
呆れたように葵が言った。
「……うん」
「…………」
「……葵?」
「………あんたねぇ〜。状況分かってんの!? プログラムよ、これ!! 誰か襲ってくるかもしれないんだから!! せめて地図と武器くらい確認しときなさいよ!!」
早口で一気にまくしたて、葵は息をついた。
「わ、分かった。落ち着け、葵」
とりあえず落ち着いてもらおうと思ったのだが、逆効果だったようだ。葵が睨んでくる。
「とにかく!! 今すぐ確認しなさい!!」
「……は、は〜い」
”こいつは絶対、教育ママになるな……旦那と子供は苦労するぜ”と葵の将来を勝手に考えつつ、若菜はデイパックを開けてみた。デイパックの中には、西郷が言っていた通りの物が入っているようだ。
「どう?」と、葵が訊いてきた。
「えっと〜……」と言い、中身を探ってみる。何か指先に触れた。中を探る動きが止まる。
「若菜……?」
”刀‥‥か、これ?”若菜は目を瞑ると、汗ばんだ手でそれを握りしめ、闇が支配する虚空に向け突き上げた。
「……これが、あたしの武器だ」
目を瞑ったまま、若菜が告げた。
「…………」
「…………」
「それ‥‥ギャグ?」
「へ?」驚いて、若菜は空に伸ばした自分の手に握られている物を見た。若菜が刀だと思っていたそれは、闇の中で黄色の輝きを放っている。しかも蛍光イエローだ。
「……何、これ?」
手を下ろしながら、若菜は訊いた。
「さあ。とりあえず、どう間違っても当たり武器には見えないわね」
若菜はもう一度デイパックを探ってみる。地図以外に紙切れが一枚出てきた。説明書だった。
「え〜と? 商品名、レーザーブレード。色、イエロータイプ。搭載機能、ボタンを押しながら振ると音が出る。対象年齢、5歳から11歳…………って、おちょくってんのかコラーッ!!」
説明書をぐしゃぐしゃに丸めて放り投げると、若菜は荒い息をついた。
「ったく、やってらんねーぜ!」
葵が声を殺して爆笑していた。涙まで流している。
「あのな……」うんざりした口調で若菜が呟いたが、こんな事をしている場合では無い事に気付いた。
一応、レーザーブレードをスカートに突っ込むと、葵に告げた。
「おい、葵! あたし、行くぜ」
葵も真剣な表情に戻ってうなずいた。
「そうね。笑ってる場合じゃなかったわね……。けど、いくらなんでもその武器じゃ危な―――」
言葉の途中で、葵が急に後ろを振り返った。
「ど、どーしたんだよ」つられて、若菜も振り向く。
葵は若菜に向け静かにするようにと、人差し指を自分の唇に持っていった。
「な、なんだよ?」
わけが分からず、若菜は小声で訊き返した。
「誰かいる……」
そう言って、葵は目の前の大木の辺りを指で示した。
葵の指先を目で追うように大木に目を向けた瞬間、何かが若菜めがけて飛んできた。
「うわっ!!」
驚いて、若菜は顔を覆った。一瞬、左腕に痛みが走る。
「クソッ! なんだよ、今の!!」
「大丈夫!?」
「ああ、当たった瞬間だけ痛かったけど‥‥全然、平気だ」左腕を振り回しながら、若菜は答えた。
葵は地面に目を向けると、先程までこの狭い空間には無かったはずの物を見つけたようだ。
「これが飛んできたんだわ」と言いながら、それを拾い上げて若菜に見せた。
「何それ? ただの石か……?」
「うん。でも、誰かやる気の人が近くにい―――」
言い終わる前に、咆えるような声が聞こえた。
若菜と葵が同時に振り向く。
「葵!!」
先程の石とは比較にならない巨大な物体が、葵に向かって飛んできていた。
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